連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「基本を守りながら、挑戦を続ける、『焼肉』」
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2022年1月26日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「基本を守りながら、挑戦を続ける、『焼肉』」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第30回「基本を守りながら、挑戦を続ける、『焼肉』」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」ボードメンバー、伊地知泰威氏の連載。今回は、老若男女問わず日常食であり、且つご褒美でもある食事「焼肉」について。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

コロナ禍によって外食に対する意識や行動は顕著に変わった。頻度は減って、本当に行きたい人と、本当に行きたい店にしか行かなくなった。つまり、外食は予めスケジュールして行くことがほとんどで、「今日行く?」とか「ここ空いてそうだからここにしようか」という行き当たりばったりは減った。
店側からすると、以前は「駅近」「路面」「安い」が繁盛のセオリーだったけど、今は「味」「空間」「ホスピタリティ」がきちんと三位一体となっていて、その上でその店に行く理由=店主の人柄かもしれないし、店のコンセプトやストーリーかもしれない。そういった付加価値がないと、リピーターはつかなくなったと言えるんじゃないか。
そうすると、魅力がない店は淘汰されていくわけで、今度は客側も店選びは難しくなる。何十年と続く伝統を守っている老舗店に、抜群の仕入れルートと腕のいい料理人を抱えた新進気鋭店が加わって、行ってみたい店は増えるばかり。
僕はこうして連載をさせてもらっているから、会食なり友人との食事なりで、よくお店選びを任される。なので、そんな経験値を踏まえて、ジャンルごとにお気に入りの店をいくつか紹介したい。
今回は「焼肉」。焼肉ほど、老若男女問わず日常食であり、且つご褒美でもある食事はそうない。
「何食べたい?」と若い子に聞けばだいたい焼肉と答えるし、疲れている時に行きたい第一想起もだいたい焼肉。元気に長生きしているおじいちゃんおばあちゃんも肉はしっかり食べている。歓迎会や送別会や打ち上げで行くのも焼肉だし、ひと昔前は、男女が焼肉を一緒に食えるようになったらその二人はできているとか言われていた。家族、恋人、友人、仕事仲間、相手不問でとにもかくにもパワーチャージしたいときに焼肉は鉄板。肉をガッツリ食えると自分が元気なことを再認識できる。だからこそ、美味い肉を食べたい、みんなが楽しめる店に行きたい。
1.馬山館(東京都台東区東上野2-15-6)
東上野にある馬山館。ここのランチが好き。ちなみに読み方はウマヤマカンではなくマサンカン。東上野は以前のコラムで上野の街を書いたときに触れたけど、新大久保よりも歴史が古いと言われる上野のコリアンタウン。東上野も馬山館も、最近はもういろんなメディアで紹介されているから、今更言わずもがなだけど、焼肉屋だけじゃなくて韓国食材や雑貨を売っている店もあるし、古びたビジネスホテルに囲まれていて、味わい深い雰囲気が良い。
馬山館のランチは、カルビランチとハラミランチがあって、それぞれたしか100g、200g、300gで選べる。最初300gを頼んだら腹パンで午後使いものにならなくなったので、僕はだいたい200g(2,000円くらい)。キムチやナムルももちろん付いてきて、肉も米もとにかくボリューム満点。モクモクの煙の中で徹底的に肉をかっくらう、まさにパワーチャージができるランチだ。平日行くなら食後は人に会う予定がない日の方が良いだろう。
2.焼肉和(東京都文京区小石川5-5-9)
次は、茗荷谷の焼肉和。和に行くときしか茗荷谷に行く機会はないと言い切れるくらい、茗荷谷と言えば和。ちなみに、茗荷谷は丸ノ内線で池袋から新大塚を挟んで二つ目の駅。和は1979年創業という老舗で、鶯谷「鶯谷園」や大井町「ヴィクトリー」なんかと一緒で、町焼肉の見本店だと思っている。他区からわざわざ食べに行っている時点で、町焼肉云々とか言える立場ではないが。
1Fはカウンターとテーブル、2Fが座敷。アットホームな店の雰囲気を楽しむには、4人くらいで行って座敷で網を囲んで食べるのが良い。ホルモンもタンも肉も全般美味い。あと、ここはタレがいい。生卵と大根おろしのちょっと甘辛い雪見ダレが肉とご飯とお酒をほどよく促す。僕は、タレの肉にタレを付けるとサシも相まってくどくなるから焼肉屋でタレは使わないのだけど、このタレは絶妙。肉がしつこ過ぎないから、タレの甘さと程よくマッチする。テールオジヤも人気メニューで、肉以外のサイドメニューもすばらしいのがリピートしたくなる理由。
3.焼肉ゆかわ(東京都世田谷区等々力2-16-15 早川電機ビル2F)
最後は、尾山台の焼肉ゆかわ。尾山台は自由が丘から大井町線で二駅。閑静な住宅街だけど、洋菓子店のレジェンド「オーボンヴュータン」があるし、「丸山珈琲」が店舗を構えてたのも尾山台。良い店が多いエリア。
ゆかわは、清潔感あふれる空間で上質な肉が楽しめる。肉質はもちろん抜群。勝手に看板メニューだと思っている特別な認可を得て提供されるユッケは必食。思わず生でいきたくなるくらい鮮度抜群のレバ焼き、酒が進んでやまないタンスジ、シャキシャキのミノ、サラッととろけるロース。トマトキムチやダシがきいた冷麺など店主こだわりの自家製サイドメニューやドリンクも抜かりなく。昭和の空気でモクモクのガヤガヤで楽しむ町焼肉があれば、落ち着いた空気でゆったり楽しめる、これもまたいい感じの町焼肉と言えるだろう。
僕の店選びの前提は、安くないけど高くない店。そして気軽に予約が取れる店。「金龍山」も「スタミナ苑」も「うしごろ」も「ヒロミヤ」も断トツ美味しいのだけど、行きたいときに気軽に行けないのは悩ましい。連れて行った仲間が気に入ってくれたらまた誰かと行ってほしいし、鮨やフグ、フレンチなどスペシャルなものを除いて、楽しく食って呑んで一人7,000円程度におさまってくれるのが、鉄則。
会議や出逢いはオンライン化が進んで効率的になったけど、食事は絶対オンラインにはできない。栄養補給でもあり、精神的な充足でもあり、人と人の距離を近づける大事な場でもある。焼肉はその場にいる人たちに笑顔をもたらす、最高の食事。自分の次の世代の子たちが、「また行きたい」と思ってくれるサステナブルな店で楽しみたい。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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