フォトグラファー田島一成がとらえた 1995年の「N/Y」坂本龍一の1日
LOUNGE / ART
2025年3月7日

フォトグラファー田島一成がとらえた 1995年の「N/Y」坂本龍一の1日

ART|A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO

2025年3月13日~4月12日『坂本龍一/田島一成写真展 A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO』開催

1995年、TAJJIEMAX(タジィマックス)こと田島一成がNYで撮り下ろした、坂本龍一と風景をMIXした写真集『N/Y』。同タイトルは坂本龍一の発案により、NO / YESの意味から生まれている。当時、この写真集およびポスターはニューヨークADC賞を受賞するほど高い評価も受けた。そんな歴史的作品の撮影期間中、坂本を屋外に連れ出してシューティングした「ある一日」の記憶と記録が写真展および写真集として発表される。『A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO』への想いについてフォトグラファー田島一成に話を聞いた。

Text by TOMIYAMA Eizaburo

坂本龍一43歳、田島一成27歳。彼らはいかに邂逅したのか

坂本龍一がこの世を去ってから、2年の月日が過ぎ去ろうとしている。
音楽界のみならず、カルチャー全般に多大な影響を与え続けた彼の存在を改めて振り返る機会が増える中、フォトグラファー田島一成が手がけた写真集『N/Y』(1995年)が再び注目を集めている。そして今、当時の撮影フィルムから「ある一日」にフォーカスした新たな写真展を開催し、写真集も発売されることとなった。
『A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO / ア デイ ウィズ リュウイチ サカモト』と題された本作は、坂本龍一と田島一成が1995年の夏、NYの街を歩いた「一日」に焦点を当てたものだ。坂本の素顔が映し出された貴重な記録として、そして田島にとっても「若き日の自分と坂本さんが共有した時間の証」として、特別な意味をもつ作品となっている。

ストリートカルチャー全盛期、1995年の東京

阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件など、1995年は日本にとって大きな事件が立て続けに起きた年として記憶されている。その一方で、日本のストリートカルチャーは大きな盛り上がりを見せていた。コギャル、渋谷系、裏原系など、団塊ジュニア世代を中心に新たなムーブメントが次々と生まれていた時代でもあった。
バブル崩壊はすでに起きていたもののドル円は80円台、日本を100とするとアメリカのGDPは65と、今とはまったく異なる状況。田島は3年間のパリ滞在を経て、日本での仕事を増やしながら、NYへと拠点を移そうとしていた。
「ファビアン・バロンがUS版『Harper's BAZAAR』のアートディレクターになったことで、ファッション写真の中心がパリからNYに移った時期でした。当時、僕はパリのモデル事務所で新人モデルの写真を撮ったりしながら、日本では雑誌『CUTiE』や渋谷系のアルバムジャケットを手がけていました」
田島はアートディレクター進藤三雄との出会いをきっかけに、渋谷系と呼ばれたミュージシャンのジャケット写真を数多く手掛けていた。人気雑誌『CUTiE』でも人気を博し、東京で時代の寵児となっていた。
「写真ブームもあって深夜番組に取材されたり、このまま東京にいたら消費されて終わるなという感じもありました。流行りすぎて危機感があったんです。もちろん、ファッションをやるならば海外でやりたいという思いもありました。それでNYに行こうと思ったんです」

坂本龍一との出会い、1995年のNY

当時27歳だった田島にとって、坂本龍一との出会いは「偶然の連鎖」だった。パリ滞在中、NYに住む田島の幼馴染がテイ・トウワと仲良しだという情報をキャッチする。そんな折、Dee-Liteのファンだったこともあり、フランスのラジオ局で流れたテイ・トウワのDJ MIXを録音したことを伝えると、「そのMIX持ってないからテイくんが欲しいと言ってるよ」という手紙を受け取り、すぐにカセットテープを送った。
その後、ソロアルバムの撮影を担当するなど縁が深まり、NY到着後の3ヶ月ほど彼の家で居候させてもらうことになる。当時、テイ・トウワは坂本龍一のレーベル「güt」に所属しており、よく仕事もしていたため、NYにやってきた田島の話をしてくれたという。
すると坂本龍一は、「娘(坂本美雨)がその人のファンだから。写真見てみたい」と話したという。田島は小学生の頃からYMOの大ファン。NHK-FM『サウンドストリート』を聴いて海外の最新サウンドを学び、クリエイティブな仕事に興味を抱くきっかけも坂本龍一だった。
「僕の写真を見て面白がってくれて、“これはどうやって撮ったの?”とかいろいろと聞いてくれました。実験精神がある方なので、共感してくれたのかもしれません。すると突然、“僕の写真集撮らない?”って言ってくれたんです。そのときは本当にびっくりしました」

坂本龍一の「ある一日」、1995年の夏

半年にわたる撮影の中、仕事の邪魔をしないよう緊張しながら、坂本龍一のオフィスやレコーディング・スタジオでの風景を切り取っていった。しかし、あるとき「屋外での写真がない」と気づき、坂本に「街を歩く写真を撮りませんか?」と提案する。坂本は快く応じ、田島が考えたコースに沿ってマンハッタンを巡ることとなる。
「普段は地下鉄に乗らないと思いますけど、この日は乗ってもらいました。街を歩き、カフェに入り、食事をする。写真集ではその日の時間軸で構成しています。最初はシャツを着ていますが、夏だったのでTシャツになり、汗がどんどん広がっていく様子がわかると思います」
撮影の当初から、田島はアイドル写真集のようにはしたくないと伝えた。ゆえに、写真集『N/Y』にはかっこいい坂本龍一しか掲載されていない。しかし、当時43歳の坂本は、世界的アーティストとしての威厳と、普段の飾らない姿の両方を持ち合わせていた。
印象的なのは、シンディ・クロフォードが主演した映画『フェア・ゲーム』のポスターを見つけ、相手役の男優に扮してキスをするような表情の場面や、自転車に乗ったホームレスに「お前は有名人なのか?」と声をかけられて苦笑する瞬間だ。
「坂本さんって、カメラを向けるとふざけることが多かったんです。まだ若かった僕はかっこいい部分を強調して撮りたかったから、変な顔をすると “もうちょっとかっこいい顔にしてください“とか言いながら撮影していたんですよね」
「お前は有名人なのか?」と話かけられ苦笑する坂本龍一

坂本龍一が田島一成に残したもの

坂本龍一との関係はその後も続いた。思い出すのは、坂本が総合ディレクターを務めた『札幌国際芸術祭』(2014年)。周囲はファインアーティストばかりの中、田島が唯一、坂本から届くオーダー通りの写真を撮るフォトグラファーだった。その状況に強いコンプレックスを抱いたという。
「“田島くんも個人の作品を作ったほうがいいよ”っていう坂本さんからのメッセージだったんです。その後、“個人の作品として花の写真を撮り始めたんです”と伝えたら、“田島くんがそう思うだろうと思ってわざとやったんだよ”って」
2020年、田島はついに初の個展『WITHERED FLOWERS』を開催する。闘病中だった坂本も足を運び、「田島くんは、アーヴィング・ペンとは違うものを撮っていると思ってる?」と問いかけた。白い背景に花というスタイルは、アーヴィング・ペンの代表作だったからだ。
「全然違うと思っています」と答えると、安心したような表情を浮かべたという。坂本は常に「自分がどうありたいか?」を考えさせる人だった。
ソーホーの「HONMURA AN」で偶然会ったビデオアーティストのナム・ジュン・パイクさんと。有名人に人気だった同店は、この日もテーブルの隣にオノ・ヨーコさん、奥に雑誌『Vogue』のアナ・ウインターさん、その隣にウィレム・デフォーさんがいたという
「亡くなる前までLINEのやり取りを続けていて、僕はいつか映画を撮りたいと送ったら、“どんな映画を撮りたいの?”と返ってきたんです。ゴダールみたいな、あまりストーリー性のない作品をと答えると、“それが一番難しいやつだね。本をいっぱい読まなきゃダメだよ”と。まるで謎かけみたいでした」

『A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO』への想い

今回の写真集を作るにあたり、田島は改めて過去のフィルムを見返した。そして、「この一日」が特別な意味を持っていたことに気づく。
「若いフォトグラファーの僕に、坂本さんは一日まるごと時間を使ってくれた。そのことに、今になってようやく気づいたんです。当時はかっこいい坂本さんしか撮りたくないと思っていましたが、ふざけた表情などから、坂本さんのキャラクターが伝わるかなと思って。
坂本さんは、仕事をしているときは真剣で、背筋がこうピッと伸びて、キーボードを弾いたり譜面に向かって作曲をしていました。でも、仕事が終わって“じゃあ飯行こうか”ってなると、バカ話してゲラゲラ笑ってみんなを楽しませる。そのコントラストがはっきりしているんです。そしてなにより、とっても優しい、思いやりのある人でした」
『A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO』は、坂本龍一という存在を、より人間らしく、より近くに感じさせる作品だ。それはまた、田島一成にとって「坂本龍一に導かれた日々」へのオマージュでもある。
写真展は、3月13日より銀座のAKIO NAGASAWA GALLERY GINZAにて開催される。
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写真展『坂本龍一/田島一成写真展 A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO』
限定オリジナルプリント展示・販売
日時|2025年3月13日~4月12日
会場|AKIO NAGASAWA GALLERY GINZA
住所|東京都中央区銀座4-9-5 銀昭ビル6F
Tel|03-6264-3670
料金|入場無料
URL|https://www.akionagasawa.com/jp/information/
写真集『A DAY WITH RYUICHI SAKAMOTO』
発売日|2025年3月13日
出版社:|mild ink. / 株式会社マイルド
価格:|6800円(税抜)

販売ページ|m ink. online store
                      
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