「現外」。それは、熟成日本酒エピソード・ゼロとして、いまだけ奇跡的に存在する“激レア酒”|FEATURE
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2023年3月3日

「現外」。それは、熟成日本酒エピソード・ゼロとして、いまだけ奇跡的に存在する“激レア酒”|FEATURE

FEATURE|サケハンドレッド

新連載。教えて! 山内先生!! 第1回の日本酒「現外」(サケハンドレッド)

このお酒は、非常に稀有な「酛立て」(※)ということになります。とすると、エキス分がとりわけ濃いんです。もとから成分的な濃さがある。その非常に濃いお酒を、さらに熟成させるとなると、味わいとして、ますます重心が低くなっていくのが通常なんです……。(山内先生・談)

※酛=酒母。発酵の大素となる酒母だけで造る特殊な手法

Photographs by OHTAKI Kaku|Edit & Text by TSUCHIDA Takashi

「現外」は、年次の深みはありながらも、軽やかにフワリと持ち上がっている!

山内先生 試飲前は、熟成による重みが強すぎやしないかと懸念したんですけれども、もはや解脱しているといいますか……、年次を経て、重心が逆に起き上がった状態になり、それこそが品の良さ、エレガントな味わい生みしています。正直、非常に驚きました。
――熟成していくと、通常は深みを増し、味わいが重たい方向になっていく、ということでしょうか?
山内先生 はい。深みを増していく。それはとてもいいことではあるんですが、時には、重たすぎてしまう。
例えばフレンチの伝統ソースのなかで、とても濃厚なものは、たくさん食べられない。ひと口目、ふた口目は面白くとも、それ以上は、なかなか進まないことがありますね。
山内祐治(やまうち・ゆうじ)。「湯島天神下 すし初」四代目 。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。有名ワイン学校にて、日本酒の授業を行なっている。
――なるほど! ところでさきほど「酛立て」(もとだて)という言葉が出てきましたが、馴染みのない言葉だと思います。
山内先生 誤解を恐れずに申し上げるならば、日本酒醸造の“途中段階”と言ってもよろしいと思います。日本酒を造る工程のなかで、麹米と酵母を使って発酵の元種をつくります。いわゆる発酵のスターターとなるものが、酒母(しゅぼ)。
本来であれば、味わいのバランスは度外視して、健全に発酵をスタートさせるための準備段階のものになります。これを少しずつ増やして、最終的に味を調えて、日本酒の形にしていくんですが、その途中段階ですので、スタートの元気さはありますが、味わいのバランスっていうところは……。
――飲むためのものではなく、発酵を旺盛にさせるためのもの、ということでしょうか?
山内先生 その通りなんです。したがって、味わいがどこまで整っているのか。はたまた、そうせざるを得なかったというバックグラウンド(※)ですね。本来は、醸造のスタート段階にしか行き着かなかった日本酒造りが、製品としてどこまで成り立つのかという懸念がありましたが、まったくもって見事に払拭されてました。
(※)1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災。兵庫県・酒蔵「沢の鶴」も甚大な被害を受け、7棟あった木造の蔵がすべて倒壊。そうしたなかで奇跡的に残ったタンクがあった。そこに入っていたのは、醸造途中段階だった「酒母」。醸造設備の被災により、次の工程に進むことが叶わず、やむなく酒母の段階で搾られ、清酒となった。とはいえ、出来上がったものは香味のバランスがとれておらず、商品化できなかったそうだ。そこで熟成による味わいの変化に望みを託し、熟成庫で眠りにつくこと、28年。そしていま、造り手すら想像し得なかった、味わいが生み出されることになった。
――阪神淡路大震災を背景にして、その時に造りかけていた日本酒を、どなたかの判断で奇跡的にタンクに残して保管したということだと思うんですが……。
山内先生 改めて、その勇気ある判断に感謝しかないと思うんです。関東の人間は、その惨状がどういうものだったのか、計り知れない部分があるんですが、とにかく命を第一に守るべき状況下で、こういったものを世に繋いで、残していこうと心を配っていただいたというのは、本当に感謝しかありません。
逆の言い方をすると、もしも製品として形を整えていた後だったならば、この奇跡はなかったのかもしれません。整える手前で、荒削りな状態だったからこそ、28年というとても長い時間が磨いてくれたものというか。まさに、宝石と同じです。風雪が磨いたことで、このお酒のポテンシャルが見えてきた。
液体は赤みを帯びた茶褐色。圧倒的な色味の濃さが、年次の深さを感じさせます。
――そして、日本酒がこれだけ濃い色を帯びている状態を見たことがない人がほとんどだと思うんです。
山内先生 確かに、まずは驚かれますよね!? ウイスキーかな? って。
ただ、ウイスキーも蒸留し立ては、ほぼ無色透明です。日本酒もですね、酒粕の濁りを取り除くと、無色とまでは言いすぎですが、それに近い液体となります。その状態から、これだけ色が付くのは、まさにウイスキーの熟成による色づきと同じような色の変化を辿ったと考えていただいていいと思います。
ただ、ウイスキーに関しては樽の色味が反映されることもありますが、日本酒の場合は、中身のエキス分が変化して、褐色を帯びます。とはいえ、ここまでの濃さというのは、私自身もなかなか経験することができない濃さです。
――そうなんですね。
山内先生 驚くことに、濃さはあっても清らかで、濁りがありません。これは簡単なことではないと思います。おそらくは、澱(おり)を選り分けた結果、こういう澄んだ液体が汲み取れているのだと思います。
――澱を沈殿させて、その上澄みだけをすくい取っているそうです。あとどれくらい取れるのか……。ここ数年間、阪神淡路大震災の発生日に合わせて、「現外」は毎年少量ずつ限定リリースされているんですが、実際問題、その価格は年を追うごとに上昇しています。
山内先生 売り切れに向けたカウントダウンが進む中で商品価値が上がっていき、そのカウントダウンがどこかで終わる。すると、さらなる価値付けが起こり、商品価格は釣り上がっていくのが通例です。本数としての数字は減っていても、存在価値としての数字は、どんどんカウントアップされているわけです。
当然飲むことを前提にしているわけですが、適切な保管と、タイミングをしっかりと見極めて栓を開け、皆さんで楽しんでいただくというようなことができる方が購入されるのでしょう。
――このお酒、実は上限15度で保管されていたと聞いているんです。その温度帯はどう評価されますか?
山内先生 そうですね、一般的な造りであれば、バランスを崩してしまう可能性のある、きわどい温度でもあるんです。一方で、熟成変化量としては面白みがあります。化学的な話なんですけれども、摂氏10度を超えてくると、醤油っぽい香ばしさ、味噌っぽい香ばしさみたいなものが加わるんですね。
ところがこのお酒、そういう香ばしい要素がありつつ、酒母であったときのしっかりとしたエキス分が構築的な強さを伴い、その香ばしさをキレイに支えてくれています。そういう意味で、奇跡的なバランスを持った液体です。
膨らんで感じられるレーズンや杏のようなニュアンス、そしてその奥にある梅とハチミツの香り、さらにはダークチョコレートのような香ばしいニュアンスも感じさせます。お米の香りは、その奥から、餅菓子のような飴色がかったニュアンスで捉えることができます。
液体の外観は、透明感があって、キラキラとしたニュアンスがあります。そしてトロミのような印象が、液面の流動性から感じられます。アタックには柔らかい甘さが有り、比較的早くしっかりとした酸に包まれて、元から持つ甘さの味わいを縦方向に広げてくれます。余韻に向けて、香ばしさは出るものの、嫌な苦味はまるでなく、余韻の深さがいつまでも広がります。そして後味にもう一段、低いところから広がる旨味が感じられます。年次の深さと、驚くほどの滑らかさ、清らかさを感じます。
――ちなみに山内先生はこのお酒の飲み頃に適した年月はどれぐらいあるとお考えですか?
山内先生 まだ酸に張りもありますし、甘みと香ばしさのバランスが、非常にキレイに保たれている状態。こうやってお話していても、まだ口の中で余韻が残っています。この余韻は、段々に枯れていき、苦味に転んでいくものですが、いまはまだ酸の張りが、まるで糸がピンと張っているような状態ですので、この酸が緩んでくるまでは大丈夫と言えます。
そうですね、具体的な年数は、なかなか難しいところではあるんですけれども、適切な保管環境であれば、この先も10年以上の単位で楽しむことができると思いますね。
――これからまだ10年以上楽しめる、その伸びしろがあることを、読者は知りたかったと思います。ところで、日本酒の熟成酒が、今まさに注目されるようになってきましたが、これにはどのような背景があるのか、ご説明いただいてもよろしいでしょうか?
山内先生 はい、承りました。日本酒について、皆さんは新しければ新しいほど、酒蔵から出荷されたばかりのようなものを珍重すべきと思っているかもしれませんよね。新酒、生酒など、鮮度勝負のお酒が、ここ数年のブームでした。味わいとしては、清らかで、フルーティーで、爽やかなものです。
その裏返しとして、日本酒を寝かせて楽しむ、という手法があるんです。じつは今までも日本酒は熟成させた方が美味しいお酒になる、ということは言われてきました。
最近、それに対する問いかけとして、日本酒を熟成させることに対して正当な価値づけを行おうと、発足した一般社団法人 刻(とき)SAKE協会(https://tokisake.or.jp)という組織があります。今後、日本酒は、「どこで、誰が、どういう環境(温度帯)で」寝かせたのか。タイムログ、プレイスログを加味した形で、日本酒の熟成が適切に行われたことを証明していくことになると思います。
――ということは、日本酒を熟成させる方法論について、これまでに統一見解がなく、酒蔵さんの方もノウハウを蓄積している段階なのでしょうか?
山内先生 その通りです。というのは今まで熟成酒と呼ばれていたものは、ちょっと乱暴な言い方をしてしまうと、売れずに残ってしまったお酒というものも散見されたんです。あるいは、熟成酒のなかでもタイプが分かれていませんでした。例えば、しっかりとした旨味を持つ熟成酒なのか、あるいは比較的綺麗で、穏やかな旨味を持つ熟成酒なのか。
その一方で、鑑評会での金賞受賞酒なんかも、どうやって製品化したらいいものか考えあぐねているうちに、斗瓶のまま、とりあえず冷蔵庫で保管している酒蔵さんも、実はいくつかあるようです。ですから、宝探しと言ったらおかしいんですけれど、今後、そういった蔵で残っている、あのときに賞を取ったあのお酒が、熟成されてリバイバル販売される可能性が大いにあります。
そして、いくつかの酒蔵では、もう既に取り組み始めているんですけれども、大吟醸や純米大吟醸を、適正な環境下で熟成させています。こうした製品については、かなりの大きな価値として評価されるでしょう。
ただ、この取り組みができる酒蔵というのは、ある程度、企業的に体力が必要です。お酒を造って、製品化できるのが5年、10年後。その間のキャッシュフローを凌ぐ必要があるからです。さらに、熟成に対する知見も持ち合わせていなければなりません。逆に言えば、そうした酒蔵さんが、刻(とき)SAKE協会に名乗りを上げていると考えていただいてもおかしくはない。今後、熟成日本酒の世界は、広がりこそすれ、この価値観が狭まっていくことはありえない、と、僕は考えてます。
――なるほど! 
山内先生 本来、日本人は発酵食品をこよなく愛する民族であり、熟成の良さをよく理解していました。ところが、日本酒においては、流通インフラの秀逸さとともに、鮮度ばかりが目立っていました。冷蔵保存、冷蔵輸送だからこそできる生原酒のみずみずしさ、そうした利点は、今後ももちろん価値を持ち続けます。
その一方で、カウンターカルチャーとしての熟成酒が台頭しはじめているということです。しかも、このカウンターカルチャーのほうが、むしろ古来からの日本酒の文脈にもフィットしていると思うのですが、皆さんの目にはどう写りますか?
[まとめ]
現外|GENGAI
内容量|500ml
製造者|沢の鶴(兵庫)
販売元|SAKE HUNDRED
価格|24万2000円(税込・送料別)
熟成日本酒の時代がこれから幕を開けようとする現在において、その先駆けとして登場したのが、サケハンドレッドの「現外」です。熟成期間28年という圧倒的な年月を経たこの液体は、狙って造られたものではなく、阪神淡路大震災により、日本酒造りが途中でストップしたまま、奇跡的に保管されてきた貴重なアイテムです。その造りの工程が途中でストップしていたことと、保管温度が15度だったというファクターが奇跡のマッチングを果たし、この上ないバランスを保っています。この再現性が限りなく低いということが、「現外」のプレミア感を“爆上げ”しています。ちなみに、2023年の売価は24万2000円。とてもとても高価なものですが、価値ある1本です。
※この記事は、案件ではありません。
※山内先生とオウプナーズ編集部員の土田貴史が本気でオススメする日本酒を紹介しています。
                      
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