特集|「ピルエット」のつくりかた|Chapter 2 生産地から厨房、厨房からテーブルへ。
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2015年5月28日

特集|「ピルエット」のつくりかた|Chapter 2 生産地から厨房、厨房からテーブルへ。

特集|「ピルエット」のつくりかた
食を通じて描くあたらしい東京の未来

Chapter 2 |生産地から厨房、厨房からテーブルへ。旅する食材が人と人を繋ぐ。

食の複合スペース「ピルエット」が目指す、だれもが日常的に本物に触れることができる豊かな食の世界。Chapter 2では、それを料理で表現するエリック・トロション氏と小林直矢シェフの声をお届けする。彼らがピルエットを舞台に伝えようとするスピリットを通して、オープンを目前に控えたこの場所の“いま”を感じてほしい。

Text by MONZEN NaokoPhotographs by CONTRAIL

――パリにあって、いまの日本にないもの。
「ピルエット」のつくりかた(Chapter 1)を先に読む

「採れたての食材がもつエネルギーをそのまま届けたい」

価値観と目的を同じくする大人たちが、業種を超えてあらたな場所や体験の提案を目指す「コントレイル」。代表の森健一氏とアートディレクションを担当する伊藤洋氏は、パリへの視察で「ここにあっていまの日本にない」食文化を見た。レストラン、ビストロ、エピスリー、マルシェ。彼らに多くの刺激と示唆を与えた場所のなかにあって、ひときわ理想に近いレストランの一つが「Semilla(セミーヤ)」だった。

「ピルエット」のアドバイザリーシェフ、エリック・トロション氏

非常にカジュアルでフレンドリーでありながら、本格的な料理が楽しめると人気のビストロ。素材にこだわりをもち、メニューには食材の生産地や生産者を記載している。このセミーヤの料理をプロデュースするのが、フランスのM.O.F.(国家最優秀職人)受賞シェフのエリック・トロション氏だ。

「M.O.F.受賞シェフが携わっていながら、看板もなくフランクで、リーズナブルな値段。まさにカジュアルシックな店だと感銘を受けました」(森氏)。森氏が経営する「グローヴディッシュ」の仕事で接点をもった二人は、周囲の人びと曰く「多くの言葉を交わさずとも根本が通じ合っている」という。トロション氏の技術とパリならではのエスプリを注ぎこむべく、森氏は彼をアドバイザリーシェフとしてピルエットに迎えることにした。

早速、トロション氏にピルエットの料理について聞いてみることにしよう。「“今日届いた食材をどう生かすか”に集中したいと思っています。新鮮な食材を謳う飲食店は数多くありますが、毎日その日に届いた食材でメニューを組み立てることは、実際そんなに簡単ではありません。ですがここでは食材のクオリティと鮮度を第一に考えて、メニューを決め込まないことにしました。

わたしは、採れたての食材がもつエネルギーをできるだけそのまま届けることに料理の醍醐味を感じます。作る人、料理する人、食べる人。皆が関わるそこには、食の喜びのエッセンスが詰まっています。当日届いた食材を使って、毎日新しい料理が生まれ、どんどんメニューを変えていく店。運営面で厳しい部分があるかもしれませんが、セミーヤにも生きるこのスピリットをもって挑戦をしていきたいですね」(トロション氏)。

「ピルエット」には毎日のように埼玉の「須永農園」から野菜が届く。視察に訪れたトロション氏も、野菜の質と生産者の志を絶賛する

フランスが教えてくれた食材の大切さ

トロション氏がその才能を認めるのが、ピルエットの厨房を預かる小林直矢シェフだ。パリ(フランス)にあって、いまの日本にないもの。それを感じていたのはコントレイルのメンバーだけではない。日本で数店のフレンチレストランを経て、フランスに渡った小林シェフもその一人。1年の滞在を経て、帰国するころにはすっかり価値観が変わっていたという。

森氏、伊藤氏が現地で心から食事を楽しむ人びとの姿を目の当たりにしたように、小林シェフもまた、料理人の視点からフランスの人びとが「人生を本当に楽しんでいる」と実感していた。国籍も年齢も関係なく、実力があれば認められる。上下なく心から言葉を交わし、おなじ目標を目指す。人と人が関わりあって生まれるレストランという場所で、このシンプルで明解な環境は料理人に余計なストレスを与えず、よいパフォーマンスを生み出す。

トロション氏とおなじく、小林シェフも食材を重視している。フランスで最初に訪れた南仏の食材は瞬く間に彼を魅了した。日本でも少しずつ生産者を訪ね、食材の魅力に惹かれはじめていたが、イタリアとの国境で世界最高レベルの上質で新鮮な食材と向き合い、食材こそ自分の料理にとってもっとも大切なものだと考えるようになったという。

「渡仏が自分の料理を決定付けました。テクニックが生きる料理もありますが、それは自分一人で完結できるもの。食材は人との関わりによってもたらされるものです。作り手という意味で、生産者と自分に共通点を感じることもありますし、彼らの話を聞くことは非常に勉強になります。

人と深く関わって、食材と向き合いたい。ぼくが重きを置くのは、食材というより人と言ってもいいかもしれません。試作中の現在も、野菜は主に埼玉の『須永農園』から仕入れています。肉や魚に関しても、これから生産者や漁師の方がたとの繋がりを一層強くしていきたいですね」(小林氏)。

「ピルエット」の厨房を預かる小林直矢氏

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食を通じて描くあたらしい東京の未来

Chapter 2 |生産地から厨房、厨房からテーブルへ。旅する食材が人と人を繋ぐ。

スペシャリテをもたない、日々変化と革新のあるキッチン

具体的なメニューについても現時点での最新情報を聞いた。ビストロでは冷前菜、温前菜、メイン、コーヒーと小菓子からなるプリフィックスコースを予定している。価格は5000円(消費税別)。デザートやチーズは別料金で。“気軽に”というコンセプトのもと、上質で新鮮な食材を可能な限りリーズナブルに提供するには、生産者と一体となった取り組みが不可欠だ。

「2カ月に1回程度のペースで来日したい」と熱く語るトロション氏

小林氏の言葉通り、ピルエットでは自分たちで食材を探し、生産者を訪ね、集め、受け手のもとに届けるという流れを作り出そうとしている。

「よいものを広く伝えるためには食材を販売する場も必要。エピスリーではビストロとカフェで使用する食材を販売するほか、お客様が希望する食材を料理にすることも可能です。須永農園を訪ねたとき、野菜の質の高さと生産者が強い信条をもちながら自然体であることに驚きました。前面に出さずとも、当然のように有機栽培をしていることがその一例。

料理人も生産者も自然に敬意をもつべきですし、それをお互いに感じ取って、信頼し合う関係性はかけがえのないもの。ビストロとカフェ、そしてエピスリーを通して、どんな生産者の手で、どうやって作られた食材なのかが、きちんとお客様の目にみえるようにしたいと考えています」(トロション氏)。

毎日素材との真剣勝負を挑む彼らの店に、スペシャリテ(店の看板料理)は存在しない。「自分の料理をお客様に押し付ける気は全くありません。逆に、それぞれのお客様に自分だけのスペシャリテをつくって頂けたらと思います」(小林氏)。「決め込んだものを作るより、料理人にとってもお客様にとっても変化があるほうが楽しいのではないでしょうか? 変化をしつづけることは、自分の信条でもあります。特に若い料理人にとっては、さまざまなアクションを起こして革新をしていくことが大切。技術も重要ですが、それをベースに常に新しい挑戦や発見をしてほしいですね。このプロジェクトはぼくにとって単なる仕事ではなく、ヒューマン・ビジネス。ただ技術を教えるというだけではなく、自分も一丸となって皆で成長していきたいと思っています」(トロション氏)。

セビーチェにしたトマト(左上)や新鮮な花付きズッキーニ(右上)など、野菜はすべて「須永農園」から届いた採れたてを使用。岩手短角牛と五島列島産のスズキのルーロー(巻いたもの/下左)、ブイヤベース仕立てにした五島列島の黒ムツ(下中央)など、魚介類は主に懇意にする長崎の業者から仕入れる。岩手短角牛と須永農園の野菜のロースト(下右)は、熱き生産者の思いが一品に凝縮されたかのよう

ビストロでコース料理を提供する一方、カフェではより小さいポーションで、一人でもさっと食べられるメニューを用意する。クッキングクラスのほか、週末にはたっぷりの野菜と大きなかたまり肉を切り分けて、皆でシェアする料理を提供するなどの試みも計画中だ。

一人でも、大勢でも、一杯飲むだけでも、野菜を一つ購入するだけでも大歓迎。ピルエットはメニューと同様に、足を運ぶ目的も限られたものではなく選択肢が多く自由だ。豊かな食を軸に、あたらしい発見や楽しみが感じられる場所の提案。作り手と料理人、料理人とゲスト、さらにはゲスト同士。この場所を舞台に、食材が人と人を次々に繋いでいくに違いない。

パリにあって東京にないもの、本物が日常に存在する豊かな食文化、人と人との繋がり……。全く別の日に行ったChapter 1の取材(森氏、伊藤氏)とChapter 2(トロション氏、小林氏)の取材から浮き上がったキーワードは、期せずしておなじものだった。もちろん両者が事前に示し合わせたものではない。仲間も場所もタイミングも、人がもつ強い意志とパワーが引き寄せる。仕掛け人と料理人、双方に響く通底音はオープンを目前にして、大きさと広がりをさらに増しつづけている。

最終回のChapter 3では、ピルエットの受け手にフォーカスする。食の新たな未来を描く場所は、どう受け手に響くのか。本物を知る大人たちをナビゲーターに、ピルエットの世界を感じてみよう。

Pirouette|ピルエット
住所|東京都港区虎ノ門1-23-3 虎ノ門ヒルズ ガーデンハウス 1階
Tel. 03-6206-6927
営業時間|[ビストロ] ランチ 11:30~14:30(LO)、ディナー 18:00~21:30(LO) ※土曜・日曜・祝日は17:30~21:00(LO)
[カフェ] ランチ 11:00~15:00、ティー 15:00~17:00、ディナー 17:30~22:00(LO) ※土曜・日曜・祝日は21:00(LO)まで
[エピスリー] 11:00~23:00 ※土曜・日曜・祝日は22:00まで
オープン日|9月3日(水)
http://www.pirouette.jp
http://contrail.cc/
https://www.facebook.com/contrail.cc

――パリにあって、いまの日本にないもの。
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