フランス料理界を牽引するふたりのシェフ、15年越しの競演ディナー開催|Diners Club
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2015年7月8日

フランス料理界を牽引するふたりのシェフ、15年越しの競演ディナー開催|Diners Club

Diners Club|ダイナースクラブ

フランス料理界を牽引するふたりのシェフ

岸田周三 × アンドレ・チャンによる15年越しの競演ディナー開催(1)

5月下旬、ふたりのスターシェフによる刺激的なイベントが、御殿山のレストラン「カンテサンス」でおこなわれた。ダイナースクラブ主催、「カンテサンス」の岸田周三シェフと、シンガポールのレストラン「アンドレ」のアンドレ・チャンシェフとの競演ディナーである。

Text by Mackey Makimoto

スタイルのまったく異なるふたりが、どのように宴を繰り広げるのか?

岸田周三×アンドレ・チャン

「アンドレ」のアンドレ・チャンシェフ(写真左)と「カンテサンス」の岸田周三シェフ。南仏モンペリエのレストラン「ジャルダン・デ・サンス」で苦楽を共にした旧友が、15年のときを経て、はじめてのコラボディナーを東京で開催した

「カンテサンス」は、2007年以来、ミシュラン三ツ星レストランとして人気を博している。一方、2010年開店のレストラン「アンドレ」は、サンペレグリノが主催する「世界ベストレストラン50」に選ばれた、世界中から客が訪れる最新フレンチレストランである。

「岸田シェフとのコラボレーションは、すでに15年前からはじまっていました」。そうアンドレ・チャン氏が挨拶したように、ふたりの出会いは、15年前「ジャルダン・デ・サンス」で修行したときからはじまった。

岸田シェフは、数多くの店で働き、ジャルダン・デ・サンスのあとは、当時一ツ星だった「アストランス」で、スーシェフまで務めた。台湾出身のアンドレは、15歳で渡仏し、ピエール・ガニェール、ジョエル・ロブションといった、現代フランス料理を代表するシェフたちの店で働き、南仏モンペリエにあるジャルダン・デ・サンスで岸田シェフと出会う。互いにとっての異国の地で将来の夢を語り合ったであろう若いふたりは、その後こうして、世界を代表するトップシェフとなったのである。

「何度もさまざまなシェフとの競演企画をいただきましたが、お断りしていました。しかし、アンドレ・チャンとならやってみたいという想いはありました」と岸田シェフは語る。

実現した2日間だけのディナーには、席数の5倍の申し込みが殺到したという。おなじシェフのもとで修行したとはいえ、おなじフレンチとはいえ、スタイルがまったく異なるふたりが、どのように宴を繰り広げるのだろうか。

岸田シェフは、食材のキュイソン(加熱)が第一として、肉や魚の声に耳を傾けた精緻なキュイソンを心がけてきたシェフである。また伝統料理や郷土料理に敬意を払い、その再構築やモダン化にも取り組んでいる。

岸田周三×アンドレ・チャン

一方、アンドレシェフは、分子料理学も取り入れた、革新的な料理を次々と生み出してきたシェフである。明確な8つの哲学、①ピュア(調味料なしで素材そのものの味を楽しむ)、②ソルト(海の恵み)、③アルチザン(生産者への敬意)、④サウス(彼の心の故郷、南仏の太陽とおおらかさ)、⑤テクスチャー(食感の妙味)、⑥ユニーク(珍しい食材、めずらしい組み合わせ)、⑦メモリー(不変の料理)、⑧テロワール(大地への感謝)をベースにして、料理を生み出している。

岸田周三×アンドレ・チャン

岸田周三×アンドレ・チャン

岸田周三×アンドレ・チャン

ディナーには、交互にそれぞれの作品が出されることになっていた。一皿目は、アンドレから。海苔のチップにあわびの刺身を乗せた料理と、ブルターニュ産の生牡蠣にブレス産の鶏のロティをのせた料理である。生牡蠣に鶏、という不思議な組み合わせを食べてみれば、生牡蠣がマッチョに感じられて、牡蠣のたくましさが強調されるではないか。

脇には、モヒートを再構築したという小さな円盤状の固まりが、ソレルの葉に乗せられている。食べれば、まごうことなきモヒートで、爽やかさと濃い甘みが口のなかを駆け抜けて、顔が崩れる。早くもアンドレの術中である。

岸田シェフは、表面はパルミジャーノでグラチネした、新玉ねぎを使った冷たいオニオングラタンスープ。冷たいながら、オニオングラタンスープという料理の魅力は盛り込まれて、新玉葱の優しい甘みで心が緩む。添えられた一皿は、ウニのクスクスで、ウニがスムールと出合うことによって、軽やかになって、胃袋を刺激する。

岸田周三×アンドレ・チャン

岸田周三×アンドレ・チャン

ふたりの料理に共通するのは、自然の恵みに対する真摯な愛

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フランス料理界を牽引するふたりのシェフ

岸田周三 × アンドレ・チャンによる15年越しの競演ディナー開催(2)

ふたりの料理に共通するのは、自然の恵みに対する真摯な愛

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アンドレの第2弾は、薄切りにしたコールラビで包んだカニのラビオリで、皿の真ん中の窪みには薄緑の油と緑の液体が注がれる。リークを抽出した油と水だという。手前に置かれたのは、アイスメロン。カニの穏やかなうま味を包みこんだラビオリは、そのままでも十分な魅力がある。しかし、リークオイルとリークウォーターに浸けて食べればどうだろう。油と水に溶け込んだリークの香りと甘みがカニの風味と共鳴し、そのまま食べるよりカニが甘く感じられる。

脇の小鉢には、炭火焼にしたトウモロコシのスープを、凍らせて砕いた状態ムース状にして合わせてある。凝縮したトウモロコシの甘みに笑い、焦げた香りが懐かしさを呼び、心をなごませる。

岸田シェフの第2弾は、鴨肉の生ハムとフォアグラのクレープ包み。キャラメリゼしたナッツに、姫葱と紅イモのチップを散りばめられた生ハムとフォアグラを、クレープで巻いて食べる。北京ダックにヒントを得たのだろうか。巻いたクレープに歯が入ると、フォアグラの脂の甘い香りが口一杯に広がり、生ハムのうま味、ナッツの香り、紅いもの甘みが顔を出して、渾然となっていく。実に楽しい料理である。

つづいては、ふたりが共同で作りあげたという一皿。両シェフがさまざまに火入れをした野菜たちが置かれ、そこにレモンオイルと焼いたアーティーチョーク、5種類の香辛料でマリネしたラルドと乾燥させたキャビアの粉(!)も添えられる。それぞれの薬味やガルニと合わせて食べれば、野菜が表情をくるくると変える、発見のあるひと皿である。

岸田周三×アンドレ・チャン

次のアンドレの料理は、パスタ状に細く切ったスルメイカをバターで炒め、ジャガイモムースを敷き、海藻ソースをかけ、ワイルドライスやバーリー小麦、オーツなどをカリカリにして上から振りかけた料理であった。それぞれの食感の対比がなんともおもしろく、また塩気を強く感じるものの、塩は一切せずに、海藻やイカが持つ本来の塩気だけでまとめ上げた点が、アンドレシェフらしいおもしろさである。

つづいての岸田シェフの料理は、カニのソッカ。南仏のヒヨコマメの粉で作る素朴な伝統料理のモダナイズである。シェフ自身ソッカをおいしく思わず、その構成要素を生かしつつ、いかにして美味しくできるかを考えて、蟹の風味をくわえ、作り方を変えたという。食べれば、素朴な豆の風味にカニの魅惑的な風味が抱き合って、しみじみとおいしい。

さらに岸田シェフの面目躍如、キュイソンの極みである、シャルトリューズのソースを添えたヤイトハタの料理が出される。まだ命の気配を消していないような感覚に焼かれた魚から、甘いエキスがしたたり落ち、そこへシャリュトリューズの草の香りがアクセントをつける。フレンチのエスプリに満ちた、官能的な岸田シェフ渾身の作である。

岸田周三×アンドレ・チャン

岸田周三×アンドレ・チャン

つづくアンドレシェフは、ブレス鳩のロティ(トップ写真)。黒ニンニクのアクセントで鳩の猛々しさを強調し、さまざまなイモのチップと、松の実やポテトダイスのグラノーラを添えている。

さらにその隣には、ガニエール時代にアンドレが創作して提案し、採用されたというスペシャリテ、フォアグラとトリュフのムースが。鳩の鉄分に酔い、ムースの色気に陶然とさせる。これまた豪速球で食べ手を圧倒する、シェフの並々ならぬ挟持(きょうじ)を感じさせる料理であった。

デセールはアンドレから。ピンクコリアンダーとレッドグレープ、白桃、ラズベリーのムース。岸田シェフは、濃密な1960年のアマレット入りヘーゼルナッツのタルト、牛乳のアイス添え。

さらに、アンドレのリンゴチップやピュレ、生のリンゴのダイスなどが取り合わされた、モダンアップルタルト。最後に岸田シェフのスペシャリテ、「メレンゲのアイスクリーム」で幕が下ろされた。

岸田周三×アンドレ・チャン

岸田周三×アンドレ・チャン

各8皿ずつ16皿。競演1皿の計17皿。赤と白、饒舌と寡黙、ユニークとトラディショナルといっていいほど、両者の料理は両極端であるかもしれない。そこには静かな火花が散りながらも、相手への深いオマージュが込められていて、食べ進む度に気分が上気していく興奮があった。

しかしなによりもふたりの料理には共通して、自然の恵みにたいする真摯な愛がある。それは若い世代に出会ったふたりが確信しあい、もちつづけた料理への熱情だったのだろう。それゆえに15年経とうが色あせずにおなじキッチンで仕事ができ、料理のタイプはちがえど、我われの心を強く、深く、揺らすのである。

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岸田周三|KISHIDA Syuzo
1974年、愛知県生まれ。三重県の志摩観光ホテル内のレストラン「ラ・メール」で料理人としてのキャリアをスタート。東京・渋谷区の「カーエム」を経て、26歳で渡仏。各地でブラッスリーから三ツ星まで数軒のレストランで修業。帰国後、2006年にレストラン「カンテサンス」をオープン。2007年、ミシュランで三ツ星を獲得(現在も維持)。独創的な料理で食通たちをうならせている。

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André Chiang|アンドレ・チャン
1976年、台湾生まれ。13歳で日本にわたり、山梨・甲府で母親が営む中華料理店の手伝いをはじめ、15歳で単身渡仏。「ジャルダン・デ・サンス」で9年間修業したあと、「トロワグロ」、「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」を経て、「ピエール・ガニェール」で2年間、「アストランス」で2年間経験を積み、シンガポールへ。2010年にレストラン「アンドレ」をオープン。シンガポールでもっとも評価されているレストランとして、国内から注目を集めている。

           
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