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2020年5月20日
「知る」は、おいしい! 星のや軽井沢|TRAVEL
TRAVEL|星のや軽井沢
このひと皿と出合うために、星のや軽井沢へ(1)
「星のや軽井沢」のメインダイニングは、「日本料理 嘉助」(以下、「嘉助」)です。同じく、星野リゾート運営の「ホテルブレストンコート」のメインダイニング「ブレストンコート ユカワタン」、信州の食材を使った料理を提供する「村民食堂」、ハルニレの木立の中にショップが点在する小さな街「ハルニレテラス」のレストランなど、周辺にはさまざまな飲食施設がありますが、「星のや軽井沢」内のレストランは「嘉助」ひとつです。
Photographs by OHTAKI Kaku|Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi
幸せの怒涛! 見て愛で、味良し、現代和食の圧倒感
やってきました「星のや軽井沢」。今や日本のホテルブランドのなかでも、絶大的な知名度、そしてブランド力を持つ星野リゾート発祥の地。要するに、星野リゾート全体のフィロソフィーを体現した、グループのフラッグシップ的存在です。
星野リゾートのはじまりは1914年。別荘地として開発が始まったばかりの軽井沢に、掘削を施して「星野温泉旅館」を開業しました。大正時代には早くも水力発電所を設けるなど、エコリゾートの先駆者的存在でもあります。その創業の地に「星のや軽井沢」がオープンしたのは2005年のことでした。
そんなわけで語りたいことは多々あるのですが、連載タイトルが雄弁に物語っているように、この記事のテーマは「食」。まずは「食」を切り口に、「星のや軽井沢」をご紹介しましょう。
現社長の星野佳路さんの祖父で、星野温泉の開発を手がけた星野嘉助さんの名を冠した「嘉助」は、造りそのものがインパクト大。階段状に段差が設けられています。通路は「川」、客席は「川床」をイメージしていて、大きな窓の向こうには、もともとの谷状の地形を生かして設計した、棚田の風景が広がっています。
2013年から「嘉助」の料理長を務める稲家栄二さんは、「このスケールのレストランですからね。料理も負けないような演出を施さないと」と、やわらかに微笑みます。
料理のテーマは「山の懐石」。「お客様のお話を伺っていると、やはりここに来て食べたいものは、地のもの、山のものなんですよね」と稲家さん。ですよねー。旅に来たら、やはりその土地ならではの美味しいものをいただきたい!
稲家さんが意識しているのは、郷土料理を「嘉助」流にアレンジした、「田舎臭くない郷土料理」。和食の特徴“苦み”も大切にしていると言います。
それでは、楽しさと驚きにあふれた、春の「山の懐石」をご紹介していきましょう。
先付は「春野菜と黄身酢和え」。歳甲斐もなく、「きゃー!」と叫びたくなるルックスです。土(おからにほうじ茶を混ぜて作っているんですって)から顔をのぞかせるつくしのかわいらしいこと! 「私が住んでいるあたりの春の風景をひと皿に詰め込みました」(稲家さん)。黄身酢が、キャベツ本来の甘みを引き立てます。この“極上マヨネーズ”があれば、永遠にキャベツを食べ続けられそうです……。
椀物、お造りに続いて登場したのは、八寸「星のや 春の肴」。春満開です!
スタッフの説明を、にやにやしながら聞いていたのですが、最後に「お好きなものを、お好きなだけお代わりできます」と言われ、固まってしまいました。え、今なんて言ったんですか、この人は?
後日、総支配人の金子尚矢さんに、この粋な計らいについて聞いたところ、「肩肘はらずにリラックスして食べていただきたいという思いなんです」とのこと。
「私はこれが好き」「僕はこれをお代わりしようかな」なんて会話をしながらいただくのは、やっぱり楽しいですよね。
稲家さんは言います。「ぜひ自由に楽しんでいただきたいです。美味しかったと言っていただくのも嬉しいですが、楽しかったと言ってもらうのがいちばん嬉しいんです」。「嘉助」にはオープンキッチンの焼き台があります。稲家さんは毎日焼き台に立ち、ゲストの表情からその本音を読み取っています。
ちなみに私たちのなかでのこの日の一番人気は「ウグイの南蛮」。地元の人が、ウグイを、揚げて、甘酸っぱいタレにつけて食べているのを参考にして作った料理です。
「春の芽吹き野菜といただいたら美味しいかなと思って。ウグイは軽井沢で普通にスーパーにも出回っています。鮎と鯉以外に、これほど川魚があることに驚きました」(稲家さん)
長野県水産試験場が養殖技術を確立した、マス類の川魚・シナノユキマスの桜寿司は、口内で溶ける上質な脂身を、酢飯の酸味がきりりと流し込みます。ふと顔をあげると、満足そうに微笑んでいる稲家さんと目が合いました。お代わりお願いしまーす!
焼き物は、筍の木の芽焼き、そして、牛サーロイン炭火焼き(追加料金2000円)の選択でした。追加料金があるとはいえ、筍と牛との二択とは……。その心意気に、迷わず筍を選択します。「山の春と言えば、やはり筍。今回は堂々と王道の焼き物で勝負しました」と、稲家さん。
目の前に運ばれてきた瞬間、ごくりと喉がなりました。ちょこんと顔をのぞかせた筍は、「私、かなり美味しいんで、そこんとこよろしく!」と全身全霊で訴えています。では早速と、箸にとり、ぱくり。うわあ。またしても声が漏れそうになります。旬の筍はその存在感を主張しながらも、出汁をしっかりと抱き、ふくよかな味わいです。
あとで聞いたところ、戻し、そして出汁を含ませるのに気を配っていて、その上で照りが出るように焼き上げていると言います。最高の食材を、最高の料理人が調理した一皿。これをいただく幸福に、身震いがしました。自分の持つ感覚を総動員して味わいたい“旬”です。
コースは春鍋へと続き、締めは「寒干し大根とフキのご飯」。冬の寒さを利用して作る寒干し大根は、地元の皆さんのレクチャーのもと、「公民館で大根を洗い、切って竹串に刺すところから始めています」(稲家さん)。うま味が凝縮した寒干し大根が、弾むような食感のフキとよく合うこと! お米のほっくりとした甘みも負けていません。これ、奇跡のケミストリーってやつじゃないでしょうか。
デザートの「蓬と白玉ぜんざい」も、見た目にも楽しい、春の歓びに溢れた料理でした。どうですか、この怒涛の品々。春を愛で、驚き、楽しむ。全方位的に大満足の宴になること間違いなしです。
そして、一夜明けて。
またもや山の恵み万歳! と快哉を叫びたくなる献立です。野菜と昆布で出汁を取り、その後、昆布をあげて野菜だけで煮詰め、さらに炒った大豆を加えてとった、それだけでごくごくと飲み干したいほど自然の旨味を凝縮した野菜出汁でいただく山菜しゃぶしゃぶがメインです。
食感が失われない程度に、軽く出汁にくぐらせた、うるい、こごみ、クレソン、ノビルなどの山菜の美味しいこと! エキスが溶け込んだ出汁は、華やかに変身を遂げていたことにも、陶然となりました。ゲストが着席してから焼き上げる、野菜の出汁をベースにした、だし巻き卵も忘れ難い美味しさです。