祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.32 加瀬健太郎さん
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今回のゲストは、写真家の加瀬健太郎さん。少々頼りないお父さんが撮る写真とリアルな日常を綴った家族の物語『お父さん、だいじょうぶ?日記』のファンという編集大魔王からのラブコールで実現した今対談。笑いとペーソスが盛りだくさんの本の内容に迫りながら、家族のあり方について語り合います。
Interview by SUKEZANE TomokiPhotographs by SATO YukiText by HATAKEYAMA Satoko
子どもの写真が多いのは…気づいたらこうなっていました。
祐真朋樹・編集大魔王(以下、祐真) はじめまして。加瀬さんの『お父さん、だいじょうぶ?日記』の大ファンで、機会があればお会いしたいと思っていたんです。
加瀬健太郎(以下、加瀬)
嬉しいです、ありがとうございます。実は僕、祐真さんとは初対面ではないんですよ。
10年ぐらい前に、いちど撮影させていただいておりまして。雑誌の『流行通信』のリニューアル号だったと記憶しているんですが、俳優の松田龍平さんを祐真さんが撮るという企画で、僕がその場面を撮影するという仕事で。
祐真 えっ、そうだったんですか!?
加瀬 当時の僕は、撮影当日まで祐真さんのお顔を存じ上げなくて、スタジオにいらした祐真さんらしき方にご挨拶をしたんですが、どうも思っていたイメージと違う。黒髪を後ろで束ねて、レザーのベストを着た方に間違えて挨拶しちゃったんです。
祐真 誰だろう…あっ、もしかしてロケバスの平川さんでは!?(笑) 平川さんは今でも一緒に仕事をさせてもらっているんですけれど、僕より貫禄があるので現場で間違えられることがよくあるんですよ。めちゃくちゃ仕事ができる方なので、スタッフやモデルも平川さんのことをずっと憶えているぐらいで。
加瀬 そうなんです。間違えて平川さんに挨拶をした後に、祐真さんが颯爽とスタジオに入ってこられました(笑)。
祐真 すみません、全く憶えていませんでした(笑)。ところで今日は、写真展の会場にお邪魔させていただきましたが、展示されている作品のほとんどがフィルムで撮っていらっしゃいますよね。
加瀬 はい、フィルムカメラです。『お父さん、だいじょうぶ?日記』の写真もフィルムカメラで取っていて、最初に使っていたのはリコーのGR1だったんですが残念ながら壊れちゃって、そのあとはこのコンタックス G2で撮りました。
祐真 フィルムで撮るのとデジタルで撮るのでは、どんな違いがありますか?
加瀬 まず、一眼レフのカメラだと普段から持てないじゃないですか。小さいデジカメは持っていないので、いつもこのカメラをポケットに入れて撮っています。僕はなぜかいつもTシャツの右裾に穴が空くんです。妻にも「なんでいつもここに穴が開くの?」と言われて、何故なのかずっとわからなかったんです。でも、ふとした時にこのカメラのレンズをTシャツの裾で拭いているのに気づいて「だからか!」と納得したことがあります。
祐真 無意識に裾で拭いているということですね(笑)。『お父さん、だいじょうぶ?日記』は元々ご自身のブログで始められたのがきっかけと書いてありましたが、最初から本にまとめようと思って書いていらっしゃったんですか?
加瀬 いや、それは全くなかったです。最初は妻の友達がブログを面白いと言い出してくれて、そのあとに妻が「みんながこれを本にしたらいいと言ってくれているから、出版社に持っていったら?」と勧めてくれたんです。
祐真 加瀬さんの奥さんは結婚して子育てをする前は、何か仕事をなさっていたんですか。
加瀬 ファッションブランドのPRをしていました。そこの会社では、祐真さんがたまにリースに来てくれたという事は言っていました。
祐真 ホントですか!? じゃぁ、お会いしているかもしれませんね。この本は加瀬さんと奥さんとのやりとりがとりわけ絶妙ですよね。全裸で体重計に乗るエピソードなんて、読んでいて爆笑してしまいました。何故なんだろう?といろいろ想像しちゃって、それはお腹に子どもがいたからですか?
加瀬 いや、今でもやっていますから違うんじゃないですかね(笑)。逆にお聞きしたいんですが、祐真さんは僕の本をどうやってお知りになったんですか?
祐真 『お父さん、だいじょうぶ?日記』は先に妻が見つけて買ってきて、僕に「すごく面白いよ」と勧めてくれたんです。ロベール・ドアノーやアーサー・エルゴート、日本人だと土門拳が撮った子どもの写真が好きで、写真集も持っているんです。加瀬さんのこの本は、写真が素敵なのはもちろんですけれど、書いてある文章がすごく面白い。サービス精神をめちゃくちゃ感じます。子どもたちもやれと言われてやったわけでもなさそうだし、そのあたりのバランスも面白いなと思って。写真と文章がうまく編集されていると思いました。読んでいてずっと笑っていたぐらいです。
加瀬 うわぁ、そういうふうに感じて読んでくださったんですね。すごく嬉しいです、ありがとうございます。
祐真 僕は上に兄がいるんですが、思い返すと小さい頃はよく父親に写真を撮られていました。本の写真のような兄弟の写真もいっぱいあります。加瀬さんのお子さんたちは、撮られているときはどんな感じですか?
加瀬 下の子は意識している感じはないんですが、上の子は協力的でした。「こうするんだよ、うちは」「早くやらないとお父さんが機嫌悪くなるよ」みたいな感じで、肩に手を置いてみたりとか。そういうのがありつつの兄弟の写真です。やっぱり長男って真面目な性格なんでしょうね。
祐真 男兄弟ってほんとに面白いですよね。写真展でこうやって作品を拝見すると、やっぱり子どもの写真が多いですね。
加瀬 気づいたらこうなっていました。一冊目の写真集も『スンギ少年のダイエット日記』という少年のものですからね。彼は僕が英語を勉強しに行った、ロンドンから1時間ぐらいの場所に住んでいた少年です。
祐真 じゃあまだ英語がそんなに話せない頃に周りの人と仲良くなって、さらにこんな近くで写真を撮らせてもらったということですか。加瀬さん、人間力が凄すぎますね(笑)。
加瀬 大人同士って、言葉がないと長いこと一緒にいられないじゃないですか。子どもたちの場合はそれがないので、長い時間一緒にいられるんですよね。スンギの写真も、子供たちがいっぱいいるところに行って撮ったものです。そもそもが作品にして世に出そうと思って撮ったものじゃないのでネガも飛び飛び。友達を撮る時ってそんなに枚数は撮らないのと同じです。僕自身がなにもしていない時期でもあったので、スンギと周りの子たちしか撮ってなかったんです。その後にロンドンの写真学校に行くことになるんですけれど、あまりにも楽しかったので、彼らと離れるのがめちゃくちゃ寂しかったんです。写真を撮ったり一緒にサッカーをすることで少なからず人気者になっていましたから。
祐真 そうですよね。すごく心を許している感がありますもんね。
加瀬 ロンドンに行ったら寂しくなって、次にスンギに会ったらあげようと思ってまとめたのがこのブックです。スンギがダイエットをがんばっているというストーリーにして、絵も描いたりして。その時の写真を一式プリントにしたものを出版社に持ち込んで本になったというわけです。その際に、出版社の人に「こういうのもありますけれど、見ます?」ということで、ロンドンに行ったときにこのブックをスンギ借りてきて、今まで持っているんです。だからこれも返さなくちゃいけないんですけれどね。
祐真 スンギ少年は今、何歳ぐらいになっているんでしょうか。
加瀬 本にした時は14歳だったので、今はもう28歳ぐらいになっていると思います。彼は今、アフリカにいるんです。お兄ちゃんたちはロンドンの人と結婚してイギリスにいるんですけれど、彼はビザが取れなくてケニアの大学に行って、今はマラウイで生活しています。遠いのでなかなか会えないですけどね。
祐真 結局、彼は痩せられたんですか?
加瀬 いや、全く痩せられなかったんですよ。
祐真 一生懸命走ったのに痩せないという結末があるのがいい。それに食い散らかした写真もあって「これじゃ痩せねぇよ」と思いますよね。痩せられなかった、というのがまた面白い。
加瀬 そうでしょう? でもそう言ってくれる人って少ないんです。頑張って痩せようと努力するところに日々の充実があるので、別に痩せなくてもいいんです。そういうことなんです(笑)。
Page02. ここまで読み込んで突っ込んでくれた方は初めてです!
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ここまで読み込んで突っ込んでくれた方は初めてです!
祐真 また『お父さん、だいじょうぶ?日記』に話は戻りますけれど、加瀬さんはタイトルの付け方がまた上手ですよね。「マカロニ」とか「さなぎ」とか。僕も小さい頃に「さなぎ」というあだ名を人につけたことがあります(笑)。写真と文章を一緒するスタイルは、やっているうちにできあがったものですか?
加瀬 最初は全く考えてなかったですけれど、編集の人に勧められて文章を書いてみたら、思いがけなく褒めていただいて。この本ではすごく楽しく書けたんです。書くのが楽しくてしょうがなかったぐらいに。
祐真 本の冒頭は、ちょっとせこい感じで始まるじゃないですか。そのせこい設定がまたいいですよね。「それ、わかるなぁ」という感じがします。
加瀬 妻が言うには、僕はかなりせこいらしいです。僕の父が母の婚約指輪を値切った話も書いてありますけれど、父が父だけに、せこい家系なのかなぁと。
祐真 加瀬さんは大阪のどちらのご出身なんですか。
加瀬 住吉大社の近くです。
祐真 笑いのメッカじゃないですか。じゃあ小さい頃は吉本新喜劇や松竹新喜劇の番組を見て育っていますよね。吉本と松竹のチャンネル、どっちを見ていました。
加瀬 僕は両方見ていました。小さかったのでどちらかというと吉本派でしたけれど、今回の本はやや松竹系を意識してみたんですけれどね。
祐真 少し「泣き」が入るというのが松竹系ですよね。ちょっと泣けるよ、と。吉本だと泣きはないですけれど、松竹は笑いのあとに涙がありますからね。
加瀬 祐真さんもルーツが関西なので、僕の本に引っかかっていただいたんでしょうか(笑)。
祐真 かなり読み込んでいますよ。ここでちょっと家族の亀裂が入ったな、とか手に取るようにわかりましたもん。子どもをほったらかして1人に遊びに行って、その翌日に奥さんと喧嘩してというエピソードで、「ああ、ここで何かあったんだな」と。それで最後にケーキを買って帰るオチがすごく好きです。
加瀬 うわぁ、すごいですね。確かにここで詳しくは言えないですが、ちょっとした事件がありました。でも、そこを鋭く突いてきた方は初めてです!
祐真 家族に後ろめたさを残して遊びに行くなんてやっぱり何かあるんですよ。さらにそういう後ろめたさは絶対に奥さんに伝わっていますから。そこでいきなり次の日の夜にエピソードが飛んでいたので、この間の何かあった感がすごく気になっていました。ここは特に松竹入っていますもんね。感傷シリーズというか、寛美節が見事に入ってます(笑)。
加瀬 ケーキを買って帰ったので、子どもたちはすごく喜んでいましたけどね。
祐真 それが1番です。何かあった後のケーキはやっぱりいいんですよ。そこでしっとりとおさまって、そこから息子さんへの手紙のエピソードに続く。ここの場面が特にぐっときます。それと、逗子という環境もいいんでしょうね。やはり住みやすいですか?
加瀬 僕はどちらかというと街のほうが好きですけれど、逗子は住むにはいいところです。のんびりしているし、広いスペースがあって。
祐真 この本の帯の後ろの文言も沁みますよね。僕も32年ほどフリーで仕事をしていますけれど、なかなか大変なものですよね。
加瀬 えーっ、祐真さんでもそうですか!?
祐真 いやいやいや、大変ですよ。ただ、妻に「働く?」という勇気はないですけどね(笑)。加瀬さんは根性あるなと思って。相手の機嫌の悪さを感じる時ってあるじゃないですか。「何も言わないほうがいいな」と書かれていましたけど、ああいうのはリアルに響きました。ここにも松竹が入っていますよね。
好きなページは本当にたくさんあるんですが、撮影のアシスタントにきてくれる「タケちゃん」の話もとてもいい。彼、ほんとうにいい人ですね。
加瀬 僕より歳上ですけどね。仕事が終わったあとに一緒に飲みに行くのが楽しいんですよ。
祐真 「ママはスピリチュアル系」というエピソードも好きだし、「男の作法」というページにもすごく共感しました。妻と一緒に歩いていて、彼女の知り合いにあった時のこちらの居たたまれなさというか。あまりフランクにもなれなくて、どうしても感じ悪くなってしまう感じとか。
加瀬 そうなんです。難しいんですよ。
祐真 これを読んで僕も改めて「男の作法」を磨かなきゃと思いました。今日はなんかファンが一方的に語るというようになったような感じですみません(笑)。最後に写真について伺いたいのですが、加瀬さんにとって「写真」とは何ですか?
加瀬 …「ついで」、ですね。生きていくついで、みたいな。僕にとっては会ったりすることのほうが大事で、ついでに写真を撮っているみたいな感覚です。人に会って「おお、元気だった?」と言ったりすることのついでに撮っている、ぐらいの感じです。
祐真 「ついで」って、いい言葉ですね。本にも「ちょっと残しておこうかなと思って」と写真を撮る理由を書かれていましたね。スンギ少年の中にも「俺の痩せなかった青春がここにあった」と残っているんでしょうね。今日は本当にどうもありがとうございました。これからの活動で予定されているものがあれば、ぜひ教えてください。
加瀬 うーん、ないです。今のところ白紙です(笑)。
祐真 では、『お父さん、だいじょうぶ?日記』の次男、三男での続編をぜひ、期待しています!(笑)
加瀬健太郎|Kase Kentarou
1974年大阪府生まれ。東京の写真スタジオ勤務の後、イギリスに留学。現在はフリーランスの写真家として、書籍や雑誌などで活躍。既刊に、『スンギ少年のダイエット日記』(リトルモア)、「撮らなくてもよかったのに写真」(テルメブックス)など。ブログは現在も絶賛更新中。
http://kasekentaro.blogspot.jp/