INTERVIEW|松浦俊夫 presents HEX|ジャズ発信のミニマルサウンド(後編)
INTERVIEW|東京から世界へ
老舗レーベル「ブルーノート」が送り出す、プロジェクト“HEX”とは?
世界基準のミニマルジャズ(後編・1)
老舗レーベル、ブルーノートが送り出すプロジェクト「松浦俊夫 presents HEX」。前編ではプロジェクトのはじまり、そのサウンド作りについて、プロデューサーの松浦俊夫に話を聞いた。つづく後編ではドラマーのみどりんが登場! レコーディングについて、そして今後について、語ってくれた。
Interview & Text by NAGIRA MitsutakaPhotographs by Mari Amita
──削ぎ落としてもなお“ジャズ”と感じられる音
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「偶然ポロッと出たものが面白い」
──楽曲はどのようにして作って、レコーディングしていったのでしょうか?
松浦 打ち込まずに生で録っていくパターンもありましたし、プログラミングして、ある程度土台作ってから録るものも両方ありました。たとえば3曲目の「アンセンサード・ラヴ・トランスミッション」は、ある程度土台を作ってから、そこに重ねていきました。
反対にオープニングの「ジャズステップ」は、「なんとなくこんなドラムソロが最初にあって、そのうしろに重なるのはこんな感じ」というように、まったく別の音源を2つ聴いてもらって、そのイメージを元に叩いてもらいました。その2つをどうやって繋ぎ合わせていくかは、みどりん本人のグルーヴに任せて。なかなかうまくいかなくて、何度も録り直したんですけどね。
みどりん 何度も何度もテイクを重ねることで、いらない情報を削ぎ落としていく作業だったと思います。
松浦 弾くことで、曲に厚みを持たせるのは違うな、というのが自分の中にずっとあって。サンプリングでも、重ねれば重ねるほど音が聴こえにくくなっていくんですね。音をどんどん抜いていって、それでもグルーヴが出せるのか、メロディーに聴こえるのか。そういうことを追求していたんです。それは演奏でも同じなんじゃないかと。普段の演奏から音の数を減らしていけば、きっといいものになる。なんとなくそう確信していました。
みどりん 松浦さんの采配がすごいんですよ。ぼくらとしては「もっとやったら、もっとよくなるんじゃないか」って思うんだけど、松浦さんは止めるんです。「このままの方がいいんだ」って。10段階のところを6段階に留めておく、みたいなことをいつも言っていましたね。
松浦 それ以上追い込むと、面白くなくなるような気がしたんです。「偶然ポロッと出たものが面白いから、それ以上変えないでほしい」って伝えた場面は多々ありましたね。
みどりん ぼくらは手探りでやっているんですけど、松浦さんはアイデアを出し切る前のところで止める。バシッと合う一歩手前で。あとで聴き返してみると「なるほどな」って。「“生まれた瞬間”みたいなものを大切にしているんだ」ってことに気がついたんです。なのでできあがったものは、ものすごくプリミティブな感じですよね。
松浦 生っぽさを残したいというのはありましたね。できあがったものを聴くと、生っぽい部分とそうでない部分が共存しているような気がします。
みどりん 松浦さんがサンプルの音源を聴かせてくれた時点では、正直「これをどうやって取りまとめようかな」という感じでした。松浦さんが求めていたものは、もっと単純なことだと後々知ることになるのですが……。聴かせてくれた曲をそのままやるわけじゃなくて、その曲のエッセンスがほしいんだと。
松浦 その音源に入っていたニュアンスをキープしたまま、さらに先に進めるとしたら、どう表現してくれるのかというのを、ぼく自身すごく楽しみにしていました。
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世界基準のミニマルジャズ(後編・2)
「いい意味でデモテープっぽいアルバム」
──曲を演奏者が解釈して、自分なりに表現すると言う意味では、ジャズに近い発想とも言えますね。
松浦 メンバーの中で「ここは、もうちょっとこういう感じじゃないの?」みたいな話し合いになることもあったので、それは見ていて楽しかったですね。
みどりん うん、話し合いは多かったですね。とりあえず、音を出しちゃえばOKじゃなくて、みんなで話して、納得したうえで音を出すという感じで進んでいきました。
松浦 演奏しながら、ならしていくことはしたくなかったんです。後々まとめるときのことを考えても、ギザギザしているぐらいの方がいいかなと思っていました。
もっと追い込んでいく音作りを諦めたわけではなくて、ライブミュージシャンたちと一緒にやる意味を考えた結果、こういう形になったんです。U.F.O.はサンプリングが多かったので、ひたすら編集して、細かいところまで合わせていたんですけど、それだとこのメンバーでやる意味はないと。
みどりん このアルバムは、いい意味でデモテープっぽいんです。昔のはっぴいえんど(※1)って、ヘッドアレンジ(※2)でガンガンやって、結果それが世に出ていたりするじゃないですか。ユーミンさんの「ひこうき雲」(※3)じゃないけど、その場で「ちょっと合わせてみようか」って言って、歌も入れて録ってみたものがすごくよかったってこともあります。そういう意味では、原石みたいなアルバムかもしれません。ぼくら自身も「完成したらそれで終わり」じゃなくて、さらに磨いていって、進化させようという欲や想像力が今後出てくると思いますよ。
個人的には、いちドラマーとしての役割以外のことにも関わることができて、すごく面白かったですね。HEXではそれぞれの演奏がメロディーであり、同時にリズムでもあるんです。しかも、その演奏は(独立した)トラックでもある。みんながそこに合った演奏をして、それぞれのトラックを作って、それが4つ合わさってひとつの曲になるという。
曲の一部だけをずっと聴いていても、それがだんだんメロディーに聴こえてくるみたいなことってあるじゃないですか。ドラムのビートだったり、ピアノのコードのコンピング(伴奏)だったり、ベースラインだったり、それぞれが独立して、ひとつの曲として成り立つことがある。ミュージシャンとして活動していると、作曲されたものや、その場で作られたメロディーありきだったりするので、なかなかそういうものに目が向かなくなっていくんですけどね。
U.F.O.とか、クラブジャズの文化が、そういうものも曲として成立するってことを教えてくれた気がするんです。曲の最初の部分だけを延々と引き伸ばした、フランソワK(※4)のエディットとかあるじゃないですか。それだと最初のドラム部分だけでも、ちゃんと曲として認識されますよね。松浦さんはそういう方向にHEXを持っていきたかったんだなって。
──今回はクラブジャズが生まれたころに立ち戻って挑戦してみよう、みたいな意識が松浦さんにあるように感じました。
松浦 U.F.O.ではいろいろなことをやってきたんですけど、そのあと作品を作っていなくて、10年以上時間が空いたおかげで、セーフティーじゃないところで音楽をやりたかったというのはあります。音楽的にやることは広がっていたし、挑戦するものを変えていくってなったときに、意識的に粗雑であろうと。
※1 1969~1972年まで活動した4人組バンド。メンバーは細野晴臣、大滝詠一、松本隆、鈴木茂。
※2 譜面に記さず、演奏の現場でおこなわれる編曲のこと。
※3 1973年にリリースされた同名のデビューアルバムに収録された曲。宮崎駿監督の新作アニメーション『風立ちぬ』の主題歌に起用され、注目を浴びた。
※4 1970年代後半から活動をつづけるフランス出身のDJ。もともとはドラマーだったが、1975年の渡米後、ダンス・ミュージックの世界へ。ダブの手法を取り入れた先駆者として知られている。
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世界基準のミニマルジャズ(後編・3)
「尖っているのに気持ちいい」
──今回はミュージシャンに委ねた部分も大きいと思います。思えば「フライング・ソーサー」で、ディー・ディー・ブリッジウォーターの即興のスキャットを生かしたまま、あたらしい表現をしていたのもU.F.O.でした。
松浦 あのときのディー・ディーは2回くらいしか歌っていないんです。頭から通してパンパンッと歌って、30分くらいで帰っていった(笑)。ぼくの場合「いいものができた」って思う曲は、あっという間に完成したものが多いんです。今回の中納さんも早かった。本番じゃなくて、歌合わせに来ただけなのに、「やっぱり歌いたい」って歌っていったんです。
みどりん それがOKテイクですよ。
松浦 それでレコーディングに勢いがつきました。“音楽のマジック”ってこういうものなんだなって。スタジオでの作業は久々でしたが、楽しくてしょうがなかったですね。3カ月くらい試行錯誤してからスタジオに入ったので、すべてうまくいきました。準備に時間をかけたので、スタジオに入ったあと、余計なことを施すのはやめたんです。余地を残すことによって、そこからまた進化させられると思うので。今後ライブに落とし込んでいく中で、インプロが生まれることもあるだろうし、もっと音を減らしていく可能性もあります。その辺の遊びがあれば、もっと面白くなるし、高いところにいけるんじゃないかなと思っています。
──もう一つの重要なピースである、エンジニアのzAkさんについて聞かせてください。
松浦 ライブでもスタジオでも、zAkさんは不可欠な存在だと思います。アウトプットするときに、ピースとして彼にいてもらわなきゃダメだなと。ある意味、ギザギザの状態で出したものを、そのスピリットを残したまま、気持ちいい音にしてくれる。ぼくからお願いしたのは、「尖っているのに気持ちいいって状態にしてほしい」ということ。たとえば、自然を見たときとか、海を見たときのような気持ちよさが音として伝われば、こちらが多少難しいことをやっていても、リスナーには伝わると思ったんです。
みどりん 海とか山の中で電子音が鳴っているような感覚がありますよね。
──クールな中にも生演奏のオーガニックさが残っています。
松浦 音楽的にいいか悪いかよりも、気持ちよさを出したかったんです。それに応えるように、ミュージシャンのみなさんが気持ちいい音を出してくれました。
──そういえば、先日のライブ(※5)では、最初ダンスフロアのお客さんが少し戸惑っていたように見えましたが、最後には気持ち良さそうにノっていましたね。
みどりん ステージから見ても、その反応がよくわかりました。最初はなにをやっているのか、よくわかんないって感じでしたよね(笑)。アルバム・リリース前の、前情報がなにもない状態で見に来てくれたお客さんが、ドンドン高まっていく感じを冷静に見られて、それはそれで楽しかったです。
松浦 かりに、先行リリースしていた「オーサカ・ブルース」を聴いていても、ほかの曲を聴くとまた全然違うじゃないですか。そのギャップは大きかっただろうし。でも「中納さんを聴きに来たんだけど、気がついたらHEXにやられていた」みたいな人もいましたね。
──ジャイルス・ピーターソンのテンションも凄かったです。
松浦 近しい存在ですが、厳しい耳を持っているジャイルスが、我々のライブを見て、あそこまで興奮してくれるなんて思いませんでした。早くHEXをヨーロッパに連れて行って、現地の人を驚かせたいですね。来年、ジャイルスがやっている南フランスのフェスティバルに出ないかという話をいただいているので、まずはそこにピークを持っていきたいなと思っています。
※5 11月1日、アルバム発売前に『WORLDWIDE SHOWCASE 2013 ~magic no.9~』に出演した。
松浦俊夫 presents HEX|Toshio Matsuura presents HEX
2014年に75周年を迎えるジャズ・レーベル、ブルーノートが送り出すプロジェクト。指揮をとるのは、1990年代初頭より日本のクラブシーンを牽引し、ジャズを踊る音楽として世界へ発信してきた松浦俊夫。ミュージシャンには、次世代キーボーディストの佐野観、SOIL&"PIMP"SESSIONSのドラマーみどりん、ジャズから映画音楽までを手がけるピアニスト伊藤志宏と、ミュージシャンから絶大な信頼を誇るベーシストの小泉P克人が参加。さらにエンジニアにzAkを迎え、六角形(Hexagon)を意味するHEXの名のもと、“現在進行形のジャズ”を東京から世界に向けて発信する。
『HEX』
2835円(TYCJ-60019)
Blue Note / Universal
発売中
http://www.hex-music.com/
http://www.universal-music.co.jp/hex/
01. ジャズステップ
02. スイート・フォー・ザ・ヴィジョナリー
03. アンセンサード・ラヴ・トランスミッション
04. ハロー・トゥ・ザ・ウィンド feat.グレイ・レヴァレンド
05. オーサカ・ブルース feat.中納良恵(EGO-WRAPPIN')
06. ダハシュール・ワルツ
07. トロピカリア 14
08. トーキョー・ブルース feat.エヂ・モッタ