特集|「第5回恵比寿映像祭」の楽しみ方|スペシャル対談 アーティスト・鈴木康広×担当キュレーター・山峰潤也
LOUNGE / ART
2015年1月17日

特集|「第5回恵比寿映像祭」の楽しみ方|スペシャル対談 アーティスト・鈴木康広×担当キュレーター・山峰潤也

特集|「第5回恵比寿映像祭」の楽しみ方

スペシャル対談 アーティスト・鈴木康広×担当キュレーター・山峰潤也

今年も「恵比寿映像祭」がやってくる! 第5回目を迎えるこの映像祭は、世界のさまざまな映像表現を展示する“国際フェスティバル”である。2日間の休館日を除く、2月8日(金)から24日(日)までの15日間、18カ国80人の作品が恵比寿に集結する。オウプナーズでは、今回のイベントに参加するアーティスト・鈴木康広氏と、担当キュレーター・山峰潤也氏との対談を独占でお届けする。

Photographs by YONEDA WataruText by IWANAGA Morito(OPENERS)

恵比寿映像祭への参加の契機

──今回、鈴木さんが出品されることになったきっかけは?

鈴木康広(以下、鈴木) 昨年の5月に恵比寿の書店「NADiff a/p/a/r/t」で開催した「本の消息」展で会ったのがきっかけになるんですかね? その後、山峰さんから声をかけていただきました。

山峰潤也(以下、山峰) そうですね。空間を作る方で、かつ「パブリック ⇄ ダイアリー」っていうテーマを考えていたときに鈴木さんの展示を見て、「これだな」とおもったんですね。そのときにお会いして、ちょうどノートでたくさんメモをとられているっていう話を聞いて、そのノートを使った何かを共有していくことができたら、というのが最初ですね。

もともと鈴木さんの作品を展示したいという気持ちがありましたし、ああいうパブリックスペースの展示は鈴木さんにすごく合うんじゃないかとおもっていて。チャンスをゆっくり待とうかと思っていたら、いきなり来たっていう感じですね。

「本」というかたち

鈴木 「本の消息」展を開催したのは、作品集を出版したのがきっかけなんですね。
作品集は商品なので、販促なども兼ねて展示の機会をいただけたんです。

作品集を作ったのは、身近な人に作品を見てもらったり、展覧会で作品を発表する活動をつづけていくうちに、自分のなかに展示だけでは伝えきれない部分がうまれてきたからです。

スペシャル対談 アーティスト・鈴木康広×担当キュレーター・山峰潤也02

あとは、記録として残すということ。それも創作の一部なのかなと感じつつ、「本」というかたちにまとめて、自分のアートワークを客観的に捉えたかったのかもしれません。

それがきっかけで、「本」という紙が綴じられた構造に興味を持ちはじめました。紙が1枚だけぺラッとあっても、保存できないですよね? 保存にはふさわしいんですけど、めくらなければ何も起こらない。閉じたら石とおなじというか、「固体」ですよね。

山峰 そうですよね。

鈴木 でも僕は、本の正体は「流体」だとおもっていて。人間がめくることではじめてそこに意味が生まれる。しかも人の頭のなかで勝手に動き出す。つねに人とともに変化するものだと思っていて。本には「定着」と「流動」というものが同時にあるんです。そういう関心から、「本の消息」展では、空気でページがめくれる作品を作りました。

山峰 巨大な本を使った展示もありましたね。

鈴木 あれは幅1メートル、高さ70センチぐらいかな? 通常のA4やB5のサイズを大きくした本に、波打ち際の映像を投影しました。

山峰 ノドに吸い込まれていくように波が引いていく、見た目にもおもしろいものでした。

鈴木 本やノートの表面は、僕にとって波打ち際のように「生きているもの」に感じられるんです。実際は本の内容は変化せず、本を見る側が変化しているのかなと。そんなことに薄々気づいていて、波の動きという流動的なものを投影し、再認識するきっかけになりました。その作品を山峰さんに見ていただいたときに、「本」というモチーフについてお互いの興味が合致したのかな、と。

山峰 そうですね。事前にこういうテーマでこういう場所で展示をしてほしいんですって伝えて、「本の消息」展で見たものをきっかけに、話がすすんでいきました。

鈴木 あと、日記の話にもなりましたよね。日記といえるかわからないですけど、僕は10年ぐらいずっとおなじノートを使っているんです。さすがにそれだけつづけていると、ノートについて僕なりの思いというか考えが生まれてきたのですが、その話をしたところ、とてもおもしろいと言ってくださって。

すごくプライベートな使い方をしていたものなので、誰かにそこまで話したことはなかったんです。本当は話す必要もないことというか。

スペシャル対談 アーティスト・鈴木康広×担当キュレーター・山峰潤也03

山峰 これだけいっしょにノートの話をふたりでしているんですけど、置いてあるノートを気軽にめくれない距離感がある。それぐらい鈴木さんのノートにはプライベートが詰まっている。

鈴木 でも人によってその距離感もちがうんです。勝手にパラパラめくる人もいる(笑)。でも一方で僕がめくっていても、あえて見ないようにする人もいるんですよ。

──本当に人それぞれなんですね。

鈴木 なんというか、他人のお財布に似ているような。人のお財布からお札がチラッと見えると、なんとも言えない気分になりますよね? 普段はお札という公共的な機能をもった「紙」も、ある人が所有しているうちは極めてプライベートなものになる。紙自体がパブリックとプライベートを行き来する代表的なマテリアルですね。

山峰 プライベートのステータスをあらわすものなのかもしれませんね。

鈴木 そのぐらい、ノートは僕にとっての内面というか。僕のなかでは、新品のノートというのは固まっているもので、切り口を入れて自分の内面にあるものを映し込んでいくイメージです。

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「記憶をめくる人」 作品解説

山峰 今回の作品は「オフサイト」というガーデンプレイスのセンター広場のなかで、「鈴木さんのノートを公開する」というのがテーマになっています。「記憶をめくる人」という作品なんですが、構造物として巨大化した机を展示します。その上にノートの形をしたスクリーンを置いて、プロジェクターで鈴木さんがノートをめくっている映像を投影する。そこで、ノートと鈴木さんの手と、書き込んだりしている様子が見えると。

鈴木 ガーデンプレイスの広場は、スペースとしておもしろい構造ですよね。地上にいる人と、上から見る人がいて、ふたつの空間をゆるやかなスロープと階段がつないでいる。

山峰 どこからでも見られますから、いろいろ見る位置を変えながら楽しむことのできる作品だとおもいます。あと、昼と夜とでもずいぶん印象が変わりますね。
流されている映像自体は、事前に鈴木さんのほうで撮影したものと、巨大な机の下にもうひとつリアルスケールの机を置いて、鈴木さんがそちらにやってきて、リアルタイムでページをめくる映像とに切り替わるようになっています。

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鈴木康広「オフサイト展示に向けた新作のイメージ・スケッチ」 2012

鈴木 僕がいるかどうかは、上からはわからない。いまめくっているのか過去にめくっているのか、わからない。つまり、リアルタイムでノートに書いているところを見ることのできる構造にもなっているんです。そういうなかで何を書くかは僕もわからない。安定した自分の方法論があるなかで、状況が変わると何をおもいつくのかを、やってみたいなとおもっていて。

山峰  最初のころは中規模なサイズのノートをいくつか点在させて、そこにプロジェクションして見せるっていう話もありました。ボックスを作ってその上にノートの形をした面を作って、そこにプロジェクションするっていう話を詰めようかなっておもっていたときに、いまのスケッチができました。最終的に大きなものにするっていうのは、鈴木さんからの提案でした。

鈴木 「映像祭」なので映像的要素が必要じゃないですか? 大きさがあってこそだとおもったんですよね。そのときに昼間の作品とのかかわり方がより顕在化するというか。

山峰 そうですよね。いくつかあるよりも、シンプルにひとつのものとしてドーンと出したほうが強さがあるでしょうし、インパクトも。そういうところであのサイズになりました。

鈴木 あとはすごく単純なんですけど、あの空間にふさわしいスケール感。単に大きくすることって、場合によってはすごくつまらない話かもしれないですけど、パブリック・スペースという場所で、みんなで見るものは大きい必要があるとおもったんです。はじめは、いまよりもっと大きな机を作る予定で、僕の居場所はすこし離れたところにあったんです。

山峰 最初は15メートル×10メートルでしたよね。

鈴木 それはけっこうおもしろい変化で、離れたところに透明なガラス張りの僕の部屋があって、巨大なテーブルを客観的に見る位置に自分を設定していたんですね。そしたら、その部屋を作るのに、なかなかのお金がかかることがわかって(笑)。そこではじめて予算的な限界があることを知って、机の下に僕がいればいいんだっていうことを思いついて、一体化させました。すごくシンプルになったんです。よくなったとはおもってるんですけどね。

山峰 僕もよくなったとおもっています。その箱のこともそうなんですけど、15メートル×10メートルの机を作るっていうことも、物理的にかなりギリギリのところでした。結局、12メートル×8メートルにしたんですけど、それでもやっぱり建築家とか構造家の人を入れて実現するっていうじつに難しい案件で、プロダクションとしては極限に近い。くわえてプログラミングや音響でもサポートする方々もいる。この規模の展示ができることもなかなかないと思っているので、ぜひ遊びに来ていただきたいですね。

鈴木さんのノートの使い方

鈴木 ノートって、頭から順番に使っていきますよね? でも僕の場合は開いたところをランダムに使うんです。パラパラッとめくって、「これなんだっけ? あ、こういうことか」ってそのとき連想したものを書くんですね。
ただ、じっくり書きこんだものは過去のものになってしまうので、あまりそういうことはせずにサラッと書く。

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──「サラッと書く」ということを心がけているんですか?

鈴木 そうです。アイデアを生み出すためだけではなく、インスピレーションを得るためにノートをつけているんです。体験的に感じたことなんですが、じっくり考えて書きながらおもいついたことってほとんどないんですよ。だから、サラッと書くことで先延ばしにしようとしているんですね。いつかは気づくし、いつかはおもいつくので。むしろ前に書いた絵を見て「なんだこれ…… ああなるほど」とおもって書くときのほうがおもいつくことがある。

山峰 鈴木さんにお話を伺ったときにおもしろいとおもったのは、書き込まないことで記憶のインデックスにしているというところ。もう一度見たときに、その絵やスケッチを描いた瞬間の記憶や体験だったりをおもい出せるように、書いていけばいいとおっしゃっていたんですね。だから、ノートがアイデアを蓄える場所でありながら、アイデアを発火させるためのポイントでもあるというか。すごく多機能的なかかわり方をしているなと。

鈴木 今回の目標も、会期中にめくっていることで、いいアイデアを思いつくことなんです。そこでおもいついたものを見た人が、またそこに立ち合う。そんなふうに、プライベートな瞬間をパブリックなものとして共有できるスタートラインに立てる装置を作ったのかなって。僕としても、みんなが見ているなかでも自然体で書けるように、自分の身体や気持ちを作ることのできる機会になるとおもっています。だから今回の作品は常設にしていただければ(笑)。

山峰 そこについてはノーコメントで(笑)。

鈴木 まあ冗談ですけど(笑)。本当は、常設ってあまりよくないとおもっているんですよ。基本的には仮設がいいですよね。常設にすると作品が飽きられるんじゃなくて、みんなの感覚が麻痺するんですよ。たまに消えないとダメなんです、パッと。

山峰 パッとは消えないですけどね(笑)。ガチャガチャガチャ、ウィーンって感じですけど。

──15日という期間がいいと。

鈴木 それがいいとおもいます。「もの」として作る意味と、「もの」がなくなる意味とが、両方が活きるのは期間限定のものだとおもいますし。

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「パブリック ⇄ ダイアリー」というテーマ

──最初にテーマを聞かれたとき、鈴木さんはどういう印象をもたれましたか?

鈴木 そうですね。東京大学のデジタル・パブリック・アート・プロジェクトで成田空港での展示を経験したことも大きいですが、これまで自分がやってきたことが、自分なりの「パブリック・アート」になってきたとおもっていた時期だったんです。

公共のスペースで展示をするということだけが「パブリック・アート」なのではなくて、僕の場合、もともとみんなが共有している「子どものころ、みんなこんな体験したよね」みたいな、思い出とか記憶としてしか語れなくなっているものにたいして、自分なりの方法でいま一度触れていくことなんです。

だから、不特定多数の人に作品を見てもらえる場所での展示が増えていくことも自然な流れでした。自分の活動の場所はこういうところなんだな、と感じていました。

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鈴木康広「ファスナーの船/Ship of the Zipper」 2010

そんななか「パブリック ⇄ ダイアリー」というテーマを受けて、僕はなぜノートを使いつづけているのか?僕にとってノートとは何なのか?ということをあらためて考えるチャンスをいただいた気がして。

山峰 自分のなかに出てきたアイデアをノートに書いて、実現するところまでは鈴木さんのなかにあるものなんですよね。具体的なかたちにして外に出したときに、はじめてそれが他人にとってもおもしろいものなのか、インパクトのあるものなのか、どういう広がりのあるものなのかっていうのを、ご自身でも再確認できるっておっしゃっていて。今回はそういう機会になるとおもっているんですよ。

作品を作るためのモチベーション

──今回、観衆の視線を感じながらということになると思うのですが、やはり緊張しますか?

鈴木 緊張もしますが、ワクワクしますね。なんとなく、人は誰かに見られていると力を発揮するんですよね。自分なりにおもしろいとおもうものを人に話すときに、実は相手に十分伝わっていない状況がいちばん重要な瞬間だとおもったことがあります。なんとか伝えようとしておもいついちゃうんですよね。そういうことありませんか?

山峰 言葉を開発するみたいなところがありますよね。

鈴木 自分のなかでまだきちんと整理できていないのに出てくるってことがあるとおもうんですよね。その領域を拡げたいんです。

山峰 今回の作品では、会場に鈴木さんが自ら作品の一部になる、という場面があるので、鈴木さんが人に見られるなかでどういった動きをするのか楽しみですね。

鈴木 緊張してきました(笑)。高校生のころは先生に「目立ちたがりのくせに口下手」とか、「本当は目立ちたがり屋なのにあがり症」とかさんざん言われていて……。

──クラスにひとりはそういう子がいますよね(笑)。

鈴木 学校で手を挙げて発表するのとか、恥ずかしくてできなくて。
でもそういった不自由さが、作品というかたちでコミュニケーションツールを作るモチベーションというか、必要性を生み出していて。やっぱりアーティストって不完全な人間なんだなっておもうんですよね。伝えたい気持ちはすごく強いけど、生身の身体では伝えられない。

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山峰 会田誠さんの展覧会を見に行ったときに、「ふつうに英語を話せて世界中の人とコミュニケーションできてしまう時点で、アーティストの素質はない」みたいなことが書いてあったんですけど、すごくいまの話でわかるなって思いました。コミュニケーション能力が長けていたら、アートも作品も必要がないとおもうんです。

鈴木 本当ですよ。言語が十分に発達して、コミュニケーションが満足にとれていたら、人は何も作らないですよ。

作品として何かが介在することによって、伝えたいことがものすごく伝わる体験をしてきたので。今回はその延長で、作品としてかたちになっていないものもふくめて、僕の普段の思考を晒してみたいとおもっています。それを体験することで、僕自身、見えるものが変わるのではないかと。

山峰 そういう複雑な状況をまとめて展示すること自体が、作品であるとおもうんですよ。こうでありたい、という行き来も見え隠れするような。

──それでは最後に、見に来られる方にはどういう気持ちで作品に立ち合ってほしいですか?

鈴木 いつもおもっているんですけど、僕がやっていることは特別なことではなく、むしろ誰もがやったかもしれないこと。ノートの使い方もそのひとつです。作家として活動していると、僕のオリジナルみたいな感じにおもわれてしまって。既製品のノートでも使い方や記憶との付き合い方をみんなが工夫することで、そこからさらにあたらしいものが生まれてくるのではないかと。

山峰 「社会に貢献する」みたいなわかりやすい指標じゃないと、大きなことを実現できないとおもわれがちじゃないですか。でもそうではなくて、まだわからないものや、よく見えない感覚であったり、何か起こるかもしれないことにたいして、個人の考えからはじまったものを実現できるということを信じられるきっかけを作ってほしい。プライベートなものをベースにした表現者である鈴木さんの作品だから、それはより伝わるとおもいます。

鈴木 はい。個人的な必要性から出発したものこそ、社会のなかにどう機能するのかわからない、未知の機能としか言えない何かをアーティストも観客も、あたらしい状況のなかで予感することができると思うんです。

山峰 「なんだろう?」っておもってほしいですよね。そこで食いついて離れない感じになってほしい。

鈴木 そうですね。いつもそういう空気から何か生まれる気がします。

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鈴木康広|SUZUKI Yasuhiro

1979年、静岡県生まれ。東京造形大学卒業。代表作「遊具の透視法」、「椅子の反映 inter-reflection」などで数々の賞を獲得。2009年、羽田空港でのインスタレーション「空気の港」のアートディレクションを担当し、作品「出発の星座」はグッドデザイン賞を受賞。2011年、浜松市美術館での個展を中心に、浜名湖での「ファスナーの船」展示などをおこない、浜松市教育文化奨励賞「浜松ゆかりの芸術家」を受賞。2012年に、作品集「まばたきとはばたき」(青幻舎)を刊行した。東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室特任助教。
http://www.mabataki.com

山峰潤也|YAMAMINE Junya

1983年、茨城県生まれ。東京都写真美術館学芸員。東京芸術大学映像研究科修了。学生時代は映像や舞台、メディアアート作品の制作などをおこなう。卒業後、文化庁メディア芸術祭や恵比寿映像祭などのフェスティバル運営に参画。そのほか、ライター、トークイベントの司会、ライブイベントの企画などを各所で務める。

           
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