連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「西麻布編」
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2021年5月7日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「西麻布編」

第28回「人と人をつなげる街・西麻布」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」ボードメンバー、伊地知泰威氏の連載では、究極に健康的なサンシャインジュースと対極にある、“街の様々な人間臭いコンテンツ”を掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第28回は、飾り気なく庶民的な中に心が静かに落ち着ける趣がある街、西麻布を案内する。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

その時代にはその時代のやり方や正解があった

西麻布が“廃れている”。ひと昔前は、店は朝まで開いているのが当たり前だったし、夜中2時頃に飲みに行って満席なんてことも普通にあった。今は2時で開いている店すらだいぶ減った(コロナ関係なく)。冒頭の“廃れている”という表現は違うかもしれないけど、“変わった”のは間違いない。
今40歳以上の、会社である程度決裁権を持っているバリバリ働き盛りの人たちは、20代の頃に夜遅くまで働いた後に、「OZcafe(閉店)」で朝まで飲んで翌日徹夜明けでプレゼンした、なんてことはザラにあるだろう。
けれど今、そんな感覚の20代は、ほぼ皆無。翌日大事なプレゼンだったらまず早く帰って十分体を休めて頭をリフレッシュさせることを心掛ける。「どっちが正しいですか」と聞かれたら、そりゃ答えは後者だろう。
“ナチュラルハイ”で自分は頭キレキレのつもりなのに実はミスしてた、とかいうことは自分もたくさん記憶にあるから、寝た方がいいに決まっている。ただし、だからと言って前者(過去)を否定するものではない。なぜなら、その時代にはそのやり方が正解だったから。
毎日遅くまで仕事して0時くらいから飲みに行って、仕事の反省(レビュー)と展望を擦り合わせる。それは冒頭だけで、酒が入ってきたらあとはうまいメシ、酒の失敗、セックスの話。そんな会話を重ねる中で互いの価値観、考え方がどうやって形成されてきたのかを知って、打ち解けて、繋がる。
そんな話をしていると、たまたまそこにいる誰かの知り合いが店に入ってきて、またそこから繋がりが生まれていって、気づいたら仕事の広がりも生まれてる。そんな時代だった。
一方で今は効率性・合理性を追求する時代。経済合理性を理由に車も持たないし、スマホで時間がわかるから高い時計もしない。どんな車が好きか、時計がいいかなんて切り口から会話が広がることはない。仕事は「決められた労働時間内でいかに“作業”を進めるか」が大事。労働時間外の繋がりは求められなくなっているから、「飲み」は減った。食事もスマホでオーダーすれば30分以内に届けてくれる。
こうした変化の中で当然「飲み」や「食事」での時間・空間の捉え方も変化し、それに西麻布がマッチしなくなってきているのだろう。西麻布がそれにマッチしようとしているのかしていないのかはわからないけど、40歳以上の人からしたら、それを“廃れた”と思うだろうし、結果として“変わった”ということになる。
自分は、まもなく40歳になる、キラキラの西麻布を知ることができた最後の世代じゃないかと思う。僕が西麻布によく行っていたのは、大学に入った頃、決められた時間割に必ずしも出席しなくてもよくなって、車という移動手段を持ってからだった。
「やきやき三輪」とか「麻布食堂」とか懐かしい場所はたくさんあるけど、最初は「十々」に通った。友人と、デートで、飲み会で、大学生は男女問わず焼肉好きだから十々に行っておけば間違いなかった。馬鹿の一つ覚えとはまさにこのことで毎週のように行った。数年前に久しぶりに行ったけど、ジャンキーなねぎタン塩の味わいは変わりなく、当時いたスタッフさんも変わりなく、相変わらずの西麻布がそこにはあった。
十々の上にあった「ベランダ(閉店)」や交差点の「テテスカフェ(閉店)」は待ち合わせの定番だった。忘れがたいのは「キッチンヌノ(閉店)」。西麻布にあって超リーズナブルで心の中からあったまる食堂で、オムライスとほうれん草バター炒めとか美味しかった。
飲んで帰る前は「かおたん」か「赤のれん」でラーメンを、「ドゥリエール(閉店)」か「ペーパームーン(閉店)」でケーキを食べたりした(ちなみに、なぜかいまだに一度も「ホブソンズ」は食べたことない)。
「ワインバーツバキ」に連れて行ってもらったこともあった。オーセンティックでクラシカルなワインバーだけど、ただのバーではなくフレンチレストランのようでもあり、「なんだここは」と思ったのを覚えている。アンティークの家具と仄暗い灯りに包まれて、魔術のように、でもフレンドリーに語り掛けてくるミステリアスな店だった。
最高峰の素材を使った食事とワインをしこたまご馳走になり、目ん玉飛び出るような金額だったということを教えてもらった。二十歳前後の頃にそうして色々な人にお世話になって、様々な世界を垣間見させてもらったことが、今の自分の礎を築くうえでいい刺激のひとつとなったことは間違いない。
今、西麻布に行くことは年に2、3回。行くのはいつも同じ友人と。行く店もたいがい決まっていて、「鳥よし」か「笄鮨」、最後に「KANEMATSU」で一杯飲んで帰る。
鳥よしは、言わずもがなの焼き鳥の総本山のような名店。都内の人気焼き鳥屋の店主や焼き手はだいたい鳥よし出身じゃないかというほど。おまかせで最後にちょうちん食べて帰るのがお決まり。
笄鮨は、交差点から少し外苑方面へ。かつて西麻布は笄町と呼ばれていたわけだけど、まさに西麻布の町寿司という佇まい。気取らず肩肘はらずに口福を満喫できる。こじんまりしていてアットホームだから、かための緑茶ハイが進んでしまう。
どちらも昔の西麻布を彷彿とさせるキラキラ感はなく、かと言って下町のベッタベタな感じもない。飾り気なく庶民的な中に心が静かに落ち着ける趣があって、そこでは相も変わらず、ウマいメシの話、誰がどーしたあーしたという話、昔の思い出話、、、毎回同じ会話に花が咲く。
どれだけ高い効率性と合理性が求められる世の中になったとは言っても、ZOOM飲みとUBERでの家飲みで人の欲求が満たされるわけではない。お隣さんから「今日は肉じゃが作り過ぎたからおすそ分け~」とか言われたら鬱陶しいけど、すれ違えば挨拶するくらいの関係性は築いておきたい。
会社の先輩に毎晩のように飲みに誘われたらうざいけど、大仕事を成し遂げた後くらいは行ってもいいだろう。大切なのは、「美味しいものをいかに安く近いところで食べるか」ではなく、「誰とどこで同じ時間・空間を共にするか」。
時代が変わって、インフラが変わって、価値観が変わっても、僕らがAIロボットではなく感情と理性を持った人間である以上、それは変わらない。「どんな相手とどんな飲み方をするか」というスタイルは変わっても、食事が栄養補給のための“ルーティン作業”ではなく、人とつながって、楽しんで、学びがある“場”である以上、西麻布にはずっと人と人をつなげる街であってほしいと思う。

焼肉十々

  • 東京都港区西麻布3-24-20 西麻布霞町ビル1F
  • Tel.050-5571-6381

鳥よし

  • 東京都港区西麻布4-2-6 菱和パレスB1F
  • Tel.03-5464-0466

笄鮨

  • 東京都港区西麻布2-10-5
  • Tel.03-3797-0408
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman