連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「Japanese bistro、『大衆酒場』」
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2022年3月10日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「Japanese bistro、『大衆酒場』」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第32回「Japanese bistro、『大衆酒場』」

大衆酒場の定義はむずかしい。Googleに聞くと、「値段が安く、料理なども庶民的で、気軽に楽しめる雰囲気の酒場」と書かれている。それで言うと、ビルの地下にある大手チェーンも、繁華街の回転寿司も、観光地化された飲み屋ストリートも、全て大衆酒場に内包されそうだけれど、ここで話したいのはそういう店とは違う。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

僕の大衆酒場のイメージは「ジャパニーズビストロ」。同じくビストロの意味をGoogleに聞くと「つまみにワインを傾けて、カジュアルにフレンチを楽しめる酒場」とある。つまり、ジャパニーズビストロは、「つまみに日本酒を傾けて、カジュアルに日本料理を楽しめる酒場」となる。ここで大事なのは、カジュアルなことではなく、出てくるそれが、日本料理と呼んでいい代物かどうかにある。
加えて、主観的ポイントを列記すると、以下の3点となる。
①    5,000円以内で呑んで食って満足できる
呑んで食って3,000円だと期待値を大きく上回ることはなかなかできない。7,000-8,000円出すなら別に大衆酒場じゃなくてもいいじゃん、となる。5,000円以内というのは絶妙で、外すことはない一方で期待値を遥に上回ることもありえるのがこのあたりなのだ。
②    お通しがひとクセあって美味い(個性や主張がある)
お通しが美味い店は何を食べても美味い、というのは酒場に限らず外食の定説。ひとクセあると、メニューの中で何を頼むかの見立てがつきやすい。
③    料理が何かひとつのジャンルに特化してない(どれをとってもなんかいい)
酒好きのテーブルには、刺身やもつ焼き、ぬた、煮込み、天ぷらも唐揚げもほしい。少しずつ色んなものをつまみたい。例えば、おでん酒場でおでんが不味いと二度と行かないけど、専門領域がなければ何でも楽しめる。「楽しめる」というのは出てくる料理がいちいち抜群に美味くなくてもいい。高級店だと、満を持して出てきたカエル料理に「なんか鶏肉みたいだね」とか、趣向を凝らした独創的料理に「うん、普通に美味いね」みたいに寒く終わりがち。それが酒場の雰囲気だと、「おー、こんなのもあるんだ」という驚きや賑わいのきっかけになって、全然楽しめる。
良い酒場というのは18:00過ぎると往々にして満席で入れないから、17:00くらいの早めの時間から開始したい。で、今日のオススメ。
1,金田 東京都目黒区自由が丘1-11-4
自由が丘で80年以上の歴史がある名店で、都内を代表する酒場のひとつ。オシャレイメージが形成されている自由が丘だけど、駅裏(北口)は、中華の「梅華」やうなぎの「ほさかや」など地元民にも外様にも愛され続ける老舗が軒を連ねる雑多なストリートになっている。
味のある暖簾をくぐると、1Fはコの字カウンター、2Fがテーブル&座敷。刺身、酢の物、煮物、蒸し物、焼き、毎日変わるメニューはどれを食べても間違いなく、酒好きのツボをおさえている。酒場としての粋な賑わいや活気はあるけれど、決して騒々しくなくて、酒に飲まれて酔いつぶれるような輩もまずいない、大人の酒の飲み方を教えてくれるそんな大衆酒場。
2,山利喜 東京都江東区森下1-14-6
森下で90年以上の名店。隣の桜鍋「みの家」と並んで森下のランドマークとなっている。ちなみに、森下は大江戸線と都営新宿線が乗り入れる、エリア的には隅田川に架かる新大橋を渡って向こう側(東側)。
山利喜は、北千住の「大はし」、月島の「岸田屋」と並んで東京三大煮込みと呼ばれている有名店。ガーリックトーストを頼むのがマル必らしいが、とりあえずそれは間違いなく美味い。ただ、ここも煮込み云々とかではなく、どれも秀逸。メニューの全体構成も一品一品のテイストもそれとなく和洋折衷、良い塩梅で融合している。火の通し方や塩かげんなども絶妙だ。はずれの酒場に行くと、やたら塩が強くてその時の酒は進むんだけど、翌日血流が悪くなったり体が浮腫んで後悔することもあるけど、そういう心配がない。ここも、アルコールに酔うためとかワイワイ宴を楽しむために行くという感じではなく、味覚も世界観も価値観も自分の好みを良く理解した自律した大人がしっぽり集うための酒場という感じ。
3,奈加野 東京都渋谷区宇田川町31-3 2F
宇田川交番の裏、兆楽からハンズに向かう道沿い(センター街)。初めて行くと、「え、こんなところにこんな店あったんだ」と驚くはず。一言で表現すると「センター街にある海鮮居酒屋」というなんとも陳腐な響きになってしまうけど、その言葉から想起するイメージと実態の乖離が良い意味で激しい。創業50年にもなるセンター街の老舗は、渋谷のけたたましさと無縁の落ち着いた貴重な大人の空間。ランチもやっているのが嬉しい。
時期や仕入れで変わる魚は、刺身も焼きも唐揚げも冬なら鍋も、脂のノリとか甘みとかコクとかをしっかり感じられる厳選素材を丁寧に料理しているのがよくわかる。名物の鯖の押し寿司はお土産にぴったりだ。田舎の温泉旅館に来たような味のある空間で頂く酒と魚は、若い頃さんざん安い酒に飲まれてはセンター街で暴れてきたという中年たちをもトリコにすること間違いなし。
大衆酒場はどの駅にもあるし、おそらくスタバやマックよりも数はたくさんあるだろう。何が良い酒場なのかはそれぞれあるにせよ、結局のところバーや喫茶店と一緒で、「ひとりで行ったときに居心地がいいかどうか」はひとつの基準になりそう。ひとりで行ける店は、気が合う仲間と行ってもいいのだから。なんにせよ、大人が集まる酒場ではくれぐれも酔いつぶれてリバースしたり、トイレで寝たりとかはしないように気を付けたい。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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