祐真朋樹対談|Vol.4 料理人 須賀洋介さん
Page. 1
フランスの三ツ星シェフ、ジョエル・ロブション氏を支える重要なスタッフとして16年間働いてきた須賀洋介さん。彼がこのたび独立、東京・神谷町にラボを開設するという。これまで、世界中のグルメを唸らせてきた須賀さんの新構想となれば、通り一遍のフレンチであるはずはない。彼はなぜ、神谷町という地にラボを開設しようと思ったのか。そして、そのラボ兼レストランで出したいと考えている料理とは、どんなものなのか。
Photograhs by YAMAMOTO YukiInterview by SUKEZANE Tomoki
ジョエル・ロブションの元で16年。ついに自分のラボを開設
祐真朋樹(以下、祐真) 2009年にインタビューさせていただいた『Beacon Fire』(祐真は当時、この雑誌の編集長を務めていた)を持ってきたんですが、覚えてますか?
須賀洋介さん(以下、須賀) 覚えてますよ。なつかしい。どうですか? そのころと僕の言ってること、変わってますか?
祐真 いやいや、変わってませんよ。このころからいいことおっしゃってましたよ。このインタビューの最後に「夢は自分の店を持つこと」とおっしゃられていましたが、ついにその夢が実現するわけですね。
須賀 そうですね〜。やっと独立できました(笑)。
祐真 このインタビューをしてから6年が経ちましたが、その後、NYから台湾に移り、そしてまたパリに行かれたんですよね。台湾にはどれくらいいたんですか?
須賀 オープンの半年前から入ったので、1年半ですね。
祐真 で、パリに3年半? 結局、ロブションさんのところには何年いらしたんですか?
須賀 21歳のときからですから、16年ですね。
祐真 長いですね。そんなに長く働いている方って、ほかにもいらっしゃるんですか?
須賀 いやいや、いますよ。東京でも、「タイユバン・ロブション」の時代からずっと働いている方が数名いらっしゃいますし、パリにも30年くらいロブションさんといっしょにやっている僕の兄貴分のスタッフが、ふたりいます。サービスのトップと料理のトップです。
祐真 エリックさん(※)も?
須賀 そうそう。エリックさんはロブションさんの影武者のような方で、僕の尊敬する先輩でもあります。顔がサイボーグみたいに怖いんですけど(笑)、本当に優秀。
祐真 彼が厨房にいると、その場の空気がピシっと締まりますよね。
須賀 そうです。軍曹みたいな方です。ロブションさんとエリックはいま、あたらしい店の立ち上げでバンコクにいます。バンコクといえば、僕たちにとって非常に思い出のある場所で、もう15年以上前に、ロブションさんとエリック、それに僕とで、バンコクのマンダリンオリエンタルで開かれた料理フェアに参加したことがあったんです。
僕がまだ23、24歳で、エリックもまだ35、36歳で若かった。10日間くらい開催されていたんですが、毎晩、夜中の2時ごろまで翌日の仕込みをして、そのあとトゥクトゥクで街に繰り出し、夜の社会見学に出掛けて……この時間しか自由時間がなかったので(笑)。で、また朝の6時ごろから仕込みに入る、みたいなエネルギッシュな数週間を送っていました。楽しい思い出です。昨夜、そのバンコクにいるエリックから、トゥクトゥクに乗ってる写真とか、昔とおなじことをやってる写真が送られてきました(笑)。
祐真 ロブションさんやエリックさんと良好な人間関係を築いたままでいられるというのは、素晴らしいことですね。
Page. 2
レストランではなく「ラボ」。果たしてその意味は?
祐真 そんな長いロブション経験を経て、2015年、ついにご自分の店を出されるわけですが、そこで一番やりたいことは何ですか?
須賀 僕は高校を卒業後、大学へ行かずに18歳で就職して料理の道へ進んだわけです。今年でちょうど20年になります。最初、ちょろっとフランス語の勉強のためにフランスに行ったりはしたんですが、銀座のホテルに就職して、その後ロブションに入りました。
僕の料理人としての人生を形成したのはロブション。それは、まちがいないと思います。ロブションの料理というのは決してアバンギャルドなものではなく、「どうしたら美味しくなるか」という本質を探求したものだと思うのですが、そのあたりの考え方が僕の方向性とも合っていて、だからこそ長くつづけられたんだと思います。でも、ロブション出身の料理人の多くが、師匠が理想的過ぎるがために、独立後、自分の料理というものを見いだせないまま、なんとなくロブション風になりがちなんですよね。
僕も、経歴にはロブション出身というものが大きく付いてまわりますので、今後の課題は「自分の料理」を見つけていくことだと思っています。
今度オープンする店は、昼は営業しません。店をラボと捉え、さまざまなトライアルから自分の料理を作り上げて行くつもりで、昼間はラボとしての研究開発に当てたいと考えています。これまではロブションさんのたくさんある引き出しからレシピを引っ張り出して、「あ、茄子ならこれでいこう」「この食材はこれでいこう」というふうに、皿の上での構成を考えればよかったわけですが、これからは、それは通用しません。まず美味しい食材を探し出し、実際に触って、どうやったらもっとも美味しく食べられるか考える。そうやってゼロから自分の料理を創作していかなければいけないと思っています。この店は、そのための実験室でもあります。
祐真 ロブションでの経験は、いい意味でのベースにはなるのでしょうが、その上で、須賀さんの独自路線はどのような方向に行くのでしょうか?
須賀 フランス料理というと、ある意味無駄とも言える―――まあ何が無駄かというのはいろいろありますが―――余分な時間を費やすことって、たくさんあるんですよね。たとえば野菜はこういうカットにしてとか、盛りつけの手間とか。もちろんそれが芸術だったりするわけですが。
祐真 美しいですよね、皿が。
須賀 はい。でも僕としては、もっと本質的なところ、つまりそれが本当に必要なのかどうか、という点を考え直していきたいと思っています。ロブションには、クオリティの精度を高く維持するために、野菜のカットはこう、肉はここまで掃除する、アスパラガスのむき方はこう、という決めごとがしっかりあって、それを僕も後輩に「こうするんだよ」と教えていたわけですが、自分の店ではそういう決まりごとはなく、自分が純粋にどう思うかでやっていくわけですから、そこが楽しみではあります。自分のキッチンで落ち着いてメニューを構成していけますからね。もちろん作るのはフレンチではあるのですが、たとえばまあ、星付きのフレンチレストランで最後に白米を出す、っていうのはないと思うんですが……。
祐真 ないない。でも欲しいよね(笑)。僕はときどき「あ、これに白いご飯があったら最高」と思うことがあります。ステーキに、とかね。
須賀 そうですよね。僕も日本人なのでわかります。むしろロブションさんも、そこに抵抗はないんじゃないかと思うんですよね。でも日本人のフレンチのシェフって、なるべくフレンチから外れないようにしていこうと思うわけですよ。店の雰囲気も、料理のテクニックも。僕も別にフュージョンをやろうとは思わないのですが、食べたいものを出すという意味では、ご飯も出したい。
祐真 それはすごく壮大なトライアルだと思うけど、僕は絶対に欲しいです、ご飯(笑)。東京でフランス料理を食べると、「なぜに白飯がない!?」といつも思います。
須賀 じつは精米器も用意して、精米したての米を土鍋で美味しく炊いて出したいと考えています。京都にいくと、ものすごく美味しいご飯を出す店がたくさんあるじゃないですか。それを僕がやっちゃいけない理由はないんじゃないかな、と思うんですよ。たとえば炊きたてのご飯に、卵とトリュフをのせたりとかね。
祐真 あれは旨い! 麻布で食べたことあります。最初はどうかな〜と思ったけど、ひと口食べたら「旨い!」と納得しました。
須賀 美味しいですよね。だから僕、今回の店/ラボではフレンチだけを研究開発したいとは思っていなくて、むしろ日本が世界に誇る「食・レストラン・アート」にまつわるコンテンツ―――それは料理や食材に限らず、有田の焼き物だったり、広島の金屏風だったり―――そういう素敵なものを海外に発信する場にもなればいいな、と思っています。
Page. 3
日本とフランス、そのちがいと共通点
祐真 日本人とフランス人と、食にかんして共通するものってありますか? あくまでも僕の私見ですが、フランス人って、日本の食材の繊細さ、曖昧さみたいなものを唯一理解できるんじゃないかと思うのですが。
須賀 そうですね。食材のクリーンさがわかるというのは、日本人とフランス人に共通しているかもしれません。食べ終わったあとに、いいものを食べたかどうかがわかる、という意味で。ただやっぱり、ちがいはあります。それは食材のちがいでもあるんですが、魚にしても野菜にしても、日本のものは良く言えば味が繊細、言い方を変えれば味が薄いというか……。
なので、どんなに工夫しても、フランスでフランスの魚を使ったら日本とおなじ鮨にはなりません。舌の肥えたフランス人に大人気のパリの鮨店でも、日本人が食べたら、それはかなりちがうものに感じると思います。同様に、魚だってフランスの魚をフランスでグリルするのと、日本で獲れた魚をフランス料理でグリルするのとでは、どうしても味わいがちがいます。つまり、それぞれの風土に適した調理法、食文化になっているということだと思うんです。
祐真 なるほどね。
須賀 でもたしかに、日本人もフランス人も、食材の繊細な味のちがいがわかる国民ではあると思います。食材を大事にしますしね。MSG(化学調味料)の入ったジャンクな加工品を、日常的にたくさん食べている国とはちがうと思います。ちょっとびっくりしたのは、あるシェフと過去にフェアをしたことがあるんですが、そのとき彼は添加物をガンガンに使っていたんです。三ツ星のシェフがですよ。
祐真 ええ〜っ! 星付きのシェフが!?
須賀 着色料とかも、いっぱい使う。ガスパチョなんかも着色料で真っ赤。「これ飲んでみろよ、美味しいよ」とか言われてもねぇ(笑)。あと、何種類かのきのこを煮込む料理もあったんですが、最後にトリュフオイルを瓶からガガガガガって入れるんですよ。トリュフオイルって、添加物が入っているものが多いんですよね。フランス料理ではああいう使い方はしません。
祐真 香料とか入ってるんですよね。
須賀 すごく入ってる。きのこ自体にはすごくこだわって、厳選した素材を使っているのに、結局最後はトリュフオイル(笑)みたいな。
祐真 台無しですね。
須賀 たとえばトリュフを使うなら、それ以外のきのこを合わせるという概念はロブションさんにはなかったですね。トリュフの味を楽しむ、という考え方。そのあたりは日本的です。でもフランスのシェフのなかにも、セップ茸の料理だけど最後はトリュフをかける、みたいな人もいないわけではないです。日本の考え方とはちょっとちがいますよね。
祐真 僕ら、松茸は松茸で食べたいものね。
須賀 そう。松茸は松茸で。そういう意味では、食べるものにたいして、より本質的な良さを求める姿勢は、日本人とフランス人は似通っているかもしれません。だからフランスでは日本の料理が非常に好まれるのだと思います。でも現状、フランスにはまだまだいい日本料理が食べられる店というのは少ないんですけどね。日本人の駐在員の数が、NYやLAと比較にならないくらい少ない、というのが大きな理由だと思いますが。
祐真 なるほどね。
須賀 あ、僕の親友が、パリで「仁」(2014年にミシュラン一ツ星獲得)という素敵なお鮨屋さんを経営していますが、すごくいいお店です。それから、別の友人が経営する「レンゲ(LENGE)」という和食屋さんや、「更(SARA)」というお蕎麦屋さんもとてもいい店でお薦めです。こういうお店が増えるとうれしいですね。僕もフランスで店をやるなら、フレンチじゃなくて和のものかな、なんて思ったりします。
祐真 しかしさっきの話はショックだね。べつに大衆レベルの料理なら、日本だってフランスだって化学調味料使ってても着色料使ってても悪くないと思うけど、でも三ツ星でね(笑)、それはダメだよ。
須賀 でも、これは料理界ではタブーなのかもしれないけど、世界的に有名なアバンギャルドな料理を出すレストランのシェフたちというのは、“みんなが驚くオリジナリティのあるもの”を作ることに集中しすぎている気がします。そして、そのためには、けっこう手段は問わないというところがあります。
祐真 身体にはよくない?
須賀 もちろんよくないですし、すでに「美味しさ」も求めていないと思うんですよ。それよりなにより、技術的なあたらしさだったり、客を驚かせる演出だったり、そっちのほうに関心はシフトしているわけです。グルメな人たちも、もうそろそろ、そういうものに飽きてきているんじゃないでしょうか? もう一度食べたいとは思わないという……。
祐真 イベントとしてはおもしろいかもしれないけどね。
須賀 僕としては、そういう料理は本質的なものではないな、と思ってます。僕は「また食べたい」と思っていただけるような美味しい味を作っていきたい。そこでポイントとなるのは、やっぱり身体の栄養になるクリーンさじゃないかな。
祐真 良き食材とかね。
須賀 そうです。けっこう重たい料理、たとえばバターやクリームでも、いいものを使えば身体はラクなはずです。翌日に残ったりはしません。
祐真 わかります。翌日っていうか、僕の場合、悪いもの食べたら食後すぐにくるけどね。日本での食材探しはもうはじめているんですか?
須賀 はい。築地というのはすごい市場で、日本中のいいものが集まるのですが、それとはべつに、もっと産地と直接結びつくような関係を作っていきたいと思っています。日本には、パワーのある食材がたくさんありますからね。たとえばソテーしただけで美味しいキャベツとか。
祐真 鮮度も大事ですよね。
須賀 もちろん大事です。採れたてのパワーというのはすごいものがあります。パリだと、水曜と土曜にイエナのマルシェにチボーさんという有名な八百屋さんが出るんですが、パリ中のがんばってる料理人たちがこぞって買いに行きます。魅力はやっぱり採れたてのパワー。そういうものは非常に大事だと思います。しかも今度開く僕の店は非常に小さいし、決まったメニューを置くつもりはないので、一定量を安定供給していただく必要はありません。だから「今日は須賀くん、こんなのしか採れなかったよ」でも、かまわない。それがレンコンならレンコンで、それを使って何ができるか考える。そんなかたちを考えています。
祐真 産地直送的な?
須賀 そうです。食材は自分の足で探して歩かないといけないですが、メディアとも連動しながら、「食材探しの旅」みたいなものができたら最高ですね(笑)。
祐真 なるほど。
須賀 いっしょに漁港にいくとか、漁港の方と話して直接何かできないか探るとか。野菜や魚、そして牛や豚も、生産者にとっては「作品」だと思うんですよ。その「作品」を、いままでとはちがうレベルで世に出したいと思っている人は、たくさんいると思うんですよね。そういうところに、僕は飛び込んでいきたいです。
祐真 なるほど。
須賀 生鮮食材で、なにか特別な仕入れルートをもちたいと思っています。ほかには入らない、みたいな食材を手に入れたいです。浅草に有名な鴨料理屋さんがありますが、あそこもいい猟師さんと繋がっていて、最高の鴨を仕入れられるというところが最大の強みです。いい食材を仕入れて、上手に熟成させて、きれいに下ろして……そのすべてがプロの仕事。それはもう、焼くだけで最高に旨いわけですよ。
祐真 あそこはすごいよね。僕もビックリしました。あんな店はないよね。
須賀 食材のパワーですよね。ああいう店に入るような鴨が、実際に僕の店でも入手できたらどう料理しよう、どういう料理法だと一番よろこんでいただけるのだろうと考えると、おそらく、あんまりガチガチのフレンチにはならないのではないかと思います。
祐真 シンプルになる?
須賀 ええ。シンプルにシンプルになっていくと思います。小鴨が入ったら、ちゃーっとローストして、最終的には塩胡椒の世界になっていくのかな。
祐真 へ〜。
須賀 でもそこには、いままで培ってきた火の入れ方とか皮の焼き方とかが、かっちり入っていますよ。デザートで言えば、細かい細工がどうのというよりは、焼きたてのスフレとか、回したてのバニラアイスクリームとか、そういうものをお出ししたいと思っています。
祐真 最高の贅沢ですよね。
須賀 多分、すごく複雑なことというのは、一切しないと思います。とは言え、カットしただけのフルーツを出すというのはできないので、なにかテクニックは使わないといけませんね。
Page. 4
最初の一歩を踏み出す地として選んだのは、麻布台
祐真 お店の場所(神谷町)についてはどう考えてます?
須賀 西麻布とか六本木とか青山だと、なんと言うか、ちょっと痒くなってしまうというか(笑)、落ち着いて仕事ができない気がしたので。僕の店は、住所で言えば麻布台になるんですが、六本木からもすぐなのに雰囲気がまったくちがう。いわゆるビジネス街寄りですよね。大使館もたくさんあるし、ホテルオークラ東京もグランド ハイアットもアンダーズも至近距離にあります。
祐真 そうですよね。外国人も多いし。
須賀 ええ。これからはラボでやることを海外にも積極的に発信していきたいと思っているので、外国人が来やすいというのは大きなメリットです。それに、普段忙しくしている祐真さんみたいな人が、ふとご飯を食べに行こうと思ったときにも無理のない距離感ですし。
祐真 そういえば、ホテルオークラ東京の本館が建て替えになるのはご存じですか? 僕はあのロビーがなくなるのを非常に残念に思っています。客室だけ建て替えてロビーは残す、ってことができないんだろうか?
須賀 いいですよね、オークラ。僕も大好きです。いつの日か、ホテルオークラ東京のような日本を代表するホテルでなにか発信させていただきたい。これはもうひとつの僕の夢です。小さくていいから、世界に誇れる日本のフレンチを、日本を代表するホテルから発信したいですね。ラボも近いですし。ホテルは発信の場としては理想的。なかでもホテルオークラ東京なら最高です。
祐真 やっちゃってください! ところで店の立地から言っても、おそらく外国人の客も相当数予想されるわけですが、ラボからの発信というのは、フレンチにかぎったものだけではないと考えていいのでしょうか?
須賀 ええ、そうです。むしろ、日本の食全般を研究してみたいんですよね。たとえばカレーとかポークジンジャーとか蟹クリームコロッケとか、そういう“洋食”もやりたいと思っています。もともと僕の祖父は、戦前、日本郵船の海外航路の料理長をしていて、のちに洋食屋を経営していましたし。
祐真 ああ、そうなんですね。
須賀 そういうことも含めて、多様な飲食業態を探求してみたいと思っています。洋食って、もともとは海外から入ってきたものではありますが、日本でデフォルメされた「日本料理」だと思うんですよね。でもあまり海外に発信されてないでしょう?
祐真 たしかに。ファッション撮影のときに、よく「まい泉」のカツサンドが用意されているんだけど、あれはね〜、外人モデルがみんな大好き(笑)!
須賀 そうですよね。あれも洋食ですよね。
祐真 あの味ってさ〜、海外にないよね。
須賀 そう。ないんですよね。
祐真 僕はパリのKIOSKに、あのパッケージのまま置いたらいいと思ってるんだよね。けっこう売れると思うんだけどな。バッグに入れても邪魔にならないし。
須賀 あとラーメンですよね。この麻布台のラボでは、日によっては「祐真さん、今日はラーメン食べてみますか?」みたいなこともあるかも……(笑)。
祐真 ラーメン? いいね〜。
須賀 美味しいラーメン屋さんにうちのラボに来ていただいて、僕は技術を教えてもらい、ラーメン屋さんにもなにかフレンチの技術から参考になるものを持って帰ってもらえるといいな、と思っています。いいかたちで、いろいろなジャンルの方がたとコラボレーションして、勉強させていただきたいです。
祐真 あと、僕はビフカツも好きなんだけどね。京都なもんで。
須賀 はいはい。でもビフカツもトンカツも難しいですよね。日本のカツ屋さんは毎日カツだけ揚げてるわけじゃないですか。勝てないですよ。油の加減、パン粉の加減……いろいろありますよね。すごい技です。なまじっか、僕なんかがいろいろ頭で考えても到底無理だと思います。だから願わくば、カツ屋さんで修行させていただきたい。僕がカツ屋さんを目指してるとなると入れてくれないと思うけど、そうじゃないので、なんとかならないかな、と。
祐真 あはは。
須賀 じつは今月、何日か銀座の有名なお鮨屋さんにも入らせていただくんです。
祐真 マジで?
須賀 はい。「横で立って見てるだけでいいんで」と言ったら、「あ〜、いつでも来てくださいよ」と言ってくださって。
祐真 へ〜、すごい。
須賀 僕もこれからは、ランチも夜もバリバリやって、というよりは、いろいろと勉強しながら自分の料理を高めていく時間を作っていくつもりです。いろいろなところでいろいろなものを吸収して、自分の料理につなげていければいいなと思っています。
祐真 研究しながら、ときどき発表があるってイメージですかね?
須賀 そうですね。商品開発など、外部から依頼された仕事もしていますので、それと両立できればいいなと思っています。たとえば美味しいフレンチトーストの焼き方、みたいなものも研究を重ねていますよ。
祐真 研究の結果、またレストランとはべつなかたちのものも出てきそうですが。
須賀 僕、焼き菓子が好きなんですよね。パウンドケーキとかマドレーヌとか。そういったものも平行して研究開発していって、こだわりの焼き菓子をこのラボで売ったりもしたいですね。
祐真 そういうスイーツ関連も須賀さんが作るのですか?
須賀 今回、フランスの名門三ツ星レストランのシェフパティシエをSNS経由でスカウトしました。33歳の日本人です。彼も長くお世話になった師匠の元を離れ、ちょうど去年の11月に日本に帰国して活動する予定だったので、いいタイミングでした。すでにいっしょに動いています。彼をメインにお菓子はやっていこうと思っています。
祐真 今風のスカウトですね〜(笑)。でもFacebookなどのSNSを見て「こいつはいける!」ってわかるんですか?
須賀 まずは面構え(笑)ですよね。べつにイケメンじゃなくていいんですが、面構えに魅力があるかないかというのはわかると思います。あとはFacebookにアップしている内容でしょうね。理屈をこねて、回りくどいことを書いてるような人はパス、とか。あと、料理人は自分の作った料理をアップすることが多いので、それで「あ、この子はおもしろいな」とか、わかります。
祐真 なるほどね。
須賀 あとひとり、大阪の有名な専門学校にいた26歳をスカウトしました。去年の7月に入って、もうずいぶん出張料理をいっしょにやっています。調理師学校も学校のスタッフが必要じゃないですか。先生のアシスタントをしたり、もちろん将来的には教える立場になったり。僕たちが講師で招かれたりしたときには助手をしてくれたり段取りを組んでくれたり、そういう仕事をするスタッフが。で、学校もやはりいちばん優秀な生徒を学校に残したいんですよね。彼は辻調理師専門学校を出て、5年間ほど学校で職員をしていました。彼とも知り合ったきっかけはSNSです。
祐真 「東京に出て来ない?」みたいな?
須賀 そうです(笑)。ちょうど「学校を退職することになりました」とSNSに上がっていたので、すぐに打診しました。
祐真 ほ〜。
須賀 学校にいたような人材のなにがいいって、やっぱり事務的なことをテキパキこなせるんですよね。イベントやるんでも商品開発するにも、事前にレシピをかっちり出さなきゃいけないとか、段取り的な仕事は必須です。でも料理人はその分野は非常に苦手なんですよね。で、彼は多分、そういうことをずっとやってたな、と思ってスカウトしたんですが、実際、そりゃもうよくやってくれるんですよ。入った月からハワイで出張料理だったんですが、見事に仕事をこなしてくれました。言われたことをビシビシやっていってくれるので、非常にいい買い物をしたな(笑)と思います。
祐真 若いころはそういう忙しさも楽しいしね。
須賀 そうでしょうね。将来的にはガッと出てくる料理人だと思います。彼も野心家なので、いつまで僕の元にいてくれるかわかりませんが(苦笑)。ロブションでもそうでしたが、やっぱりデキる人間というのは当然独立したいわけで、いつまでいてくれるかかわからないという「賭け」の部分はあります。でも当面は、彼も僕といたほうがおもしろい仕事ができるんじゃないかな、とは思います。
料理の世界というのは、離職率が高い業種でもあります。みんなのモチベーションをキープするために、スタッフにどういうステージを与えられるかというのは、経営者の大事なミッションです。僕もロブションさんから、海外などさまざまなステージを16年間与えて頂きました。僕もそのようにできればと思います。僕はかなり飽きっぽい方なので、2年もおなじところにいると「もういいかな」と思ってしまうんですが、その頃合いを見計らって、氏は「お前、ちょっとNYに行ってくれ」となるわけです。お給料も異動に伴ってバンっと上がって……(笑)。
祐真 さすがですね〜。
須賀 じゃ、「あらたな国で、いろいろな人と出会い、文化を学びつつ、がんばらせていただきます!」ということで16年いました。僕の元で働く彼らにも、いろんなステージを与えながら、モチベーションをキープするかたちでいっしょにやっていきたいと考えています。
祐真 大事なことですね。ソムリエは決まったんですか?
須賀 ソムリエがね〜、一番難しいんですよ。いま探している最中です。サービスとソムリエが上手にできる人というのは、料理人を探すより難しい気がします。笑顔が魅力的で、お客様に合わせた絶妙な対応ができるソムリエ、誰かご存じないですかね?
祐真 ん〜、たしかに難しいよね。しかもロブション関係以外で、となるとね〜。
須賀 ソムリエも含め、僕ら全員がクリエーティブ集団になって、「じゃ、洋食に関しては君が」「お菓子は君に任せる」「ワインはよろしく」とか、そういうかたちでやっていくのが理想です。
祐真 食べ物だけでなく、人の育成ということですかね? 僕も入れて欲しいな〜(笑)。
須賀 ぜひ、やって下さい(笑)。たとえば僕らのユニフォームとか?
祐真 僕の場合、まず塩加減から教えてもらわないとな〜(苦笑)。
Page. 5
名前未定のラボ/レストランは、桜の咲くころにお目見え予定
祐真 店の名前はどうなるんですか?
須賀 名前ね〜。どうしましょう? なにかいいアイデアはないですか? ついこないだまでは「バックヤード」とかどうだろうという話になっていたんですけどね。そういえばブルーノートのバーにもバックヤードってのがあったな、と思ったし。
祐真 入口にはコーヒースタンドが入るんですよね。
須賀 そうなんです。もともと、今度の店の場所にはコーヒーショップがあったんです。山下くんという若者が、ものすごくこだわりの、美味しいコーヒーを淹れていました。彼の店と僕の店と、共存していこうというコンセプトです。コーヒースタンドには新聞とかちょっとしたお菓子なんかも置いて、KIOSKっぽい感じになると思います。
祐真 須賀さんのレストランの入口のドアはどこになるんですか?
須賀 コーヒースタンドの壁のひとつを押すと、そこが僕の店になります。
祐真 隠し扉みたいですね。看板は出すんですか?
須賀 看板は出しません。
祐真 一見さんお断り、みたいな?
須賀 いや、全然。どなたにでもいらしていただきたいです。
祐真 でも看板はないんでしょ?
須賀 ないんです(笑)。
祐真 通りから中が見えたりするの?
須賀 僕の店が入るビルは特殊ガラスになっていて、中から外は見えるんですが、外から中はあんまり見えないんですよ。
祐真 お〜、じゃあやっぱり、入るのに覚悟のいる店だね。
須賀 いやいや、スタッフはみんな優しいですから(笑)。みんなに幸せな気持ちで帰って欲しいと思ってます。
祐真 でも客側が緊張感を持ってドアを押す店っていいと思うよ。気合いを入れて行く店っていいな、と思います。
須賀 いや〜、気合いの入ったお客様ばかりだと僕も疲れてしまうので、一巡目はどちらかというと一見さんに来て欲しいかな(笑)。それよりなにより名前ですけどね。どうしましょう。「KIOSK」とか「COFFEE SHOP」とか、そういう簡単な名前がいいと思ってるんですが。外国人も覚えてくれるし。
祐真 「スガラボ」とかは?
須賀 まさに会社名が「スガラボ」です。株式会社スガラボ(SUGALABO Inc.)。
祐真 あ、そうか。店名もソムリエも、決めなきゃいけないことがたくさんありますね。桜の咲くころには、オープンしていますか?
須賀 その予定です。
祐真 楽しみにしています。がんばってください。
須賀洋介|SUGA Yosuke
世界一星をもつフレンチの巨匠に師事。ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション 六本木ヒルズ店にて、26歳でエグゼクティブシェフに大抜擢される。その後も、ラスベガス、ニューヨーク、台湾、パリでの新店舗立上げの陣頭指揮を振るい、巨匠の右腕として、レストランビジネスの研鑽を重ねた希有な経験をもつ料理人。昨年、独立のため帰国。近々、都内にラボラトリースペースをもち、世界の美食家たちを虜にする料理人として、さまざまな分野でのクリエーション活動をおこなう予定。