POGGY’S FILTER|vol.8 Dr. WOOさん
FASHION / MEN
2019年7月30日

POGGY’S FILTER|vol.8 Dr. WOOさん

小木“POGGY”基史氏がホストを務める『POGGY'S FILTER』の第8回目は、ひさびさの海外ゲストとして、LAを拠点に活躍するタトゥーアーティストのDr. Wooを迎えてお送りします。繊細なラインで描かれる独自のスタイルによって、タトゥーの世界の中で新たな価値観を見出してきた存在でもある彼は、ファッション業界などからも高い支持を得ており、これまで様々なブランドともコラボレーションをを果たしてきています。今回の対談ではタトゥーアーティストになる以前の、今の活躍に繋がる彼のルーツなども深掘りし、彼自身のファッション観、あるいは現在のファッションシーンに対する考えなども大いに語っていただきました。

Interview by KOGI “Poggy” Motofumi|Photographs & Text by OMAE Kiwamu

タトゥーは個人を表現するアーティスティックなクリエイション

POGGY まずはWooの生い立ちから聞かせてください。

Dr. Woo 両親は台湾からの移民なんだけど、僕はLAで生まれ育ったんだ。住んでいたエリアは決して治安が良いところではなくて、学校の友人は白人やメキシコ人が多かったよ。家に帰れば台湾人の両親との世界だけど、家を一歩出ればまったく違う世界を生きている感じだった。両親が厳しかった反動もあって、僕は少し反抗的な子供だった。学校が終わると、友達とスケートをしたりパンクロックミュージックを聴いたり、グラフィティを覚えたり。その後スケートショップで働くようになって、そのマネージャーもするようになった。90年代のことだね。

POGGY Wooの好きなスケーターやスケートブランドは?

Dr. Woo 沢山いるよ。Geoff Rowley(ジェフ・ロウリー)は大好きなスケーターの1人だし、Eric Koston(エリック・コストン)、Mark Gonzales(マーク・ゴンザレス)もそう。当時、影響を受けたブランドというと、Innes(イネス)やiPath(アイパス)とかだね。90年代を生きてきた僕としてはBakerboys(ベイカーボーイズ)のDustin Dollin(ダスティン・ドリン)とかBraydon Szafranski(ブレイドン・スザフランスキー)とかAndrew Reynolds(アンドリュー・レイノルズ)もクールな存在だった。あとはFlip(フリップ)のメンバーだと、ジェフ・ロウリー以外にも、Mark Appleyard(マーク・アップルヤード)やAli Boulala(アリ・ボウララ)。彼らはファッショナブルでスタイリッシュだったけど、ただ彼らのファッションに興味があったわけではなかった。あとはSupreme(シュプリーム)のチームとかZOO YORK(ズー・ヨーク)とか東海岸の人たちはLAとはまったく違った雰囲気があったね。Larry Clark(ラリー・クラーク)の映画『KIDS』からも大きな影響を受けたな。あとは、Marc Johnson(マーク・ジョンソン)とかHeath Kirchart(ヒース・カーチャート)とか。みんなクールなスタイルの持ち主で、僕のファッションにも大きな影響を与えてるよ。

POGGY Matt Hensley(マット・ヘンズリー)は、世代的にはちょっと上かな?

Dr. Woo 少し上だけど、僕が好きだったイネスは彼のブランドだね。マット・ヘンズリーもとってもクールで好きだった。彼はFlogging Molly(フロッギング・モリー)っていうバンドでアコーディオンも弾いていたよね。他にもTommy Guerrero(トミー・ゲレロ)やRay Barbee(レイ・バービー)、Danny Way(ダニー・ウェイ)、John Cardiel(ジョン・カーディエル)なんかも好きだね。

POGGY やっぱりたくさん、名前が出てくるね。その後、スケートショップでの仕事はどうなったの?

Dr. Woo スケートショップで働いていた時の師匠が、有名なロックバンドのメンバーだった人で。彼はDJもやっていて、ファッションも大好きだったんだ。なかでもデニムが大好きだったから、CHAOSっていうスケートショップをHALOっていう名前に変えて、西海岸で初めてプレミアムデニムを扱うブティックを始めたんだ。あと、スケートショップで働いていた頃から、自分のブランドを持ちたいとも思っていて、仲間と服を作ったり、靴をカスタマイズしたりするようにもなった。20代前半の頃には、ハンドペイントした帽子なんかをFred Segal(フレッド・シーガル)に卸したりもしていたんだ。当時は自分のブランドを運営するのはすごく大変で、金銭的な援助やショールームなんかも必要だった。スケートショップがブティックに変わってからも自分のブランドも続けていて、一時はすごく順調だった。でも経営が大変で、徐々にお金も続かなくなっていったんだ。

POGGY そこから、どうやってタトゥーアーティストに転身することに?

Dr. Woo 子どもの頃からタトゥーを入れまくっていて、11、12歳の頃から自分でもタトゥーを彫っていたんだ。両親は保守的なアジア人だから、息子がタトゥーアーティストになるなんて望んでいなかったし、そもそもタトゥーを入れること自体大反対だったんだけど。だから、タトゥーは昔から好きだったけど、まさか自分でやるとは思っていなかった。そんな僕がなぜやることになったかというと、僕がタトゥーを入れてもらっていたタトゥーアーティストが、Mark Mahoney(マーク・マホーニー)というとても有名な人で、彼は僕にタトゥーを教えたがっていたんだ。それって、自分は医者にはなりたくないけど、どこか有名な医大がタダで医者にさせてくれるって言ってるのと同じことじゃないか?って思って。それなら誰でもやるよね、とファッションの仕事を辞めて、彼の弟子になったというわけ。今から12年ぐらい前のことだね。

POGGY 今のスーツスタイルを形作ったとも言われているウィンザー公(エドワード8世)は、実は日本に刺青を入れに来ていたというのを何かで読んで驚いたことがあって。昔からファッションとタトゥーは密接な関係にあると思うんだけど、Wooはどう思う?

Dr. Woo ファッションとタトゥーの関係については、色んな人によく聞かれるんだよね。タトゥーアーティストはサブカルチャーの側にいて、一般社会の外にいる人たちだと思う。そういう人たちって往々にして独自のスタイルを持っている。バイカー、ロックンローラー、スケーターしかり。ファッションはその人を表すものだし、気持ちを表すものでもある。タトゥーも同じで、タトゥーを見れば、その人がどういう人なのか大体わかるでしょ。何に興味があるのかとか。だからタトゥーとファッションは切っても切れない不思議な関係があるのかもしれないね。中には、ファッションとかスタイルとは関係なく、もっと深い、象徴的な意味をタトゥーに求める人もいるかもしれないけど。でも最終的にはタトゥーもファッションも個人を表現するアーティスティックなクリエイションだと思う。

POGGY 今ではセレブをはじめ数多くの顧客を持つ、Wooの独特な繊細なタトゥースタイルはどうやって生まれたの?

Dr. Woo 僕の師匠のマークが教えてくれたスタイルがシングルニードルという手法で、彼はその手法の第一人者なんだ。そもそもはLAが発祥で、チカーノギャングが作り上げたプリズン(刑務所)スタイルのテクニック。細い線で、色がなくて、黒とグレーで彫る。それが刑務所の外で進化していって、人気になった。でも、モチーフやデザインは常に宗教的だったり、ギャングと関連性のあるものだったり。僕の場合は、もちろん最初はそういうモチーフも扱ったけど、時間が経つに連れて変化していったんだ。お客さんに頼まれてJean Prouve(ジャン・プルーヴェ)の椅子とか、とても細かく描写した一輪の花とかを彫ったりもするようになった。それから、細いラインで、細かいディテールのシングルニードルという自分のスタイルを徐々に確立していったんだ。僕のお客さんは、必ずしもたくさんのタトゥーを入れたがるわけではなくて、小さくてもひとつ特別なタトゥーを入れて、普段はそれを隠しているような人も多かった。だから、僕のスタイルは初めてでも、比較的親しみやすいと思う。タトゥーといっても決して派手なものではなくて、細かいディテールや美しさが詰まった魅力あるタトゥーを紹介することが出来たと自負しているよ。
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