Secrets behind the Success|連載第7回 「シーバスリーガル」マスターブレンダー コリン・スコットさん
ビジネスパーソンの舞台裏
第7回|コリン・スコットさん(「シーバスリーガル」マスターブレンダー)
過去と未来を繋ぐガーディアン(1)
ビジネスで成功を収めた成功者たちは、どう暮らし、どんな考えで日々の生活を送っているのだろう。連載「Secrets behind the Success」では、インタビューをとおして、普段なかなか表に出ることのない、成功者たちの素顔の生活に迫ります。
「ウイスキーというのは、自然界からの賜物なんです」。そう笑顔で語る男性が今回のゲスト。スコッチ・ウイスキーの代表格「シーバスリーガル」でマスターブレンダーを務めるコリン・スコットさんだ。麦と酵母、水を掛け合わせて、黄金色に輝くウイスキーを生み出すプロフェッショナルたち。なかでもおいしさを左右するのは、数十種類の原酒をブレンドして、原酒単体では表現できない複雑なアロマ、めくるめく味覚体験をもたらす最終工程を担うブレンダーだ。30年近くにわたって、その役を務めてきたスコットさんに、奥深いスコッチ・ウイスキーの世界へ案内してもらうことにしよう。
Photographs by NAKAMURA Toshikazu (BOIL)
Text by TANAKA Junko (OPENERS)
ウイスキーに育てられた!?
――スコットランド人にとって、スコッチ・ウイスキーとはどんな存在なのでしょうか?
世界にはさまざまな種類のウイスキーがありますが、「スコッチ・ウイスキー」という名前は、スコットランドで作られたウイスキーのみに与えられる、いわば称号のようなもの。しかも世界中の何百万人という人に愛されている。若者から年配の方、男性から女性まで。スコッチ・ウイスキーは、スコットランド人にとって誇りであり、とても特別な存在なんです。何百年ものあいだ、おなじ製法を守りつづけてきたわけですから。
モルト(大麦麦芽)だけで作られたモルトウイスキー、トウモロコシや小麦などの穀物と麦芽を原料とするグレーンウイスキー、そしてその二つを組み合わせたブレンデッドウイスキー。ウイスキーは大きく分けてこの三つに分類されますが、そのどれもが違う個性を持っている。なかでも、シーバスリーガルも属するブレンデッドウイスキーの一番の特徴は、その豊かな風味。口にした瞬間、複雑なアロマが口のなかいっぱいに広がります。
――シーバスリーガルとほかのウイスキーの違いというのは、どんなところにあるのでしょうか。
やはりリッチでまろやかな風味でしょうか。これは200年以上前に編み出された、芸術的ともいえるブレンディング技術、そしてモルトウイスキー最大の産地として知られる、スペイサイドの「ストラスアイラ蒸留所」で作られる原酒によって生み出されるもの。ここのシングルモルト(ひとつの蒸留所で作られたモルトウイスキー)が、スペイサイド特有のフルーティーでフローラルな香り、熟成樽由来のナッツのようにドライな味わいをシーバスリーガルにもたらしてくれるのです。
――ウイスキーといえば、ストレートで飲む人もいれば、ソーダと割る人もいるように、いろいろな飲み方ができるのが魅力のひとつですよね。なかでもスコットさんが特にお勧めという飲み方はありますか?
ブレンダーとしてのわたしの仕事は、みなさんがシーバスリーガルをグラスに注いだ時点で終了なんです(笑)。それから先は、水を入れても、氷を入れてロックにしても、カクテルにしても。はたまたストレートでも、日本で人気のハイボール(ソーダ割り)でも……。それぞれの好みに合わせて楽しんでもらえれば本望です。
ですが、個人的にお勧めなのは、いわゆる「トワイスアップ」という飲み方。ウイスキーと天然水を、1対1の割合でグラスに注いで飲みます。これがウイスキーの香りを一番強く感じられる飲み方なんです。私たちがブレンドするときも、このやり方で原酒やブレンドしたウイスキーをテイスティングしていくんですよ。太陽が燦々と輝く灼熱の日には、グラスに氷を二つぐらい入れて飲んでもいいかもしれませんね。
――ずばりウイスキー作りの魅力とはなんでしょうか?
父親がウイスキー関連の仕事に就いていたので、物心ついたころからウイスキーはずっとわたしの身近にありました。「ウイスキーに育てられた」といっても過言ではないほどに(笑)。あれから何十年経ったいまも、わたしの心を惹きつけて止まないのは、一括りにスコッチ・ウイスキーといっても、そのどれもがまったく違う個性を持っているということです。
スコットランドには、100以上の蒸留所がありますが、麦芽を発酵、蒸留、熟成するという基本的な製法はおなじでも、できあがった原酒は、蒸留所ごとにまったく異なります。ライトでフローラルなものから、フルーティーでナッティーなミディアム、ドライでリッチなフルボディー。さらにずっしりと重たいスモーキーまで。
もっといえば、おなじ蒸留所で作られた原酒であっても、樽ごとに個性が異なります。特にモルトウイスキーの場合はそう。そのなかからベストなものを選び出して、組み合わせるのが私たちブレンダーの仕事。最初に個性の強いモルトウイスキー同士を掛け合わせて、それぞれの個性をさらに引き出す。それを穏やかな風味のグレーンウイスキーで包み込んで、まろやかなハーモニーを生み出していくわけです。
しかし、ブレンドすれば必ずおいしくなるというものでもありません。なにとなにを組み合わるかによって、味も香りもまったく異なるウイスキーができあがる。どんな原酒とも調和する優等生的なモルトウイスキーもあれば、個性があまりにも強烈すぎて、うまくブレンドしないとその個性が生きてこないものもある。わたしにとっては、これこそがスコッチ・ウイスキーのマジック。大麦とイースト菌、水という、たった三つの天然素材から、バニラやハーブ、フルーツ、ナッツといった、何通りものアロマを生み出せるのですからね。
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第7回 コリン・スコットさん(「シーバスリーガル」マスターブレンダー)
過去と未来を繋ぐガーディアン(2)
思いがけない転機の訪れ
――どんな人がブレンダーに向いていると思われますか?
この仕事は、非常に高度な専門知識を求められます。まず何種類もある香りを嗅ぎ分け、それがなにかというのをきちんと認識できるスキルは必須です。このあたりはソムリエなんかと似ていますね。それともうひとつ必要なのが、時間とともに原酒がどんな風に熟成するのかを観察しながら、それらを組み合わせたときに、どんなウイスキーができあがるかを判断できる、鼻(嗅覚)と口(味覚)。
なかでも一番重要なのは嗅覚。原酒の香りを嗅ぎ分けるまでに、10年ぐらいかかるんですが、時間による変化やブレンドしたときの風味を正しく判定するためには、さらに訓練が必要なんです。
――スコットさんは、いつ自分の嗅覚が「ほかの人より優れているな」と認識されたのでしょうか?
じつはシーバスブラザーズに入社したとき、自分の鼻を使って仕事をするようになるなんて、夢にも思っていませんでした。というのも、わたしが長年担当していたのは生産や品質管理。生産部で瓶詰め、蒸留の仕事を一通り経験したあと、品質管理部に移ってパッケージの品質管理を受け持ちました。その後、アルコールの品質管理に携わることになったのが、わたしにとって大きな転機になりました。嗅覚のテストをされたんです。その結果を見た上の人たちから「ブレンダーにならないか?」と声がかかって。そのときですね。はじめて自分の嗅覚を意識したのは。
ブレンディング部に入ってからは、前任者にシーバスリーガルのいろはを教わりました。そして彼が1988年に引退したのを機に、マスターブレンダーの座を引き継ぐことになったんです。
――最初にオファーを受けたときは、ちょっと驚かれたでしょうね。
それはもう。こんな幸運なことがあっていいのかと思いました(笑)。ただそのときも嗅覚テストを受けましたが、テストは毎年受けることになっているので、来年この仕事をつづけられるという保証はないんです。何年つづけていても、落ちる可能性だってあります。ですから、常に一定のレベルをキープする必要があるんですね。そういう意味ではスキル優先の厳しい世界だといえます。
この仕事をやっていてよかったとはじめて心底感じたのは、1997年に「シーバスリーガル 18年」を作ったとき。すべてのボトルにわたしの署名が入っているんです。アーティストが作品に署名を入れるように。とても幸せなことですね。
――コリンさんはその後も、「シーバスリーガル 25年」「シーバスリーガル ミズナラ スペシャル・エディション」といった名品を次々世に送り出してきました。一方でブレンダーには、新商品を開発するだけではなく、すでに発売された商品の味を継承するという大きな使命がありますね。あたらしいウイスキーを開発することと、おなじ味を守りつづけること。どちらの方が難しいと思われますか?
甲乙をつけがたいほど、どちらも難しい。たとえば「シーバスリーガル 18年」。30以上の原酒が使われていますが、その原酒は1989年に樽のなかに入れて、20年以上にわたって熟成させたもの。年々味や香りは増しています。来年使うものが、今年使ったものとおなじ状態とは限らないわけです。
ですから、毎回違うレシピでブレンドしています。基準になるのは、過去に使ったレシピではなく「18年」の味わいそのもの。その年に採れた原酒の配合を調整して、最終的に「18年」の味になるように仕上げていきます。これが結構大変な重労働(笑)。難しい仕事ではありますが、同時に毎回あたらしい発見があって、飽きることがありません。
シーバスリーガルの味を、これからもずっと守りつづけてく。それが私たちの仕事なんです。味わいそのものはもちろんのこと、口にしたときの驚きや感動も一緒に詰め込んで。いわばガーディアン(守り手)なんです。
――仕事場に欠かせない道具は、やはり鼻でしょうか。
ブレンダーにとって欠かせない道具は、鼻にくわえて「ノージンググラス」という、テイスティング用の特別なグラス。チューリップのような形をしているんです。重心が下にあって、上に向かってすっと伸びている。この形のおかげで、グラスの先端にウイスキーの香りが濃縮されるんです。
テイスティングのときには、水とウイスキーを半々で割ったものをここに入れる。アルコール度数は20%。そうしてすべてのグラスにおなじ量、おなじ度数で作った原酒を入れて、順にテイスティングしていきます。条件はおなじでも、すべて味わいは異なります。
それからブレンディング用の部屋。そこには電話もパソコンも一切ありません。チューリップ型のノージンググラスと座り心地のいい椅子だけ。だれにもなににも邪魔されることなく、ウイスキーの味と香りに集中できる大切な空間です。
ビジネスパーソンの舞台裏
第7回 コリン・スコットさん(「シーバスリーガル」マスターブレンダー)
過去と未来を繋ぐガーディアン(3)
ブレンダーに欠かせない習慣とは?
――スコットさんがお酒を飲まれるとき、ついつい足を運んでしまうお気に入りのバーはありますか?
郊外に住んでいるので、頻繁に出かけているわけではないのですが、エディンバラに一軒「ドーム」というお気に入りのバーがあります。古い銀行を建て替えて作られたクラシックな外観なんですが、なかはものすごくモダンな装い。伝統的なところと現代的なところが、とてもいいバランスで調和していて、素晴らしい店だと思いますね。
スコットランドはもともと、バーよりもパブを好む人が多かったんです。ビールを飲むためのね。だけど最近はカクテルが主流のカクテルバーも増えてきています。パブからカクテルバーへ、少しずつ人が移行してきているんです。
この「ドーム」も、まさにその流れを汲むバーなんですが、建物は非常にクラシック。そのミックス感がいいんですよね。
――パブにもお気に入りの場所はありますか?
グラスゴーにある、馬の足につける蹄鉄(ていてつ)を名前にした店「ザ・ホースシュー」ですね。バーカウンターが本当に蹄鉄の形になっているんです。もちろんそこで、シーバスリーガルも飲めますよ。
――オペラ歌手が喉をいたわるように、スコットさんが大切な嗅覚をいたわるために、普段から気をつけていること、つづけている習慣があれば教えてください。
タバコは吸いません。平日は辛いものやニンニクといった刺激の強いもの、嗅覚に影響をおよぼすような食べ物は口にしません。香りのあるアフターシェーブやパフューム、そういった類いのものも身につけませんし、香料の入った石けんも使いません。外部の影響をできる限り排除することで、嗅覚を常にフレッシュな状態に保つようにしているんです。
それからテイスティングを休まずつづけることも大切です。嗅覚で香りを嗅いで、味覚で味わう。それを毎日欠かさずつづけること。ただし飲み込むことはしません。みんな車で家に帰りますからね。飲むわけにはいかないんです。責任を持ってお酒を嗜む。これもお酒のビジネスに関わる人間として重要なことです。
――飲み込まなくても、ウイスキーの味というのは感じられるのでしょうか?
もちろん。テイスティングは鼻がすべてなんです。舌が判断できるのは、甘さ、酸っぱさ、苦さ、塩辛さ。この四つだけ。鼻をつまんで食べたときに、なにを口に入れたか判断できないのは、この四つ以外をすべて鼻が司っているから。バナナを口に入れたとき「いまバナナを食べた」と判断しているのは鼻なんです。
一度お家で試してみてください。指で鼻をつまんだまま、バナナを少しだけかじってみたら、甘みはほんの少ししか感じられない。その状態で指を離すと、突然バナナの味が口のなかに溢れ出しますから。
――リラックスしたいとき、どんな風に休日を過ごしますか?
家族と一緒に過ごしたり、ガーデニングをしたりしています。自宅には野菜や草花を植えた畑、それから小さな温室があるので、そこで時間を過ごすんです。頻繁に手入れをしているわけではないのですが、とても好きな時間ですね。
あとは、ゴルフも好きですし、犬の散歩にもしょっちゅう出かけていますが、一番のお気に入りはシャケ釣り。川に行って、シャケが来るまで待つ。この一連のプロセスが好きなんです。ときには大きなシャケが釣れることもありますよ。10キロ級のね。普段は5キロ級がほとんどですけど。
――いつも大事なときに身につけているラッキーアイテムはありますか?
子供のころ、家族でニュージーランドに行ったときにもらった小さい緑色のヒスイです。いつも首の周りにつけています。ヒスイは自分で買うと悪運をもたらすといわれているので、だれか別の人に買って贈ってもらいます。マオリ族(ニュージーランドの先住民)によれば、ヒスイは幸運と健康と平和をもたらすといわれているんですよ。
それから大事な行事があるときには、スコットランドの民族衣装を着て出かけますね。故郷を大事に思えばこその習慣です。
代々受け継いできた味を継承する“職人”である一方、これまでにないあたらしい味を生み出す“クリエイター”でもある。そんな異なるふたつの役割を担うスコットさんを支えるのは、ほかでもない彼自身の鼻。ある日、突然発掘されたという類まれな嗅覚を武器に、今日もあたらしい「シーバスリーガル」の味を追及しつづけている。