祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.9 磯自慢酒造 八代目蔵元 寺岡洋司さん、九代目 智之さん
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日本各地で徹底したこだわりを持ち酒造りをする醸造家(マスター)を招き、世界でも名高いホテルを舞台に素晴らしい料理と空間で特別な一夜を楽しむ「The Master of Craft Sake」シリーズ。その第3回目が9月21日(水)にアマン東京で開催された。日本を代表する人気銘酒のひとつである「磯自慢」のセレクションと、ザ・レストラン by アマンの極上のイタリア料理のマリアージュを楽しむこのイベントは、世界に誇る国酒である日本酒を海外に広めていこうという思いのもと、中田英寿氏により設立されたジャパン クラフト サケ カンパニーが主催する一日限定のディナーイベントだ。その会場で、磯自慢の八代目蔵元で社長の寺岡洋司さんとその息子・智之さんに話を聞いた。
Interview by SUKEZANE TomokiPhotographs by NAGATOMO YoshiyukiText by ANDO Sara (OPENERS)
全国の吟醸蔵のパイオニアとなった磯自慢酒造
駿河湾に面し、伊豆半島や富士山にもほど近い静岡県焼津市に拠点を置く磯自慢酒造。天保元年(1830年)に創業した老舗酒造のひとつで、早くから吟醸造りに取り組んだ静岡県内吟醸蔵の先駆けだ。今回の「The Master of Craft Sake」ではその日本酒7種類が用意された。自然な香りと奥深い味わい、そしてクセのない口当たりは、イタリア料理との相性も抜群だ。
祐真朋樹・編集大魔王(以下、祐真) 本日はどんな磯自慢のお酒が提供されるんですか?
八代目蔵元兼社長・寺岡洋司さん(以下、寺岡) これは大吟醸Nobilmente※1というお酒です。ノビルメンテとはイタリアの音楽用語なのですが、イタリア語で高貴という意味があります。今から30数年前、まだ吟醸※2という言葉が一般に知られていなかった頃、大吟醸※3を商品化したんです。今では純米大吟醸※4が主流になっていますが、歴史としては大吟醸のほうが先。当時のその思いを込めて、ノビルメンテもあえて純米にせず、大吟醸にしました。
中取り純米大吟醸35、そしてAdagio中取り純米大吟醸に続くプレミアムなお酒をとヴィジョンをたてた時、 まず米の精白歩合を高めました。通常磯自慢では大吟醸は45%精米ですが、ノビルメンテは更に高精白な28%にしました。72%を糠として取り除いて、中心の28%だけのそういう高精白で最高の特A地区東条秋津・特上米山田錦を使っています。そして、ごくごく少量のアルコールを最適に使用しています。
祐真 アルコール添加とは何ですか?
寺岡 醸造アルコール※5のことです。これを最終的(お酒を搾る直前)に入れるのがいわゆる本醸造、吟醸、大吟醸です。そして入れないのが純米、純米吟醸、純米大吟醸です。添加するアルコールの量ももちろん関係あります。うんとたくさん入れてしまうのが、いわゆる安い酒ですね。吟醸とか大吟醸とかは、白米1トンに対してこれだけしか入れられませんよという国税庁の決まりがあります。その中で更に少ない添加をするのが大吟醸。ノビルメンテはさらに少なくて、ほんの微量しか入っていないんです。
祐真 微量でもアルコール添加したことで純米という名前がつけられないわけですね?
寺岡 そういうことです。
祐真 醸造アルコールはなるべく入れない方がいいんでしょうか?
寺岡 微量のアルコール添加なら私は悪いとは思いません。安価なお酒で、たくさんお酒を作ってしまおうと添加量を多くすると、身体にも悪いので良くないと思いますが。微量でしたら香味のバランスを整えてくれるという、ひとつ大きな役目もあるんです。あとは専門的になりますが、もろみの液体の発酵の中で、苦労して作り上げた麹の力で掛米のでんぷん質を糖化しグルコースとなり、そのグルコースをおかずにするのが酵母菌です。その動作を液中で同時に行ないアルコールを産出します。専門用語で「並行複醗酵」と言います。不思議なんです、自然界は。だから大変でもありますし、楽しみでもあるんです。そして上槽直前に微量の醸造用アルコールを添加することによって、香りが華やぎ、味も丸くなるんです。すなわちバランスのとれた美酒となります。
祐真 そこに蔵元さんなりのセンスやテイストが出てくるわけですね。
寺岡 そうかもしれません。
祐真 創業1830年。磯自慢、すごく歴史が長いんですね。代々同じ家で継がれてきてるんですよね。
寺岡 そうです。おかげさまで僕が8代目で、息子が9代目です。
祐真 今日のイベントもそうですが、僕も日本酒を飲む機会あちこちで増えてきています。昨今の日本酒ブームについてどう思いますか?
寺岡 今だから吟醸酒はあたりまえなんですが、私たちは世の中に吟醸酒が販売されてない30数年前から大吟醸を販売し伝えてきております。そして吟醸造りの歴史は昭和31年から始め精白60%精米→50%精米の造りを行っておりました。そんな時代から、大吟醸を造って販売していくということに最初は非常に苦労しました。吟醸とは何だろうというところからのスタートでしたので。ですから現在は少しオーバーかもしれませんが、夢のようでもあります。それと酒の会だけではなく、これからはもっともっと日本酒を勉強する場を作らないといけないと思います。特に提供する立場の方々ですが。国酒たる日本酒の説明を最低セミプロの知識で、できる事こそこれから必要ではないかと思います。
祐真 吟醸という言葉はどこから来たんですか?
寺岡 酒造業界でもともとあった言葉です。国産米を60%まで精米すれば吟醸酒。普通は蔵でしか飲めないような酒だったんですよ。蔵が造っていればですが。昔は造っていない蔵のほうが多かったです。では吟醸酒を製造していた蔵は搾った吟醸酒をどうしたか、と言えばブレンドしていたケースもあるんです。平成元年まで特級、四年まで一級、二級というのがあったことを覚えてますか?精米歩合、使用米も関係しますが、私の蔵では造った50%精白の吟醸酒を普通酒にブレンドして一級酒にしておりました。それをある時から吟醸酒を商品化しようということになったのが、30数年前。ですから弊社は全国でも早いタイミングで大吟醸を商品化したわけです。商品の化粧箱の中に、「吟醸酒とは」の説明文も入れてました。それだけ苦労もありました。
祐真 吟醸ってなんなの?となりますよね。それは特級より上なのか?と。
寺岡 当時は特級と一級にはせず、あえて二級で出したんです。というのも税金が絡んでくるんですよね。二級酒を基準に一級酒の酒税はだいたい2.5倍、特級は5倍以上なんです。高額商品ゆえ、それならあえて特級にすることはない、酒税の少ない二級で吟醸酒を売り出した方が購入されるお客様にとってベストだ、という事になりました。あえて「無鑑査二級」ってラベルに書いた蔵もありました。それから全国各地の先駆者的蔵元が吟醸を売り出し始めたところ、各地から美味しい吟醸酒が出始め、日本酒の良し悪しと○級は対応していないなどの理由等で税率も変わり、1992年級別廃止となりました。同時に現在の特定名称酒(純米大吟醸・大吟醸・純米吟醸・純米・本醸造などの特定の名が付けられる)を導入しました。
祐真 それは、二級の吟醸がうまいっていうことが広まったからですか?
寺岡 その通りです。二級酒でも美味しい日本酒が意外に沢山あるんだ!!という新たな発見です。特級や一級などの制度を廃止して、今度はいわゆるアルコール度数によって酒税を変えるというやり方に変わりました。今はまたそれも廃止されて別の制度になっています。
祐真 30年以上前にそういう動きをされて、国が気がついたのはどれぐらいだったんですか?
寺岡 平成になった頃でしょうか。一般に大吟醸や純米吟醸の歴史は早い蔵で35年前くらいで一般的には25年前くらいでしょう。
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実はまだ浅い吟醸酒の歴史
祐真 吟醸って正直あまり聞いたことがなかったので何なんだろうって思っていたんです。
寺岡 歴史はまだ浅いのでね。
祐真 純米大吟醸っていうのはさらに高くなるんですよね?
寺岡 Nobilmenteで1万8000円ですからね。精白は少し低く35%ですが、中取り純米大吟醸35が1万6000円くらい、Adagio純米大吟醸が2万2200円です。
祐真 調べたら、15万とかすごい値段がついているものもありましたが。
寺岡 インターネットでしょうか。海外でもとんでもない値段がついたり、オークションで販売されていることもあるみたいですね。インターネットが普及してからじゃないでしょうか。便利さが意外と悪さもしちゃっているところもあるんですよね。お買い求めていただくのは、本当に心苦しいし、知らずに買われたお客様に申し訳ないです。転売を重ねて値段が高くなっているケースもあり、品質面でも不安ですね。
祐真 日本酒の価値が上がっているというか、見直されているということですよね。外国人からしたらワインのようなものになっていく気配を感じますけど、どうですか?
寺岡 東京の有名な飲食店さんにも、外国人のお客さん増えているみたいですよね。スマホが普及したことで容易に情報を得て、たとえば日本酒の画像を見せてきて、これ置いてある?という時代ですよ。ありがたい反面ちょっと怖いですけど。
祐真 怖いのはなぜですか?
寺岡 日本では、日本酒のことを知っている上で提供してくれる方が多いのですが、海外の場合は日本酒の知識がないことのほうが多いんです。冷蔵庫に入れずに普通に棚にあったり、ネーミングだけで飛び込んでくるところがまだまだたくさんあるんですよね。だから、ワインの場合、田崎真也さん※6が世界ソムリエのコンテストでトップをとられて、いろんなメディアで提供の仕方、飲むスタイル・サーブ温度、どういった料理に合うのか、等々、発信され素晴らしいことです。日本のワインの世界は、田崎さんの功績がすごく大きいと私は思います。次は日本酒のプロのような方たちが海外でも出てきてくれるとありがたいんですよね。
祐真 日本酒でワインでいうソムリエのような人たちはいますか?
寺岡 いるにはいますが、プロと言えるのかどうか……。基準もワインほど厳しくないのでね。マスター・オブ・ワイン※7で日本酒の講座が2年ほど前から開かれているんですよね。日本人では昨年初めて一人目のマスター・オブ・ワインが出て、世界にも350人いないぐらいの称号ですよね。非常に厳しくて、5段階の試験をパスしないととれないという。そこで日本酒の講座も開き始めてくれたので大変有り難いし、ゆくゆくは日本でIWC等日本酒の称号などが確立できれば、と願っています。
祐真 実際そうやって本当に味わいたいと思っている外国人はいるはずですからね。今日のイベントもそうですが、料理と日本酒。ヒデ(中田英寿)さん一生懸命やられてますけど、食べ物とはどう合いますか?今日は和食ですか?
寺岡 インバウンドが増す時代にありまして、海外のお客様は高級和食屋さんに足を運ぶ方も非常に増えていますね。でも吟醸酒は和食だけでなく、いろいろな食材に合いますよ。弊社の蔵にはミシュラン星付のお店の方々始め、造りの時期に勉強に来られています。そして今晩のディナーはイタリアンです。すごく合いますよ。
祐真 お酒を作る段階でマリアージュというか、洋食とも合うな、など料理との組み合わせのことまで考えていたりするんですか?
九代目蔵元・寺岡智之さん(以下、智之) 少しでも自然な華やかなものを造りたいとは思っていますが、フレンチに合うとかイタリアンに合うとか、そのようなことは、とりわけ意識していません。ただ、日によってお米や使う酵母が変わってくるので、作品として違ってくるというのはありますね。完成形のヴィジョンは常に見ていますが、この食事に合わせるためにこうするというような意識は持っていません。
祐真 テイストはそれぞれ違うんですよね。何を基準に味を変えていくんですか?これは辛いほうがいいとか、そういうのがあったりするんですか?
寺岡 弊社のお酒はだいたい全部辛口です。焼津はご存知のように日本有数の漁港ですので、魚に合う日本酒を提供することを心掛けて30数年前に吟醸酒を市販し始めました。当時、甘い酒が多かったんですよ。酒の甘さ辛さというのは、プラスマイナスゼロが基準で、あとは比重です。マイナスになると甘くて、プラスになると辛い。それに酸度が増せば当然辛く感じます。当時はマイナス7ぐらいの甘ったるい酒が主流だったんです。
祐真 甘い酒と生魚は合わなそうですよね。
寺岡 そうなんです。焼津の産物に合った酒を造ろうということで辛口の酒を造り始めて、それがそのまま続いているんです。ただ、精白が高くなるほど甘く綺麗に上品に感じますので、たとえばプラス5でも甘口に感じてしまうことも。お飲みになった時にピリピリ辛いっていうのはないはず。それと、特徴として弊社のお酒は酸が少なく、日本酒度でいえば辛いんだけど、ちゃんとした味わいもあって、いわゆる香りと味のバランスがとれていると思います。この酸が少ないにも関わらず透明感のある深い味わい、そして自然なフルーィーな香りを持たせる、この香味のバランス作りが大変なんです。これを弊社では、ISOJIMAN Sublime Transparency としております。
祐真 なるほど。
寺岡 だからたとえばイタリアで売りたいからイタリアンに合うような、またはフランスで売るのでフレンチに合うようなお酒にしようかとかそういう風には考えていません。日本で実際に飲まれている酒が、海外で飲まれて評価してもらえたら一番良いと思っていますので、これが磯自慢です、本物の日本酒です!これが今年の作品です!どうぞお飲みください。そのように感じております。
祐真 いいですね(笑)。生魚にはこれだ、とか、俺はこれと飲むのが一番好きなんだ、というような好きな組み合わせはありますか?
寺岡 魚ですか?焼津で水揚げされるものだったらなんでもいいですよ。マグロ、カツオ、アジ、イワシ、サバ、太刀魚、などなど。駿河湾は日本で一番深い湾ですから、ムツ系の深海の魚も美味しいですよ。伊豆の反対行けばキンメダイが獲れますし。
祐真 それを熱燗ですか?そのまま?
寺岡 冷やしてもいいですし、全部いけるんじゃないですか?
祐真 個人的に好きっていうのは?
智之 父は下戸なので(笑)。僕はカツオのたたきが好きなのですが、それと水響華※8っていう大吟醸の組み合わせが好きですね。さっぱりしているのですが、ほかのものと比べてベリー系の味わいが、カツオの旨味とマッチングして美味しいかなと。
祐真 いいですね。シャンパンだと大きいボトルが美味しいっていわれますが、日本酒はどうですか?やっぱり樽ですか?
智之 そうですね、特に違いはないかもしれません。まぁ、樽はあくまでほぼ祝いとしての形ですが(笑)。普通は1800mlの一升瓶と720mlの4合瓶ですが、売り手の意思と買い手の意思がありますからね。居酒屋さんですと4合瓶より一升瓶のほうが扱いやすいので、売りやすいんでしょうけど、一般消費者の方だと一升瓶だと重いし冷蔵庫に入らないので(笑)。お酒のための冷蔵庫とか日本酒セラーをお持ちの方じゃないと。中田英寿さんの日本酒セラー※9とか……。
祐真 あれ、すごいですよね。サイズは大きいんですか?
智之 この前発表されていたのは大きいですね。170cmぐらいあるんじゃないですかね。
寺岡 日本酒はワインよりも温度管理に敏感ですからね、高級酒であれば特に。だから冷蔵管理は大事ですよ。だからマイナス5度から15度まで管理できる日本酒セラーを作ったんですね。
祐真 どれぐらいの温度でキープすればいいんですか?
寺岡 飲むタイミングもありますが、一年以内に飲むなら5度~0度で良いと思います。2年3年ぐらい寝かせるっていうと、マイナス3度~マイナス5度ぐらい。あとはワインと違って湿度がない方がいいですね。
祐真 日本酒にもワインのようにヴィンテージはあるんですか?
寺岡 古酒といわれるものを意図的に造っている蔵もあります。私のところはそういうのはやっていません。常に新酒でその年に売り切ってしまうものばかりですね。でも冷蔵庫で10年間寝かせているという方もいますし、お好きなようにお楽しみいただきたいですね。お酒は生きていますから。
Page03. 若いエネルギーに溢れる酒造が蔵元同士でつながり切磋琢磨する
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若いエネルギーに溢れる酒造が蔵元同士でつながり切磋琢磨する
祐真 僕はボトルのデザインとか、文字のフォントなどが気になるんですけど、そういうのはどう考えられているんですか?
智之 今のところのラベルは全部社長がデザインしています。初心者の方が選ぶ時に最初に目に飛び込んでくるのがボトルやラベルのデザインなので、重要だと思っています。例えば本醸造や大吟醸の違いが解らない方が、このラベルかっこいいな、っていうファーストインプレッションで選んでいただける最初のきっかけにもなりますし、ボトルを飾っておきたいって思っていただくためにもそう思います。
寺岡 磯自慢って名前がよくないんですよね(笑)。ありますよね、海苔の佃煮感(笑)。30年数年前の無名の時代にはよく言われましたね(笑)。でも、先代からもらったネーミングを変えようっていう発想は当時の時代は無かったんですよ。逆に変えちゃいかんっていう感じでしたね。だから、もし仮にスタートが20年前頃だったら変えていたかもしれません。全国では近年は結構変えてますね。
祐真 でも磯自慢、いいんじゃないですか?
寺岡 ありがとうございます。だからせめてボトルとかラベルとかだけでもカッコよくしないとと思いまして。
祐真 響きが忘れられないですね。
寺岡 僕は小さい頃に油絵をやっていてそのためか絵が好きなので、おこがましいけど全部自分でデザインをしているんです。この頃は智之も手伝ってくれてます。
祐真 ボトル、並んでいると特に素敵ですね。
寺岡 色がいいでしょう。どこかに海のイメージを入れているんです。海のブルーが磯自慢のテーマカラーなんです。
祐真 黄色い掛け紙はクラシックなスタイルなんですか?
寺岡 神社のお神酒の、あれは紅白ですが、白でくくって赤いので水引っていうスタイルがスタートじゃないかと思います。わりとフォーマルですね。手間がかかっていますからね。すべて手作業ですから。ラベルには雁皮紙という高級なこだわりのものを使っています。お父さんが人間国宝の島根の安部さん※10っていう。あれはすごいです。
祐真 こういうイベントはほかでもされていますか?
寺岡 「The Master of Craft Sake」の1回目の十四代※11、2回目の東洋美人※12、今回の3回目が私たちで、次回が伯楽星※13※13。実は我々みんなフロンティア東条21※14のメンバーでもあるのです。兵庫県に旧東条町という場所がありまして、最高の山田錦※15がとれる地域なんです。そこの農家の方達と我々蔵元が12社いるんですけど、東条の農家の方々と共生していこうという試みです。我々も一生懸命ですが、農家の方達も一生懸命山田錦を栽培しています。そういうお互いの切磋琢磨を大切にして、最高級の産地作りと合わせて、最高の日本酒造りを目標としています。またフロンティア東条21主催で毎年二回「美味しい料理とFT21の日本酒を楽しむ会」を開催し、お料理とのマッチング、サーブするグラスの選択等、蔵元との会話も楽しんでいただいております。
祐真 蔵元さん同士のつながりはあるんですか?
寺岡 昔はまったくありませんでしたけど、今はあります。私は今年60歳なんですが、28歳まで日本酒を扱う専門商社に勤めていて、家業を継ぐためにうちへ戻った当時はよその蔵との交流はありませんでしたね。自分の蔵見せようもんなら怒鳴られたような感じですね。
祐真 閉鎖的だったんでしょうか。
寺岡 そうですね。20数年前ぐらいから徐々にオープンになってきました。吟醸酒が出始めて、酒の会が、東京を中心に出来始めたのがきっかけでしょうかね。そういう時に酒の先駆者的な蔵元同士が名刺交換をして、話し合うようになって、うち来れば?とか蔵見せて、とかそういう交流が生まれて和が広まっていきました。
祐真 蔵元さんはお若い方も多いですか?
寺岡 息子は30歳ですけど。20代30代40代、やはり多いですね。
祐真 みなさんコミュニケーションは密にとられているんですか?
智之 そうですね、なかなか直接はお会いできない方も多いですが、つながってますね。今の時代、昔よりも簡単に連絡ができるので、刺激を受けつつ、わからないことなどはお互い参考にしながら、情報交換しています。
祐真 夢はありますか?
智之 そうですね。夢といったらあれですけど、こういう会を開いていただいくことはありがたいですね。だからもっともっと上を目指してやっていかないといけないとは思っていますね。情報が入りやすくなった分、全国的に蔵元さんたちの進化のスピードが速い。ちょっとでも上がって行かないと。停滞すると落ちちゃうので。まわりの酒蔵さんや若手の方たちに負けないように少しでも進化していきたいです。お酒の内容に関しても、酒蔵に対しても。
祐真 今のような状況になったのが、30年前に想像できました?
寺岡 30年前にはできなかったですね。でも25年ほど前には良い状況に進み始めていた。それは私の大恩人でもあるはせがわ酒店の長谷川浩一さん※16のおかげですね。彼を知らない蔵元はいない。日本酒の文化を育て発信し続ける、とても尊敬する社長さんです。本社は有楽町の交通会館ビルにありまして、都内7ヵ所に店鋪を持たれております。東京出身の方です。年も私と同じ60歳で、二人で若い頃やんちゃをやったような仲なんですけどね。彼のそのサークルというんでしょうか。縁のある酒屋さんがいっぱいあるのですが、そういう人たちが良い酒を口コミでどんどん広めていってくれたんですね。ゆっくりですけど、最初はそういう形からのスタートでしたね。先ほど息子も言いましたけど、ステップアップが必要だと思っています。慌てる必要はないので、ヴィジョン&ワークで。一歩一歩前進するほど大変なことはないし、それによって強固たるものにもなると感じます。これが一番着実。最初の年間生産量は300石もなかったんです。1石は一升瓶100本です。300石だと3万本ですね。2万5000本ぐらいしか作ってなかったんです。だから一人一年で一本飲んで3万人飲んでくれたら終わっちゃうんですね。そしてこの30数年間でワイズスペンディングたる大きな設備投資も行いました。全国に先駆けて仕込み・酒母室・上槽室・貯蔵管理室を全てステンレス冷蔵庫にすべく全蔵建て替えを平成3~4年に行いました。おかげさまで今は2000石です。6倍ぐらいですね。まだまだ小さいです。でもあんまり大きくするつもりもなく、たくさん造ろうっていうわけでもない。未来へと繋げていく蔵であるためにも、ヴィジョンを立てて、それにむかっていく作業を繰り返しています。
祐真 素晴らしいですね。
寺岡 当時(30年ほど前)目標としていたのは、静岡、愛知、岐阜、三重の東海4県で1ℓあたりの単価が一番高い蔵になることでした。当然造りは真剣勝負、大変でした。ですが、おかげさまでいいスタッフに恵まれ、実現することができました。長谷川さんや中田さんをはじめとする方達が支えてくれたおかげです。小さい蔵なので宣伝もできませんから。今後も縁を大切に謙虚に歩んでまいりたいと思います。
祐真 長谷川さんはお店の方なんですか?
寺岡 酒屋さんですね。中田さんは長谷川さんに日本酒を教わったんです。
祐真 長谷川さんはソムリエなんですか?
寺岡 資格を持っているわけではないですね。むしろプロ中のプロであると私は断言します。日本酒もワインもウィスキーもハードリカーも、彼の右に出る人は少ないですから。多分、V12フェラーリ3台以上分飲んでますね(笑)。ものすごいウィスキー持ってますよ。ワインもDRC※17を含め2000本以上飲んでるでしょ。勉強なんですよね。それと日本酒に関して申せば、毎年々酒造りの季節の冬場には全国30~50蔵に訪問し、その年の状況をキャッチしてます。これは20代から始まり還暦の今でも毎年です。なかなかできる事ではありません。
祐真 何で飲むんでしょうかね。舌と鼻?あと脳ですか?
寺岡 五感を研ぎ澄ませて飲んでいるんじゃないでしょうかね?舌と鼻をトレーニングしないといけないですから。僕は下戸ゆえにお茶にしてもジュースにしても、若い頃は利き茶みたいな具合で何でも飲んでいました。口に少し含んで舌で転がして、鼻から抜くと香るので、そういう訓練をしましたね。ですからミネラルウォーターの硬度違いも、また香料添加していればすぐ判ります。勿論日本酒は商売ですので。
祐真 ワイン飲んでいても食べ物とで変わってきますよね。味も印象も。
寺岡 そうですね、シーンシーンで合うアルコールの種類は変わります。でも、日本料理、寿司は勿論、魚とか魚卵にはワインなんかより日本酒が絶対合うと思いますよ。そのお料理に吟醸(ワイン)グラスで日本酒!!!最高だと思います。
祐真 生魚合いますもんね、日本酒。
寺岡 イタリアンも本当に合いますよ。あとはフルーツにも合うんです。
祐真 それは意外な組み合わせですね。
寺岡 ちょっとやってみてください。冷たく冷やした、酸味のあるフルーツ、たとえばいちご。これからの季節出てきますね。酸味のあるいちごと吟醸酒、最高ですよ。できれば、真ん中をカットしてマスカルポーネを少しはさんで、吟醸酒。お洒落じゃないですか?
祐真 洒落てますね。日本酒のイメージがまたがらっと変わって面白いですね。僕51なんですけど、月桂冠と菊正宗ぐらいしか知らなかったですね。
寺岡 そういう時代でしたよね。赤提灯で飲んで酔いつぶれて、寿司折ひっかけて帰るおっちゃんのイメージでしたよね(笑)。
祐真 みんな異常に悪酔いしているなっていうイメージでしたね。
寺岡 あの当時から本当に変わってきましたね、ありがたいことですね。ブームじゃなくて本物だっていう、日本酒は美味しいんだっていうそういう感じが続くといいんですけどね。また続けるためにも、我々も努力しないといけません。自信を持って謙虚に。
祐真 今の流れだとずっと続くのでは。ますます追求が深まりそうですね。
寺岡 実際おいしいですからね。お口に合うかどうかわかりませんが、今日はどうぞ楽しんでいってください。
Page04. 日本酒の素晴らしさを海外に広める活動を続ける中田英寿さんの本気
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日本酒の素晴らしさを海外に広める活動を続ける中田英寿さんの本気
開催第3回目となる今回の「The Master of Craft Sake」では、イタリアで17年の経験を持つザ・レストラン by アマンのシェフ、平木正和氏※18が、日本の旬とイタリア伝統の味を融合させ、磯自慢に合わせた特別なディナーコースを提供した。その意外とも思われる組み合わせにみる素晴らしいハーモニーを堪能中、隣のテーブルから移動してきた中田英寿さんがご機嫌に話をし始めた。
中田英寿さん(以下、中田) このイベントは簡単に言うと、蔵元さんたちが数珠つなぎで繋いでいくものなんです。第1回目が十四代で、第2回目が十四代が指名した東洋美人、そしてこの第3回目が東洋美人が指名した磯自慢。次は磯自慢さんが次の蔵元を指名して、という具合に続けていくつもりです。
祐真 提供されるメニューはどのように決めているんですか?
中田 ホテルのシェフが、今回でいえば磯自慢の蔵まで行って、その味を試しながら合う料理を考えているんです。
祐真 なるほど。
中田 現在、日本には外国人観光客がたくさん来るじゃないですか。なので、外国人により日本酒のことを知ってもらうためには、外国に出て行く以前に国内で外国人が来るであろう場所に、より伝えていくことが大事なんじゃないかと思ったんです。それはアマンのような素晴らしいホテルだったり、ミシュランの星がついているようなレストランだったり……。それも、日本食だけではなくて、フレンチやイタリアンにも。ただ、現状は残念ながら、日本食のレストランでもまだまだ日本酒にこだわっている所は多くないと思います。
祐真 それは知らないから?
中田 日本酒は本当に銘柄も多いですし、情報も少ないのかもしれないすね。だから逆にこちらが提案して、いかがですかと言うと、実は興味があったりします。海外でもフレンチとか、和食ではないレストランでシェフが日本酒を置き始めているし、やっぱりみんな興味はあるんですよね。世界に日本酒を広めるためには、日本できちんと良い場所で広めていったほうが早いと思いますし、影響力があると思ったので、このようなイベントを始めました。
祐真 居酒屋の日本酒ではなくて、ホテルとかレストランで開催されるワイン会のような日本酒のイメージを作っているということですね。
中田 日本ではまだまだ日本酒というと安いとか、居酒屋で飲まれているイメージがありますが、そうではなくて、一流料亭やレストランに行った時に、日本酒がワインと同じように出てくるような形にすることが大切だと思うんです。それを世界に伝えていけば、日本酒の文化はきっともっと広がっていくはず。そのためにこのような会を続けていくことが、日本酒の良いマーケティングになると思っています。海外ではもちろん、それに対するディストリビューションが必要だと思います。海外は海外で活動を続けていくつもりですが、国内ではやっぱりイメージをきちんと上げていかないとと思っています。それから、ボトルやラベルもカッコよくある必要もありますね。ラベルだけのコンペがあってもいいかもしれません。世界に日本酒を広めたいのに、全部日本語表記だったら誰も読めませんよね。海外を意識したラベルも作っていかないと。だって、どんなに美味しいワインだって、読めないラベルのものを頼む人なんていませんから。そういうことを着実に一つひとつ提案していきたいです。
祐真 磯自慢のラベルにはイタリア語が入っていましたね。
中田 寺岡さんはイタリア好きですからね!今まで日本国内だけの文化だったものが海外に出て行くのはどういうことかっていうと、やっぱり色々な仕組みを教えていかなければなりません。日本語のラベルもいいですが、せめて海外に出していくものに関しては海外向けのラベルを作るなど。どんなに味が良くても、そこはやっぱり変えていかないと。もちろん強制はできませんが、提案をし続けることで日本酒の文化を広げていきたいと思っています。
<注釈>
※1 Nobilmente
「磯自慢 大吟醸28 Nobilmente(ノビルメンテ)」。ノビルメンテとは「高貴な、上品な、気品のある」様子を表す音楽用語。「磯自慢 中取り純米大吟醸35 Vintage(ビンテージ)」、「磯自慢 中取り純米大吟醸35 Adagio(アダージョ)」に続くプレミアム製品
※2 吟醸
原料は米、米麹、水、醸造アルコール。精米歩合が60%以下で、低温でじっくりと時間をかけて発酵させる吟醸造りで造られたお酒のこと。軽快な飲み口で、吟醸香というフルーティな香りが楽しめる
※3 大吟醸
精米歩合は50%以下と、米を磨きに磨いている。吟醸酒と同様、米、米麹、水、醸造アルコールを使い、吟醸造りをさらに徹底させて醸している。より一層華やかな香りが立ち、さらりと澄んだ酒質が楽しめる
※4 純米大吟醸
精米歩合を50%以下とし、米、米麹、水だけを原料としたお酒。吟醸造りで丁寧に醸される。醸造アルコールを使った大吟醸酒よりも香りは穏やかで、やさしい米の甘みが感じられる
※5 醸造アルコール
サトウキビなどを原料にした蒸留酒で、純度が高く無味無臭。日本酒を造る過程で添加する。醸造アルコールを添加することで、さらりとした酒質になり、香りがよくなるといったメリットも
※6 田崎真也さん
1958年、東京生まれのソムリエ。95年、第8回世界最優秀ソムリエコンクールで日本人として初めて優勝する。97年から田崎真也ワインサロンを主宰。2010年、国際ソムリエ協会会長就任。翌年、黄綬褒章受章
※7 マスター・オブ・ワイン
イギリス・ロンドンに拠点を置くマスター・オブ・ワイン協会が認定する、ワイン業界において最も名声の高い資格。現在、世界で340名のマスター・オブ・ワインが誕生している
※8 水響華
『磯自慢 大吟醸 水響華』。兵庫県特A東条産山田錦を50%精白し、低温発酵させて仕込んだ。水面に広がる波紋のような透明感が漂う。さわやかな吟醸香と口に広がるなめらかな味わいが特徴
※9 中田英寿さんの日本酒セラー
中田氏とモノづくり求人サイト「e仕事」が立ち上げた「モノづくりニッポン e仕事×ReVALUE NIPPON」プロジェクトの第三弾として開発された、世界初となる日本酒セラー。マイナス5度~15度までの温度帯を変えられる3部屋を用意し、日本酒だけでなくワインも管理することができる
※10 人間国宝の島根の安部さん
安部榮四郎氏は1902年島根県生まれ。家業だった紙すきを極め、伝統技術に個性をプラスした創作和紙「出雲民芸紙」を創り出した、人間国宝の手すき和紙職人
※11 十四代
創業1615年の山形県にある高木酒造が造る名酒。フルーティで穏やかな吟醸香とまろやかな甘みが人気
※12東洋美人
創業1921年の山口県にある澄川酒造場が造る人気銘柄。透明感のあるみずみずしい味わいが特徴
※13 伯楽星
創業1873年の宮城県にある新澤醸造店が造る銘柄。糖分の低い酒質が特徴で、食中酒として特に人気が高い
※14 フロンティア東条21
兵庫県山間部にある、加東市東条地区産の山田錦を使った最高級の日本酒造りを目標とする蔵元により、1994年に結成された団体。次世代により良い形で山田錦を継承して行くことを志す
※15 山田錦
酒米の品種の一つ。主に日本酒醸造に用いられており、酒造好適米の王様ともいわれる
※16 はせがわ酒店の長谷川浩一さん
1956年東京生まれ。江東区亀戸の実家、はせがわ酒店を継ぎ、問屋から酒を卸し販売するだけでなく、日本酒に特化した活動をスタート。蔵元と組んで新たな日本酒を開発したり、表参道ヒルズや東京エキナカのグランスタにアンテナショップをオープンして注目を集めるなど、日本酒のトレンドを作り出す一人
※17 DRC
「Domaine de la Romanee-Conti」の頭文字を取ったもので、フランス・ブルゴーニュ地域圏ヴォーヌ・ロマネ村にある、赤、白ワインを製造しているワイン醸造所のこと。世界で最高のワイン製造業者とされており、そのワインは世界で最も高価なワインの一つ。醸造所の名は所有する最も有名なワイン畑ロマネ・コンティからつけられた
※18 平木正和氏
北イタリアのヴェネト料理を中心としたオーセンティックなイタリア料理を提供する、アマン東京の33階「ザ・レストラン by アマン」のシェフ。イタリアで17年の経験を持ち、ヴェネチアの5つ星ホテルで料理長を務めた後、帰国。日本の旬とイタリア伝統の味を融合させたバリエーション豊かなメニューを提供する。