ルイ13世 Chapter 16 アンバサダー 吉田修一
LOUIS XIII|ルイ 13世
アンバサダーインタビュー13
吉田修一(作家)
途方もない年月と妥協を許さない酒づくりによって生み出される唯一無二のブランデー、ルイ13世。その魅力を広く伝えるべく選ばれた13人のアンバサダーたちが、グランド ハイアット 東京の「メゾン ルイ13世」(バー「マデュロ」内に展開する期間限定スペース)からお届けするインタビュー。最終回となる第13回目は、映画も大きな話題となった『悪人』をはじめ多くの著作があり、現代日本を代表する作家のひとりとして広く海外にも読者をもつ作家の吉田修一さん。
Text by MONZEN NaokoPhotographs by IGARASHI Takahiro
妥協の純度
ルイ13世が誇る“妥協のない酒づくり”……仕事をするうえで妥協をしないということは非常に立派なことですし、そう言い切りたい気持ちはあるのですが、自身の仕事にかんして言えば、いままで“これが100%”と小説を送り出したことはないんです。
表現に絶対はないという創作の性質上のことだったり、時間など物理的な制約によるものであったりと理由はひとつではありませんが、毎作“完璧”と言い切れることはなくて、自分のなかでどこかの段階で折り合いをつけて発表をしている。ただ、その折り合いをつける精度の地点は回を重ねるごとに高くなり、純度を増しているといえます。前回辿り着けなかったところへの反省を次に活かして、少しずつ妥協と目指すところへの距離を縮め、精度と純度を上げる。その錯誤と継続の軌跡がこれまでの作品たち、ということになるかもしれません。
酒づくりのようにつくり手が“職人”であればあるほど、自身の仕事に対する満足のハードルは高いはず。なかなか完璧と言い切れることはないように思います。少しあまのじゃくな意見のようですが、ルイ13世のつくり手にしても、どこかの段階で妥協している部分があるのではないかと思うんです。
ただ、100年以上もの間揺るぎない評価を得てきたうえでの“妥協の純度”はものすごく高い。これまでにつくられてきたもの、前につくったものの質を維持するというだけでも大変なことなのですから。それが他者の目に“まったく妥協のない仕事”と映ることは少なくないでしょうね。
意識を内側に向ける酒
普段酒は家でというより、外で食事に合わせて飲むことがほとんど。和食なら日本酒、洋の食事であればワインと料理に合わせてなんでも飲みますが、軽くごくごくというよりはじっくり飲める熟成感のあるものが好きです。ゆっくり楽しみたいといえばルイ13世はその最たる酒かもしれない。喉を落ちた後、長くつづく余韻と香り。飲んだ後に喋らないほうがいい酒ですね。飲んだ端から意識が内側に向いていくようなイメージ……単体で満ち足りた気分になる酒なので、普段の飲み方とは逆に、なにも合わせずじっくりと一本で楽しみたい。
モルトウイスキーの醸造所が数多くあることで有名なイギリスのアイラ島に取材で行ったことがあります。そこで美しい自然に囲まれて屋外で飲んだ酒がすごく美味しかった。自分のなかではルイ13世は夜ではなく昼間のイメージ。いつかアイラ島で味わった酒のように、自然のなかで楽しみたい酒です。緑もいいし、雪も合いそうですね。
ちょうど昨日まで、合掌造りで知られる富山県の南砺市にいました。そこで見た雪景色にもこの味わいは合うだろうな、と思います。大雪の後に訪れた晴れ間の静かな風景。ルイ13世がもたらす、自分の内側に入っていくような感覚を楽しむには、外側からの刺激はないほうがいい。他者との会話、美味しい食事……そういったものではなくて、大きく美しい風景とそのなかにある自分自身。閉じた空間ではなく開かれた場所に身を置くことで、より内側に向かう意識が冴えて感じられるようにおもいます。
作中に登場させるなら
ルイ13世を自分の作品に登場させるとしたら……ちょうどもうすぐ、4月に『太陽は動かない』(幻冬舎)という新作を予定しています。産業スパイの主人公が中国、モンゴル、シンガポールなどアジアを動きまわる話です。いまいる「マデュロ」のようなホテルのバーを描いたシーンも多く、酒もたくさん登場します。すでに書き終えてしまったのが残念ですが、ルイ13世を登場させるにはぴったりの物語でしたね。
そのほかの今年の予定としては、『横道世之介』という作品の映画化が決定しました。この3月に撮影がスタートして、来年の年明けに公開されます。監督は『南極料理人』の沖田修一さん、脚本は前田司郎さん、出演は高良健吾さんと吉高由里子さんです。ぜひ、楽しみにしていてください。
プライベートでは先ほどお話した富山県の南砺市にまた行ってみたいと思っています。気に入った場所は繰り返し何度も訪れるほうなのですが、夏には野外劇場を備えた利賀芸術公園で現代劇団SCOT(Suzuki Company of Toga)の複合型公演「サマーシーズン」が開催されるというので、それに合わせて行ってみたいなと。夏の南砺にもきっとルイ13世は合うんじゃないでしょうか。
吉田修一|YOSHIDA Shuichi
作家。1968年長崎県生まれ。文學界新人賞を受賞した『最後の息子』で1997年にデビュー。2002年に『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。朝日新聞に連載した『悪人』で2007年に第61回毎日出版文化賞、第34回大佛次郎賞を受賞。『悪人』は李相日監督との共同脚本により2010年に映画化されたほか、欧米やアジア各国でも翻訳版が発行されている。ジャンルを横断する多彩な作風で知られ、そのほかの主な著書に『さよなら渓谷』、『平成猿蟹合戦』、2010年に第23回柴田錬三郎賞を受賞した『横道世之介』など。作品は英、仏、中、韓国語にも翻訳されており、国外からの支持も厚い。