祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.19 新澤醸造店 五代目蔵元杜氏 新澤巖夫さん
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日本各地で徹底したこだわりを持って酒造りをする醸造家(マスター)を招き、世界でも名高いホテルを舞台に素晴らしい料理と空間で特別な一夜を楽しむ「The Master of Craft Sake」シリーズ。3回目の磯自慢に引き続き、昨年11月中旬パークハイアット東京にて開催された第4回目のゲストは、宮城県の地酒銘柄としてファンを増やし続けている「愛宕の松」や「伯楽星」を醸造する新澤醸造店。会場で蔵元杜氏の新澤巌夫さんに話を伺った。
Interview by SUKEZANE TomokiPhotographs by YABUKI Takemi (W) Text by ANDO Sara (OPENERS)
料理とともに楽しむ究極の食中酒を造る新澤醸造店
新澤醸造店は明治6年(1873年)に創業後、140年以上宮城県で酒造りを続けてきた歴史ある老舗酒造だ。今回の「The Master of Craft Sake」では究極の食中酒と銘打たれる「愛宕の松」や「伯楽星」をはじめとする日本酒6種類をラインナップ。来場者たちは、このイベントのためだけに用意された「ピーク ラウンジ & バー、バンケット」の森田武二・イベント料理長によるスペシャルペアリングディナーとともに堪能した。
祐真朋樹・編集大魔王(以下、祐真) 1873年創業ということですが、伝統ある老舗酒造ですね。新澤さんで何代目になるのですか?
新澤巖夫さん(以下、新澤) 2011年に父が亡くなり、私で5代目になります。ちょうど東日本大震災の年で、明治6年建造の蔵を移転するタイミングでした。蔵は倒壊こそ免れましたが、柱や土台が斜めに傾くなど蔵は壊滅的でした。仕込んだばかりだった数万本の酒瓶は割れ、大型タンクで熟成中だった酒もほとんどが廃棄処分となってしまい、言葉通りゼロからのスタートでした。
祐真 想像ができないほどの災害だったと思います。ですがそのように甚大な被害を乗り越えて復興し、さらに新しい発展を築かれているのは素晴らしいです。「伯楽星」をスタートしたのもその頃ですか?
新澤 「伯楽星」を立ち上げたのは2002年ですね。実はその当時、父の代に積み重なった債務などもあり、経営環境は厳しい状況でした。それでもなんとかやってきていた時にあの震災が起きたんです。元あった蔵から約70キロ離れた蔵王というところに製造蔵を建てて、新しい蔵の負債を抱えながらも、今日まで頑張ってくることができました。
祐真 なるほど、そうだったのですね。前回の磯自慢さんの回から中田英寿さん主催のこのイベント「The Master of Craft Sake」に参加させていただいているのですが、僕の中で日本酒のイメージがガラッと変わってしまいました。新澤さんはどう思われますか?
新澤 このような日本酒のイベントって、実は海外ではよく開催されているんです。私たちもよく参加させていただいているのですが、逆に言うと日本が少ないんですよね。海外では500ユーロ以上の本格的なイベントが主流なのに比べて、日本で開催されるものは参加費3000円など、パフォーマンスの一環としてのイベントが多いと感じます。そうなると集まる客層も一緒になってしまうので、個人的には1000円のイベントがあっても10万円のイベントがあってもいいのではと思っています。最近では日本酒に目を向けていただくことが多くなってきていることもあり、私たち側としては鍛えられるので、励みにもなりますし。
祐真 海外でこのようなイベントが開催されるようになってどれくらい経つのでしょうか?
新澤 10年、20年とありますよ。いらっしゃるお客さまたちも、確実に興味を持って参加されていますね。日本酒が好きでいらっしゃる方がほとんどです。
祐真 どの国で行われることが多いんですか?
新澤 例えばオーストラリアですね。以前は関税が厳しかったのですが、規制が緩和されて日本酒の輸出量が伸びているんですよ。日本食の人気はもともと高く、一時期ワインなどに合わせて提供されていたレストランも、今では日本酒と合わせるところも増えて来ていますしね。
祐真 日本酒とシーフードの組み合わせも最高ですよね。
新澤 それから日本に対して好印象を持っている国は関税もスピーディなんですよ。時間がかかればかかるほど日本酒の品質が著しく落ちて、現地の人たちにまずいと思われてしまってはいけません。日本酒を美味しいと思って飲んでもらうには、やはり香港や台湾などがてきめんに良いですね。あとは、アメリカやヨーロッパも伸びてきています。
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食事に合う、飲み飽きない「食中酒」という新しいジャンル
祐真 ロンドンでも日本酒の人気は高いそうですね。
新澤 そうですね。アルコールに対してのリスペクトがありますね。ただ、この2、3年で感じたことですが、フランスの日本酒への愛情は目を見張るものがありますよ。
祐真 フランス人も日本食好きが多いですよね。
新澤 ラテン系の中でも、フランス人はまじめに懐石料理を食べてくれるんですよ。フランス人も変わってきたのかもしれません。褒めるけど受け入れはしないというか、ほかの国をリスペクトしないようなところが昔はあったような気がします。2015年の11月に起きたテロ以降、彼らは「フランスを、パリをどう思う?」と真剣に聞いてくるようになりました。自国の弱点をさらけ出しながらも、もっと良くしていきたいというのが伝わってきます。
祐真 テロ後にフランスへは行きましたか?
新澤 実はテロの時、パリに滞在していたんです。宿泊していたルーブル美術館近くのホテルでテレビを見ていたら、突然ニュースが流れて大騒ぎでした。正直よくわからなかった、というのが本当のところです。翌日ボルドーに向かったのですが、電車もタクシーもあらゆる交通機関が麻痺してとにかく移動が大変でした。銃を持った兵士がたくさんいて、ただ事ではない雰囲気が街中に広がっていました。厳しい検問のチェックが行われ、太っている人は服の中に何か隠しているだろうと疑われやすいのでヒヤヒヤしていたら、前の人が捕まったりして。
祐真 お仕事でいらしていたんですか?
新澤 はい、ワインの勉強を兼ねて、社員を引き連れての渡仏でした。今、うちに就職する子たちは関東圏出身者が多いんです。親御さんの立場に立ってみると「せっかく大学まで出したのに、なんで東北の零細企業へ?」と思う気持ちがわかります。だから本人だけでなく、ご家族全員に認めていただかないと、と思っています。完全週休二日制で、残業も事前申告のみ。休みなしにストイックに働くことがいいという時代もありましたが、メリハリが重要だと思っています。社員には毎月有休を取らせて実家に帰らせるようにしています。月に一回以上帰っている子なんかは親御さんに「また帰ってきたの?」と言われているみたいですよ。
祐真 素晴らしい会社ですね。
新澤 それに、田舎でもツッパッていたいじゃないですか。お父さんにも「宮城に就職したけど、今うちの娘、フランスに出張で行っているから」って喜んでもらえれば嬉しいですね。
祐真 お父さんも自慢の娘ですよね。夢のある職業だと感じます。
新澤 そうありたいと思っています。
祐真 素敵だと思います。新澤醸造店さんが出されているお酒で特徴的なものはなんですか?やはり「伯楽星」なのでしょうか。
新澤 食事に合う酒だとか、飲み飽きない酒という「食中酒」というジャンルで勝負しているので、そうですね。食事との相性とかペアリングではなく、お腹いっぱいでもなぜか飲めてしまうお酒を目指しています。そのためにはキレをどれだけ良くするかということが肝心になってきます。後味はスパッと切れないといけないんです。
祐真 新しいジャンルを確立されたことは本当に素晴らしい功績ですよね。後味が切れるのは辛口だからだとか、甘口だからということは関係するのでしょうか?
新澤 逆に辛口でも、ビリビリ残るものもありますよね。甘くてふわっとしていてももう一回口にしてみよう、と何度も飲みたくなるものもあります。お酒の見返り美人、というような感じでしょうか。実はそのほうが鮮やかなんですよね。もう一回味を確かめたい、と思ってもらえる日本酒を造り続けたいです。
祐真 酒作りはだいたい何月からかかりっきりになるんですか?
新澤 うちは醸造に徹した蔵を目指してきているので、冷蔵完備して11ヵ月作っています。7月だけは梅酒を造っています。
祐真 伯楽星もそうですが、ボトルに女性らしさを感じます。男性的なものを感じないのですが、これはブランディングなのでしょうか?
新澤 実は書は女性が書いているんです。凛としている書であればいいのですが、完璧に海外に出ていくことを視野に入れているので、ラベルもアウェーで勝負しようと思っています。
祐真 ヒデさんの念願と一緒ですね。
新澤 レベルが違いますけどね。ホームだとライバルを蹴落としてでも勝ちたくなるじゃないですか。海外だとライバルと一緒に頑張るというか。そっちのほうが純粋で良いと思うんです。同業者であり、ライバルであり、仲間でありたいですね。
祐真 そのほうが広がりますよね。世界に出ればどっちかがタイトルをとれたらおめでとうとなりますしね。
新澤 そうなりますよね。組織力ではなくて純粋に戦っていたいんです。このまま信念を貫けば、迷っても走り切れるんじゃないかなと思っています。
祐真 最後に、今後の目標はありますか?
新澤 温故知新ですね。守っていくべきものと変えていくべきものを大切にしながら、奇をてらわずに着実に進んでいきたいと思っています。奇をてらって数字が上がると、麻薬のようにもっと強い薬が欲しくなってしまうので。できるだけギアを入れすぎずに、地味なことを疎かにせず、昨日とひとつ違う仕事をしようと心掛けています。
祐真 地味なことと言いますと?
新澤 派手なほうが目がいきますが、目がいくのは品質だけであってほしいと常々思っています。雑誌に載るから、テレビに出るからとかではなく、おかわりしたくなるほど美味しかったから、と言ってもらえるように頑張っていきたいです。
祐真 今日は素敵なお話をありがとうございました。
新澤 こちらこそありがとうございました。