ジャパニーズウイスキーの成功パターンを日本酒に応用。この香りは、別世界!|FEATURE
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2023年3月23日

ジャパニーズウイスキーの成功パターンを日本酒に応用。この香りは、別世界!|FEATURE

教えて! 山内先生!! 第2回の日本酒「思凛」(サケハンドレッド)

うん。開栓して何日か経って、だんだんと香り・味わいも開いてきましたね。今、とてもいい状況です。非常に柔らかさもあり、後半の樽由来の風味が、まるで梨の皮のように膨らみを帯びます。この風味が全体を引き締めていて、なおかつじんわりとした余韻の深さを伴っています。(談)

Photographs by OHTAKI Kaku|Edit & Text by TSUCHIDA Takashi

シャルドネ種の白ワインのように、樽の香りを効かせてみたら……

――じつは、自分が以前、「思凛」(しりん)を試飲したときは、もっとトンガった印象があったんです。
山内先生 「思凛」の造りを担ったパートナー酒蔵さん(※1)の特徴でもあるんですけど、栓を開けてから、どんどん開いていく。エアレーション(※2)のようなものが起こり、蕾(つぼみ)の花が少しずつ開いていく様を存分に楽しめる、稀有なお酒だと言えます。
(※1)奥羽自慢(山形県)。
(※2)ワイン用語。空気にさらして、酸化と蒸発を引き起こすこと。日本酒はワインに比べて酸化スピードがゆっくりだが、それでも日数をかければガラリと味わいが変化する。
外観は非常にきれいな透明感で、ほんの少し緑がった色調が感じられます。(談)
爽やかな香りとともに、マスカットのような吟醸香が感じられます。その奥に、ミズナラ樽由来の、伽羅を思わせる香木的な香りが感じられます。この香りのおかげで、品の良さが醸し出され、深みのある味わいをもたらします。(談)
――開栓後の状況変化を、むしろ楽しむべきお酒、ということですね!
山内先生 そうです。このお酒は、一気に飲み開けず、毎日、少しずつ楽しんでいってもらいたいです。2人または3人で、日を追うごとに変化していく様を共有してください。その経験が、さらなる満足度を生むと思います。
――「思凛」は2023年1月末まで、ミズナラのスティックによる味わいの変化を提案(※)していたのですが、それを使わずとも、エアレーションだけで十分な変化をもたらしてくれるんですね。
※商品名は『思凛 with 深林の香り木』(すでに終売)。
山内先生 まさに、その通りです。短い時間で最大価値を得るのも素晴らしいことです。ただ、速く開いた花は、速く散ります。ところが、時間を使って開かせたものは、時間をかけて閉じていきます。そして、ちょっとマニアックですが、枯れていく様さえも、楽しむことができる……。
“滅びの美”とでも申しますか、祭りの後の寂しさにもまた、格別の風情があるんです。その風情までも、楽しみたいお酒だと僕は思います。
山内祐治(やまうち・ゆうじ)。「湯島天神下 すし初」四代目 。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。有名ワイン学校にて、日本酒の授業を行なっている。
――正直、開栓したてと比べて、香りも、旨味も、格段に持ち上がっているように感じます。
山内先生 そうなんです。お酒の世界にも、商品化された後に、慣らしが必要になるものも存在します。この「思凛」も、慣らしによって、さらなる価値を生むものだと思うんです。
――なるほど!
山内先生 そして温度帯もまた重要。日本酒は通常、冷蔵庫で保存しているでしょうが、その冷たい液温を、どこまで戻して飲むかにもかかってきます。
特にこの「思凛」は樽貯蔵しています。樽貯蔵で付与される香りの分子は、大きく、重たい香りが多いんです。そういった重たい香りは分子運動が乏しく、低温状態では、なかなか上がってこない。赤ワインを、冷蔵庫でキンキンに冷やして飲んでしまったときのような物悲しさに似ています。
――酒蔵から出荷されたばかりの鮮度のいい生酒(※)を、冷蔵庫でキンキンに冷やして、栓を開けたらすぐに飲み切る、みたいなことばかりに気を取られていたので、私は当初、この素晴らしいポテンシャルを見誤ったようです。
(※)火入れをせず、酵母を殺菌しないまま飲む日本酒。
山内先生 それは起こりがちなことかもしれません。例えば、開栓して、どのくらい日が経つと、味が開いてくるのか。何度の温度帯で飲むと美味しいのか。どういう高みにまで、持っていけるかは、飲む側の腕の見せ所です。
液面には若干のトロミが感じられ、滑らかな印象が見受けられます。酸はある程度、張りがあり、後半になるにしたがって、樽の香りが前面に押し出され、口の中で広がります。余韻は長く、ミズナラ樽のしとやかなニュアンスを存分に堪能できるでしょう。(談)
――勉強になります。ところで樽で寝かせるのは、ウイスキーやワインの文脈に登場する手法だと思いますが……。
山内先生 日本酒でも樽に貯蔵するというのは、大いに存在する話でした。日本で瓶詰めが行なわれるようになったのは、1920年代ぐらい。それ以前、日本酒の流通形態は、徳利(とっくり)もしくは樽でした。
ただ、日本酒の樽というのは、その多くが杉材でした。ちょっと専門的な話で恐縮なんですけれども、杉の香りというのは、セスキテルペンと呼ばれる芳香族の香りが出て、檜風呂のような爽やかな香りを生むんです。そして杉材を使ったのは、防虫防カビ効果を期待することもありました。
一方で、「思凛」はミズナラ樽を用いています。この文脈は、まさにジャパニーズウイスキーの潮流を受け止めたもの。樽で寝かせるという、日本酒古来の文脈に沿いながらも、ウイスキーの文脈で変化をつける、カルチャークロッシングが起こっているんです。ただし元々、日本酒にも存在する手法だけに、すんなり綺麗にまとまった、というのが「思凛」の姿です。
――新しい技術をウイスキー造りから持ってきたわけではないんですね。
山内先生 そうです。そしてミズナラ(Japanese Oak)材は伽羅(きゃら)のような、香木の香りを持ちます。このミズナラ樽で熟成させた日本酒ならば、当然、香木の香りが見え隠れする。そして日本で作っているのであれば、日本の樽メーカーが関わっているであろう。ということであれば、技術的な担保もなされている……、そのように考えを進められる人も多いでしょう。
日本で唯一の樽メーカー、それは「有明産業」です。「思凛」の酒造りで使われたのも、「有明産業」が製造した樽でしょう。ただ日本で唯一のメーカーなので、作れる樽の数が限られています。海外のウイスキーラヴァーたちは、どこの樽か? みたいなところまで、リサーチする。もちろん、日本に樽メーカーが1社しかないことも、ご存知の方は多いと思います。
――その1社が、クオリティが高い!?
山内先生 その通りです。「有明産業」があるからこそ、ジャパニーズウイスキー × ミズナラ、が価値を生んでいるんです。ですから、そのスキームを日本酒にスライドすることもスムーズなはずです。
――例えば、「山崎」なり「白州」なり「余市」なりは、「有明産業」の樽を使っているんですか?
山内先生 いえ。大手酒造メーカーは、自社で樽製作部門を持っています。基本的に彼らは、自分たちで樽を作ったり、シェリー樽など、他の文脈からの樽を補修したりしているんですね。
――なるほど……、でもこの1社があるからこそ、大手以外の日本のウイスキーベンチャーの期待値が高いというわけですね。そして、その波及効果が、こうして日本酒にも現れている、と。
山内先生 その通りです。
熟成日本酒が注目されはじめていることは、前回の「現外」の記事でも触れました。そしてこれからは「誰が」「どういう状況で」「何年間」熟成させているかが問われるようになるとお伝えしましたよね。この「思凛」は、ジャパニーズウイスキーの文脈から、ミズナラ樽で寝かせる、という切り口で商品づくりを行なっています。
奥羽自慢さんの作るお酒は、酸を基調にしながら、甘さを少しずつのせていくというお酒の作り方がとても得意なんです。ですので親会社のブランド、楯野川さんの洗練された、削ぎ落とされた味わいとは対照的。ところが奥羽自慢の持つ、酸と甘さで若干ポッテリと作るニュアンスが、ミズナラ樽由来の伽羅香による、渋み・苦味の膨らみと非常にキレイにマッチしています。それが奥羽自慢さんに造りを依頼したサケハンドレッドさんの目指したものではないでしょうか。
[まとめ]
思凛|SHIRIN
内容量|720ml
製造者|奥羽自慢
販売元|SAKE HUNDRED
価格|4万1800円
ちびちび飲むお酒といえば、ウイスキーやブランデーのようなアルコール度数が高いハードリカーを思い浮かべますが、日本酒だってチビチビ飲める。そのことを証明してくれる商品です。なんてったって、香りが奥深い。白ワインのシャルドネ種が、樽熟成によってきれいにお化粧されるように、「思凛」も樽貯蔵によって付加された風味は、ちびちび飲んでこそ存分に味わえるものです。しかも、栓を開けて、空気に触れることで日々変化していくさまを楽しまないともったいない! そして、そんな飲み方ですから、このお酒にペアリングのおつまみは不要です。「思凛」と正面から対峙して、極上の時間をお過ごしください。
※この記事は、案件ではありません。
※山内先生とオウプナーズ編集部員の土田貴史が本気でオススメする日本酒を紹介しています。
                      
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