INTERVIEW|アートディレクター 八木 保 インタビュー 世界が惚れる、八木デザインの軌跡
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2015年2月16日

INTERVIEW|アートディレクター 八木 保 インタビュー 世界が惚れる、八木デザインの軌跡

INTERVIEW|アートディレクター 八木 保 インタビュー

世界が惚れる、八木デザインの軌跡(1)

アートディレクター 八木 保氏が、日本では20年ぶりとなる書籍を発表した。八木氏は、1984年に国際的なカジュアルファッションブランド「エスプリ」のアートディレクターとして渡米して以来、現在はL.A.に設立した「Tamotsu Yagi Design」を拠点に活躍中だ。今回発表された書籍は、八木氏のこれまでの軌跡をたどる貴重な一冊でもある。

文=小林由佳
写真=JAMANDFIX

世界的なアートディレクターが、日本で20年ぶりの出版に込める想い

八木氏が過去手がけた作品は、アップル社をはじめ、世界規模の企業から高い評価を得ている。アメリカ政府からは、芸術分野で活躍するアジア人に与えられる貢献賞が授与され、サンフランシスコ近代美術館には、100点におよぶ同氏のデザインワークがパーマネントコレクションとして所蔵されている。「キュレーターが以前から僕の作品をよく知っていたこともあり、当美術館のオープニングイベントで、パーマネントコレクションとなった作品を一堂に展示してくれました。従来アートしか展示しなかった美術館にも、最近はデザインやアーキテクトのセクションが増えているんです。でも、この100点を一堂に見られる機会は、もうないんじゃないかな(笑)」。

今回発表した『THE GRAPHIC EYE of Tamotsu Yagi -八木 保の選択眼』には、次世代への気持ちも込められているという。「とくに若い世代を意識したわけではないけれど、84年に決意してアメリカに渡った僕とちがって、いまの若いひとってどんどん身軽に海外に出ているじゃないですか。海外に住んで、逆に日本の仕事をしたり外国の仕事をするということは、これからの若い世代にはすばらしいチャンスだと思うんです。僕が渡米したころの20年前といえば、仕事の依頼が電話だったりFAXだったりしたけれど、いまはメール一本ではじまる。つまりいまと昔では距離感が全然ちがうだけに、昔よりも、もっといろいろなかたちでできることがあると思うんです」。

アーカイブを振り返り感じるのは、ひととの出会い

枠にとらわれない独自のデザインワークで知られる八木氏は、この書籍の帯への寄稿を、若いオピニオンリーダーに依頼した。「日本の書籍には帯という特殊な形態、ここには誰もが知る著名人のコメントを載せるのがつねですが、僕は藤原ヒロシさんにお願いしたんです。彼は、オールマイティな若い世代の(音楽、ファッションなどの)オピニオンリーダー。ロスの仕事場にも2回ほど遊びに来てくれたことがあって、そのときの彼の印象は、僕が想像していた若者とはちがった。いろいろな面で共感を得て、そして、こういうひとに帯を書いてもらいたいと思ったんです」

「さらに、この話を、たまたまロスにいらしていた建築家の安藤忠雄さんにしたら興味を抱いてくれて、安藤さんも寄稿して下さった。そしてちょうど同時期、20年前に僕をエスプリに招いてくれた、ダグラスR.トンプキンスさん(The North Face創業者)に仕事先で偶然遭遇したんです。そこでまたこの話をしたら、彼も寄稿してくださると(笑)。この一冊にはいろいろな方が登場していますが、20数年来のアーカイブを通じて感じるのは、やはりひととの出会いです」。随所に織り込まれた対談も、実り多きものだったと八木氏は言う。

INTERVIEW|アートディレクター 八木 保 インタビュー

世界が惚れる、八木デザインの軌跡(2)

NIGO氏や緒方敏郎氏との対談も収録

「できるだけグラフィックデザインの世界にいないひとと話そうと思っていました。クリエイティブ・ディレクターのNIGOさんとの対談では、NIGOさんが“過去に未来を見る、未来を過去に見る”という話をしてくれたんですけれど、これは翻訳を読んだアメリカ人からも高く評価されましたね。一方、料理人の緒方敏郎さんとの対談では、“料理というものは、逆からは食べられないものだ”という話が出てくる。料理というものは、やはり最初にアテがあって、お椀、焼き物とつづくから食べられるのであり、逆からは食べられない。物語だって逆から読んだら物語にならない、って言うんです。一応、僕も対談の前には“このひとはこういうことを言うんじゃないかな”と予想をしているんですけれど、実際は、想定外の言葉がポーンと出てくるのがおもしろくて(笑)」。

各対談にリンクさせて、所々に短い“名文”も配している。「“作ったというより生まれたというような品がほしい”という一文は、陶芸家の濱田庄司氏によるもの。数週間、数カ月という時間をかけて絵つけをする陶芸の世界で、彼はたった3秒で絵つけをしてしまうんです。その彼の作風は“簡単すぎる”と仲間から揶揄されたそうです。でも、それに対して80歳の濱田氏は、“80歳と3秒で描いた”と答える……カッコイイですね。このひとは民芸運動に熱心なひとでもありました」。

すぐれた作品とは、よいときによいところによいものがあってはじめて成り立つ

「それから、僕が大好きなイギリス人アーティスト、リチャード・ロング。このひとのような70年代のアーティストは、キャンバスを買うお金もなくて、みんなアイデアで作品を作っていた。ロングは作品を流木や石で作っていたんですが、その彼は“すぐれた作品とはよいときによいところによいものがあってはじめて成り立つ。つまりいくつもの要素が交わる場なのだ”と言っています。要するに流木で作った作品がそのヘンの空き地にあったら、ただの子どもの遊び場になってしまう。ちゃんと美術館に認められ、その空間に置かれることが大事なんです。僕はこの書籍の最後に、トゥモローランドの佐々木啓之氏とスタートさせたプロジェクトにも触れていますが、佐々木さんは、10年前、まだ日本のアパレルがどこもやっていなかった、企業の名前をブランドにすることをいち早く実現したひと。それはコンプリートされたブランドのアイデンティティがなかったらできないことで、正しい選択眼をもっていなくてはならない。この点はロングと相通じるものでもあります」

現物を見ずにお話だけ聞いていたら、まるでグラフィックデザイナーの書籍紹介とは思えないような印象だ。「普通、グラフィックデザイナーの書籍といえば、” こういうことをやりました ”という感じで、1ページごとに作品を載せたりしていますが、僕は作品とともに、当時スタッフにくわわってもらったひとのコメントを入れたり、展開をつなげるイメージを入れてみたりもしました。製本も糸かがりにして、本が完全に開くようにしたんです。これでデザインの域もぐっと広がりました」

この一冊には、ビジュアルコミュニケーションの真髄を垣間見られる八木氏のデザインワークはもちろん、1984年から2010年までの作品の紹介、そしてそれにかかわったひとたちとの対話がふんだんに盛り込まれ、八木氏の選択眼が選んできたもの、その眼を培ってきたものがギッシリと詰め込まれている。

『THE GRAPHIC EYE of Tamotsu Yagi -八木 保の選択眼』

定価|3990円

出版社|ADP (Art Design Publishing)

           
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