連載|Bar OPENERS 第2回 「お花が恥ずかしいのなら、リキュールの花束を贈ればいいじゃない」
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2015年10月6日

連載|Bar OPENERS 第2回 「お花が恥ずかしいのなら、リキュールの花束を贈ればいいじゃない」

連載|Bar OPENERS

「お花が恥ずかしいのなら、リキュールの花束を贈ればいいじゃない」(1)

ここは、ウェブ上にのみ存在する、架空のバー「Bar OPENERS」。酒と音楽、そしてバーという空間を楽しむ大人がくつろぎを得られる稀有な場所。その店主を務めるのは実際に自身でバーを経営する小林弘行。OPENERS的な肩肘の張らない、バーの楽しみ方と、今宵使えるウイットに富んだ酒と音楽にまつわるうんちくを連載でお届けする。

Text by KOBAYASHI HiroyukiPhotographs by ITO Yuji (OPENERS)

いらっしゃいませ。ご機嫌いかがですか?

このところ、草食系男子とか肉食系女子なんて言葉をよく耳にします(ちょっと古いですか?)。

僕は最近までビーガンな男子が増えたとか、新橋辺りの立ち飲み屋さんで、串に刺さったお肉やら煮込んだ臓物なんかを貪り食らうワイルドな女子、などの新人類(もっと古いですよね?)が増えたなんてお話かと思っていたところ「まったくもって大きな勘違いですよ」と、お客様からレクチャーしていただき、たまには「お天道さまと世間にも目を向けるもんだ」と思ったバーテンダー小林です。

そんな話を聞いた日にはバーテンダーとして、いや男として黙っているわけにはいきません。風邪を引かない程度にひと肌脱ごうじゃありませんか。

この連載のテーマである、お酒にも音楽にも治癒効果があるのをご存知でしょうか。アクロバティックない物言いをさせていただけるのなら、両者ともそこが原点だとおもっています。ということで、国家を象徴する病にも似た草食系男子に処方するお酒は、マリエンホーフ社の「ローゼンリケール」です。500ミリリットルつくるのに対し、2キロものバラを贅沢に使用し、無着色、無香料で製造されるバラのリキュールなのですが、味はもちろんのこと香りが素晴らしすぎる(バラ以外のラインナップも負けず劣らずの出来栄えです)。

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育ちがバレてしまいますが、僕は意地悪で疑い深いバーテンダーなので、以前、試飲会で輸入元の代表である、とても素敵な女性にこっそりと小声で「本当はちょっとくらい香料かなにか使っているんでしょう?」とうかがうと「いえ、なにも」と、優しくそよ風のような笑顔でさらりと答えるのです。

また当店にお越しの際にも、彼女はバラの香りをまとっていらっしゃる。心のなかで『飲食店に来る際の香水の量にしては若干多いのでは』と思い、また育ちの悪さに身を任せて帰り際にチクっと「香水もバラがお好みなのですね」とうかがうと香水はつけていないと言うのです。「それではシャンプーや柔軟剤ですか? ご来店時からバラの香りが……」とセクハラギリギリの質問をすると、いたるところでよく言われるとか。「まさかこのリキュールを飲むと」と口にしかけたところで、彼女はバラの香りを残して、扉を開けて宵闇(よいやみ)へと消えてしまい、謎は迷宮入りしてしまったのです。

お飲み方は、いかがいたしましょう

このリキュールはそのままストレートで、または小さめの氷をひとつ浮かべるだけでもおいしいのですが、おすすめは、シャンパーニュにほんのり香りが舞い上あがるくらいに忍ばせる。うん。おしゃれです。

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レオナルド、ティッツァーノ、ベリーニなど、シャンパーニュを使ったカクテルには、画家の名前がつくものがいくつか存在します。なので、勝手ながら僕もそれに倣い、このカクテルを「ルドゥーテ」と名づけました。その由来となるのが、ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテで、彼はマリー・アントワネットやナポレオン妃ジョセフィーヌに仕えた宮廷画家。

さまざまな花の絵を植物学として描いていたのですが、すべてとても緻密に描かれており、しかも芸術性が高い。特にバラの絵は人気があり、エロチシズムすら感じさせる“バラのラファエロ”と称されている画家です(大胆に説明を割愛いたしましたのでご興味のある方は自身で検索を)。

今宵のマリアージュのご希望は?

連載|Bar OPENERS

「お花が恥ずかしいのなら、リキュールの花束を贈ればいいじゃない」(2)

今宵のマリアージュのご希望は?

ところで、お花をプレゼントされてうれしくない女性はとっても少ないはず。しかし男にしてみれば、背中にお花を隠して待ち合わせの場所に向かうのは、なかなかにハードルが高いもの。

そんなときはバーに誘い、さりげなくこのリキュール、もしくはカクテル「ルドゥーテ」をプレゼントしましょう。え? バーに誘うまでのハードルがいちばん高いですって? なんでも人に頼ってしまうのも今日的日本男子の症状のひとつです。バーまでは自力でがんばりましょう。バラが苦手な女子もいませんから、きっと。

そして、そこにどんな曲をマリアージュさせるか? ベタですが映画『酒とバラの日々』のメインテーマ、数多ある名演が脳内に一瞬聴こえた、のですが映画の内容がちょっと重い。マンシーニは明るく良い人だと思うのですがね。そしてこれも映画になってしまいますが『プレタポルテ』のエンディングで流れるグレース・ジョーンズが歌う「ラビアンローズ」もとても良い。のですが、これまた映画のエンディングとこの曲のマリアージュの破壊力が強力すぎるので、これも塩梅がよろしくない。とはいえこの2本の映画、本当に名作ですのでぜひご覧ください。

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そんなわけで今回マリアージュさせる曲は、みんな大好きキース・ジャレット。アルバム『The Melody At Night, With You(ザ・メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー)』より「My Wild Irish Rose」です。キースに関してはここであらためて説明するほど野暮なこともないくらいの偉人ですね。

このアルバムもちょっと泣ける経緯があって生まれた名盤なのですが(これもかなり割愛しますので自身で検索を)、特筆すべきはキースのアルバムといえばほとんど「アー」とか「ウー」とか、祈りにも似た叫びや唸り声が入っているのですが(グールド然り天才は違いますね)、なんとそれがない。驚きです。

僕はいままでキースは本当は歌いたい人なのでは?と思っていたほど。あまり知られていないと思いますがキースは過去になんとボーカルアルバムもリリースしているのです。

個人的にはマイルスに嫌々エレピを弾かされていた、キースの演奏が神がかっていて好きなのですが、それもまた機会があればご紹介します。このアルバムも全曲素晴らしいです。なにせピアノを弾いている友だちがこのアルバムを聴いて「アドリブばかり練習しないで、もっとメロディーを勉強しなければ」と言って、うっとりしながら慌てていたほどです。ある境地にたどり着いたキースにしか、紡ぐことのできないメロディーの美しさです。

月がきれいなので、帰り道は遠回りしてみても……

このアルバムは月あかりがよく似合います。まるで月あかりが恋心を高揚させてくれるかのような美しさです。ですのでお店を出たあと、曲の残り香をBGMに心地よい月あかりの帰り道、彼女の頬が可憐に色づくのを感じて歩くことができたら手が触れそうで触れないくらいに、安心してもう1ミリだけ距離を縮めてください。

ローゼンリケールを飲んだ彼女に、もう悪女のような棘はないはずです。そして、もし彼女の吐息の中に甘やかに、やわらかくふくらむバラの香りを感じることができたら、あとはあなたの勇気しだいです。

香りの記憶は思い出の扉。とよく申します。ふたりだけの香りの記憶が、月あかりに照らされて風化することのないバラ色の思い出の扉となりますように。

あなたと夜と音楽に、乾杯。

           
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