ART|写真家ホンマタカシ インタビュー|『第7回恵比寿映像祭』で探る写真と映画の中間にあるあらたな可能性
ART|新作インスタレーションを『第7回恵比寿映像祭』に出展
写真家ホンマタカシ インタビュー(1)
2月27日(金)から東京・恵比寿で映像芸術の祭典『第7回恵比寿映像祭』が開催される。「惑星で会いましょう」というテーマのもと、さまざまな“視点”を持つ映像作品を通して複層化する世界を再発見する手がかりを探る。あたらしい映像体験を提案する作品のひとつとして注目したいのが、写真家ホンマタカシさんの新作インスタレーションだ。『最初にカケスがやってくる』は、彼が数年にわたり追いつづけているテーマ、知床半島の鹿狩りをモチーフに、部屋の四方に映す大型スクリーンと音で、人間に内在する野性を浮き彫りにしようと試みている。「鑑賞者にどう受け取られるかが楽しみ」と発表を待ち望むホンマタカシさんに、お話をうかがった。
Photographed (portrait) by SUZUKI KentaText by MAKIGUCHI June
「真実ってひとつなのか?」という思い
――映像が映し出す鹿狩りの痕跡、そこに集まる野生動物たち、暗転するスクリーン、猟師たちの声や銃声に囲まれていると、別の世界、遠いところまで来たような不思議なトリップ感と臨場感に圧倒される。そもそも、知床の鹿狩りを追うプロジェクトをはじめたのは、なにが契機だったのだろう?
直接的なきっかけは、アメリカの映像作家マイク・ミルズとやっている『Together : Wildlife Corridors in Los Angels』というリサーチプロジェクト。大型の野生動物がロサンゼルスの街中まで来ているという現実のを、彼の文章と僕の写真で見せるんです。それが視点的にも面白かったので、自分の周り、日本の中でもなにか撮れたらいいなと考えて。縁あって知床に行ったときに、鹿が増えすぎていて深刻な問題を引き起こしていると聞き、撮りはじめたんです。
最初は写真作品『Trails』を作りはじめました。そのとき、鹿がたくさん倒れているところや猟師のポートレイトを撮るのか、そこから距離を置いた視点を持つのかを考えました。そこが表現の難しいところで。結局、雪上の血痕だけの作品にして1回目は終わりましたが、やはり引っかかりがあって、映像もやってみようということになったんです。
――今回、都会的でスタイリッシュな作風をもつホンマさんと、野性や自然という繋がりを新鮮に感じる方も多いことだろう。
起きていることをどうやったら自分の問題にできるか、常に考えているんです。鹿が増えているのは日本中の問題。そこで鹿狩りをやる。一方で、その肉が無駄になっているという現実もある。いまは都内のビストロでも鹿肉が食べられるようになりましたが、安定供給のルートが整っていないんです。鹿を狩猟して食すまでを見ていると、かわいそうだなと最初は思うんだけれど、それは豚や牛も同じ。という風に、いくらでも自分の問題になる。遠くに行って、遠くのものを綺麗でしょと提示するつもりも、都会と野性を対比して、野性ってこんなにもすごいんだと言いたいわけでもないんです。
――今回展示される新作は、最初こそ、まるで別世界に来たように感じさせるが、やがて人間も食物連鎖の一部であること、かつては自然界の住人だったことにも気づかせてくれる力がある。
映像祭2日目にドキュメンタリーバージョンもトークとあわせて参考上映するのですが、それはもうちょっとその問題がわかるような構成になっています。実は知床の話を映像化することに、葛藤があったんです。1本の映画にしたときは、説明できる自由さと解釈の幅を狭める不自由さを考えた。今回のように4面インスタレーションにして、現場にいる感覚に近づければ、ただ“これが野性だ”と片づけられちゃう可能性もあるから、もっと説明しなきゃいけないのかとも考える。ただ、今回はインスタレーションもドキュメンタリーもお見せできますから、ぜひ両方観てもらいたいです。
――ひとつのテーマをさまざまなメディアを駆使して表現する理由は、それぞれの特徴を活かしながら、ものごとを多角的に捉えるためなのだろうか。
「真実ってひとつなのか?」という思いがあるんです。たとえば、今ここでコップが倒れたとして、僕が見ている水のこぼれ方と、他の人が見ているこぼれ方では違うと思う。事実はひとつだけれど、見え方で変わるものがある。今、そういうことに興味を持っています。
――特性の違う表現手法を使うことで、表現する側と観る側のいずれもが、ある事実の違った側面を発見できる。それは、ひとつの事実から見えてくるものの可能性を広げることでもある。そういう意味で、今回の新作は音の使われ方も興味深い。
写真と映像の大きな違いのひとつが音。音と映像は同じぐらい重要だと考えていて、映像を補完する意味とか効果音ということで音を捉えているわけではないんです。音から作品づくりをはじめることもあるぐらい。今回は、スクリーンが暗転して音だけが響く時間もあります。音の力を感じさせる構成ですが、むしろ、そこが今回は一番やりたかったことですね。
――写真家としてホンマさんを知る人にとっては、ある意味で衝撃的な発言だ。
写真のイメージが強いかもしれませんが、実際は表現全般に興味があるだけなんです。最初のころは、こんなの写真じゃないとか、写真っぽくないとか作品についてあれこれ言われました。写真と映画みたいなジャンル分けがあるとすると、インスタレーションでその中間のようなものもやりたいと思っていて。暗転も、映像の人からすると不思議かもしれないけれど、写真の人からすると、スライドショーで一回一回ガチャンガチャンと暗くなる感覚が普通にある。だから、その中間にあらたな可能性があると思っているんです。
いまもCoSTUME NATIONAL青山旗艦店で、インドのチャンディーガルの都市計画の映像インスタレーション『Chandigarh』を見せていますし、ほかにもふたつぐらい、すでに撮ってる映像の素材があるので、今年は勝手に1年を通してホンマタカシ映像祭をやろうかと思っています(笑)。選ぶテーマについては、映像でなにができるかという思いから逆算している感じですね。インドの都市計画、鹿狩り、スリランカのリゾートホテル、飴屋法水さんの舞台『教室』といろいろ。つまり、映っているものがテーマじゃないんでしょう。今お話しした4作品を観てもらえれば、僕がやりたいことをわかっていただけると思います。
ART|新作インスタレーションを『第7回恵比寿映像祭』に出展
写真家ホンマタカシ インタビュー(2)
リアリティからちょっと浮いたフィクションが面白い
――写真だけでなく動画も手法のひとつとして積極的に取り入れはじめたのには、なにか思うところがあったのだろうか。
もともと、僕の写真の撮り方が、街を歩きながらパシャパシャというタイプではないんですね。3脚を立てて大きいカメラを構えて、僕は動かない。相手が動いたときに撮るんです。その撮り方は映画的ですよね。あと、一眼レフのデジカメでムービーが撮れるようになったことも大きいかな。いまのところビデオは使っていません。それと、もう丸5年になりますが、東京造形大学の大学院の授業で、“ニュードキュメンタリー”という映像と写真のあたらしい可能性を探る授業を映画監督の諏訪敦彦(すわ・のぶひろ)さんとご一緒したのは相当大きいです。
そこで内外のオルタナティブなドキュメンタリーもたくさん見ましたし、それがどういう構造になっているのかというのも結構調べたので、その延長線上なのかもしれません。映像祭の2日目には、諏訪さんとトークショーをやりますが、その話になると思います。
――“ニュードキュメンタリー”こそ、今、ホンマさんが熱く追求し続けているジャンル。
前衛芸術家にして作家の赤瀬川原平さんが、フィクションについてこう語っているんです。今は、現実から離れて大空に行って全然現実味のないことをやるフィクションが多いけれど、そうじゃなくて、リアリティのラインからほんのちょっと浮いた“ホバークラフト”みたいなフィクションが面白いんだと。僕も全くその通りだと思う。それは、ドキュメンタリーも同じ。
去年の授業で、アメリカのドキュメンタリー監督フレデリック・ワイズマンの作品を観たんですが、多くの人は現実そのものだと思うけれど、でもやっぱり、1~2カ月撮った映像を2時間とかにまとめるから、そこには編集が介入している。ワイズマン自身はドキュメンタリーと言わず、“シネマ”と言っているけれど、そこには効果音楽も、解釈も入っていない。普通、私たちが考えるドキュメンタリーは、効果音楽やわざとらしいインタビューも入っていて、そこは現実にぺったりはりついていると思う。でも、浮かせることによって、現実と視点との間に観る人の解釈の余地が生まれて、風通しがよくなるんじゃないですかね。それは、写真にもアートにも言えること。
――解釈の余地が高ければ高いほど、楽しみの自由度は高くなる。ただし、鑑賞する側にとっては、独自の視点を持って作品に対峙できるかどうかも重要となってくる。自由な視点を持つことがちょっと不得手な日本人にとって、強く独自視点を打ちホンマさんのインスタレーションはかなり刺激的なのは間違いない。
そこで自分の視点に自信がないから、本なら帯に書いている文章を頼る、とかね。日本には同調圧力みたいなものもありますからね。義務教育で、この通りにやりなさいと言われてきたから、独自の視点を持ちつづけるのって難しいかもしれないけれど。例えば、恵比寿映像祭でもメディアでも、自分はなんとなくいつもその枠からはみ出ようと自然に思ってしまうんです。
――その反骨精神があるからこそ、ホンマさんの作品は常に刺激的なのだろう。今回は、コンタクトゴンゾとのコラボパフォーマンスも披露され、テーマをさらに深く掘り下げていく。
コンタクトゴンゾとは3年前、一緒に知床に行ってもいる。「知床の鹿狩り」というテーマを表現するためには必要な人たちです。このコラボに求めるのは、“体験”ですね。僕は、体験という意味で、映像とパフォーマンスを分けて考えていない。本当はもっといろいろアイディアがあったんです。知床とライブで繋いで、鹿を解体するところを見てもらうとか。本当言うと、鹿肉を持ってきて、猟師さんに解体してもらう、鹿肉を食べるところまでやりたかった。そこでストーリーが着地しますから。今回は場所の問題で難しかったけれど、いつかやりますよ。
食という方向から鹿狩りに興味を持ってみるのも、ひとつの“視点”。自分がこの問題にどう関わるか、そこまで考えるチャンスが、今私たちにも与えられている。
第7回恵比寿映像祭「惑星で会いましょう」
日程|2月27日(金)~3月8日(日)
時間|10:00~20:00 ※最終日は~18:00
料金|入場料無料 ※定員制の上映プログラム、イベントなどは有料
会場|ザ・ガーデンホール、ザ・ガーデンルーム
東京都目黒区三田1-13-2 恵比寿ガーデンプレイス内
恵比寿ガーデンプレイスセンター広場、日仏会館ホール・ギャラリーほか
東京都渋谷区恵比寿3-9-25
問い合わせ|恵比寿映像祭
Tel.0570-012-378(10:00~18:00、会期以外の土日祝を除く/会期中は、開催時間通り)
www.yebizo.com
関連イベント:
スペシャルトーク「ドキュメンタリーの映し方をめぐって」
日時|2月28日(土)15:00~17:00
会場|日仏会館ホール
出演|ホンマタカシ、諏訪敦彦
パフォーマンス コンタクトゴンゾ×『最初にカケスがやってくる』
日時|3月8日(日)11:00/13:00/15:00 ※各回約15分
定員|70名
会場|日仏会館ギャラリー
出演|コンタクトゴンゾ
※当日10:00~日仏会館ホール前受付にて、先着順で整理券配布。
地域連携プログラム:
『ホンマタカシ:VARIOUS COVERED AUTOMOBILES』展
日時|2月27日(金)~3月15日(日)
会場|POST/東京都渋谷区恵比寿南2-10-3 1F
入場|無料
休日|月曜日
TEL. 03-3713-8670
http://post-books.info