フォルクスワーゲンの未来のクルマづくり|Volkswagen
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2015年1月15日

フォルクスワーゲンの未来のクルマづくり|Volkswagen

Volkswagen Group|フォルクスワーゲン グループ

ドイツが目指す持続可能なエネルギー

フォルクスワーゲンの未来のクルマづくり

フォルクスワーゲン グループが、持続可能なエネルギーへの取り組みを加速させている。その方向性は、技術的にもビジネス面においても合理的なソリューションとされる。NEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の招きで来日した、同グループのシュタイガー博士にその説明をうけた大谷達也氏は、ドイツの総合的なビジョンに感服するとともに日本の状況へ危機感をも抱いたという。

Text by OTANI Tatsuya

「EVはシティコミューター、FCVが次世代の本命」は世界の潮流か

日本を中心に次世代自動車について取材していると、日本の自動車メーカーが発信する「航続距離が短く、充電に長い時間がかかる電気自動車(EV)の使用目的は将来も限定的なものにとどまり、次世代自動車では燃料電池を動力源としたものが主流になる」という主張ばかり目について、なんとなくこれが世界の潮流であるようにおもえてしまう。

そうした観点に立つと、ようやくEVやプラグインハイブリッド(PHEV)に取り組み始めたばかりで、あまり燃料電池車(FCV)を熱心に開発しているとはおもえないヨーロッパ系メーカーのことが心配になってくる。

けれども、フォルクスワーゲンで将来技術の広報活動を担当するウルフガング・シュタイガー博士は、ドイツ系メーカーがEVやPHEVに軸足を置いている背景には明確な理由があり、少なくともヨーロッパにおいてはEVが次世代自動車の主流になると主張する。反対にFCVはニッチマーケットに留まるだろうというのが、シュタイガー博士の予測だ。

Prof. Dr. Wolfgang Steiger

なぜ、日本とドイツで次世代自動車の考え方はこうもちがっているのか? シュタイガー博士の話を聞いていてかんじたのは、次世代自動車でも日本の産業界や市場がガラパゴス化しかねないという、ある種の危機感だった。

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ドイツが目指す持続可能なエネルギー

フォルクスワーゲンの未来のクルマづくり (2)

バッテリーの進化が変化をもたらす

「2022年もしくは2023年には航続距離400km以上のEVが商品化されます」

シュタイガー博士は議論の冒頭でそう述べた。現在、市場に出ているEVの航続距離は走り方などにもよるが、せいぜい160-170km程度。その倍以上の航続距離をもつEVが10年と待たずに発売されるとの言葉は、短い航続距離がアキレス腱となっていたEVにとって大きな福音となる。

もっとも、航続距離の拡大が急務とされていながら、これまで年に10パーセント程度しか改善されてこなかったことを考えると、シュタイガー博士の発言はやや唐突のようにもおもえるが、もちろんこれにはしっかりとした裏付けがあった。

「まもなく第3世代のバッテリーが登場します。従来のバッテリーよりもエネルギー密度が高く、既存のEVのバッテリーをこれに交換するだけで航続距離は200-250kmまで伸びます。さらに、2022-2023年には専用プラットフォームをもつEVを発売する見通しですが、そうすれば重量増を抑えながらより多くのバッテリーを積むことが可能になり、400kmの航続距離を実現できるようになります」

Roadmap for high energy battery

Volkswagen e-up!

これで心配になるのがコストと充電時間だが、第3世代バッテリーのコストはむしろ従来型より安くなっているというので、たとえ航続距離が400kmを越えるとしても、「従来のEVの倍」なんて値付けにはならないだろう。しかもエミッションフリーで、ガソリンよりも圧倒的に安い“電気”を燃料にするとなれば、商品性はきわめて高いと考えられる。

また、EVで心配になる充電時間について、シュタイガー博士は「急速充電をもちいれば30分の充電で400kmほど走行できる」と語っていた。

つまり、かりに東京から岡山までEVで移動するとして、東名、新東名、伊勢湾岸道、東名阪と進んで三重県の御在所サービスエリア(東京から約370km)内の急速充電所で30分間のチャージをおこない、ついでにランチも済ませて出発すれば、残り300kmを楽々走りきり、出発から9時間で岡山市内に到着できる、というわけだ。これ以上、長い航続距離を求めるユーザーがどれだけいるだろうか?

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フォルクスワーゲンの未来のクルマづくり (3)

経済的にもメリットがあること

さて、航続距離が長く価格も手頃なEVが登場したとして、これに電力を供給する発電所が石炭や石油を燃やしているようでは環境に優しいとは言いがたいし、発電コストもそれなりにかかってしまう。やはり理想はCO2を発生しない再生可能エネルギーによる発電。それでいてコストも安ければいうことはない。

ところが、シュタイガー博士によれば、ドイツでは発電を全面的に再生可能エネルギーに切り替える試算がすでに終わっており、これを実践すれば実質的にコストゼロで電力が手に入るようになるという。

「最初の10年間は発電所の建設に900億ユーロ(約13兆円)の投資が必要となりますが、その後の10年間では500億ユーロ(約7兆円)が戻ってきて、2030年までには1,800億ユーロ(約25兆円)が戻ってきます」

残念ながらシュタイガー博士のコメントでは、このプロジェクトをいつスタートさせる(た?)のかが不明確だが、それでも、30年ほどのスパンで見たときに初期投資の3倍以上の売り上げが見込めるのであれば、事業性はじゅうぶんにあるといえる。

Audi A3 g-tron

Audi e-gas plant

既存インフラでコストコンシャスを徹底

教授はこうも主張していた。

「電力のネットワークはすでにドイツ中に完備しています。また、アウディは再生可能エネルギーで発電された余剰電力を利用してメタンガスを生成し、これを天然ガスの供給ネットワークに送り込む実験をおこなっています。その変換効率は75パーセントとじゅうぶんに高いものですが、こちらもネットワークはドイツ中に張り巡らされているほか、ドイツ国内の2ヶ月分の需要をまかなえるほどの備蓄施設もあります。いずれにしても、再生可能なエネルギーで発電した電力、もしくはこの電力から生み出された天然ガスをドイツ全国に供給するインフラはすでにできあがっているので、必要となるコストはゼロです」

「いっぽう、燃料電池車(FCV)の燃料となる水素の供給ネットワークはまだありません。これにたいし、ドイツ政府は『水素の供給ネットワークを建設するという名目で無駄づかいをおこなうことは1ユーロたりとも許さない』という姿勢を明確にしています。また、FCVはその心臓部であるスタックを製造するには多量の貴金属をもちいなければならないほか、車載の高圧ガスタンクにも高度な技術が必要で、どちらもFCVのコストを引き上げる大きな要因になっています」

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フォルクスワーゲンの未来のクルマづくり (4)

いまが議論すべき時期ではないか

「以上の点を考えると、少なくともヨーロッパ域内ではEVが主流で、FCVはあくまでもニッチマーケット向けの製品になると考えられます。もちろん、日本は島国ですから、ヨーロッパとはまた状況がことなり、FCVが普及するかもしれません。ただし、ヨーロッパではそうならないというのが、われわれの予測です」

わたしは、ここでEVとFCVのどちらが優れているかについて議論するつもりはない。ましてや、日本の技術者とヨーロッパの技術者の優劣について語るつもりもない。

とはいえ、日本の官公庁やメーカーがFCVに取り組んでいる隙にヨーロッパはEVの技術開発を強力に推し進め、気がつけば、世界的に主流となっているEVの商品性で日本が大きく遅れをとっていた、という事態が起きないとも限らない。つまり、日本の市場と産業界のガラパゴス化である。

現時点でいえば、モーター、バッテリー、制御技術などで日本は欧米をリードしているといわれているが、市場の動向を見誤り、もともと有していた技術的アドバンテージを生かし切れずに産業が衰退していった例は、家電や携帯電話、スマホなど、枚挙に暇がない。次世代自動車についても、各国の動向をしっかりと見極め、日本の産業界としてどう対応するかを議論すべき時期がきていることはまちがいないようだ。

           
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