マクラーレンP1に珠海インターナショナルサーキットで試乗|McLaren
McLaren P1|マクラーレン P1
マクラーレンP1に珠海インターナショナルサーキットで試乗
F1ゆずりのハイブリッドシステムを搭載し、最高速度は350km/h、0-100km/hに到達するまで3秒もいらないという驚異のパフォーマンスをみせるマクラーレン「P1」。生産台数わずか375台限定のこのスーパースポーツカーについては、これまでも発表からテストドライバーによる同乗走行と、折に触れてお伝えしてきた。そしてついにP1のステアリングをじかに握るときがやってきた。中国・珠海インターナショナルサーキットから大谷達也氏がリポートをお届けする。
Text by OTANI Tatsuya
ついにステアリングを握る
マカオからほど近い珠海(ズーハイもしくはチューハイ)。この街の郊外にF1グランプリが開催できるという触れ込みで珠海インターナショナルサーキットが建設されてからおよそ20年になる。
私は、偶然にもそのこけら落としとなるイベントを取材するためにこの地を訪れていたが、やがて中国GPの開催地が上海に決まったこともあって、もう2度とこのサーキットに足を運ぶことはないだろうとおもっていた。それが、どんな運命のいたずらか、こうして再び珠海インターナショナルサーキットを訪れることになった。理由はただひとつ、マクラーレンP1に試乗するためだ。
OPENERS読者にP1のことを改めて詳しく説明する必要はないだろう。11年間にわたるメルセデスとの提携関係にピリオドを打ち、2010年に再び独自路線を歩みはじめたマクラーレン・オートモーティブのフラッグシップモデルがP1である。
3.8リッターV8ツインターボエンジン、カーボンモノコックなどは、新生マクラーレンの処女作であるMP4/12Cと共通ながら、エンジンは737psへ、モノコックはより強固なドライカーボンによって補強されるとともに、サスペンションやエアロダイナミクスは一般公道用とサーキット用でまったくことなる性能を生み出す可変制御機構を追加された。
さらには、最高出力179psの電気モーターを核とするハイブリッドシステムを搭載し、システム最高出力は916ps、システム最大トルクは900Nmに達するモンスターに仕立て上げられたのが、このP1なのだ。
マクラーレンは「一般公道とサーキットの両方で最高のドライバーズカーを作る」ことを目標にP1を開発したというが、それが嘘偽りでないことだけはまちがいない。
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新世代マクラーレンに共通するポイント
およそ20年ぶりに訪れた珠海インターナショナルサーキットは、直線とタイトコーナーが連続するストップ&ゴー サーキットといって差し支えのないレイアウトで、たとえば富士スピードウェイの100Rのように大きく回り込む高速コーナーはなきに等しい。裏を返せば、それだけ安全でリスクの小さなサーキットといえるだろう。
試乗のスタイルは、マクラーレン所属のインストラクターが同乗してドライビングにかんするアドバイスを受けながら走行するというもの。そのなかで、P1の最大の特色でもあるEモード、ノーマル、スポーツ、トラック、レースの各モードを順に試していくことになる。ただし、各モードを試せるのは2周前後。
いくら珠海インターナショナルサーキットを訪れるのはこれが2度目でも、走行するのは今回が初めてだから、私程度のドライビングスキルではコーナリングの限界を引き出すのは難しい。その点をご承知いただいたうえで、以下のインプレッションを読み進んでいただければ幸いである。
インストラクターによるデモンストレーションランの後で乗り込んだP1のコックピットは、細部にちがいがあるものの全体的な印象は「12C」や「650S」とよく似ている。まずは視界が良好で、車両直前の路面まで容易に視認できる。ミッドシップでは確保が難しいとされる斜め後方の視界も、十分とはいえないまでもそれなりに見える。
そしてステアリング、ペダル、各種のスイッチやレバー類がすべてあつらえたかのように扱いやすい場所にレイアウトされている。深いシェイプのバケットシートは身体をしっかりサポートしてくれるいっぽうで、無理な姿勢を強いない。だから、ドライバーは常に自然体でいられる。
この安心感こそ、MP4/12Cをはじめとするすべての“新世代マクラーレン”に共通するポイントである。
クルマがドライバーを「いまオマエはとんでもない高性能車に乗っているんだぞ」と脅かすことは決してない。むしろ、深い安心感で包み込んで「大丈夫、キミならきっとドライビングを楽しめる。安心して走らせてごらん」と励まされているようにおもえるのだ。
おかげで、走行直前に雨がパラパラと降りはじめてもまったく怖いとはおもわなかった。
危険な状態に陥ったら、クルマがいち早くそう教えてくれるはず――。そんな絶対的な信頼感に守られながら、私はP1で珠海を走りはじめた。
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モードのちがいを体感
まずは「ノーマルモード」を試す。900psオーバーのモンスターながら、扱い易さは12Cや650Sとまったくおなじ。乗り心地が硬いともおもわない。そこからスポーツモード、さらにトラックモードに変えても、乗り心地やハンドリングに大きなちがいは感じられなかった。いや、正直にいおう。初めて走る珠海のコースレイアウトを覚えるのに一生懸命で、モード切り替えに伴う変化まで詳しく観察している余裕がなかったのだ。
途中、純粋なEV走行となる「Eモード」を選択すると、それまで聞こえていたエンジン音がぴたりと止まり、P1は無音のまま走行を続けた。ちなみにEモードでは10km以上の走行が可能とのこと。一般的なプラグインハイブリッドに比べると走行可能距離が短いけれど、このあたりはハイブリッドシステムをCO2排出量を抑えるために使うか、それともパフォーマンスを向上させるために使うかという考え方のちがいと捉えるべきだろう。
やがて3周、4周と走るうちに徐々にコースレイアウトが頭に入り、少しずつペースが上げられるようになった。それでもコーナリングの限界までは引き出せなかったが、ブレーキングは安心してABSが作動する領域まで持ち込めた。
それにしても、これほど踏み応えがしっかりとしていて、タイヤと路面のコンタクト状況がペダルを通じて感じられるロードカーも珍しい。これだったら、たとえABSがなくともロック寸前のブレーキングをコントロールできそうだ。
これこそ、マクラーレンの技術者たちが狙ったポイントのひとつだろう。
実はP1には回生ブレーキ機構が装着されていない。なぜなら、回生ブレーキを搭載すると、宿命的にブレーキペダルのフィーリングが悪化するからだ。では、P1はどうやってバッテリーをチャージしているかといえば、エンジン負荷に余裕があるとき、この余裕分で発電機を回して電力を得ているのである。
「ドライバーに最高のフィードバックをもたらし、安心してクルマの限界を引き出せるようにする」 このマクラーレンの思想はP1のいたるところから見て取れる。つまり、ステアリングからも、剛性が恐ろしく高いボディからも、タイヤと路面の関係が常に五感を通じて伝わってくるのだ。
だからこそドライバーはどんなときでも安心していられる。これでコースさえ覚えられれば、もっとペースを上げられるところなのだが――。
そうこうしているうちに、試乗は最終段階の「レースモード」に突入した。
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フォーミュラカーのような強い一体感
「レースモード」への切り替えでは、車高を50mm下げ、スプリングレートを300パーセント高めることになるので、車両を一旦停止させる必要がある。そのあいだ、メーターパネル上には車高の変化などがグラフィカルに表示され、待っている時間までもがエンターテイメントになるよう工夫されているのだ。
30秒ほどかけてレースモードへの“トランスフォーム”が完了すると、私はインストラクターに促されて再びコースインした。
なるほど、スプリングレート300パーセントのちがいは絶大で、路面の細かな凹凸がしっかりとコックピットにまで伝わってくる。けれども、呆れるほど剛性の高いモノコック、そして高精度に作り上げられたサスペンションのおかげで、不快な感じは一切しない。
そのいっぽうで、ドライバーの操作に対する反応は驚くほど鋭敏になり、本物のフォーミュラカーと変わらないほど強い一体感が味わえる。これだったら、マクラーレンのクリス・グッドウィンが富士スピードウェイの100Rで自在に4輪を滑らせながらP1をコントロールしていたのもうなずける。「ああ、あんな運転がしてみたい――」とはおもったものの、わずか2周ではそこまで到底及ばない。このときほど、自分のドライビングスキルの低さを恨んだことはなかった。
それでも、この2周のあいだにP1の恐るべき片鱗を垣間見ることができた。
たとえば、ステアリング上のスイッチを押すだけで電気モーターをフルパワーにできるIPAS(インスタントパワーアシストシステム)の効果。
最初にこの使用を許されたのは、最終コーナーからの立ち上がりだったが、十分速度が立ち上がらない状態でスイッチを押したところ、まったく予想もできないくらい強大な加速Gに押し出される形となり、おもわずスイッチから指を離してしまいそうになるほどの恐怖感を覚えた。
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いくつもの味わいがある加速感
けれども不思議なもので、2回目に試したときにはそれほどの迫力を感じない。その理由を同乗していたインストラクターにたずねたところ、「1回目はかなりスピードが低い状態でIPASを押したから、その効果がはっきりとわかったはず。ただし、2回目に押したときはもっとスピードが出ていたので、エンジンパワーもそれなりに上がっていた。このため、電気モーターで上乗せされるパワーが相対的に低くなり、あまり強い加速感を感じなかったのだろう」と教えてくれた。なるほど、実に論理的な説明だ。
もうひとつ興味深かったのがDRS(Drag Reduction System)。これはおなじ名称のものがF1でも使われているが、その原理はP1もF1もまったくおなじで、スイッチを押すとリアウィングの角度が変化し、空気抵抗を減少させてストレートスピードを伸ばす仕組みである。
これもおなじく最終コーナーからの立ち上がりで試したが、IPASとは対照的に、スピードが上がれば上がるほどその効果を明確に感じることができた。それも、ぐんと後ろから力強く押される感触のIPASとはことなり、DRSではクルマがふわっと軽くなったように感じられたのだ。
それもそのはず、空気抵抗は車速の二乗に比例するので、車速が高くなったほうがDRSによって得られる恩恵が大きくなる。もっとも、「後ろから押し出される」や「ふわっと軽くなったような感じ」などの印象が、私自身のおもい込みなのか、実際に物理量として何らかのちがいがあるのかは不明である。とはいえ、加速ひとつとっても何種類もの味わいがあるクルマは私にとってこのP1がはじめて。その意味ではじつに興味深い経験ができたといえる。
P1をリリースしたマクラーレン・オートモーティブは、その後、650S、675LT、そして570Sと次々にニューモデルを発表しているものの、P1(とその派生モデルであるP1 GTR)に匹敵するモデルはまだ登場していない。言い換えれば、現在のマクラーレンにとってP1は孤高の存在なのだ。それだけに、いまから10年、20年と経ったとき、このP1がかつてのマクラーレンF1ロードカーとおなじような伝説的スーパースポーツカーとなったとしても、まったく不思議ではないのである。
McLaren P1|マクラーレン P1
ボディサイズ|全長 4,588 × 全幅 1,946 × 全高 1,188(レースモード時1,138)mm
ホイールベース|2,670 mm
トレッド 前/後|1,658 / 1,604 mm
重量|1,395 kg
エンジン|3,799 cc V型8気筒 ツインターボ
最高出力| 737 ps / 7,500 rpm
最大トルク|720 Nm / 4,000 rpm
モーター出力|179 ps
モータートルク|260 Nm
システム最高出力|916 ps
システム最大トルク|900 Nm
トランスミッション|7段オートマチック(SSG)
駆動方式|MR
タイヤ 前/後|245/35ZR19 / 315/30ZR20
ブレーキ|カーボンセラミックディスク
最高速度|350km/h(電子制御による)
0-100km/h加速|2.8 秒
0-200km/h加速|6.8 秒
0-300km/h加速|16.5 秒
CO2排出量|194 g/km