新連載|気仙沼便り|9月「新しいふるさとを作る」
新連載|気仙沼便り
9月「新しいふるさとを作る」
2014年4月、トラベルジャーナリストの寺田直子さんは、宮城県・気仙沼市へ向かった。目的は20年ぶりに造られたという、あたらしい漁船の「乗船体験ツアー」に参加すること。震災で大きな被害を受けたこの地も、3年の月日を経て、少しずつ確実に未来へ向かって歩きはじめている。そんな気仙沼の、ひいては東北の“希望の光”といえるのが、この船なのだと寺田さんは言う。漁船に導かれるまま、寺田さんが見つめた気仙沼のいま、そしてこれからとは? 復興のために活動する気仙沼の人たちと出会ったシンポジウムから1カ月。寺田さんは漁船体験ツアーに参加するべく、JR一ノ関駅に降り立った。
Text & Photographs by TERADA Naoko
気仙沼の「今」をしっかりと見て帰ろう
4月19日、土曜の朝、私はJR一ノ関駅にいた。
これからJTB東北ふるさと課(化)による1泊2日の「気仙沼うんめえもんツアー第2弾、遠洋まぐろ延縄漁船新造船 乗船体験の旅」がはじまる。催行人数30名満員御礼でのスタート。一般のツアーに乗り込むのは私にとっては久しぶりのことだ。
一ノ関から大型バスで気仙沼までは約1時間。以前は鉄道でたどったルートを快適なバスで移動する。
車内ではこれからのスケジュールと注意事項に続き、マイクが手渡されそれぞれの自己紹介がはじまった。震災後にボランティアで気仙沼に通った人、前回のツアーが楽しかったのでまた参加したという人、水産関係に従事する人、みな気仙沼に何かしら縁があり、シンパシーを感じる人たちばかり。通常の観光ツアーとは異なった意識を持つ人たちだが、わたしと同様にみな、漁船の乗船体験やおいしいものを食べるなど気仙沼の魅力を味わう気もいっぱい! そう、このツアーは気仙沼を楽しむための体験ツアーでもあるのだ。思いを一緒にする参加者のみなさんたちと楽しい旅になりそうな予感がした。
ツアーの最初の訪問場所は、安波山(あんばさん)だった。
標高239メートルのこの山は気仙沼を抱くように背後に控える地元の人にはなじみのある山。航海の安全と大漁を祈願することが名前の由来だという。バスで向かった展望台からは眼下に気仙沼が一望に広がる。
まだ空気は肌を刺すほどの冷たさだが気仙沼の海はおだやかで青くきらめいていた。ちょうどこのあたりに遅い春が訪れたところでヤマザクラがところどころで華やかなピンク色に咲き誇っているのが見える。
市街地はやっとがれきがなくなり、整地されはじめたばかりのところも多い。中心となる港の周辺もかつての風景とは異なる。
その変わり果てた気仙沼の市街を後ろに和枝さんと今回ツアーの世話をしてくれることになるオノデラコーポレーションの常務取締役・小野寺紀子さんが笑顔で私たちに「これから気仙沼を変えていこうと思ってるんだよね」と語る。
大らかに笑う彼女たち。その明るさの後ろにはとてつもなく大きな哀しみと強い意志があるはずだ。昔の面影がなくなってしまった気仙沼を見守り、そこから新しいふるさとを作っていこうとする彼女たち。それに対してなにもできない自分が情けなかった。
きっと私たちがそう思っているのだということを彼女たちはよくわかっていた。だからこそ湿っぽくならず、春の柔らかい日差しのように明るくおだやかに笑って語ってくれたのだ。
空は高く青く、春間近の潮風は心地よく、海のきらめきも美しい。あまりにも平和な時間だからこそ、今ここにいることを感謝し、気仙沼の「今」をしっかりと見て帰ろうと誓った。それがわたしにできる精一杯のことなのだから。
寺田直子|TERADA Naoko
トラベルジャーナリスト。年間150日は海外ホテル暮らし。オーストラリア、アジアリゾート、ヨーロッパなど訪れた国は60カ国ほど。主に雑誌、週刊誌、新聞などに寄稿している。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)、『ロンドン美食ガイド』(日経BP社 共著)、『イギリス庭園紀行』(日経BP企画社、共著)、プロデュースに『わがまま歩きバリ』(実業之日本社)などがある。