INTERVIEW|『紙の月』監督・吉田大八×俳優・池松壮亮 スペシャル対談
INTERVIEW|再び顔を合わせた“戦友”が語る、本物とニセモノの境目
『紙の月』公開記念
監督・吉田大八×俳優・池松壮亮 スペシャル対談(1)
バブル崩壊直後の1994年を舞台に、銀行の契約社員として働くまじめな主婦が、ふとしたきっかけから巨額の横領へと手を染めていく様を、スリリングかつスキャンダルに描き出した映画『紙の月』。直木賞作家・角田光代が描いた衝撃の同名ベストセラーを原作に、人間の本性をあぶり出すのは、昨年の第36回日本アカデミー賞で『桐島、部活やめるってよ』に最優秀作品賞をもたらした吉田大八だ。そして、宮沢りえが演じる主人公・梅澤梨花の相手役で、梨花を罪へと加速させる平林光太を演じたのが、池松壮亮。舞台『ぬるい毒』でタッグを組んだ吉田監督と池松壮亮が、再び顔を合わせ話題作に挑んだ。撮影を終えて半年ほど経った秋の東京で、映画について振り返ってもらった。
Text by MAKIGUCHI JunePhotographs (portrait) by JAMANDFIXStyling by KAJI YutaHair & Makeup by MIYATA Yasushi(VaSO)
相手の動向は毎日チェック!?
──おふたりは久々の再会ですか?
吉田大八監督(以下、吉田) 池松君の舞台を夏に観に行ったときに、ちらっと話したぐらいだね。
池松壮亮(以下、池松) お互いのことは気にしていますけれど。
吉田 毎日チェックしてます(笑)。
池松 それってノリがちょっと変ですよ(笑)。
吉田 去年の秋ごろ、舞台『ぬるい毒』を一緒にやっていた勢いのまま、そのまま引きずり込んだような感じだったよね。舞台をやるうち、俳優として池松君が好きになって、そのすぐ後に、『紙の月』の光太をどうしてもやってほしくなっちゃって。池松君は忙しかったけれど、無理言って来てもらった。映画でも舞台でもはじめるときは、大げさに言うと、戦いに行くテンションになるから、池松君をまずどうしても味方にしたいと思ったんです。
池松 多少それは感じていましたよ。
吉田 『ぬるい毒』ははじめての舞台演出だったから、ジタバタしている自分をめいっぱいさらした(笑)。もがいた時間を共有したというのが心強かったな。でも、映画となればまた話は違うとわかっていたから、馴れ合いとかではないけれど。それに、この映画に必要な人だったということは、出来上がった映画を観てもあらためて確信したしね。
池松 そう言っていただいて嬉しいんですけれど、普段とやっていることは変わらないんですよね。自分になにができるかというところでしかやっていないですから。でも大八さんは作る物に対してなにも迷いがない。それは出演する自分にとっても幸せなことだなと思いましたね。もちろん、信頼を寄せていただいたその後の闘いも大事なんですけれど。でも、迷いなく望まれることは幸せなことだし、この感じいいなと思いますね。
──監督は、池松さんに舞台とは違うものを見せてもらえるんじゃないかという期待があったそうですね。「純粋で色気があって、残酷な光太をいまの池松君で見たかった」と話していますが。
吉田 光太は、まさに梨花に光を当てる役。光太自身は梨花から見たら若さならではの強い光を持っている。その光に照らされて、自分も最初は輝いたような気になるんだけれど、そのうちに見せたくないものまで暴かれ、白日のもとに晒される。
その光をあくまでも無意識なものに見せたいから、ただ若い役者が素でやればいいわけじゃなくて、宮沢りえの表情と繊細なキャッチボールを成立させて、息をぴったりあわせられる人でなくてはいけない。光太は梨花という女性のあたらしい表情を引き出すためにいるわけだから。
だから、目の前にいてほめ過ぎるのもなんだけど、池松君以外には思いつかなかった。来てもらえると決まった時点で、ひと仕事終えたような気にはなったな。
池松 いつもはない種類のプレッシャーはありましたね。『ぬるい毒』で、儚い時間のなかでもなにか残せたと思って終わったのに、その後の仕事でご一緒してダメだったら、その素晴らしい時間もいいものでなくなったりするかもしれないじゃないですか。
吉田 後ろ向きだね(笑)。でも、気持ちはわかる。
──おふたりが『紙の月』に惹かれたのはどんなところなのでしょうか。
吉田 すごくシンプルに言うと、女性が逃げるというのが好き。ヒロインは、横領のプロセス、光太とのやりとりを通しても常に逃げていて、そうしつつなにかに向かっているんです。そういう女性の姿って、無条件に気になる。
池松 ものすごく正直に言うと、大八さん以外の人が映画化していたら、ぼくはこの作品を観ていなかったかもしれない。これを大八さんがやるというところに、面白さを感じたんです。ぼくは、大八さんの価値観をもって本を読んだわけで、それがあってこそ面白いと思ったんですよね。たとえば、人がなにか重荷を背負っていく姿とか、逃げる姿とか。善なのか悪なのかわからない、巡礼のような姿なんですよね。祈りながら逃げていく様を大八さんが撮ることについてなるほどと思いました。
吉田 祈ったり、真摯になにかに向かったりしている姿、それは観たいですよね。余裕のあるタイミングではなく、あえてギリギリで目をつぶって突っ込んでいくような。結局、そういう人しか映画では観たくないんです。
INTERVIEW|再び顔を合わせた“戦友”が語る、本物とニセモノの境目
『紙の月』公開記念
監督・吉田大八×俳優・池松壮亮 スペシャル対談(2)
「ニセモノでなにが悪いんだ」という気持ち
──お金をモチーフにした作品というと、欲や愛憎が垣間見える作品が多いですが、本作では人間心理を決して単純化せず、「まっとうに生きていた主婦をなにが犯罪に駆り立てたのか」「梨花が本当に欲しかったものはなにか」を丁寧に探り、お金と相対した時に見えてくる人間の価値観、在り様の中から人間の本性を描き出していきます。
吉田 人間は、それが木や石でも、なにかを見出して祈ることができる。それとおなじで、結局お金も紙じゃないですか。映画のなかで、“本物”と“ニセモノ”の話がでてきますが、考えていたのは、ニセモノでなにがいけないんだろうということ。本物信じて、そこに近づこうとするからしんどくなる。
そう考えると、ニセモノの方に深さと広さを感じてしまう。本物ってひとつしかないということが、嫌だなと思ったんです。本物はニセモノを許せないぶん、不寛容で狭いものだという気がして。
池松 実は、光太を本物なのかニセモノなのかよくわからない、そういう存在にしたいなというのはあって。お金と月と光太を同列に並べて考えていたので。あるときはものすごくリアリティをもって存在し、あるときはものすごくふわふわしたものとして存在する。観終わったあと、お金ってなんだったんだ、あのとき観た月はなんだったんだ、あの光太はなんだったんだろう、という風になればいいなと思っていましたね。
──お金も月も光太も、主人公・梨花にとっては、本物かニセモノかわからない“幸せ”“満足感”“万能感”を照らしだす光の象徴。それが本物なのかニセモノなのかを追求することは、この世の常かもしれませんが、結果的に人を追い込むことにもなるのかもしれません。
吉田 ずっとおなじ価値でつづくものしか信じないことの、苦しさはあるのかもしれない。
池松 それはありますね。どこかで。大八さんもどこかで人のことを信じていない感じがするし。
吉田 そんなことないよ。君と一緒にしないで(笑)。
池松 冗談ですよ(笑)。
吉田 信じてないわけじゃなくて、できるだけ受け入れたいと思うんですよ。だから、なにが本物で、なにがニセモノという分け方をできるだけしたくないなと。
池松 そうですね。
吉田 光太だって、梨花にとってある時期は確かなものだった。それが過去のものになったからといって、なかったものにして忘れちゃうということではない。その時間は楽しかったんだから、そこは肯定したい。そういうことの積み重ねで、最後に梨花がどこに立っているのか、どこに向かうのかというところを映画では見せたかった。
池松 演じた役を通してしか言えないですけれど、やっぱりあの時間を否定されてしまったら、話は進まないし。あの瞬間をお客さんが認めてくれないと。
吉田 ニセモノでなにが悪いんだという気持ちになってくれると嬉しい。「人のお金をとってなにが悪い」まで言うと、かなり物議を醸すので(笑)。
池松 そりゃそうです(笑)。
吉田 お金だって紙でしかないのに、そこに価値があると決めたのはだれなんだという話。このまま話しつづけてると、なにかまずいことまで口走りそうですけれど(笑)。
池松 (笑)
──梨花は人間の作ったルールを飛び越えていける数少ない人間なのかもしれません。つまり、お金は人間が生み出した原始的なルールのひとつで、社会の象徴です。それを使って、ルールを超え、しがらみや社会から飛び出していくところが面白いですね。
吉田 そこが鍵でしょうね。欲じゃなくて、本物とニセモノの境目を直感的に捉えるうえで、お金というモチーフは面白い。ただ、犯罪はよくないですよ(笑)。
池松 それがまとめですか(笑)。
吉田 はい(笑)。
吉田大八|YOSHIDA Daihachi
1963年、鹿児島県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、CM制作会社でディレクターとして活躍。2007年、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で映画監督デビュー。その後『クヒオ大佐』(2009年)や『パーマネント野ばら』(2010年)を監督。4作目『桐島、部活やめるってよ』(2012年)で、第36回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ、数多くの賞を受賞。いま、最も注目を集めているクリエイターのひとりである。
池松壮亮|IKEMATSU Sosuke
1990年、福岡県生まれ。2000年、ミュージカル『ライオン・キング』でデビュー。2003年に『ラストサムライ』で映画初出演を果たす。主な出演作に『半分の月がのぼる空』(2010年)、『横道世之介』(2013年)、『ぼくたちの家族』(2014年)など。12月には最新作『バンクーバーの朝日』の公開が控えている。2013年には吉田大八が演出を務めた舞台『ぬるい毒』に出演するなど、映画、ドラマ、舞台で幅広く活躍している。
『紙の月』
11月15日(土)より全国順次ロードショー
監督|吉田大八
脚本|早船歌江子
原作|角田光代『紙の月』
出演|宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、小林聡美
配給|松竹
2014年/日本/126分
http://www.kaminotsuki.jp
© 2014「紙の月」製作委員会