MOVIE|カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞した『ある過去の行方』
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2015年1月29日

MOVIE|カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞した『ある過去の行方』

MOVIE|カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞!

複雑な深層心理を掘り下げ、サスペンスも盛り込んだ意欲作

アスガー・ファルハディ監督『ある過去の行方』(1)

緻密な脚本と、複雑な人間の深層心理心理を掘り下げることで知られるアスガー・ファルハディ監督によるサスペンスドラマ『ある過去の行方』。4月19日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほかで全国順次ロードショーされる。

Text by YANAKA Tomomi

主演した『アーティスト』のベレニス・ベジョが女性の強さを体現

『別離』(2011年)でアカデミー賞外国語映画賞、ベルリン国際映画祭金熊賞をはじめ、世界の映画祭で90以上の賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督。

ある過去の行方02

イランを舞台に現代社会の縮図を描き、現在もっとも注目を集める彼がはじめて外国にカメラを据え、そしてサスペンスの要素も盛り込んだ挑んだ意欲作『ある過去の行方』が公開される。

主役のシングルマザー、マリー=アンヌ役には、『アーティスト』(2011年)で喝采を浴びたベレニス・ベジョ。葛藤を抱えながらも前へ進む女性の強さを体現し、カンヌ国際映画祭で主演女優賞に輝いた。また『預言者』(2009年)でセザール賞主演男優賞を受け、フランス映画界の演技派若手として期待されるタハール・ラヒムが相手役を演じる。

娘の衝撃の告白から浮き彫りになる、明かされなかった過去

シングルマザーのマリー=アンヌは元夫と別れて4年。正式な離婚手続きをしていなかったため、イランにいる元夫アーマドをパリに呼び寄せた。

アーマドがかつて妻たちと過ごした家を訪ねると、そこには子もちの男サミール親子とマリーたち母娘の新生活がすでにはじまっていた。しかし、再婚する予定のマリーとその家族に流れる不穏な空気。母親との溝が深い娘リュシーがアーマドに告げた衝撃的な告白から、妻と恋人、その家族が背負う過去と、明かされなかった真実が浮かび上がることに――

憎しみの裏に愛があり、拒絶の影に思慕がにじむ。それぞれにやり場のない感情を抱えた人びとの心の奥をカメラは丹念に映し出す。

ある過去の行方03

ある過去の行方04

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複雑な深層心理を掘り下げ、サスペンスも盛り込んだ意欲作

アスガー・ファルハディ監督『ある過去の行方』(2)

ここからは、アスガー・ファルハディ監督のインタビューをお届けしよう。故郷イランを離れ、その大半をパリで撮影した本作。監督にとってはじめてとなる“外国ロケ”は、作品に少なからずいい影響を与えたようだ。

Edited by TANAKA Junko (OPENERS)

子どもが登場しない映画は作れない

――今回パリを舞台にされたのには、特別な理由があったのでしょうか?

パリという舞台は、『ある過去の行方』の撮影に欠かせない存在でした。過去について語る映画を撮るときには、パリのように過去が滲み出ている街を舞台にする必要があるからです。どこでも成立するわけではありません。

撮影をはじめてからは、建造物の美しさを乱用しないように、それから観光的な見せ方をしないように、注意を払いました。主人公の家は郊外に設定して、パリはあくまで背景として登場させる。そのプランはかなり早い段階で決めていましたね。

パリの歴史的な側面は、あくまでもさりげなく登場させたかった。なじみのない土地で撮影する映画監督にとっての落とし穴、それは最初に目を引かれたものに焦点を当ててしまうことです。わたしは真逆のことをしようと試みました。街の建造物に魅了されたわたしは、あえてその先にある別のものに触れようと手を差しのばしたのです。

――フランス人ならではの生き方、暮らし方は脚本にどのような影響を与えましたか?

フランスとイランの違いについて、今回いろいろと考えさせられました。もし舞台がイランだったら、なにがどのように違っていただろうかと。わたしの作る映画では、登場人物たちが自分たちのことを間接的に表現します。それはイランの文化でもありますが、ストーリーを展開するための要素として、それを利用してきたようなところがあります。

ですが、フランスだとそうはいきません。もちろん状況にもよりますが、一般的にフランス人はより直接的に表現します。そこでフランス人の役には、いままでの登場人物たちにはなかった「直接的な表現」というのを付け加えていく作業が必要でした。わたしにとっては、まったくあたらしい作業だったので、脚本を執筆するときにはその作業にかなりの時間を費やしました。

――興味深いことに、あるイラン人が登場することによって、ほかの人物たちが語りはじめますね。

彼は触媒のような存在です。それぞれが長い間黙っていたことを、その本人の口から引き出します。しかも彼自身はそのことを、まったく自覚しないままやってのけるのです。本作でわたしが指針としたことのひとつは、登場人物たちを国籍や国旗によって定義づけないということでした。彼らの行動は、あくまで彼らが体験しているその状況が導きだすものです。危機的な状況では、それぞれの異質な部分は隠れがちですから。

――昏睡状態の妻、離婚調停中の夫婦、秘密を抱えた娘……この映画の登場人物は一様に複雑な事情を抱えています。どんなことから着想を得たのですか?

まず準備の段階で昏睡状態の患者を訪ねました。生と死の狭間というテーマについて掘り下げたかったのです。彼らは死んでいると見なされるべきなのか、生きていると見なされるべきなのか。昏睡状態にまつわる個人的な経験はありませんが、この疑問はずっとわたしを捉えて離さなかった。そして本作は、すべてこの疑問の上に成り立っていると言えます。登場人物たちは常に二者択一のジレンマに直面します。前作の『別離』でも、父親の幸せと娘の幸せのどちらを優先するべきかという、難しいジレンマに直面しなければなりませんでした。『ある過去の行方』で投げかけられる問題は、少し異なっています。過去に忠実であるべきか、それとも過去を捨て未来に向かって進めるべきか。今回はそれが問われているのです。

――主役のマリー=アンヌを演じたべレニス・べジョは、どのようにキャスティングしたのですか?

べレニスとはじめて会ったのは、彼女がアメリカで『アーティスト』のプロモーション活動をしていたとき。ひと目見て、すぐに温かく誠実な女性だということがわかりました。彼女となら理解しあえると。『アーティスト』の演技を観て、彼女が賢明な女優であるということもわかっていました。俳優を選ぶときにわたしが求める二つの特質があります。ひとつは賢さです。そしてもうひとつは、ポジティブなエネルギーを、スクリーンから放つことができるということです。観客が一緒に時間を過ごすのにふさわしい魅力的な人物でなくてはなりませんから。

『ある過去の行方』 06

――マリー=アンヌが状況を刺激することによって、物事が進んでいきますね。

登場人物のなかで、過去にとらわれず、前に進もうと強く決意しているのが彼女。実際にそれが可能かどうかは誰にもわかりませんが……。男性たちの方が過去を引きずっています。あるシーンで、マリー=アンヌは我々の方、つまりカメラに向かって歩いてきます。そして背後にいるアーマドにこう言うのです。「もう過去は振り返らない」と。それから彼女は、カメラと我々に背を向けて、その場を立ち去ります。その時点で彼女は一歩前に前進したと言えるでしょう。なぜかわたしの映画では、いつも女性がこのような役を与えられます。『別離』でもそうでした。

――;彼女の相手役を演じたタハール・ラヒムについて聞かせてください。

『預言者』を観たとき、彼が複雑な役を演じ切ることのできる、非常に優れた役者であるということがすぐにわかりました。それ以来、いつか一緒に仕事したいと思っていたんです。今回の役を演じる上では、彼が子ども時代の記憶と密接だったことが助けになりました。大人になるにつれて、誰しも薄れていく子どものころの感情や感覚を、彼はいまだに鮮明に覚えているのです。

――マリー=アンヌの元夫を演じたアリ・モッサファについてはいかがでしょう。

『ある過去の行方』 07

彼は役者としてはもちろん、一人の人間としても特別なものを持っていました。とても豊潤な精神世界を持っていながら、それをほとんど表に出さないようなところがあります。誰しも彼についてもっと知りたくなるのです。ですから役柄にも、彼のそういった面を織り込んでいきました。現実的なことを話せば、フランス語が話せるイラン人のプロの俳優が必要だったので、選択肢が限られていました。そして彼に決めてからも、言語を習得するのに数週間の準備期間で足りるのかどうか心配でした。しかし、パリに降り立ったときから、撮影初日までの彼のフランス語の上達ぶりには感心しましたよ。

――トリュフォーはかつてこんな台詞を残しました。「子どもたちは映画のなかで嘘をつけないし、大人の俳優たちとは異なる真実をもたらす」と。あなたも同感ですか?

子どもが登場しない映画を、わたしは作れないという結論に達しました。子どもたちを演出するのは難しいことです。しかし、彼らの存在は、情緒や感情へ映画の世界を解放し、真実味をもたらすのです。わたしの作る映画のなかで、子どもたちは大人からのプレッシャーがない限り、決して嘘をつきませんから。

『ある過去の行方』
4月19日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほかで全国順次公開
監督・脚本│アスガー・ファルハディ
出演│ベレニス・ベジョ、タハール・ラヒム、アリ・モッサファ、ポリーヌ・ビュルレ
配給│ドマ、スターサンズ
2013年/イタリア・フランス/130分
http://www.thepast-movie.jp

© Memento Films Production – France 3 Cinéma – Bim Distribuzione – Alvy Distribution – CN3 Productions 2013

           
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