「知る」は、おいしい! ブレストンコート ユカワタン|TRAVEL

前菜 鯉と胡瓜のコンポジション

LOUNGE / TRAVEL
2020年7月27日

「知る」は、おいしい! ブレストンコート ユカワタン|TRAVEL

TRAVEL|ブレストンコート ユカワタン

このひと皿と出合うために、ブレストンコート ユカワタンへ(1)

「ブレストンコート ユカワタン」(以下、ユカワタン)は、星野リゾートが手掛ける「軽井沢ホテルブレストンコート」(以下、ホテルブレストンコート)のメインダイニングです。ホテルブレストンコートの……というより、星野リゾートすべての施設のメインダイニングと言ってもいいのではないかと、個人的には思ってたりします。

Photographs by OHTAKI Kaku|Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi

生活圏内から離れ、旅をしてでも食べたい料理

“ユカワタン”という店名は、軽井沢星野エリアを流れる“湯川”に、フランス語で時間を表す“タン”(temps)を重ねた造語。“ユカワタン”は、ホテルブレストンコートの敷地にありますが、木立のなかに佇む、日常から隔絶された異空間。全面ガラス窓で、店内にいながら、軽井沢の自然と一体感が得られる構造もサイコー!! です。
一軒家レストラン「ブレストンコート ユカワタン」。軽井沢らしさ100点満点の景観。
料理は2万円のおまかせ1本(※)。これに、お酒のペアリング(約6~7種類1万2000円)や、ノンアルコールカクテルとのペアリング(約5種類4800円)を付けることができるのですが、まあ多くの人にとっては、決してお安いお値段ではありませんよね……。それでもユカワタンには、ここの料理を食すために軽井沢を訪れるほどの熱烈なファンが数多く存在します。

※2020年12月1日(火)~2021年1月11日(月)「王様のジビエ」は2万3000円
※メニューおよびドリンクの価格はすべて税・サービス料別
この連載のテーマでもある“生活圏内から離れ、旅をしてでも食べたい料理”──、ユカワタンは日本における、そういったレストランの先駆けではないでしょうか。
オープンにあたり、前料理長の浜田統之さんは、長野県の食材をテーマに掲げました。長野県にはない海の魚は使わず、信州の清らかな水源で育った野菜、桜鱒・岩魚などの川魚を“水のジビエ”の名のもとに独創性あふれるフレンチに昇華したのです。
浜田シェフは、2013年、2年に一度、行なわれるフランス料理のコンクール「ボキューズ・ドール」で日本人初の世界3位、魚部門では世界1位に輝き、一躍、世界的なスターシェフに! そしてユカワタンには、都心からだけでなく、世界中から食通が訪れるようになりました。その浜田シェフは2016年7月、「星のや東京」のオープンとともに同ダイニングの料理長に就任、軽井沢を去ります。
じゃあ、浜田シェフの後を継いだのはいったい誰? ってハナシになりますよね!? ご紹介しましょう。2016年12月からユカワタンを率いているのは松本博史さんです。
ブレストンコート ユカワタン 松本博史シェフ
松本さんは長野県小川村出身の33歳。そう、若いんです。彼が7年間、務めていた東京・銀座のレストランからユカワタンに移ったのは2014年7月。お子さんができたことがきっかけだったそうです。「子どもは都会ではなく、いい環境で育てたい」と、Uターンを決意。「長野県は広いので、軽井沢と、僕が育った小川村はけっこう遠いんですけどね(笑)」。
無粋を承知で、スターシェフである浜田さんの後を任せられた重責について尋ねたのですが、「もともと自分の店を持ちたくて、東京で修業をしたので、大きなプレッシャーはなかったですよ」と、松本さんの答えは軽やかです。
松本さんの人となりについて、紹介したいエピソードはまだあるのですが、Webとはいえ、文字数には限界がありまして。そろそろ料理の話に移りますね。え、早くしろって? 失礼、失礼。

TRAVEL|ブレストンコート ユカワタン

このひと皿と出合うために、ブレストンコート ユカワタンへ(2)

さて、前述の通り、ユカワタンのコースはひとつです。季節によってメニューが異なるのはもちろん、皿数や料理の温度は、メニュー構成によって変化します。それでは2020年6月末時点のコースの一部を抜粋してご紹介しましょう。
アミューズのあと、最初の前菜として登場したのは「パプリカのムース」。テーブルにサーブされた瞬間、口をついたのは、「かわいい!!」のひと言でした。パプリカのムースを、パプリカのピューレとトマトのコンソメでおめかしさせた前菜は、洒脱な高原の夏が立ち上ってくるかのような出で立ちでした。
パプリカのムースといえば、東京・三田の名店「コート・ドール」で一世を風靡した前菜。「甘みもあってフルーツに近いフレーバーを持つパプリカを使ったムースは、夏にぴったりです」(松本さん)。見た目も可憐で、酸味と甘みがいい感じでせめぎ合い、口どけも滑らか──。めくるめく夜の始まりです。
前菜 鯉と胡瓜のコンポジション
続いての前菜は、「鯉と胡瓜のコンポジション」。ユカワタンの名物でもある鯉が、早々のご登場です。ユカワタンでは、1年を通して鯉を使用した前菜を提供しています。「季節に合わせて、組み合わせる食材や仕立ては変えていますが、必ず鯉は出しています」と、松本さんは力を込めます。
そもそも松本さん、「僕、長野出身なのに鯉は好きじゃなかったんですよ。臭いし、美味しくないし、むしろ嫌いでした(笑)」。しかし、“水のジビエ”をコンセプトとするユカワタンでは、信州の清らかな土壌で育ち、信州で古くから食されてきた鯉は“定番”の食材。向き合わざるを得ません。そこで厨房で、すべての部位を食べ比べしたそうです。
「鯉は部位によってまったく個性が異なります。それに骨だらけなんですよ。ただ、食べ方や調理法ひとつでもっと美味しくなる。決して海の魚に引けをとらないと可能性を感じました」
そこまでおっしゃるなら分かりました、私も鯉はそれほど好きな食材ではありませんが、お手並み拝見させていただきますっ!
「つい先ほどまで泳いでいた鯉です」とやってきた料理は「で、鯉さんはどちらにいらっしゃるの?」と、聞き返したくなるようなプレゼンテーションでした。しかし、それこそ、松本さんの狙いだったのです。
どうやらはにかみ屋さんらしい鯉さんは、きゅうりの下に隠れていました。ヴァンブラン(白ワイン)ソースに味噌を加えた、濃厚なソースを合わせています。チーズのように見えるのは、ピーナツオイルを粉状にしたもの。上にはきゅうりの花が飾られていました。
「鯉はイメージが良くなく、鯉という文字がメニューにあっただけで、“別のものにしてください”とおっしゃる方もいます。せめて見た目の先入観をなくしたいと、華やかさを前面に出しました」
艶やかなピンク色の鯉の、ぷりぷりとコリコリの中間のような歯ごたえは、少し前まで泳いでいたことを食べる者に語りかけているようです。ソースをつけると、鯉はまた異なる表情を見せ、口内でプチンと弾けました。ああ“鯉”に“恋”してしまうかも。
あ、引かないでくださいね、松本さんも、「子どもの頃は嫌いだった鯉が今は好きになりました」と言っていますし。
「鯉に限ったことではありませんが、もっと美味しくなるのではないかと、常に新たなやり方を模索しています。仕立て以外でも、さまざまに変化させています」
ユカワタンの鯉は、どこまで登り詰めていくのでしょうか。
「ブレストンコート ユカワタン」マネージャーの松原未那人さん。ワインの品揃えはブルゴーニュを中心に、長野県産ワインについても積極的に仕入れているそう。ユカワタンのペアリングについて聞くと、「知的好奇心をくすぐる、ちょっとした仕掛けのようなものを組み込むようにしています」。
この鯉料理にソムリエがペアリングしてくれたのは、コート・デュ・ローヌで、250年以上もわたって独自のスタイルで醸造を行なっている『オーギュスト・クラープ』のサン・ペレイ。そのミネラル感のある滑らかな味わいで鯉のほのかな甘みがさらに花開き、やがて身体の隅々へと染み入っていくのでした。ペアリングって、これが楽しいんですよね~。出合うことのなかったかもしれない料理とワインが奇跡の邂逅を果たし、抱き合うことで、予想もしなかった至福の境地へと誘ってくれるのです。料理はもちろん、ソムリエの提供するワインへの期待も、半端なし。身を乗り出さんばかりの勢いです!
前菜 サラダヴェール
リフレッシュメントを兼ねた最後の前菜、「サラダヴェール」は、そのルックスからして、身体が喜ぶ声が聴こえてきそうなひと皿。ホエー(乳清)のババロアの上に、あしらわれたインゲン、スナップエンドウ、とある外国人シェフの依頼で地元農家が育てていたイタリアのグリーンピースを、ヘーゼルナッツのオイルと塩でいただきます。
異なる豆たちは、それぞれ個性を放ち、さまざまな香りをはらみ、それでいて喧嘩をすることなく、見事な協奏曲を奏でます。センターの白い花はグリーンピースの花なのだとか。サービスの方に「豆の香りがしますよ」と言われ、それじゃあと香ってみました。五感を刺激される食事はなんて楽しいのかと、改めて実感します。
聞けば、松本さんの実家は兼業農家。小さい頃から美味しい野菜を食べて育ってきたそうですが、「子どもの頃は美味しいと思っていなくて。長野の野菜の美味しさに気付いたのは、大人になってからでした」。そんな松本さんのお眼鏡にかなった野菜たちは、ユカワタンの料理の皿の上で、新たな命を与えられ、美しく、華やかに、私たちをもてなしてくれます。

TRAVEL|ブレストンコート ユカワタン

このひと皿と出合うために、ブレストンコート ユカワタンへ(3)

魚料理は、「蝶鮫のポワレ ソースロワイヤル」でした。突然ですが、蝶鮫が淡水魚って、ご存じでした? 無知をさらしますが、私は知りませんでした……。もうひとつ、蝶鮫は、鮫ではないそうです。見た目が鮫っぽいから鮫と呼ばれているだけで、蝶鮫は硬骨魚類に、鮫は軟骨魚類に属します。そもそも正反対の系統だってことです。鮫でもないのに勝手に鮫とか名前つけられて、不憫なヤツ……。
キャビアは時々いただきますが、蝶鮫そのものって、なかなか食べる機会がありませんよね。松本さんも、4年ほど前に食べた時は「美味しくなくて、料理には使わないと決めていました」。しかし昨年、鯉の締め方を変え、鯉の鮮度が格段に上がったことをきっかけに、同じ方法が蝶鮫にも使えるのではないかと試したところ「蝶鮫の持つ脂を引き出すことができ、抜群に美味しくなりました」。
魚料理 蝶鮫のポワレ ソースロワイヤル
サフランのソースと、アニスの香りをまとった泡を身にまとった蝶鮫のポワレの、ふぐを彷彿とさせる弾力のある食感に唸るのみ! 蝶鮫くん、これほどデキる子だったとは!! エレガントな脂は香草を使ったソースや泡と合わさることで、さらに輝きを増します。蝶鮫くん、松本さんと出合って、本当に良かったね。
肉料理 鴨のロティ ラベンダーソース
この日、メインとして供されたのは「鴨のロティ ラベンダーソース」でした。ユカワタンのために飼育してもらっている鴨を丁寧に蒸し焼きし、ラベンダーソースと合わせています。肉の表面は美しいロゼ色です。鰹節のように見えるのは、ごぼうをキャラメリゼして乾燥させたもので、松本さん曰く「土の香りのイメージです」。
ミルキーでジューシーな鴨肉は、窒息処理をして使用。「締め方ひとつ、毛抜きひとつで、味や香りの出方はまったく違うものになります」という松本さんが全幅の信頼を置く生産者は、「酒屋の当主だった方で、酒屋を引退し、鴨を育てていらっしゃいます。酒粕も入れた、穀物を中心とした餌を食べているので、こちらも脂が旨いんですよ」。
ラベンダーソースの華やかな香りが鼻腔を抜けていきました。やわらかな甘みを持つ鴨の肉汁や脂と絡み合い、さらなる高みへと誘われていきます。この口福を全身全霊で味わいたいと、そっと目を閉じると、松本さんのこんな言葉が蘇ってきました。
「僕が勉強したのは、ソースを大事にする伝統的なフランス料理。信州の食材を中心に使用し、現代的なアレンジは加えても、着地点はしっかりとフランス料理でありたいと考えています」
はい、私たちがいただいているのは、文句なしの、フランス料理です。
無花果(いちじく)のキャラメリゼ 黒胡麻のグラス 黒ゴマのアイスクリーム
さてコースのフィナーレを飾るデザートも、松本さんによるもの。東京のフランス料理店に勤めていた時は、1年ほどパティシエもやっていたという松本さん、「甘いものが好きなので、デザートづくりも好きなんですよ」。パティスリーのお菓子とレストランのお菓子は違うという考えのもと「コースの最後にお出しするので重すぎず、だからといって何を食べたか思い出せないくらい軽すぎてもいけない」と考え、「あくまでも考え方は料理。味の重ね方や瞬間的な造形など、甘い料理を作っているイメージで構成しています」。
なるほど、この日のメインデザートである「無花果(いちじく)のキャラメリゼ 黒胡麻のグラス 黒ゴマのアイスクリーム」は確かに“甘いフランス料理の一皿”でした。しょうがのブリュレと、表面をキャラメリゼしたフレッシュな無花果、その上には濃厚な黒胡麻のアイスクリームが載っています。ゴツゴツとした茶色いものは、アールグレーのパウダーを入れて焼き上げたクッキー生地。お皿の上の赤い粒々は、無花果の皮を赤ワインで煮てピューレしたもの。上に飾られた棒状のものは、白ごまのチュールです。
見た目のインパクト、食後にでも軽やかにいただける多彩な食感、さまざまな味の重なり合い──。フルコースを平らげ、お腹いっぱいと宣言したあとも、無理なく、楽しくいただけるのが嬉しいです。
周辺にはアカデミックな散策スポット、見どころも。小高い丘の上の木立の中にたたずむ三角屋根が印象的な「軽井沢高原教会」は、1921(大正10)年に開かれた「芸術自由教育講習会」を原点に誕生。キリスト教者で思想家の内村鑑三や、文豪 北原白秋、島崎藤村ら当時を代表する文化人が集い、「遊ぶことも善なり、遊びもまた学びなり」の理念のもと、ここでは自由に語り合った。内村はこの空間を心から愛し「星野遊学堂」と名付ける。昭和49年に「軽井沢高原教会」と改称したが、「星野遊学堂」の名は建物の正面に大きく刻まれている。
心地良い満足感にまどろんでいると、松本さんがひと言。
「ひとつのコースの中でたくさんの驚きがあり、新しい発見を与えてくれる──、ただ食事して終わり、ではなく、いろいろなことを感じていただけるのが、フランス料理の楽しさだと思っています」
ユカワタンでは、まさにそんな時間を過ごすことができます。
「そして、こういう環境でしか食べられないものがあります。軽井沢という土地を知ってもらう料理を、これからも、心を込めて作っていきたいです」
信州の風土が、色彩鮮やかに表現された、知的好奇心を刺激する料理を食す──。
ユカワタンは、人生の節目ごとに大切な人を誘いたくなる、そんなレストランなのです。
問い合わせ先

ブレストンコート ユカワタン
Tel.050-5282-2267
https://yukawatan.blestoncourt.com

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