あなたのクルマ 見せてください 第9回 特別欧州篇
第9回 特別欧州篇 レナート・ベルガミン氏×アウディA3スポーツバック
ある熟年スイス人研究者のクルマ遍歴
イタリアとスイスの“普通のクルマ好き”をたずねる「あなたのクルマ見せてください 欧州特別篇」第2回は、スイスで彫刻家の研究・著述をおこなうレナート氏を訪問。彼がライフスタイルから導き出した、クルマにたいするかんがえかた、そして強いこだわりをうかがった。
Text & Photographs by Akio Lorenzo OYA
利便性を実感してこだわった5ドア
レナート・ベルガミン氏(53歳)は、20世紀スイスを代表する彫刻家アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)の研究家である。住まいは、ヨハンナ・シュピリ作『アルプスの少女ハイジ』の劇中でハイジの親友クララが療養に訪れる、スイス東部の高級温泉保養地バート・ラガッツにある。写真は、少し前ベルガミン氏が手に入れたアウディ「A3 スポーツバック」と、以前所有していたフォルクスワーゲン「パサート 4モーション」、そして20年ほど前、彼自らがディレクションして建てた邸宅である。レナート氏の語りからは、知的職業に就くスイス人のライフスタイルとクルマ観を垣間みることができる。
──テールゲートのあるクルマがお好きと見ました。
33歳のとき、当時教鞭をとっていた高校で長期休暇をとって、ボクがイタリアの大学で夏期語学コースを受講するため、約3か月間家族で現地滞在することを決めたんです。長期間だからホテルじゃなく、貸しアパート住まい。何もかも持ってゆかなければならない。そのうえ息子と娘もまだ小さかったので、日頃のおもちゃを全部持って行く必要があった(笑)。
そのとき当時乗っていた3代め「ゴルフ ヴァリアント」は積載能力抜群で、家族4人分のモノをすべて呑み込んでくれたんです。大学では語学のほかに映画製作のコースも受講しました。サンルーフがあったので、急遽ビデオカメラをニョキッと出すのに撮影車として使われたのも、いい思い出ですね。
──それがワゴン車ファンになるきっかけだったわけですね。
ゴルフ ヴァリアントは10年近く乗りました。そろそろ買い替えようか、ということになって探していたら、ちょうどディーラーに、程度のよいパサート 4モーションのユーズドカーがあったんです。そのころ、山小屋を手に入れたこともあって、通う足にもいいと思って、それまでの人生で一番高いクルマだったけど思い切って買いました。2008年だったかな。V型5気筒のガソリン、マニュアル仕様。
ほかの欧州諸国ではディーゼルがポピュラーですが、スイスで軽油は環境保護政策として価格がガソリンより高く設定されているから、ガソリンのほうがベターなんです。マニュアル仕様にしたのは、息子のことを考えて。あと数年で18歳、免許を取得する頃だったから。最初からオーテマティック車に慣れさせてしまうと、なにかと困るのでね。
──「教育的観点からマニュアル」というわけですね。たしかに、欧州ではいまだ空港でいきなりレンタカーを借りようと思っても、マニュアル車ばかりですからね。
でも、ヴァカンス先の海岸の砂浜で、子供が掘った穴にはまって、左足をくじいて真っ赤に腫れ上がったときは、ATが欲しくなりましたよ(笑)。
第9回 特別欧州篇 レナート・ベルガミン氏×アウディA3スポーツバック
ある熟年スイス人研究者のクルマ遍歴 (2)
クルマも建築もこだわると楽しい
──いまはシーケンシャルシフト付きのアウディ A3スポーツバックですね。しかしながら、ずっとドイツ車の理由は?
家族を、いつでもどこでも安全に運ぶ責任があるから。まあ、イギリスに行ったときはジャガー「Sタイプ」、少し前アメリカに行ったときは最新のフォード「マスタング」と、ときどきコテコテの現地もので“浮気”をしていますけどね。
A3にした理由? 息子も兵役に行って、娘も自分で行動する時間が増えて、妻と2人になったときに「もうそんな大きなクルマは要らないな」と思ったんです。そのうえ、スイスの道路は雪が降っても除雪がすぐにおこなわれるから2駆でも充分なことを悟ったんです。山小屋行きも、よほど困ったら、ゴムチェーンを履けばいいと割り切りました。
──スイス流“子供が巣立ってからのクルマ選び”というわけですか。しかしながらツートーンの内装色をはじめ、なかなかレアな色づかいです。
いまやヨーロッパでは、ディーラーに並んでいる走行距離ゼロの認定中古車を買うのが一般的です。でも納期が掛かってもいいから、内装や装備にこだわったんです。
思えば20年前に家を建てたときも、研究しているジャコメッティとおなじ20世紀現代美術のエッセンスをふんだんに盛り込むよう、建築家と徹底的に詰めた。クルマも、そうしてみると結構楽しいことがわかりました。
第9回 特別欧州篇 レナート・ベルガミン氏×アウディA3スポーツバック
ある熟年スイス人研究者のクルマ遍歴 (3)
心地いいヴァカンスにカーナビは必要ない
──あれ、ここまで立派な仕様にしながら、ダッシュボードにカーナビゲーションが付いていないんですけど。
純正ナビはスイスでかなり高価だったから。そもそも、わが家にカーナビは不要なんです。
──その心は?
毎年ヴァカンスは、どう過ごすかを、すべて決めているからです。イタリアのトスカーナまでアウトバーンとアウトストラーダを使って8時間かけて走ってゆき、毎年おなじビーチで1週間ちょっと、のんびり過ごす。
そのあいだに、毎年おなじワイナリーで、冬のあいだに飲むワインを手に入れる。泊まるのはこれまた毎年おなじホテルの、それもおなじ部屋。すべてが慣れしたんだところだから。これが心地いいんです。
ただし少し前、夕暮れのなか、森を迷っているうち、危うく小川に突っ込みそうになりました。車内には家族の大ブーイングが響きましたよ。でも私の頭のなか以上頼れる地図はありませんから、カーナビは絶対買いません(笑)。