1人の杜氏が手作業で造ってます! 日本酒を新定義する令和生まれの酒蔵の哲学を味わう|suginomori brewery
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2022年6月23日

1人の杜氏が手作業で造ってます! 日本酒を新定義する令和生まれの酒蔵の哲学を味わう|suginomori brewery

suginomori brewery|スギノモリ・ブルワリー

suginomori brewery杜氏 入江将之さん・酒蔵代表サンドバーグ弘さんインタビュー

2022年2月から販売をスタートしている新たな日本酒ブランド「narai (ナライ)」は、四合瓶で5500円(税込)という一般的な日本酒に比べてやや高額な値付け! しかも精米歩合や、どの瓶がどの酒米を使用しているかも瓶に記載せず、これまでの日本酒業界の常識を覆すスタイルが大きく話題を呼んでいる。もちろん話題性だけではない。味わいに対する評価が非常に高く、早くも人気沸騰。「アマン東京」「グランドハイアット東京」をはじめ、東京のプレステージホテルがこぞって取り扱いを開始しており、海外からも問い合わせが絶えないのだ。

Photographs by OHTAKI Kaku|Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi

「narai」とは、スタンダードで飲み飽きない、高品質ながら日常着のような醸造酒

「杉の森酒造」再生の物語は、2020年夏にまでさかのぼる。休眠状態だった酒蔵をリノベーションし、宿泊型複合施設「BYAKU Narai(ビャク ナライ)」https://openers.jp/lounge/lounge_travel/D6gABを作ろうというプロジェクトが立ち上がった。当初この計画では酒蔵を継続しない方針だったが、日本の無形文化として、また地域の人々の精神的支柱でもあった酒蔵を残したいと思い、手を挙げたのが、事業企画開発及び戦略投資を行う株式会社Kiraku代表であるサンドバーグ弘(こう)さんだった。サンドバーグさんはこう振り返る。
サンドバーグ弘さん
「僕が育ったカリフォルニアでは、ワインツーリズムが成立しています。ワイナリーめぐりができ、その周辺には宿泊施設もある。でも、日本にはそういった文化が確立されていません。酒蔵は交通の便が悪いところにあることが多く、クルマでの移動が必要なため、試飲もままなりません。そんななか、奈良井宿という観光地の真ん中に酒蔵があるという、このロケーションはとても希少です」
酒造りに関しては、プロの協力が必要だ。またホテル業界では一般的化している、運営委託方式を酒蔵に導入したら面白いのではないかという考えもあり、さまざまな酒蔵に協業を依頼するが、2020年夏は折しもコロナ真っただ中。「それどころではないと、ほとんどの酒蔵に断られました」。
そんななかサンドバーグさんは、当時、京都「松本酒造」の杜氏だった松本日出彦さんを訪ねるが、「最初、図面や事業計画を見せた時には厳しいコメントをたくさんもらいました」。元の蔵の半分以下を想定した250平米の作業場レイアウトについても、「この小ささでは採算が取れるはずがない」と懸念され、サンドバーグさんが視野に入れていた四季醸造に関しても「実現は難しいのではないか」と難しい顔を浮かべられた。
が、「1時間くらいプロ目線でのリアリティのあるアドバイスを受けた後、まずは水を飲んでから、日本酒の命は水だから水が美味しかったら考えてみよう……と言ってくれたんです」。話している最中はダメかもしれないと思っていたので嬉しかったですね」。そこで、休眠前の「杉の森酒造」の頃から使用していた奈良井の山水を持って行ったところ、松本さんは絶賛し、「これなら良い日本酒ができるかもしれない。テクスチャーに可能性を感じた!」と協力を快諾してくれた。「杉の森酒造」が原料として使用し続けていた信濃川と木曽川の分水嶺付近の湧き水は、日本酒の繊細な味わいに適した超軟水だったのだ。
奈良井宿には、湧き水を利用する水場が複数箇所に存在する。水神と讃え、代々大切にされてきた資源だ。
そんなやりとりのあと、「このプロジェクトに合いそうなユニークな蔵人がいる。こういう環境やチャレンジすることが好きだと思うし」と、松本さんがサンドバーグさんに紹介したのが、現在、suginomori breweryの杜氏を務める入江将之さんだ。
suginomori brewery杜氏・入江将之さん
「このお話を聞き、ふたつ返事で引き受けました。第一に、この土地の人たちが守り続けてきた、きれいな水はここにしかないものです。そして、これまでの日本酒業界に対して『もっとできるのでは』と思っていた部分が多々あり、そこに一石投じるチャンスかもしれない、という思いも湧いてきました」(入江さん)
何ができるのかと尋ねると、「いろいろありますが、日本酒がカテゴライズされがちなところには常々疑問を感じていました。“純米大吟醸だから良い日本酒”といった固定概念って、すごくもったいないと思うんですよ」と、熱弁が返ってきた。
「僕は業界の仮説や常識を疑うのが好き(笑)。せっかくゼロから始めるのだから、先入観は全部リセットしたい。磨けば磨いただけ美味しい酒ができる、酒米は山田錦がいちばん美味しいと思っている人は多いと思います。でも、本当にそうなのでしょうか……naraiを飲んでもらった人々に、先入観を持たずに自分の好きなnaraiを見つけてほしい。なのでsuginomori breweryからは公式のテイスティングノートはまだ出していないんです」とは、サンドバーグさんの弁だ。「narai」が原料米の品種や精米歩合を瓶に記載していないのには、そんな背景がある。
疑問を感じる常識や固定観念は、自分たちで覆せばいい──。そんな思いのもと、suginomori breweryは、2021年10月に酒造りをスタートさせる。suginomori breweryが醸す、酒の名は「narai(ナライ)」だ。
「ブランド名をnaraiにすることで、多くの人は、“スギノモリ”ではなく、“ナライ”でWeb検索します。すると宿場町の素晴らしい写真がたくさん出てくる。この地域に興味を持ってもらえると思ったんです。また地名である“ナライ”を冠することで、このエリアの雰囲気も伝わり、お酒のストーリーをイメージしてもらえると考えました」(サンドバーグさん)
なるほど、ロジカルである。そして原料米や精米歩合を瓶に記載していないのには、もうひとつ理由がある。使用米(長野県産の美山錦・金紋錦・山恵錦を使用していることは公開しているが、どの瓶に、どの米を使っているかは表記していない)や精米歩合を変えて販売し、顧客の声を集め、参考にすることで、「narai」を完成させていこうという狙いだ。
撮影の際、撮影したらいけないものがあるかどうかを入江さんに確認したところ、「あ、うちは、撮影NGとか一切ないんで」と躊躇がない。使用米や精米歩合は非公開でも、第三者に見られて困るものはないという。「酒蔵見学の希望は前向きに考えています! この蔵をきっかけに日本酒に興味を持ってもらえたらうれしいですね」と話す入江さんに、改めて、ここでどんな酒を造りたいかを尋ねたところ、「原料の魅力を引き出しつつ、幅広い人々に愛されるお酒です」と、これまた即答だった。
「最近の日本酒は、磨きすぎているあまり、米の味わいが薄くなっている気がします。つまり米の風味を感じづらいと思うんです。僕は米や水などの原材料をしっかりと表現したい。こと『narai』に関しては、単体で飲んでも美味しくて、いろいろな食事にも合わせることができるお酒にしたいと考えています」(入江さん)
じつは「narai」のボトルには、馴染みの紙ラベルがない。代わりにボトルに直接印刷して、ラベル貼りの工程を減らしている。酒造りを少人数で実現するための工夫である。
話を聞きながら、搾りたての「narai」をテイスティングさせてもらう。昨今、人気のフルーティーな香りだが、しっかりと米のテクスチャーがある。加えて、発酵由来のガス感と、すっきりした後味も特徴的だ。シンガポールのある日本酒卸業者は、「こんなお酒は初めて!」と驚いていたという。
「香りは穏やかですし、決して派手なお酒ではありません。誰にとっても飲みやすく、奥深い。そんな味わいを狙っています」(入江さん)
スタンダードで飲み飽きない、高品質な日常着のような「narai」は、私たち日本酒好きの飲酒生活をより艶やかに彩ってくれるはずだ。しかも、どんな食事にも合わせられる“スタイリッシュな八方美人酒質”なのである。そして米の味わいにこだわった「narai」は、原料米の表情が色濃く出る傾向がある。原料米や精米歩合を予想しながらいただくのも楽しいのではないだろうか?
なによりsuginomori brewery、そして、「narai」の成長を現在進行形で見守れることが、楽しみでならない。
問い合わせ先

suginomori brewery
​​​https://www.narai.jp/​

                      
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