連載|気仙沼便り|1月「気仙沼・漁業組合直営レストランでマグロ尽くし」
連載|気仙沼便り
1月「気仙沼・漁業組合直営レストランでマグロ尽くし」
2014年4月、トラベルジャーナリストの寺田直子さんは、宮城県・気仙沼市へ向かった。目的は20年ぶりに造られたという、あたらしい漁船の「乗船体験ツアー」に参加すること。震災で大きな被害を受けたこの地も、3年の月日を経て、少しずつ確実に未来へ向かって歩きはじめている。そんな気仙沼の、ひいては東北の“希望の光”といえるのが、この船なのだと寺田さんは言う。漁船に導かれるまま、寺田さんが見つめた気仙沼のいま、そしてこれからとは? 今回の旅のハイライト「乗船体験」を終えた一行は一路、地元の人に愛される漁業組合直営レストランへと向かった。旅のもうひとつの目的、気仙沼の味覚を存分に堪能するために。
Text & Photographs by TERADA Naoko
気仙沼が誇る地元の名産とは?
マグロはえ縄遠洋漁船に乗るという今回のツアー最大のハイライトが無事、終了した。わずか1時間ほどの乗船&気仙沼湾内航行だったが、この乗船体験を敢行した所有者である臼福本店の臼井壯太朗社長の熱い想いをうかがい、私にも気仙沼の漁師たちの海と共に生きる気迫と誇りが胸にずっしりと伝わってきた。
それは、「女人禁制」の神聖な漁船に私を含め参加者や関係者の女性たち、さらに地元の子供たちを2日間にわたって乗船させるという前例にないことを行ってまで伝えたい気持ち、気仙沼を取り巻く漁業の「今」を知ってもらいたいという思いにほかならない。
漁港に戻り、オレンジ色のライフジャケットを脱ぐと船での緊張が解けてホッとした。同行のツアーのみなさんも岸壁から乗船した「第十八昭福丸」の大きさにあらためて見入りながら、しきりに写真を撮っていた。と同時にお腹が空いてきたことに気づく。
今回のツアーに参加したのは、気仙沼の復興を自分の目で確かめるというのが大きな目的だったのだが、気仙沼の味覚を楽しむというのも実は参加者たちの楽しみでもあった。臼井社長、漁船員、関係者のみなさんに手をふって別れたあと、私たち一行はバスに乗り込みランチへと向かった。
そこは「北かつ まぐろ屋」田中前店というレストランだった。「北かつ」は「ほっかつ」と読む。ここを営業するのは宮城県北部鰹鮪漁業組合。遠洋カツオ・マグロ漁業を営む漁業者により組織された組合で拠点は気仙沼。長い組合名を縮めて地元では「北かつ」と呼ばれている。
「北かつ まぐろ屋」では組合員を中心とした日本の遠洋まぐろ漁船が漁獲したマグロを直接仕入れ、提供している。
手頃な値段で良質なマグロ料理が味わえるとあり、観光客だけでなく地元の人たちにも利用される人気店だ。おいしいマグロを食べてもらいながら仕入ルートのしっかりとした国産の安全・安心な天然マグロの良さを知ってもらい、さらに日常でも消費してもらうこと。その結果が気仙沼のみならず日本の遠洋漁業を支えるという経営理念のもと、営業する。
和装な店内は居酒屋風でもあり、贅沢にもこの日のランチはツアー参加者と関係者の貸し切り。漁船乗船で冷えた体が暖房でぬくもってくると料理が出てくるのがはやくも待ち遠しい。
マグロ三昧の絶品ランチに舌鼓を打つ
「は~い、おまたせしました!」
ドンっと私たちのテーブルに威勢よく置かれたのはマグロ丼。店の名物だ。全員、「ウワッ」と声をあげる。通常は三食丼だがこの日は特別に「四色丼」。それも私たちが乗船した臼井本店の漁船が獲ってきたマグロをわざわざ取り寄せてくれたという。このこだわりの心配りに参加者からは感謝とうれしい笑顔が。
贅沢なマグロ丼をのぞきこむ。ミナミマグロ、メバチの中トロ、メバチの赤み、別名トンボと呼ばれるビンナガの四つの部位がきれいに盛られている。艶のある赤みと適度に脂ののったトロの美しいこと。マグロは船上で釣り上げられると一気にマイナス60℃の超低温急速凍結されることで鮮度を保っている。「北かつ まぐろ屋」のマグロはそれを最もおいしくなると言われている解凍方法でうま味のある刺身に仕上げているのだという。味への期待が一気に高まる。
まずはメバチの赤みから。ワサビをのせてスッと醤油につけて口へ。みずみずしい赤みの上品な甘さがしみじみとおいしい。次にミナミマグロの中トロを。先ほどの赤みと異なりトロの脂に醤油がピンと一瞬はじける。口に入れるとねっとりとした中トロ特有の身質の甘みが口いっぱいに広がり思わずうなる。お腹が空いていることもあり、ここでご飯を一気にほおばる。マグロの旨み、米の甘み、醤油、ワサビが口の中で混然一体。日本人でよかったと心から思う瞬間だ。
さらに無言でメバチの中トロ、ビンナガと制覇していると、ジュージューと熱された鉄板が登場した。もうひとつの自慢のメニュー、気仙沼産のメカジキを使った「かまとろステーキ」だ。熱々のかまとろに一気におろしポン酢を上から注ぐ。ジュワァッと湯気がたち香ばしい匂いが漂う。これもまた食欲をそそる。それっとばかりに参加者が一斉に箸を出すと大ぶりのかまとろにむしゃぶりつく。しっかりとした肉質の旨みとプリッとしたセラチン状の部位におろしポン酢がからみあい文句なしにおいしい。さすが気仙沼だ。
丼メニューは10種類ほど、さらに「まぐろのみそたたき」、「まぐろのユッケ」、「まぐろのカルパッチョ」といった、思わずお酒を注文したくなる逸品も多く、「北かつ まぐろ屋」はマグロ三昧を堪能する気仙沼に来たら訪れてもらいたい良心的な食事処だと思った。
マグロ丼を通して考えるこれからの日本の漁業
前回も書いたが、日本の漁業を取り巻く環境は厳しい。「北かつ」の資料によると日本の漁業生産量・生産額は昭和60年をピークに減少している。背景には各国の漁業水域を規制する「200海里問題」、マグロの資源管理、日本人の消費量の減少、燃料の高騰、後継者不足など多くの問題がある。天然資源をめぐる課題は多岐にわたり、今すぐに解決できるものではないが大きく変革をしていかなければならないことも確かだ。痛みを伴う新しい制度も必要になってくるだろう。さらに気仙沼を含め東北の漁業者たちは震災復興という大きなハンデもある。そこに関係者のジレンマが見え隠れする。
一方、消費者であるわたしたちにも看過できない問題でもある。サスティナブル、トレーサビリティとはつまり天然資源保全であり地産地消である。口にする食物がどうやって収穫され、どこから来たのか。それを意識しつつ適正価格で購入すること。日本の産業を支えるのは消費者である我々にゆだねられているということをもっと真剣に考えるべきだ。
この日、漁船に乗り、その船がはるか遠方で釣ってきたマグロを味わうことで、私の意識はあきらかに変化した。丼ぶりの中のマグロが私たちの口に入るまでの多くの漁師たちの労力を考えないわけにはいかなかった。
食べて守るのか否か。その考えは人それぞれ異なるだろうが、まずはひとりでも多くの日本人が、この日の私のように漁業の在り方を肌で感じる機会を得ることが大切だと実感した。食べ物がどうやって食卓に並ぶのか。それを知ることでそこから新たな「気づき」を持ってほしいと強く思った。
北かつ まぐろ屋
http://www.maguroya-honten.com
寺田直子|TERADA Naoko
トラベルジャーナリスト。年間150日は海外ホテル暮らし。オーストラリア、アジアリゾート、ヨーロッパなど訪れた国は60カ国ほど。主に雑誌、週刊誌、新聞などに寄稿している。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)、『ロンドン美食ガイド』(日経BP社 共著)、『イギリス庭園紀行』(日経BP企画社、共著)、プロデュースに『わがまま歩きバリ』(実業之日本社)などがある。