POGGY’S FILTER|vol.8 Dr. WOOさん
FASHION / MEN
2019年7月30日

POGGY’S FILTER|vol.8 Dr. WOOさん

ストリートとラグジュアリーの存在意義とは?

POGGY 自分の先輩から教えてもらった、日本の武道などで使われる「守破離」という言葉があるんだけど。まずは師匠から教えられた型をきちんと守ることから始まって、そこから少しずつその型を破ることで自分らしさが生まれて、師匠から離れて新たな流派を作っていくというような意味なんだけど、タトゥーの世界もそれに通じるものがあったりする?

Dr. Woo そうだね。タトゥーのカルチャーは日本でも同じだと思うけど、インサイダーっぽいというか、誰かに誘われて入る世界だと思う。マークは1940年代から活躍していたような師匠から教わって、その彼には1900年代の師匠がいて……という感じで、僕はその師弟関係の一番末端にいる。だから、僕のタトゥーの血筋は純血種といえるかな。今はインスタで見て「ワオ、格好良い! 僕も明日からタトゥーアーティストになろう!」なんて時代だけど、僕が弟子入りした頃は、タトゥーの機械を触らせてもらえるまで3年かかった。マークの元で働いて、掃除をしたり、酔っ払いを追い払ったり、予約を取ったり、食事の手配をしたり。3年間経って、ようやくマークから技術を学んで、さらに自分のスタイルを作り上げていった。同じ技術を持っているけど、彼のタトゥーと僕のタトゥーはまったく違うもの。でも、僕がタトゥーアーティストになるための技術や知識はすべてマークから学んだんだ。
POGGY なるほど。Wooはそんな歴史を背負ってるんだね。あと、sacai(サカイ)とのコラボや、NEIGHBORHOOD(ネイバーフッド)とお香立てを作ったり、今日も着用している自身のブランド、HIDEAWAY(ハイダウェイ)のポップアップを香港のJUICE(ジュース)で行ったりもしていたけど、ファッションとのコラボをここ数年で積極的に行っているのはどうしてかな?

Dr. Woo さっきも言ったように、タトゥーアーティストになる前にもブランドをやっていたし、常にファッションに興味があった。タトゥーやアートは飾ったり、身に付けることができるけど、同じようにファッションも好きなんだ。テイラードも好きだし、シルエットやフィットなんかについて考えるのも同じように好きだね。ファッションには、タトゥーとも違ったストーリーの伝え方があって、そのプロセスがとても興味深い。最初に働いていたスケートショップがブティックになった時に、僕はアシスタントバイヤーをしていて、トレードショーへ行って服を見ていたりもしていたから、そういう経験も、もしかしたら僕のDNAに組み込まれていったのかもしれない。もしタトゥーアーティストになっていなかったとしても、きっとファッションデザインに興味を持っていたと思うよ。

POGGY 僕はWooのヘリテージとラグジュアリーのミックス感があるコーディネートが好きで。今日みたいにヴィンテージのジャケットを着て、そこにRolex(ロレックス)のカスタムウォッチや、サカイのヘッドフォンとか合わせたり。そういうヘリテージとラグジュアリーをミックスする感覚はどこから来てるの?
Dr. Woo 個人的にヴィンテージが好きだし、ヘリテージブランドも好き。ヴィンテージってその物自体が歴史を持っていて、それってとてもクールだと思う。ラグジュアリーに関しても、クラフトマンシップ(職人技)が徹底されていて、時代を経ても色褪せず、それらはいずれヴィンテージになる。それから、今日履いているALYX(アリクス)のブーツも、サスティナブルなエネルギーを使ってクリエイティブなものを作る、Matthew Williams(マシュー・ウィリアムス)のディレクションが、とても今っぽくてコンテンポラリーだと思う。だから、ヘリテージなものも好きだし、現代の物も好き。エクスクルーシブなものも、ラグジュアリーブランドが持つクオリティも好き。それらを全部いっぺんに身に付けている感じかな。何か一つのことにこだわり過ぎると、自分に限界を与えちゃってる気がするしね。一つのスタイルに縛られるとその箱の中に閉じ込められちゃうというか。だから、僕はいろんなものが好きなんだ。

POGGY 最後に、パリやニューヨークのファッションウィークに最近よく行ってると思うんだけど、Wooから見て、今のファッションシーンはどのように変わってきていると思う?

Dr. Woo 今はアクセスがオープンになっていて、それは良いことかもしれないけど、悪い面もある。弁当箱みたいに、いろんなものが全部目の前のプレートに詰め込まれるのが嫌な場合もあるよね。チキンがあってライスがあって。でも、それを一緒にはされたくない。ストリートウェアがあって、ラグジュアリーがあって。でも、ラグジュアリーがストリートっぽくなり過ぎたら、ストリートはどこに存在すれば良いのか? ラグジュアリーの存在意義とは? 自由に変化することは良いことだと思うけど、僕個人の意見としては、全部がミックスされ過ぎているのはあんまり好きではないね。今はエネルギーをお互いに吸収し合いすぎているような気がする。どのジャンルもそれぞれのスタイルに正直であるべきだと思うんだ。
POGGY 確かに、その通りかもしれないね。

Dr. Woo それから、昔と違って、今はファッションショーを見に来る人たちが必ずしもファッション好きとは限らない。今まではファッションウィークに来ている人って、メディアかバイヤーかモデルといったファッションビジネスに関わる人だった。けど、今はいろんな人が見に行っている。ランウェイをちゃんと見ないで、ずっとスマホ片手に撮影に夢中になっている人もたくさんいるしね。ファッションがポピュラーになって、ファッション業界が若返ったのはクールなことだと思う。僕がスケートショップで働いていた頃、みんながなりたがっていたのは、アスリートかミュージシャンか俳優かモデルだった。でも、今の若い男の子はみんなファッションデザイナーになりがっている。逆にミュージシャンになりたいなんて子はいないぐらい。昔、妻がFIT(Fashion Institute of Technology=ファッション工科大学)に通っていた頃、学生はほとんど女の子だったそうなんだけど、今は男の子の学生も多いらしい。誰もがファッションに自由を求めているっていうことだろうね。
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