特集|「パーマカルチャーデザイン」を暮らしのなかに
自然や生物の仕組みに沿ったサステイナブルな環境デザイン
「パーマカルチャーデザイン」を暮らしのなかに(1)
自然に学び、命が巡る暮らし。パーマカルチャーデザイナー四井真治さんはオーストラリアで生まれた持続可能な環境を作り出すためのパーマカルチャーというデザイン体系を、山梨の自宅での実践を通して、日本にふさわしい形に再構成して提案しています。四井氏が提案する暮らし方から、次世代に伝えたい持続可能な暮らしの形を探ります。
Text by MINOWA Yayoi
暮らしは小さな地球
山梨県北杜市の林の中に、パーマカルチャーデザイナー四井真治さんの自宅がある。自宅の裏には、クヌギやシデなどの広葉樹林が広がり、南アルプスの甲斐駒ヶ岳が望めるという自然豊かな地である。東京から高速道路に乗ると1時間半で着いてしまう場所だとは想像しにくい。
畑の前にはバナナという名前のクリームイエローの鶏が移動式のケージの中で飼われている。パーマカルチャーを知っている方なら、それが「チキントラクター」だと気がつくかもしれない。鶏が卵を産んでくれるだけでなく、畑の草を食べ、土を引っ掻いて虫を探して耕し、その上、糞が施肥になるという自然の営みを利用した仕組みである。
家の前の斜面には、四井さんが工事現場などで集めてきた石を積み重ねた「石垣だんだん畑」がある。この積み重なった石にも「ストーンマルチ工法」といっていろいろな意味があるという。
「石は昼間の太陽熱を蓄熱して夜まで温かさを保ち、作物にとっての環境を安定させます。その反対に、夜は石が冷えて朝露を作って保水する効果も。石の間はヘビやトカゲなどの住み処となり、それらが生息しはじめたら生態系が豊かになった証拠」と四井さん。畑の石積みひとつとっても、さまざまな自然の営みが活用されているのである。
このように、パーマカルチャーの根底には、自然のシステムの観察と活用、昔からの農業や手仕事のなかにふくまれている知恵がある。その土地や建物の自然的特徴を生かし、都市部にも田舎にも、命を支えるシステムをつくり出していく。パーマカルチャーが「人間にとっての持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系」と呼ばれる所以である。
四井真治さんは、2007年に長野県高遠町から北杜市に移住し、ここにあった森と一軒家を開墾・増改築。“人が暮らすことでその場の自然環境・生態系がより豊かになる”パーマカルチャーデザインを自ら実践している。
「ひとつの家庭の暮らしが小さな地球のように巡る仕組みを作るのが理想です。今の日本の暮らしや文化は混乱しているけれど、まずは地球の仕組みに倣って自分の周りから変えていくことが、未来の暮らしや文化を提案することにつながっていく」と語る四井さん。その言葉の通り、ご自宅やその周りには四井さんが考えるパーマカルチャーデザインが暮らしのなかにあふれている。
古道具に文化が宿る
四井さんの自宅敷地には、使いこまれた農機具や、暮らしの道具がそこかしこに置かれている。そしてそれは単なる飾りではなく、メンテナンスされ実際に使われているものがほとんどだ。
足踏みで動く脱穀機、足で踏んで回転させながらわらで縄をなう機械、唐箕(とうみ)と呼ばれる風の力でさまざまな選別ができる便利な農具、さまざまなクワやスキなど。道具には風土に根ざしたその時代の社会の姿が宿る。そしてそれが形になったものが文化となる。「道具は文化だ」と四井さんが関心を寄せる理由がある。
たとえば、昔の農家では縄は農作業で大量に必要とされたため、藁から縄を作ることが農閑期の大きな仕事だったが、縄ない機は、手で撚り合わせずに作れるため大変重宝されたそう。どれも農家の暮らしを支えてきた、知恵をこらした道具たちだ。そして電力を使わずにしっかり仕事をする。四井さんの手で、それらが復活されていく。
四井さんが道具を見る目は宝物を見つめる少年のようだ。家の裏手には大きな加工場もあり、暮らしに必要なさまざまなものを作ったり再生したりすることができる。
そのなかから生まれた製品は、一部「ソイルデザイン」という四井さんが運営するサイトでも販売されている。たとえば石を使ったロケットストーブ。電力に頼り過ぎずオフグリッドで暮らしたいというひとも多い今、落ちた枝や廃材をたきぎとして使えるロケットストーブは注目アイテムのひとつ。小さなベランダやガーデンでの食事に、そして停電などの緊急時にも活躍する。
自然や生物の仕組みに沿ったサステイナブルな環境デザイン
「パーマカルチャーデザイン」を暮らしのなかに(2)
命が再構成される堆肥場と循環する水
パーマカルチャーを考えるときに重要なのが循環。水やゴミ、廃棄物が暮らしのなかでうまく活用され資源として巡る仕組みだ。
四井さんのお宅では、キッチンからの排水は多孔質の砂利を敷き詰めたシンプルな浄化装置で浄化され、「バイオジオフィルター」と呼ばれる水路を通ってビオトープへとつながっていく。
バイオジオフィルターとは、廃水中の有機物を微生物によって無機物に分解し、その無機物を植物の根によって吸収させ浄水する自然の浄化システムだ。四井さん宅のバイオジオフィルターが通る水路の上には、セリやワサビなどが育っている。これらの植物も浄化装置のひとつであり、そしてもちろん収穫して食べることができる。何も無駄はなく、エネルギーを使わず循環する仕組みである。
そして、何といってもここのハイライトのひとつは堆肥場だろう。
家庭から出た生ゴミ、工作で出るおが屑、落ち葉、そして、動物や四井家の家族の排泄物といった暮らしから出る有機物が積み重なり、堆肥となり、畑に戻っていく。
堆肥のなかには、ミミズやカブトムシの幼虫なども住みつき、何億もの微生物がいてその営みをおこなっている。そのため、廃棄物は活発に熱を出し、堆肥熱が出る。臭いもないし、暖かい。夜はヤギや鶏の寝床にもなるという。
「すべての命が還ってきて、はじまりとなる場所がここです」と四井さんは言う。
堆肥場に小さな祭壇が祭ってあるのも、命の仕組みがここにあるからだろう。人間をふくめてすべての生きものが循環のなかで生かされているということを実感できる場所である。
四井さんはこのところ、子どもたちがパーマカルチャーを体験することが必要だと感じているという。それは、暮らしの技術や文化を継承することが教育の基礎だと考えているからだ。あくまでも学校教育はそれを補完するものであるはずだと。
四井さんが考える日本の未来の暮らしを形にするため、つぎの代を担う世代にパーマカルチャー的な考え方を体系的に伝える必要があると考えている。そのため、今後親子を対象とした「パーマカルチャーファミリーキャンプ」を仲間と予定している。
自身もふたりの息子の父親でもあり、子どもたちへ体験やマインドを伝えることを意識しているという。ときには自作の外かまどでご飯を炊いたり、農作業を一緒にしたりと家族の時間を大事にしている。
「原理を知って、自分で考えることが大事。それができると自由が生まれる」(四井さん)。それは子どもたちだけでなく、現代に生きる私たちすべてに必要なことのように感じた。
ソイルデザイン
http://soildesign.jp/
四井真治|YOTSUI Shinji
信州大学農学部森林科学科卒業。緑化会社、農業経営、有機肥料会社勤務を経て2001年に独立。
土壌管理コンサルタント、パーマカルチャーデザインを主業務としたソイルデザインを立ち上げ、
愛知万博のガーデンのデザインや長崎県五島列島の限界集落再生プロジェクトなどに携わる。
日本文化の継承を取り入れた暮らしの仕組みを提案するパーマカルチャーデザイナーとして、国内外で活動。
箕輪弥生
環境ライター・NPO法人「そらべあ基金」理事。環境関連の記事の執筆や企画、東京・谷中近くのグリーンなカフェ「フロマエcafé&ギャラリー」を営むなど、オーガニックな食や自然素材、自然エネルギーなどを啓蒙・実践する。著書に『節電・省エネの知恵123』『環境生活のススメ』(飛鳥新社)ほか。