犬養裕美子氏特別寄稿|「世界のベストレストラン 50」の魅力
レストランジャーナリスト、犬養裕美子氏特別寄稿
食のプロたちが選ぶ世界最速、最強ランキング!
「世界のベストレストラン 50」の魅力(1)
2002年にスタートした「世界のベストレストラン 50」。その名の通り、世界中からいまもっとも「ウマい」レストランを50店選び出すランキングである。イギリスの専門誌『レストラン・マガジン』が主催、936人におよぶ食のプロたちが投票で決めるというから、年々注目度が高まっているという話も素直にうなづける。じつはここ日本にも、投票権を持つ人たちが36人いる。その代表を務めているのが、レストランジャーナリストの犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)氏だ。OPENERSのために今回、犬養氏が日本ではまだなじみの薄いこのランキングの仕組みと、4月29日に発表された今年のランキングの特徴、そして個人的に気になったレストランについて語ってくれた。
Text by INUKAI YumikoEdited by TANAKA Junko (OPENERS)
世界最速、最強のレストラン・ランキング
世の中にはシェフやレストランに評価が下されるさまざまなコンテストやランキングがあるが、ここ数年、もっとも注目されているのが「世界のベストレストラン 50」のランキングだろう。2002年、イギリスの専門誌『レストラン・マガジン』がはじめたイベントで、メインスポンサーはサンペレグリノ&アクアパンナ。毎年ロンドンで4月下旬に行われる授賞式は各国のメディアが押し寄せ、翌日には一般紙にも大きく取り上げられるほど。
(今年のランキング:http://www.theworlds50best.com/list/1-50-winners/#t1-50)
なぜ、これほどまでに注目されるようになったか。このランキングの仕組みを説明しよう。投票者はジャーナリスト、批評家、シェフ、レストランオーナーなど食に関するプロ。現在26のエリアに各36人、合計936人の投票者がいる。各エリアの代表はチェアマンと呼ばれ、チェアマンによって残りの35人が選ばれる。投票は自分が所属するエリアから4店、それ以外のエリアから3店を選ぶ。その対象は過去18カ月以内に行って「よかったと思う店」。「よかったと思う店」とは非常にあいまいだが、食のプロたちが選ぶのだから、おのずと時代の先端を行くような、新しい、創造力のある店が選ばれる傾向にある。
実際、このリストに載っている店の中にはミシュランの星は1つ、あるいは星なしの店もある。有名ではなく、むしろ無名の存在でもこのランキングはいち早く才能あるシェフを見出すことができる。その意味では若手シェフにとっては、50位以内に入ることは世界に認められる第一歩であり、ジャーナリスト、食通にとっては、常に話題のシェフ、レストランを知るために不可欠なランキングだといえる。
日本が参加したのは2007年から。前年に知り合いのフランス人批評家から、私の元に「イギリスの雑誌から頼まれて僕も参加しているんだけど、日本の取りまとめをするならユミコがいい、と推薦したよ」と連絡がきた。ほどなく「ユミコには日本と韓国と朝鮮のチェアマンとして、投票者を構成してほしい」と指令がきた。「北朝鮮? 連絡取ることも無理だけど」と返信。やっぱりアジアの端っこの事情なんて大英帝国にはわかってないんだな~と、驚かされた。当時の大きな問題は「なぜ、日本のレストランがひとつも50位以内に入らないのか?」という点。日本のレストランがランクインすることが最重要課題だったのだ。
それがついに2008年には「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」(現NARISAWA)、2009年には「日本料理 龍吟」も加わり、以降、この2店がずっと50位以内にランクインされている。
また、今年2月26日にはシンガポールで「アジアのベストレストラン 50」が発表され、このときは、1位「NARISAWA」、2位「日本料理 龍吟」、16位「カンテサンス」、21位「ハジメ」、27位「鮨 水谷」、31位「タカザワ」、33位「カハラ」、39位「鮨 さいとう」42位「石かわ」。また、今年9月4日にはペルー・リマで「ラテンアメリカのベストレストラン 50」が発表される。
レストランジャーナリスト、犬養裕美子氏特別寄稿
食のプロたちが選ぶ世界最速、最強ランキング!
「世界のベストレストラン 50」の魅力(2)
ニューオープン続々! これぞワールド50
毎年、授賞式は4月下旬の月曜日に行われる。50位以内にランクインしたシェフには招待状が届くが、何位にランクされているのかは式の発表までだれも知らされていない。そしてロンドンまでの飛行機代、宿泊費はすべて自分持ち。それだけに以前は招待を受けても、会場に来るシェフは半分ぐらいだった。
ところが今年は50位のうち、なんと49人が来場。それだけシェフたちの注目度が高まり、この授賞式がシェフたちにとっての晴れ舞台と認められた証拠だ。ちなみに気になる、来場しなかったシェフは「アルページュ」のアラン・パッサール氏。彼は一度も来場したことがない。
今年の大きな特徴は3つ。まず、第一に勢いある南米。秋に行われる「ラテンアメリカのベスト50」を象徴するかのように、50位・ペルー「セントラル」、46位・ブラジル「マニ」の南米からのニューエントリー。もっとも飛躍したのが、14位・ペルー「アストリッド&ガストン」。21位も順位を上げた。
第二が北欧勢の停滞。残念ながら世界No.1の座から落ちたデンマーク「ノマ」が象徴するように、20位以内には12位・スウェーデン「フランツェン・リンデバーグ」のみ。
第三は、やっぱり強いスペイン勢の層の厚さ。1位「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」は兄弟3人でもてなす安定した店。おなじく4位「ムガリッツ」はおそらくもっとも長く上位にランクしている店だろう。8位「アルサック」、26位「キケ・ダコスタ」、44位「アサドール・エチェバリ」は、いずれも順位の上下はあるにせよ確実にランクインしているのがお見事。
レストランジャーナリスト、犬養裕美子氏特別寄稿
食のプロたちが選ぶ世界最速、最強ランキング!
「世界のベストレストラン 50」の魅力(3)
気になるレストラン
注目したいのはもっとも順位をあげた14位・ペルー「アストリッド&ガストン」と、南米No.1の座を長年走り続けている6位・ブラジル「ドム」。もっとも興味が惹かれるのは、アマゾンの神秘的な素材。いったいどんな素材をどのように味わせてくれるのか? ガストンシェフの料理は、ロンドンで特別ディナーがあったときにいただいたが、唐辛子を使ったソースが辛味はあるのにエレガント。もっといろいろな料理を見てみたい。
一気に10位以内に入った9位のオーストリア「シュタイレック」、10位のドイツ「ヴァンドーム」(今年は13位も順位を上げている!)の2店も、ヨーロッパでは見過ごしがちなエリア。なかなか足をのばさないので、行くきっかけを作らなくては。
ちなみに、2011年秋に今回1位になった「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」へ行った。すぐ近くに両親がはじめたバル兼食堂があり、ここの料理はお母さんが作る、まさしくロカ家の味(ちなみにこのバル兼食堂で兄弟3人も働き、二ツ星まで獲得。三ツ星を狙うべく、すぐ近くにいまのモダンな店を作ったのだ)。ここで昼をいただき、夜は三ツ星のダイニングでコースを味わったが、ジョアン・ロカシェフが母親の料理に対するリスペクトを抱いていることがわかる“味”に感動させられる。でも、もう一度行きたいと想い出すのは、実はお母さんのいる食堂の方。と言ったらシェフに失礼かな。
犬養裕美子|INUKAI Yumiko
レストランジャーナリスト。東京都出身、上智大学文学部卒業。東京を中心に世界の食文化、レストランの最前線をレポート。『VOGUE JAPAN』『BRUTUS』、『日経レストラン』など数々の雑誌で連載、特集を監修。独自の視点で選び、表現するレストラン紹介には絶大な信頼が寄せられている。イギリスの専門誌『レストラン・マガジン』が毎年行う、世界的レストラン・ランキング「サンペレグリノ 世界のベストレストン 50」では日本の投票者代表を務め、海外のシェフ、ジャーナリストとの親交も深い。