菊の司酒造「innocent 40」。鮮度命の繊細さが澄み渡たる、純米大吟醸の真骨頂|FEATURE
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2023年5月22日

菊の司酒造「innocent 40」。鮮度命の繊細さが澄み渡たる、純米大吟醸の真骨頂|FEATURE

FEATURE|菊の司酒造

教えて! 山内先生!! 第3回の日本酒「innocent 40」(菊の司酒造)

開栓した直後には、爽やかな発泡感がありました。これは日本酒の搾り方で、特殊な(嫌気的な※1)搾り方をした薮田(やぶた)式の特徴です。そのまま空気に触れさせずに、瓶詰めするのが昨今のトレンド。アルコール発酵で生まれた二酸化炭素が抜け切っていないまま、瓶詰めすることで、フランスワインのぺティアン(※2)を思わせるような微発泡感を保っています。それにより、酒質の浮揚感が作り出されているんですね。(山内先生・談)
※1 酸素を含まない状態のこと。
※2 アルコール発酵の途中で瓶詰めされ、瓶内で発酵が続く、昔ながらのスパークリングワイン。

Photographs by OHTAKI Kaku|Edit & Text by TSUCHIDA Takashi

日本酒がスタイリッシュ、であることにきっと誰もが納得!

山内先生 このお酒は、生酒(※3)でもありますので、フレッシュ感が満ち溢れています。ただ、生酒の青っぽい香り(※4)は抑えられ、後方から立ち上ってくる華やかさ、若干の甘やかさをとても上手く支えている。このお酒は、生酒の弱点をしっかりと乗り越えています。
※3 酵母の働きを抑制する火入れを一度も行わず、もともとの酒質を楽しませる日本酒のタイプ。
※4 生酒にはどうしても残ってしまうアセドアルデヒド。
――「菊の司酒造」は、昨年に建屋を移築したんです(※岩手県盛岡市→岩手県雫石市)。つまり、酒造りの現場が、まるごと一新したんですが、その新たな環境でこだわるのは、徹底した清潔さでした。
山内先生 その努力はすでに、このお酒に現れています(キッパリっ)。
ちょっとだけマニアックな話になるんですけど、この華やかな香りが酸化していくと、時間が経った生クリーム、翌日のケーキみたいな匂いがします。端的に言うと、脂肪が酸化した匂いで、そこが解決できていないお酒も、世の中には存在しています。こうしたものは、抜栓後の賞味期間が限られてしまう。
ところが、このお酒は、品質管理が徹底されているおかげで、抜栓してなお、味わいが穏やかなカーブを描きます。そして、その膨らみが若干しぼんでいくところまでも楽しめる。フレッシュなお酒は、すぐに飲み切らないといけないものが多いんですけれど、こちらは、もうちょっと穏やかになってからも楽しめる余韻があります。
――確かに、どの生原酒も抜栓直後のフレッシュ感はものすごいですけれど、開けた翌日には、「アレ? 味が全然変わってる」ということがあります。
山内先生 そうなんです。実はこのボトル、抜栓して1週間以上経っています。ゆえに開けたての爽やかさこそ失われていますが、後から匂い立つお花のような華やかさが、今まさにグラスの中で繰り広げられています。
ご誤解を恐れずに言うと、ただいまの香りはショートケーキ。できたてのホイップクリームの奥にイチゴの香りがあったり、お花の香りがあったりして、そこに甘やかな香りが乗るというのが、今現在のこのお酒の状況です。僕は、ここにもひとつのピークがあるかなと思いました。
――開けたてを第1ピークとして、そこから1週間ぐらい経った後に、第2ピークが控えている……。
上左/菊の司酒造の新酒蔵では、全量サーマルタンクに差し替わっていました。つまり、発酵過程で徹底した温度管理がなされ、目指す酒質へと的確に導かれています。上右/向かって右側の壁上部についているエアコンにより、部屋全体をプラス5℃ないしマイナス5℃に調整。製造中のお酒に合わせて“部屋ごと冷蔵庫・冷凍庫”環境を作ることで、発酵後の液温まで徹底管理しています。下/人の手が必要な作業は、機械に頼り切らず、人の手で。ハイブリッドな生産工程だからこそ、高水準な酒質をリーズナブルな価格で提供できる、というわけです。
山内先生 はい。1週間という期間については、その間に何回栓を開けたかにも関連します。イメージとしては、抜栓後、1度も開けずに1週間半ぐらい。もしくは何度か開けて、5〜6日に、第2ピークが来る感じかな。
栓を開けて、お酒を注ぐと、そこで空気の入れ替わりが起こり、若干の酸化が進みます。同時に、酒質はまろやか、穏やかになっていき、なおかつ、ガスも少しだけ抜けていく。
――なるほど! 素晴らしい酒質設計ですね。菊の司酒造さんは、2年前に経営陣が交代されているんですが、この「innocent」の酒質設計は、新経営陣の山田貴和子さんがコンセプト・デザイン立てしたものだそうです。その後、酒蔵自体も移転して、新たな環境での酒造り一発目で出来上がったものなのですが……。
山内先生 新環境初の出荷で、もう、この完成度! 非常に素晴らしいと思います。
 
――岩手県の酒造好適米を使い、県産酵母も使っているそうです。
山内先生 この香りが出ているのですから、「ジョバンニの調べ」(https://iwatesake.jp/kouji/)。それと、協会酵母9号も同時使用しているのでしょう。岩手県の県産酵母「ジョバンニの調べ」は、すごく特徴のある酵母なんです。その特徴とは、リンゴ、洋ナシ、イチゴを思わせる、華やかな香りを出すこと。「innocent」は、完成したばかりの酒蔵の設備のクリーンさと、空気に触れさせないで造るフレッシュさを兼ね備えたおかげで、ここまで立ち上がりの良い酒質が表現できています。
一方で、「ジョバンニの調べ」の弱点は、発酵があまり長続きしないこと。細胞壁がやや薄く、自ら作り出したアルコールにやられてしまうんです。華やかな香りを出す特殊能力を持っているけれど、体が弱い……、そういうキャラクターです。
このウィークポイントは、発酵工程後半に影響します。その弱さを支えるのが、協会9号酵母。この酵母は、自然界の中で生まれ出でた酵母なので、自然界に打ち勝つ強さを持ちます。したがって、発酵後半でスタミナが切れず、酒質の軽やかさが徹底されます。酵母が米の糖分を最後まで代謝し切っているので、「甘・酸・旨」のバランスが美しく描かれているんです。
紫外線を通さないためのダークボトル、要冷蔵でアイスギャベッジに入れても、濡れて剥がれ落ちないプリントラベルとなっている。

――ところで、山内先生、岩手県って、東北6県で唯一、日本酒造りのランキングに食い込んでいないですよね。南部杜氏のおひざもとなのに。
山内先生 昨今、他県に水をあけられていたところは、正直、否めないかなと思います。ただ、南部杜氏の知見がいよいよ集約されて、今の岩手県の酒蔵に降りてくるようになったのではないでしょうか。有名なところだと、「南部美人」さんが、すでに全国に名前を轟かせています。
――「南部美人」さん、「AKABU」さんの新作を、最近は東京の酒販店で見かけます。
山内先生 そうですね、岩手県は今、洗練された酒質設計を具現できるようになったんです。
――その“洗練された”とは、具体的にはどういうことなのでしょう?
山内先生 やはり、酒造りの現場の清潔さ。加えて、最新鋭の設備だと思います。そして、(日本酒を)造っている最中も大事だけれども、造った後もすごく大事。つまり徹底した製品管理です。逆に言うと、製品管理の良さを前提とした製品設計ができる、というアドバンテージです。造った後の保管状態の良さを担保できるために、一歩踏み込んだ繊細さを売りにする商品も作れるようになったんですね。
――あっ、そういう岩手県の最新トレンドを、この「innocent」はトレースしているわけですかっ。
口に含むと第一印象は穏やかな甘みと弾けるような爽やかさとのバランス!  中盤から心地よい酸が浮上してくるが、後半は微発泡の爽やかさでまとまり、その後から出てくるお米の丸さがさらに穏やかで品の良い余韻を作ります。

生酒の保管温度は、冷蔵よりもさらに低温の「チルド帯」0〜−5℃がおすすめ

――菊の司酒造さん、酒蔵見学に入る1週間前から、納豆は食べないでくれって言われたんですよ。
山内先生 1週間前っていうのは、なかなかない数字ですね。でも、そこまで気を使っているんだというその心意気が素晴らしい。菌叢(きんそう)を管理する、そういうところまで気を配る姿勢が、「innocent」を造り出すんだと思います。
――こういう非常に繊細な味わいは、クール便で全国に届くという日本の優れた流通網があってこそ楽しめるわけですよね。
山内先生 その通りなんです。
――ちなみに、こういう生酒は購入後に冷蔵庫で保存していても大丈夫でしょうか? いまは日本酒用のセラーが人気のようですが、やはり、ああいう専用のアイテムでないと駄目ですか?
山内先生 生酒の保管という意味では、華やかなタイプであれば、僕は0℃もしくはマイナス5度ぐらいが望ましいと思うんです。だからといって、必ずしも高価な日本酒用セラーでなくても大丈夫。冷凍庫と冷蔵庫の中間みたいな使い方をすることで、こういった日本酒を安価で保管できるものが、Amazonとかでも売っています。
※例えばこんなアイテムです。
https://amzn.asia/d/242xPBI
https://amzn.asia/d/bLzkaLJ
――なるほど、こういうアイテムでも手軽にチルド環境が手に入るわけですか。そして繊細な生酒を家庭でもストックできる。うーん、いまの日本酒を取り巻く環境って、どんどん手軽に、便利になってきているわけですね。
[まとめ]
innocent 40|イノセント40
内容量|720ml
製造・販売元|菊の司酒造
価格|3300円(税込)
現代の衛生管理、現代の温度管理を徹底すると、こういうお酒ができるという好例。いまの南部杜氏が得意とする、澄やか・爽やかな純米大吟醸の姿がここにあります。クリアしなければならないたくさんのハードルに対峙する蔵人の真摯な姿勢こそが“innocent”。この素晴らしい酒質が3000円台で味わえるなんて、日本はなんて恵まれているんだろう!
※この記事は、案件ではありません。
※山内先生とオウプナーズ編集部員の土田貴史が本気でオススメする日本酒を紹介しています。

                      
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