INTERVIEW|『マイク・ミルズのうつの話』マイク・ミルズ監督インタビュー
LOUNGE / MOVIE
2015年4月6日

INTERVIEW|『マイク・ミルズのうつの話』マイク・ミルズ監督インタビュー

INTERVIEW|うつ病と格闘する“ふつうの人びと”の姿を描いたドキュメンタリー
『マイク・ミルズのうつの話』

マイク・ミルズ監督 日本公開記念インタビュー(1)

日本人の15人にひとりがかかっているといわれるうつ病。しかし2000年まで、「うつ」という言葉は精神科周辺以外ではめったに聞かれなかった。なぜこの短い期間にうつ病は爆発的に広まったのか? マイク・ミルズ監督は、製薬会社がおこなった「心の風邪をひいていませんか?」という広告キャンペーンが理由のひとつであると考え、その実態に迫るドキュメンタリーを作ろうと思い立つ。うつ病患者のありのままの日常を、ミルズ監督独特の優しい目線で捉えた本作は、うつ病の知られざる一面を明らかにするとともに、いまの日本社会が抱える問題点をも鮮やかに描き出す。

Text by TANAKA Junko (OPENERS)

あたらしいグローバリゼーション!?

――うつ病の話を描くのに、日本を舞台にしようと思ったのはなぜですか?

ぼくはもう何度も日本に来ていますが、あるとき、知り合って3年になる(日本人の)友人とコーヒーを飲んでいたら、彼女が錠剤を取り出して飲みはじめたんです。そのとき、テーブルの上に転がっている薬を見ながら、ふと気がつきました。薬というのは、アメリカ的な考え方なんじゃないかと。化学という考え方のすべてが薬の中に入っている。世界全体がこのとても小さなボールの中に存在していると。そして、その世界はアメリカ一色です。

ぼくにはその光景が、あたらしいグローバリゼーションに見えました。健康やメンタルヘルスに対する考え、「ハッピーでいなきゃいけない」という価値観、そういう幸せに固執する脅迫観念はアメリカ特有の考え方です。ハッピーじゃないとダメだと。こういう考え方を輸出することによって、私たちアメリカ人はビジネスをするわけです。これは背景に欧米の製薬会社のたくらみがあるんじゃないかと、そのときにピンときたんです。

マイク・ミルズのうつの話 02

――うつ病のどんな側面を明らかにしたいと思って撮影に入ったのでしょうか? それは撮影を進めるうちに変化しましたか?

基本的にぼくは、人間のポートレイトを基にした映画を作りたいと思っています。人間はどうやって自分たちの世界を構築し、なにを考えているのかということを描きたい。今回も落ち込んでいるだけではなく、日常のなかでいろいろな活動をしている人たちのポートレイトを撮りたいと思いました。彼らはどうやってうつ病と付き合っているのか。世界とどう関わっていこうとしているのか。どうやってポジティブなことを見つけようとしているのか……。そこに興味がありました。

出演してくれた人たちは、気分をよくする方法をそれぞれに持っていて、それがぼくには、薬よりも美しく希望があるものに見えたんです。彼らは決して弱いわけではないし、怠け者でも被害者でもない。改善しようと奮闘しています。ぼくが「どうにかして力になりたい」と思うのはそこです。アメリカにはうつ病にかかっている知り合いがたくさんいるし、自分も軽いうつ病だと思っていますが、深刻なうつ病を患った人たちと、これほど深く話した経験はありませんでした。そしてそれは軽度のうつ病とは、まったく異なるものだということを今回学びました。

INTERVIEW|うつ病と格闘する“ふつうの人びと”の姿を描いたドキュメンタリー
『マイク・ミルズのうつの話』

マイク・ミルズ監督 日本公開記念インタビュー(2)

彼らはモンスターなんかじゃない

日本でうつ病はタブーですね。いまだに陰に押しやられた存在だと思います。だからこそ「うつ病に苦しむ人たちは、いま現在も働いているし、生きてるし、なにもモンスターなんかじゃないんだ」ということを、まずは多くの人に知ってもらう必要があると思います。ぼくは今回それを見せようとしたんです。

撮影をはじめた当初、ぼくは投薬と製薬業界に対して、かなり批判的な見方をしていました。でも出演者の何人かは、薬で助けられたと感じていて、彼らの意見に触れるうち、映画を撮り終わったころには、もう少し複雑な見方に変わりました。いまでも薬に対してやや反対の立場ですが、薬が必要であることもわかります。助けになるときもあるでしょう。うつ病のときに薬を取るのは恐ろしくもありますが、助けになるのならそれは素晴らしいことです。

――タカトシ、ミカ、ケン、カヨコ、ダイスケという5人の出演者には、どのようにして出会ったのでしょうか? 最初からみんな協力的でしたか?

まずはじめに、ぼくがとても信頼している日本人プロデューサーの保田卓夫さんが、うつ関係のチャットルームにこのプロジェクトの案内を送ってくれたんです。ネットの世界で、うつ病というのはとても大きい存在です。だから予想以上に大きな反響があって、かなりの数の人が参加してくれました。

撮影に入る前、ぼくは「(参加者が)なかなか口を開いてくれないかも知れない」と思っていたんです。特に日本には多くを語らないことを「美徳」とする考え方がありますよね。少し心配していました。ところが、実際にはそんな心配は無用で、みんなよく話してくれました。

今回参加してくれた人たちは、「なにかやらなきゃ」という使命感みたいなものがあった。というのも、彼らは日本の社会のなかで誤解されているという意識があるんです。この世に存在しないものとして扱われ、社会から閉め出されている。みんなそう感じているんです。「自分たちはなにも恐ろしい人間なんかではなく、ただ深刻な問題を抱えてるだけなんだってことを証明しに来たかった」。みんなそういうことを言ってました。

何年も家から出たことがない人でさえ、わざわざインタビューのために渋谷まで来てくれたんです。その場で今回のプロジェクトに合う人を選んでから、後日カメラを持って彼らの家に行きました。まずは顔合わせのために。みんな信頼してくれていたし、ぼくのやりたいことをきちんと理解してくれていたから、とてもいい感じで進みました。自分の意見を押し付けたりはしたくなかったので、ぼくはただ質問をして情報を聞き出すだけ。いいか悪いかの判断を下したくはなかった。実際の撮影がはじまったのは、そのあとカメラクルーを連れて来日したとき。とてもゆっくりとしたスタートでしたね。

INTERVIEW|うつ病と格闘する“ふつうの人びと”の姿を描いたドキュメンタリー
『マイク・ミルズのうつの話』

マイク・ミルズ監督 日本公開記念インタビュー(3)

ぼくの母親もうつ病だった

――うつ病にかかった本人はもちろん、その周りの人たちにもスポットを当てようというのは、撮影に入る前から考えていたことですか?

撮影前から、周りの家族や友人にも話を聞きたいと考えていました。実際に撮影をはじめてみると、家族も非常に寛大で感動しました。その寛大さがどこからくるのか、自分なりに考えてみたのですが、おそらく自分や家族のだれかがうつ病であることが、どれだけ苦しい現実か、彼らは身をもって知っているので、「おなじようにうつ病で苦しむほかの人を助けたい」という思いになるのかも知れません。

実はぼくの母親もうつ病でした。幼いころは、母親がうつ状態になると「だれか愛人がいるんじゃないか」。そんな気持ちになったのを覚えています。うつ病は人を孤独にさせるし、他人に対してオープンじゃなくなる。普段のようには振る舞えないんですね。ちょっとわがままになる。まぁ、うつ状態のときは、人のことをあれこれ構っていられなくなりますからね。

――出演者は口を揃えて「自分の性格がうつ病を招いた」と話していました。ですが、まじめだったり、責任感が強かったり、周りに気を遣ったり……それらは特別なことではなく、むしろ日本では理想とされる人物像です。ミルズさんは、そうした日本人特有の“考え方の癖”が、うつ病の蔓延につながっていると思いますか?

日本で働いている人たちは、とても一生懸命ですよね。それにすごく熱心。愛想よく振る舞うことや、期待通りの結果を出すこと、他人に合わせることに対しても、相当なプレッシャーがあります。どこの国でも大なり小なり、そういうことはありますが、特に日本はそれがものすごく強い。

成功についていえば、ぼくの友人はアメリカでアンダーグラウンドなバンドをやっていますが、彼らはたとえインディペンデントな世界であっても、どうにかして成功しようと考えてます。これがフランスだと、成功することはそれほどクールだとは見なされない。じゃあ日本はどうかというと、だれかひとりが成功すると、それを潰しにかかる圧力が驚くほどたくさんあります。つまりはみ出し者ではなく、与えられたことをきちっとやって、それでいて、いろいろと人に気を遣わないといけないということ。これは日本特有の考え方ですね。まぁ、毎日1時間かけて出勤して、夜の8時まで働いて、それでまた1~2時間電車に乗って……。これだけストレスがあれば、うつ病になるのは当然の結果でしょうけどね。

そうした日本人特有の考え方が、うつ病につながっている可能性もありますが、ぼくは逆にうつ病を克服するための糸口にもなると思っています。この映画に出演してくれた人たちが、そもそも出演を承諾してくれたのも、自分のうつ病の状況を世間に伝えることで、社会に貢献したい、ほかの人の役に立ちたいという思いからです。まるで活動家のようにね。一般論になってしまいますが、ぼく自身の経験では、うつ病のアメリカ人がそのような考えを持つ可能性はかなり低いです。

――まじめさや責任感の強さが、うつ病を克服する鍵になるかも知れないと。

らはいろいろなやり方で、自分自身を治療しようとしています。たとえ薬を飲んでカウンセリングに通っていても、1日はまだ23時間ありますからね。ぼくはフィルムメーカーとして、ひとつの視点だけではなく、あらゆる面を総体的に見ようと心がけました。痛みを和らげるために、彼らがどんなことをしているのか。そこに関心があったんです。撮影を進めるうちに、彼らが非常にクリエイティブで、面白い人だということがわかりました。まったく予期してないことでしたが、いろんな意味でユーモアもある。みんな優しいし、愛しい人たちですよ。

マイク・ミルズのうつの話 07

マイク・ミルズのうつの話 08

INTERVIEW|うつ病と格闘する“ふつうの人びと”の姿を描いたドキュメンタリー
『マイク・ミルズのうつの話』

マイク・ミルズ監督 日本公開記念インタビュー(4)

見たものをそのままの形で見せたい

――劇中では出演者が摂取する抗うつ剤の種類や量を、グラフィカルに表示していましたが、これにはなにか特別な意図があったのでしょうか?

この映画では、医師や専門家にインタビューをせず、抗うつ剤の服用者だけにカメラを向けようと決めていました。だから彼らが実際に、なにをどのくらい飲んでいるか明示したかったんです。ぼくの見る限り、彼らの摂取する種類と量は、アメリカ人の標準的な量よりかなり多く、それを伝えたかったというのもあります。それと「うつ病啓発キャンペーン」を大々的におこなった製薬会社のパキシルを、彼らのほとんどが飲んでいるという事実も伝えたかったんです。

ぼくは自分の考えを盛り込んだり、メッセージを伝えることに興味はなかった。見たものをそのままの形で見せたかったんです。そして、映画を観た人がそれぞれに意味を見つけてほしかった。たとえば『ジャパンタイムズ』や『ニューヨーク・タイムズ』で、わりと長めの記事を読むとするでしょ? すると、そこにはいくつかの事実が書かれていて、関係者の話があって、専門家が出てきて、うつ病を患う人のコメントはたったひとつだけ。そういう感じでしょ? 5パーセントのうつ病患者と95パーセントの専門家。ぼくはそういうのとはちがうやり方で作りたかったんです。

マイク・ミルズのうつの話 09

――「うつ病啓発キャンペーン」の広告キャンペーンをはじめ、この映画では、製薬会社によるうつ病の“啓蒙活動”について大々的に取り上げています。ミルズさん自身、この啓蒙活動がなければ、日本におけるうつ病を取り巻く状況はちがっていたと思いますか?

前述した日本人の友人が、抗うつ剤を飲んでいるのを見て、いろいろ調べはじめたとき、欧米の製薬会社が日本にも広告キャンペーンを持ち込んでいるという、驚くべき記事(※)を発見したんです。それがこのドキュメンタリーを撮ることになったきっかけなのですが、映画に出ている女性たちは、ふたりともある製薬会社が運営する顧客用サイトで、うつ病の自己診断をしていました。医者もそのサイトで見つけたそうですが、それが製薬会社のサイトだとは知らなかったんです。そして彼女たちの見つけた医者たちは、もちろんその製薬会社の薬を処方します。ちょっとびっくりしますよね。こうやって文化のなかにうまく溶け込んでいくわけです。

アメリカでは、1980年代から抗うつ剤市場が急成長し、1990年代半ばで止まりました。利益を上げつづけるために、彼らは新たな市場を開拓する必要があったんです。世界中の医療データを集めるIMSヘルス社によれば、日本では1998年から2003年の間に、抗うつ剤の売上げが5倍に増えました。この数字は一例に過ぎず、世界中でおなじことが起きています。

※ニューヨークタイムズ紙の記事:
http://www.nytimes.com/2004/08/22/magazine/did-antidepressants-depress-japan.html

――この映画を通して一番伝えたかったことはなんですか? ようやく日本に上陸することになったわけですが、どんな方に観てほしいと思っていますか?

ぼくが試みたのは“抗うつ剤のグローバリゼーション”という世界規模の問題を、個人の問題として、最小の形で、主観的に見せることです。出演してくれた方はみんな、おなじようにうつ病で苦しむ人たちの、役に立ちたいという思いから、撮影に惜しみない協力をしてくれました。ようやく日本で公開されることになって、彼らのその願いが叶うと思うと、とても嬉しく思います。

Mike Mills|マイク・ミルズ
1966年、米・カリフォルニア州生まれ。高校卒業後、次第にグラフィック・アーティストとして頭角をあらわす。X-girlやマーク・ジェイコブスにロゴやデザインを提供。またソニック・ユースやビースティー・ボーイズのCDジャケットやミュージック・デザインを制作し、1990年代のニューヨークにおけるグラフィック・シーンの中心人物となる。やがて、ジム・ジャームッシュの影響を受け、映画を撮りはじめる。ミュージシャンを題材にしたドキュメンタリーを手がけながら、2005年に『サムサッカー』で長編映画デビュー。長編2作目となる『人生はビギナーズ』(2010年)では、自身の父親との関係を題材にオリジナルの脚本を執筆。ゴッサム・アワードの作品賞を受賞した。“社会のアウトサイダー”が彼の一貫したテーマである。

『マイク・ミルズのうつの話』

10月19日(土)より、渋谷アップリンクほかで全国順次公開
監督|マイク・ミルズ
撮影|ジェイムズ・フローナ、D. J. ハーダー
編集|アンドリュー・ディックラー
制作|カラム・グリーン、マイク・ミルズ、保田卓夫
出演|タカトシ、ミカ、ケン、カヨコ、ダイスケ
2007年/アメリカ/84分/原題『Does Your Soul Have A Cold?』
http://uplink.co.jp/kokokaze/

           
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