プラグインハイブリッドのアウディA3 e-tronを試す|Audi
Audi A3 Sportback e-tron|アウディ A3 スポーツバック eトロン
PHEVでアウディは何を目指したのか
プラグインハイブリッドのアウディA3 e-tronを試す
フォルクスワーゲン グループに属するアウディは、持続可能なモビリティ社会にむけて、クルマの電動化を促進している。そのひとつとして登場したのが、5ドアハッチバクモデル「A3スポーツバック」にプラグインハイブリッドを搭載した「A3スポーツバック e-tron」だ。ドイツで開催された試乗会におもむいた大谷達也氏は、アウディA3が、EVやハイブリッドも織り込んで開発されたモジュラー プラットフォーム“MQB”を利用しているがゆえに、容易に仕上げられたものと思い込んでいたが、実際には確かな目標に向けて細心のエンジニアリングがほどこされていた。
Text by OTANI Tatsuya
説明に集まってくるエンジニアたち
プレゼンテーション会場に置いてあった「A3 e-tron」のカットモデルをひとり眺めていると、いつの間にかアウディのエンジニアが数人集まってきて、即席のディスカッションが始まった。
私の関心は主にそのパワートレイン。2年前に発売されたアウディ初のハイブリッドモデル「A6ハイブリッド」がエンジンを縦置きしていたのに対し、A3 e-tronは横置きになるとはいえ、エンジン→モーター→ギアボックス→駆動輪というパワーの流れはA6ハイブリッドもA3 e-tronもおなじ。目立ったちがいといえば、プラグイン ハイブリッドのA3 e-tronが50kmのEV走行を可能にする容量8.8kWh(A6 ハイブリッドは1.3kWh)のリチウムイオンバッテリーを積んでいることと、外部充電に必要となる充電装置を車載していることの2点くらいのように思える。
もうひとつ、こんなふうに見て取ることもできる。「A3 e-tronは現行のA3 1.4 TFSIにバッテリーとモーターを追加しただけ。テクノロジー的に目新しいものはない」ひょっとすると、私の心の奥底に潜んでいたそんな気持ちを彼らに見透かされたのかもしれない。はからずも議論が白熱したのは、それが理由だったと考えると納得がいく。
たとえば、ギアボックスの6段Sトロニック。アウディは、デュアルクラッチ式ギアボックスを初めて量産車に採用した自動車メーカーで、いまや大半のモデルにSトロニックを用意している。だから、A3 e-tronに採用されているのも、その流用だと思ったのだ。
「いえいえ、このSトロニックは新開発です」パワートレイン担当のエンジニアが、私をそうたしなめた。「A3 e-tronではエンジン、モーター、ギアボックスを一直線に並べています。これらを前輪のあいだに収めるには、ギアボックスを小型化する必要がありました。そこで、ハイブリッドモデルのためにこの6段Sトロニックを新開発することにしたのです」
現在、7段が主流となっているSトロニックを敢えて6段としたのは小型化に必要だったから。ただし、電気モーターの力でエンジンを補えるハイブリッドモデルでは6段でじゅうぶんなパフォーマンスが得られることなどを、おなじエンジニアは説明してくれた。
Audi A3 Sportback e-tron|アウディ A3 スポーツバック eトロン
PHEVでアウディは何を目指したのか
プラグインハイブリッドのアウディA3 e-tronを試す (2)
ハイブリッド化は、そう単純なものではない
また、エンジンとモーターのあいだにはデカップラーと呼ばれるクラッチが挟み込まれているのだが、A6ハイブリッドでは乾式だったこのクラッチをA3 e-tronでは湿式に変更したという。じつは、微妙な制御が容易でスムーズな断続をしやすいとされる湿式クラッチがA3 e-tronのドライブフィーリングに大きな影響を与えているのだが、それは後述することにしよう。
「でも、排気量1.4リッターのTFSIエンジンは、普通のA3の流用でしょ?」そう質問すると、エンジン担当のエンジニアが私のまちがいを正した。「ベースは通常のTFSIエンジンですが、ピストンを強化品にするなどして耐久性を高めてあります」
私は自分の耳を疑った。モーターだけで走行することが少なくないプラグイン ハイブリッドモデルでは、エンジンが活躍する機会は減るのだから、むしろエンジンの耐久性を落としても構わないのではないか、と考えたからだ。
「それはちがいます」と前出のエンジニア。「ハイブリッド モデルではエンジンが急に始動したり停止したりするので、エンジンに対する負荷はむしろ大きいのです」
そう聞いて「ああ、なるほど。エンジンが冷えている状態で急に始動されることがあるので、耐久性を高めているんだ」と早合点した私を、別のエンジニアが諭した。「いえ、エンジンの冷却水は一定温度に保たれています。冷却によるロスを最小限に抑えるため、バッテリー、電気系、エンジンの冷却系を互いに関連づけているので、一定時間走行すればエンジンの冷却水を適温まで上げることができるのです」
しかし、エンジンの適温、バッテリーの適温、そして電気系の適温はすべてことなるはず。それらの冷却系をすべて一本化すれば、あるデバイスは冷えすぎ、別のデバイスはオーバーヒートになりかねない。
「もちろん、そのとおりです」と件のエンジニア。「そこでA3 e-tronでは、エンジン、バッテリー、電気系の冷却系を独立させたうえで、熱交換機を介して結びつけることにより、それぞれが適正な温度になるよう工夫しているのです」
ここまで話を聞いて思い知らされた。ハイブリッドなんて、世の中にごまんとある。だから、A3 e-tronもお手軽につくられた1台だろうと勝手に思い込んでいたのだが、それはまったくのまちがい。外観は普通のA3とほとんど変わらないA3 e-tronだが、その内側には、最新かつ専用開発されたハイブリッド テクノロジーがどっさりと盛り込まれていたのである。
Audi A3 Sportback e-tron|アウディ A3 スポーツバック eトロン
PHEVでアウディは何を目指したのか
プラグインハイブリッドのアウディA3 e-tronを試す (3)
これまでの自動車とまったくおなじように使えるということ
では、そうしたテクノロジーは何のために使われたのか? その答えはじつにシンプルなもので、「普通のA3と何ら変わりなく走れること」をアウディは目指したのである。
たとえば、A3 e-tronの操作系で普通のA3(と何度も書くのは煩雑なので、以降は単に『A3』と記す)とことなっているのは、ダッシュボード上に設けられたEVボタンだけ。
これは、1)モーターだけで走行するEVモード、2)通常走行用のハイブリッド・オート、3)現状の充電量を維持するハイブリッド・ホールド、4)積極的にバッテリーを充電するハイブリッド・チャージという4つのモードを選択するもの。これ以外は、ドライビング セレクトを含め、アウディではお馴染みのものばかり。EVでよく見られる回生ブレーキの効きを調整するスイッチなどは一切設けられていない。
それはメーターパネルも同様で、タコメーターの代わりにパワーメーター(電気モーターの最大出力時に100パーセントを指す。これにエンジンパワーがくわわるとBOOSTの領域にはいる)がつけられているのと、その下にバッテリーの充電レベルを示すメーターが付けくわえられた程度で、全体的にはA3とほとんど変わらないデザインとなっている。
「A3と変わらない」という印象は、走り始めてからも“変わらない”。車重はA3より200kgほども重いのに、しなやかなでありながらどこか軽やかさを感じる乗り心地はA3と共通のもの。ステアリングを切れば軽快にノーズがインを向くハンドリングも、スロットルを軽く踏み込んだだけですっと動き出す身軽さも、乗り慣れたA3とまったく変わらない。
そういえば、ハイブリッド・オートで走行中にエンジンがオン/オフしても、A6ハイブリッドのようにコツンというショックが伝わってくることは皆無で、じつにスムーズ。これは、まちがいなく前述した湿式クラッチのおかげだろうが、こんなところも、A3 e-tronが普通のA3と変わらないと感じさせるひとつの理由となっている。
「だって、ベースはA3なんだから当然でしょう」とあなたはいうかもしれないけれど、それは大きなまちがいだ。車重が200kgもちがえばサスペンションの設定には大幅な見直しが必要だろう。しかも、バッテリーの搭載で重量配分や重心高だって変わっているはず。電気モーターがくわわったことで出力特性も異なっているだろうし、前述したエンジンのオン/オフに伴うシステムの制御だって簡単ではなかったと推測される。
でも、そうしたちがいを一切意識させないクルマづくりを、アウディは目指した。そのことは、普通のA3とおなじ格好をしたスティール・ボディ(軽量素材が多用されているとはいえ、基本はスティールだ)をそのまま用いたことを含め、彼らが「プラグイン ハイブリッドでもEVでも、これまでの自動車とまったくおなじように使えること」を何より優先していることのあらわれだといえる。
Audi A3 Sportback e-tron|アウディ A3 スポーツバック eトロン
PHEVでアウディは何を目指したのか
プラグインハイブリッドのアウディA3 e-tronを試す (4)
BMW「i3」とA3 e-tronのちがい
A3 e-tronが日本でも発売されたとき、おそらく多くの人びとがBMW「i3」とA3 e-tronを比較するだろう。その結果、いかにもEVらしいスタイルをして、カーボンモノコックを採用したi3を選択するという人も少なからずいるはず。でも、私はe-tronとi3を同列に論じるのは難しい、とおもう。
そもそも、A3 e-tronはエンジンとモーターが“同居”したプラグイン ハイブリッド、i3はエンジンのちからを直接使って走ることができないEVというカテゴリー上のちがいがある。もっとも、A3 e-tronは50km以内であればEV走行が可能で、i3のレンジエクステンダーモデルは排気量650ccのエンジンでバッテリーが充電できるから、実際のカテゴリーのちがいよりは、両者の距離は意外と近いともいえる。
けれども、2台の最大のちがいは、極端にいえばクルマづくりのアプローチそのものにあるといえる。i3は徹底的に未来的なクルマづくりにこだわったモデルだ。だから、その使い勝手についてもあたらしい発想というか、ある種の割り切りが必要となる。航続距離がその代表で、EV走行では200km弱(国土交通省審査値)、容量9リットルのガソリンタンクを満たせばさらに100kmが走行できる。まあ、EVにしては長いが、一般的なガソリン車にくらべればあきらかに短い。それだけに、使い勝手は制限されるだろう。
いっぽうのA3 e-tronは容量40リットルのガソリンタンクを積んでいる。今回、100kmを走行しての平均燃費は約20km/ℓだったので、これをそのまま信じれば800km、かりに15km/ℓと見積もっても600kmは走れる。つまり、普通の自動車とおなじ感覚で使えるのだ。
乗り心地も対照的。A3 e-tronは前述のとおりA3とほとんど変わらないが、i3は大径タイヤの影響でコツコツというショックが伝わってくる。
もっとも、あれほどハーシュネスがきつかったランフラットタイヤを完璧に履きこなしてしまったBMWだから、この乗り心地も数年経てばこなれたものになるだろうけれど、現状ではあきらかにA3 e-tronに分がある。後席のスペース、荷室容量の点でもA3 e-tronに軍配が上がる。
だからといってA3 e-tronのほうが優れていると短絡的に決めつけるつもりはないけれど、これまでの自動車とまったくおなじ感覚で使えるという意味で、A3 e-tronはとてもよくできたクルマだ。これに対し、i3は次世代のクルマだけに、乗り手にもあたらしい発想が求められる。この辺りが、両者を選ぶ際の決め手になるはずだ。
A3 e-tronの日本発売は2015年、価格は500万円前後と推測される。
Audi A3 Sportback e-tron|アウディ A3 スポーツバック eトロン
ボディサイズ|全長 4,312 × 全幅 1,785 × 全高 1,424 mm
ホイールベース|2,630 mm
トレッド 前/後|1,542 / 1,516 mm
重量|1,540 kg
エンジン|1,395 cc 直列4気筒DOHC 直噴 ターボチャージャー付
ボア×ストローク|74.5 × 80.0 mm
圧縮比|10.0
最高出力|110 kW(150ps)/5,000-6,000 rpm
最大トルク|250 Nm/1,600-3,500 rpm
モーター最高出力|75 kW(102 ps)
モーター最大トルク|330 Nm
システム統合最高出力|150 kW(204ps)
システム統合最大トルク|350 Nm
トランスミッション|6段Sトロニック(デュアルクラッチ)
駆動方式|FF
駆動用バッテリー種類|リチウムイオン
駆動用バッテリー総電力量|8.8 kWh
タイヤ|205/55R16
最高速度|(ハイブリッドモード)222 km/h (EVモード)130 km/h
0-100km/h加速|(ハイブリッドモード)7.6 秒
0-60km/h加速|(EVモード)4.9 秒
燃費(ECE値)|1.5 ℓ/100km(およそ66.7 km/ℓ)
CO2排出量|35 g/km
トランク容量|280 リットル、リアシートを倒すと1,120 リットル