歴史と個人史を編み込みながらつくり出される独自の世界観

イ・ブルは1964年、韓国に生まれ、軍事独裁政権下に育った。1987年の民主化宣言を経て国家が急速な近代化や経済発展を遂げていく過程にアーティストとしてのキャリアを構築。クーデターや革命など、韓国の政治史や社会史を踏まえつつ、理想の社会やユートピアを模索し、そこに彼女自身の個人史を重ねあわせることで、独自の世界観をつくり出してきた。

そんな彼女は1990年代から国際的に注目を浴び、ニューヨーク近代美術館の「プロジェクト」シリーズ（97年）、ヴェネチア・ビエンナーレの韓国館（99年）をはじめ、数々の国際展に参加。ガラスやビーズ、チェーンなどモダニズムを象徴する工業製品や素材を駆使し、過剰なほどの装飾性で「美とは」「醜とは」ということを観るものに問いかける。

今回の個展『イ・ブル展：私からあなたへ、私たちだけに』では、20年にわたる彼女の活動を網羅し、新作を含む約45点を一堂に展示。会場は初期から現在にいたる過程をたどる4つのセクションと、彼女の内的世界を垣間見るようなドローイングなどが展示される「スタジオ」と呼ばれる空間で構成される。

《出現》（部分）／2001年／ビーズ、ポリウレタン、強化プラスチック、ステンレススチール／300 x 100 x 150 cm／展示風景：「リアル・ユートピア～無限の物語」金沢21世紀美術館所蔵：金沢21世紀美術館／撮影：中道 淳／ナカサアンドパートナーズ

《朝の曲》／2007年／アルミニウム、LED、ワイヤー、ビーズ／400 x φ300 cm／展示風景：「すべての新しい影の上に」カルティエ現代美術財団、パリ／Photo: Patrick Gries／Photo courtesy: Fondation Cartier pour l’art contemporain, Paris

セクション1での初期の不安定な社会、未来の不確実性など、目に見えないなにかを形にしようと試みたモンスターのような彫刻を経て、超人的な身体を連想させる「サイボーグ」、さらにはそれまでの身体的なものから都市や建築を思わせるより大きなスケールの作品へと変化していくさまを紹介。彼女の試みが拡大する様子を示唆している。最後のセクション4では、再び個人的感覚へ回帰していることが感じられ、17年間をともに過ごした犬へのオマージュとして創作された新作「秘密を共有するもの」も展示。彼女がアーティストとして、いままで何と対峙してきたのかということを作品から追体験できるのだ。

20世紀のさまざまなユートピア理論や文学、社会政治学に言及し、同時に韓国の近代史や自分の個人史を編み込みながら、理想の社会のあり方や人間像を問い続けてきたイ・ブル。代表作をつうじてその普遍的な価値を模索してきた彼女の思考プロセスを一望してみたい。

『イ・ブル展：私からあなたへ、私たちだけに』
期間│2月4日（土）～5月27日（日）　※会期中無休
時間│10:00～22:00　火曜日は10:00～17:00
※3月20日（火・祝）10:00～22:00まで、3月24日（土）10:00～翌朝6:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
料金│一般1500円、学生（高校・大学生）1000円、子ども（4歳から中学生）500円
会場│森美術館　東京都港区六本木6-10-1　六本木ヒルズ森タワー53階
Tel.03-5777-8600（ハローダイヤル）