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2020年3月4日
「知る」は、おいしい! 星のや富士|TRAVEL
TRAVEL|星のや富士
このひと皿と出合うために、星のや富士へ(1)
いまでは当たり前のように使っている“Glamping”(グランピング)という言葉が、いつ頃から市民権を得たか覚えていますか? 2015年10月30日、山梨県の富士河口湖町に「星のや富士」がオープンした頃には、まだそれほど一般的ではなかったはずです。
Photographs by OHTAKI Kaku|Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi
ワイルドだけど上品。だって雑味がないんです
はじめに、ほんの少し“グランピング”について解説しておきますね。この言葉はGlamorous(グラマラス)とCamping(キャンピング)というふたつの言葉を合わせてできた造語。「テントの設営」「食材を準備」「後片付け」など面倒くさいことはプロに任せ、設備の行き届いた場所で、快適にアウトドアを楽しむ旅のスタイルです。
「星のや富士」は“丘陵のグランピング”をコンセプトに、日本初のグランピングリゾートとしてオープンしました。
場所は、河口湖インターからクルマで約20分、富士急行河口湖駅からタクシーで約15分の眼下に河口湖を望む森の中です。標高830メートルから930メートルと、約100メートルもの高低差がある丘陵地に位置しています。
「星のや富士」に到着したゲストが、“まず最初にすること”は、リュックを選ぶこと。
滞在中、アウトドアライフを満喫するためのアイテム(虫除けスプレー、双眼鏡、ヘッドランプ、マット&ピロ―、ドリンクボトル、小腹を満たすビスコッティ)の入ったリュックが貸し出されます。「さあ、グランピングが始まりますよ」って感じでいいでしょ? 色とりどりのリュックが壁に掛けられている様は、まさに“映え”系。気分が盛り上がってきました!
レセプションから専用車(京都の場合は舟)でリゾートに移動するというのは、本拠地・軽井沢や京都の「星のや」同様、ゲストをさりげなく非日常へ誘う「星のや」お得意の粋な演出です。
さぁ施設について語りたいことはたくさんありますが、この連載記事は「料理」がテーマ。まずは料理についてご紹介しましょう。料理長の田川貴章さんにも興味深い話を聞くことができたので、彼の声を交えながら、「星のや富士」でいただけるご馳走をレポートしますね。
田川さんは、「星のや富士」の開業準備の時からこの施設に関わっていて、「日本初のグランピングリゾートとは何か? この環境で何を提供できるのか? 意見を出し合いました」(田川さん)。そこで導き出された答えが「遊びをデザインできるフィールド、屋外を感じることができる快適な客室、ワイルドライフ好きなシェフが演出する食事、グランピングマスターが提案するアウトドア体験だった」(田川さん)と言います。
あ、「星のや富士」では、スタッフは“グランピングマスター”と呼び、森の中の生活を楽しむためにさまざまなアドバイスをしてくれます。
そして「ここだからこそ食べられるもの」のひとつの答えとして、「星のや富士」が開業以来、力を注いできたのが、鹿肉・猪肉などのジビエです。狩猟歴40年のベテランハンター・滝口雅博さんら地元の猟師と知り合い、「狩猟の現場で直に教えを受け、メニュー開発を行ってきました」(田川さん)。
さて、皆さんは“ジビエ”と聞いて、どんなイメージが浮かびますか? フランスでは、かつて上流階級の貴族だけが口にできた高級食材。ところが「ちょっと血なまぐさかった」「硬くて食べにくかった」とか、そんな経験をした人もいるかもしれません。それは、捕れた肉の下処理に問題があったため。適切な下処理を迅速に施した狩猟肉は、家畜肉に負けません。むしろ脂肪が少なく、身は引き締まっていて、栄養価がとても高いものなんです。それはまさに、大自然からの贈り物。なかでも河口湖周辺は、どんぐりを食べて森を駆け巡った鹿や猪が採れる狩猟肉の宝庫でもあります。
「星のや富士」のディナーは3コース。ひとつは、大きなグリル台を備える「メインダイニング」でのコース。そして、キャビン(客室)のテラスでいただける「山麓のしゃぶしゃぶ鍋」。どちらも魅力的ですが、今回はもうひとつの選択肢である屋外の「フォレストキッチン」でジビエ料理を食す「狩猟肉ディナー」(1名1万5000円、税・サービス料別)を体験することにしました。飲み物のペアリング付き(アルコールか、ノンアルコールか選択可能)というところにも、おおいにそそられたことを告白しておきます。
さらりと「屋外でいただく」と書きましたがそうなんです、「狩猟肉ディナー」の提供場所は、アウトドアダイニングです。
真冬です(※取材日は2020年1月29日)。
標高900メートルです。
標高900メートルです。
最初にその事実に気づいたときはちょっとビビったのですが、結論から申し上げると、屋外用ストーブが燃えさかっているし、食事をいただくテーブルはなんと炬燵(こたつ)仕様。ゲストに貸し出される厚手のキルティングコートもかなりの優れもので、2時間近く、雪に囲まれて食事をしていても楽勝でした(笑)。
コースの流れですが「フォレストキッチン」に着くと、まずは焚火の周りに案内されます。ペアリング(もちろんアルコール)は山梨のワイナリー「カンティーナ・ヒロ」が作るスパークリングワイン「Felicissimo」。生き物のようにうごめく炎を見つめながらお酒を飲むのって、なんでこんなにワクワクするんでしょう? 会話も忘れて見入っていましたが、焚火で温めているスープを受け取ると、大人たちが大はしゃぎ(笑)。
ジビエの端肉で作ったコンソメにキノコと猪肉のつみれを入れたスープなのですが、いや、旨いっ! 使い古された言葉で恐縮ですが、これほど「滋味深い」という言葉がしっくりくる料理はなかなかありません。堂々と使わせてもらいます! 体も温まり、頭のなかで、これからスタートするアウトドアの狩猟肉ディナーへのファンファーレが鳴り響きました。
スープを飲み終えると、テーブルへの移動を促されます。そしてテーブルの上には、ダッチオーブンが用意されていました。準備万端です。そして脚をテーブル式の炬燵(こたつ)に滑り込ませます。
前菜は、カマンベールチーズを使ったチーズフォンデュ。一人につき、丸ごとひとつ!! 用意されたカマンベールチーズを、山梨県北杜市の蒸留所で造られるシングルモルトウイスキー「白州」を垂らして溶かし、猪のソーセージや根菜を絡ませていただきます。「命を伝えたい」と、ジビエの端材も最大限にいかしているそうです。それにしても、カマンベールチーズってこんな食べ方があるんですね。この発想はなかった(笑)。
なお、ペアリングは、さわやかな白ワイン「甲州シュール・リー」。チーズによく合います。
メインは鹿の背ロース肉のグリル。温燻機で藁の香りをまとわせた鹿肉と野菜を、卓上のダッチオーブンでグリルし、赤ワインのソースと絡めていただくというものです。「良質のジビエをどのように提供するか。開業以来、試行錯誤を重ねてきましたが、むしろ手を入れないで、その美味しさをストレートに味わってもらいたいというのが、現段階での結論です」と田川さん。テーブルの上で、自分たちで焼いた鹿肉は、噛むたびにじんわり旨みが口に広がります。
ワイルドだけど上品。
だって雑味がないんです。
だって雑味がないんです。
「ジビエの味は、仕留め方や血抜き、温度管理、解体などがいかに迅速に、的確に行なわれるかによって明らかな違いが出るんですよ」(田川さん)
「星のや富士」では、猟師の滝口さんらからジビエの扱い方を学び、仕入れていて、その質には絶対の自信がある、と。河口湖辺りの秋から冬にかけてはどんぐりや木の実が豊富で、肉の繊維も締まっているのだとか。食べているものによって肉の味は変わるそうで、たとえば厳しい冬を乗り越え春を迎えた鹿や猪は余分な脂肪が落ち、山に芽吹く若葉や筍、木の芽を食べているため、さっぱりとした味わいなのだそうです。
……これ季節ごとに通って、味比べしなきゃいけない案件でしょうか(笑)。
それにしてもこのジビエ、ジビエにネガティブなイメージを持っている人にこそ、試してもらって、ドヤ顔したいですね。だって、至高の肉質ですもん。噛めば噛むほど滋味深い。こんな肉料理は、ジビエだけなのでしょう。海産物で言うところの天然と養殖の違いのようです。そして私は思いました。獣害の問題がある鹿や猪を、ただ単に駆逐するのではなく、命の重みを感じながらその命を育んだ自然を讃え、美味しい食材へと昇華させ、感謝していただくのは、とても大切なことである。これぞ、テロワールの極みじゃないでしょうか。
そしてジビエの話でだいぶ文字数を割いてしまいましたが(笑)、付け合わせの里芋とブロッコリーのグラタンがまたイケていました。里芋はこのあたりの名産品でもあるんです。チーズをその場でさらに削り、“追いチーズ”をしながらほくほくいただいちゃってくださいませ。
あ、鹿のグリルのペアリングは、山梨のワイナリー「奥野田ワイナリー」のスミレ・ルージュでした。鹿の旨味と山梨産メルローの甘味が口内で一体化し、スッっと身体に染み入ります。
そしてシメがまた、ここでしか食べることができないであろう衝撃の逸品でした。鹿の大和煮と干しキノコの炊き込みご飯が、ジビエのコンソメもあわせて提供され、お茶漬けにできるんです。出汁の効いた炊き込みごはんは、コンソメをかけると表情が激変します(まあどちらも捨てがたい美味しさですが)。さらに付け合わせの山椒、ネギ、揚げたニンニクを加えると、途端に華やかさが増します。これに、大月市にある酒蔵「笹一酒造」の山廃吟醸酒「旦」のお燗を合わせるのが、神(笑)。
フランス料理の手法を使った、日本のジビエ、サイコーです!