INTERVIEW|松浦俊夫 presents HEX|世界基準のミニマルジャズ(前編)
INTERVIEW|東京から世界へ
老舗レーベル「ブルーノート」が送り出す、プロジェクト“HEX”とは?
世界基準のミニマルジャズ(前編・1)
2014年に創立75周年を迎えるジャズ・レーベルのブルーノートが、プロジェクト「松浦俊夫 presents HEX」を立ち上げた。その中核は、U.F.O.、そしてDJとして世界で活躍してきた松浦俊夫。そこに打ち込みから、生演奏までこなす気鋭の鍵盤奏者、佐野観。SOIL&"PIMP"SESSIONSのドラマー、みどりん。ジャズピアニスト、伊藤志宏。職人ベーシスト、小泉P克人が参加し、さらにzAkがエンジニアを務めると言う豪華布陣で、東京から世界へ向けて、ブルーノートとしてのあらたなサウンドを提示する。そのプロジェクトについて、サウンドについて、松浦俊夫が語ってくれた。
Interview & Text by NAGIRA Mitsutaka
Photographs by Mari Amita
「削ぎ落としてもなお“ジャズ”と感じられる音」
――「The Tokyo Blues」(※1)と「Hello To The Wind」(※2)の2曲のカバーと、「スイート・フォー・ザ・ヴィジョナリー」のモチーフになった「Succotash」(※3)と、計3曲のブルーノートの楽曲が使われていますが、全体のサウンドとしては、ブルーノートの過去の音源とはずいぶん距離があるように思います。
松浦俊夫(以下、松浦) ブルーノートの過去のサウンドと同じことをやっても、面白くないと思ったのが第一にありました。それに昔のUS3のようにサンプリングして再構築するのは、ある意味1990年代の手法だとも思ったんですね。わたし自身、ブルーノートに大きな影響を受けてはいますが、今回はいったんブルーノートのイメージを忘れたうえで、ブルーノートの舞台でなにができるのか、それを一番の目標として制作に取りかかりました。
――この3曲を選ばれた意図を聞かせてください。
松浦 「トーキョー・ブルース」に関しては、当初からやるつもりでしたが、ほかの2曲は今回聴き直して決めたものです。ブルーノートの音源を聴き返すにあたって、昔よくかけていた曲や聴いていた曲から聴きはじめたんですけど、それはその時代のものだったのかな、と思うようになりました。いまの時代にはフィットしない気がしたんです。そうして昔のものから順に辿っていくという聴き方をいったん止めて、もっと直感的に曲を聴きはじめるようになって引っかかったのがこの2曲でした。90年代には90年代の空気に合うような楽曲を選んでいたように、今回選んだ2曲には、いまの空気感が感じられました。それが世の中の空気感なのか、自分の中での空気感なのか、わからないところではあるんですけど、そこにフィットしたのが、この楽曲だったんです。
――確かにこの2曲にはいまの雰囲気がありますね。たとえば、「Succotash」のミニマリズムにはそれを感じます。
松浦 この10年間、どちらかと言うと、メロディーや、音数の多さみたいなものが、際立っていた気がしていたので、それを逆にしてみたところがありますね。
削ぎ落としていって、それでもなおかつ「これはジャズだ」と感じてもらえるかどうかが、この作品のポイントだと思っていました。ミュージシャンのみなさんにしつこく伝えていたのが、音数を減らしたいということ。いつもだったら10で表現するところを、3とか5を目指してほしいとお願いしていました。それを受けて、それぞれのミュージシャンがそれぞれの解釈で出してきたものが、HEXのサウンドになっているんじゃないでしょうか。
――音を削っていくコンセプトを決めてから、メンバーを決めたんですか?
松浦 自分がやると音を削ることになると思っていました。あと、ミニマルにすることによって、聴き手が感じる音として、世界共通のものになるというイメージもありました。
メンバーを選ぶにあたっては、このプロジェクトだからと言うよりは、前々から自分がなにかをやるときに一緒にやれたら、というような“妄想”に近いものを持っていた人たちを、一堂に集めてみたっていうのが一番わかりやすいですね。それは当然ミニマルな表現ができるだろうという人選でもありました。
――たとえば、通常、伊藤志宏さんがミニマルな演奏をするのは珍しいような気がします。今回はあたらしい伊藤志宏が見られたのではないでしょうか。
松浦 今年リリースされた志宏さんのアルバム『ヴィジオネール』では、彼の情緒的な側面を垣間見られたので、それを聴いて、ミニマルな表現にもはまるんじゃないかなと思っていました。
実は現場では何度も「もっと削ってほしい」とお願いして、かなり削ってもらいました。彼は弾くことで表現するタイプなので、10を3にしてくれと繰り返し伝えて、ちょうど5くらいになったと思います。
――個人的にはポーティコ・カルテットとか、モーリッツ・ヴォン・オズワルド・トリオのような、ミニマルなサウンドに対するジャズからの回答というような印象もあります。
松浦 結果的にそう感じてもらえるようなものになってよかったです。そういうところに、ジャイルス・ピーターソンが痺れてくれたのかもしれませんね。ジャズっぽいミニマルなサウンドはこれまでにもあったけど、ジャズミュージシャンからは(ミニマルな表現が)あまりなかったように思うので。
※1 ホレス・シルヴァー『Tokyo Blues』に収録
※2 ボビー・ハッチャーソン『Now』に収録
※3 ハービー・ハンコック『Inventions And Dimensions』に収録
INTERVIEW|東京から世界へ
老舗レーベル「ブルーノート」が送り出す、プロジェクト“HEX”とは?
世界基準のミニマルジャズ(前編・2)
「サンプリング以外の音楽をやれるチャンスが来た」
――OPENERS上のメンバー紹介で、最初に名前が挙がったのがみどりんさんでしたね。
松浦 2年前の「WORLDWIDE SHOWCASE」のジョン・コルトレーン トリビュートライブで見た、SOIL&"PIMP"SESSIONS(以下、ソイル)の、ビートダウン的なプレイに魅了されました。本人たちに「これでアルバム一枚できるんじゃない?」と言ったぐらいです。そのときに、普段のソイルの縦ノリの早いビートじゃないところでの、みどりんのドラムに新鮮味を感じましたし、そのときのグルーヴを引っ張っていたのがみどりんだったと自分には感じられたので、彼をフィーチャーしてなにかできることがあるといいなと思っていました。
――みどりんさんは4ビートとファンクビート、ブレイクビーツを叩くときに、構造だけではなく、その音楽的な意味や文脈もわかっている。だからこそ、それらを繋げられるドラマーだと思います。
松浦 プレイヤーとしてだけじゃなくて、リスナーとしてもいろいろな音楽を聴いている。自分で持っている知識も含めて、(音楽的な意味や文脈を)わかったうえでアウトプットできるのが、彼の素晴らしさですね。
とにかく、サンプリングで音楽を作ると言うのは、U.F.O.での12年間でやりつくしたところがあって、これ以上できることはないだろうなと感じていました。だからこれほど間が空いてしまったんです。やるとなれば、自分が打ち込みで作るか、あるいはミュージシャンと一緒にやるかの二者択一だと思っていました。
そんなことを思っていたタイミングで、ちょうどこのプロジェクトの話をいただいたので、自分にとっては格好のチャンスだろうと思いました。75周年を祝うと同時に、温めてきたアイデアを形にするチャンスが来たと。それにあたって最初に会ったのが、みどりんでした。
DJ的に既存の楽曲をいくつか選んで並べて、これとこれを組み合わせたら面白いことになるんじゃないか、という感じで聴かせたところ、「なるほど。~みたいな感じですね」って反応がすぐに返ってきたので、これ以上は説明しなくてもいいだろうと思いました。まだなにもはじまってなかったのですが、これはいいものができるだろうなと確信した瞬間でしたね。
──お話を聞いていると、みどりんさんはDJとミュージシャンの間のような存在とも言えそうです。
松浦 みどりんはそれだけじゃなくて、ミュージシャンとして、ぼくとメンバーの繋ぎ目になってくれました。プログラミングをしてくれた佐野観さんも通訳のような役目になってくれたので、その2人が内部的にまとめ上げてくれたという感じですね。
――用意した楽曲を聴いてもらって、意図を伝えたと言うことですが、それはたとえばどんな感じの曲だったのでしょう。
松浦 ジャズもいろいろな種類を用意したし、ほかにもミニマルテクノ、ダブ、音響系みたいなものまで、幅広く聴いてもらいました。結局ジャズミュージシャンにジャズを聴かせても、ジャズにしかならないと思ったので、まったくかけ離れたものを聴いてもらって、わたしが「ここにジャズ性を感じるんだ」みたいな意図を感じ取ってもらうことに徹しました。
――ジャズじゃないものから、インスピレーションを膨らませてもらう作業という感じでしょうか?
松浦 そうですね。みんなが知らないだろうなっていうところを、あえてたくさん聴いてもらいました。そこにあるものを、それとは別の、次のサウンドに繋げるために音を出してもらう作業だったと思います。
松浦俊夫 presents HEX|Toshio Matsuura presents HEX
2014年に75周年を迎えるジャズ・レーベル、ブルーノートが送り出すプロジェクト。指揮をとるのは、1990年代初頭より日本のクラブシーンを牽引し、ジャズを踊る音楽として世界へ発信してきた松浦俊夫。ミュージシャンには、次世代キーボーディストの佐野観、SOIL&"PIMP"SESSIONSのドラマーみどりん、ジャズから映画音楽までを手がけるピアニスト伊藤志宏と、ミュージシャンから絶大な信頼を誇るベーシストの小泉P克人が参加。さらにエンジニアにzAkを迎え、六角形(Hexagon)を意味するHEXの名のもと、“現在進行形のジャズ”を東京から世界に向けて発信する。
『HEX』
2835円(TYCJ-60019)
Blue Note / Universal
発売中
http://www.hex-music.com/
http://www.universal-music.co.jp/hex/