雪上で知るアウディ クワトロ|Audi
Audi driving experience|アウディ ドライビング エクスペリエンス
雪上で知る アウディ クワトロ
アウディ クワトロとはなにかを知るべく、OPENERS編集部員 鈴木は「アウディ ドライビング エクスペリエンス」に参加した。
Text by SUZUKI Fumihiko(OPENERS)
僕が士別に行ったワケ
温度計がマイナス21℃をしめしていた旭川空港をあとにして、北へ向かう。2012年もそろそろ終わりというある日の朝のことだ。僕は氷点下28.7℃を記録したばかりという地を目指していた。日本で、もっとも寒い、一面真っ白の世界へ行ったのは、そこで迎えてくれるであろう、アウディの「クワトロ」モデルに乗るためだった。
こういった環境での高性能車の運転経験は、しかし、対象となるクルマをよりよく知ると同時に、運転そのものを学ぶのにも、またとない機会になるのだから、参加できるならば参加しない手はない。日常的な環境ならば、大きな危険を伴うようなことを、専門家の指導のもと安全におこなうことで、クルマのできること、できないことを身をもって知る。その経験は日常の運転においても、不足の事態がおこってしまわないようにするために、あるいは単に快適な運転のために、少なからず役に立つ、はずだ。
Audi driving experience|アウディ ドライビング エクスペリエンス
雪上で知る アウディ クワトロ(2)
クワトロの歴史
士別で僕が何をしたのかを話すまえに、アウディの「クワトロ」について、ここで簡単におさらいしたい。
クルマの、とりわけ高級高性能車のハイパワー化がすすむ現在、4WDという駆動方式の採用は、おおくのブランドにとって重要な選択肢になっている。余裕あるパワーを4輪につたえれば、それだけクルマの力を効率的に使用しやすく、クルマは安定しやすいからだ。しかし、そういった現代の常識は、かつて常識などではなかった。この4WD化という傾向に先鞭をつけ、その技術において先駆的な存在がアウディである、というのがアウディの主張だ。
現在ではアウディの4WDの総称である、「クワトロ」の名をもつクルマが最初に世に出たのは、1980年。こんにち、「Ur-クワトロ」などともよばれる「アウディ クワトロ」が、その年のジュネーブモーターショーでワールドプレミアをかざり、同年後半には市販化された。1981年には、ハンヌ・ミッコラと、ミシェル・ムートンというドライバーが、このクワトロをチューニングした競技車両を駆って、世界ラリー選手権(WRC)に参戦。複雑な機構を擁し、100kg程度の重量増となる4WDシステムは、クロスカントリービークルならばいざしらず、速さを競う車両には向かない、という当時の下馬評をくつがえして、圧倒的な勝利をアウディにもたらした。以来、WRCと4WDが切っても切り離せない関係になっているのは、あらためて強調するまでもないだろう。
この「クワトロ」には、さらに先祖がいるという。それが、フォルクスワーゲンの「イルティス」という1978年の軍用車両だ。実際はこの「イルティス」、アウディが開発を請け負っていたそうなのだけれど、ちょうどその頃、アウディの技術担当責任者の席にすわっていたのは、ポルシェからやってきたフェルディナント・ピエヒで、走行安定性の高い乗用車を模索していた彼に、「イルティス」のテストチームが、4WDを採用してはどうかと持ちかけたのが、そもそも「クワトロ」の出発点だという。
かくなる歴史をもつ、乗用車としての、あるいはスポーツカーとしての4WD機構「クワトロ」。
それからおよそ30年の時を経て磨き上げられた、こんにちの乗用車に採用されるそれは、クルマに乗る前の説明によれば、センターディファレンシャルにリミテッドスリップデフ機能が採り入れられているため、たとえば、前輪の片側が空転した場合、後輪に力が伝わるように、という具合で、最適なトルク配分を実現しているという。
もちろん、それだけに「クワトロ」の美点が終始する、などということではないだろう。しかし、なにぶん30年の歴史である。そんなに簡単に説明できるようなものでもないということなのか、「今日は、よりよくクワトロが味わえるようなプログラムを用意したので、あとは乗ってみて欲しい」とのことだった。
はたして僕なんかで何かがわかるのだろうか。一抹の不安を胸に、いざ、クルマに乗ってみようではないか。
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雪上で知る アウディ クワトロ(3)
いざクワトロ入門
圧雪路の上を「S8」でぶっ飛ばす。目の前のパイロンをかわしてブレーキ……
なんたることか。アスファルトの上とかわらないではないか。この程度では、クワトロはびくともしない。
ならばとばかりに、つづいて、スケートリンクにでもなりそうな氷の上へ。今度はタイヤがすべって、まるでクルマが進まない。
しかしこれは僕が悪かったことを知る。
あまりにクルマがツルツルとすべるので、ほんのちょっとアクセルペダルを踏んでははなし、などという操作をしていたのだ。もっとしっかりとアクセルを踏み、クルマに力を与えてやりながら、いきたい方にハンドルを切るべきだった。
そうすれば、ゆっくりとではあるけれど、クルマはいきたい方へと進んでくれて、やがては氷上から脱出する。つまり、じたばたせずに、アウディにお任せしてしまえばよかったのだ。
クルマを降りて、外から他のドライバーがおなじことをしているさまをみると、何がおこっていたのかがよく分かった。4つのタイヤがてんでバラバラに動き、わずかでも路面とのコンタクトをとらまえたタイヤが、クルマを前に進める。なるほど、これが「クワトロ」なのだろうか。
クワトロに乗るもの、翻弄されるもの
わかったような気分になって、次のプログラムへ。ここにきて、ついにクワトロというものと、本当に向き合うことになった、と僕はそう感じた。
電子制御を可能なかぎり切って、雪の斜面をスラロームで駆け上がり、頂上でUターンして、また駆け下りる、というのが、次のプログラムだったのだ。これは大変に難しい。先ほどの圧雪路走行が、いかに電子制御の優しさに甘えていたかを痛感した。路面となる雪の斜面は、どこが滑って、どこが滑らないのかは、パッと見にはほとんど分からないし、その上をクルマが走ればそのたびごとに、気温が上下すればそのたびごとに、こまかく条件を変える。
クルマの挙動は前述の説明どおりだった。エンジンの力がまず導かれる、差動制限装置的な役割を果たすというセンターディファレンシャルは、前輪がすべれば、空転する前輪に力を注ぎ込むような無駄なことはせず、そのぶんの力を後輪へとわたす。すると後輪の力が大きくなりすぎて、後輪がすべりはじめ、スピンの体勢に。それを制御しようと、ハンドルを切り、アクセルを緩めれば、今度は前輪がグリップを回復し、ふたたび前輪へとつたわったエンジンの力をもって、クルマはあらぬ方向へと向かおうとする。あわててハンドルを切って、アクセルを操作し、そしてまた前輪がすべって……と、これではまるで独り相撲である。せわしなく右に左にハンドルを切り、アクセルを踏んでは緩め、どうにかこうにか前に進んでいく。そして、「よし、なんとか走っているぞ」と調子にのれば、先程までは、正面に見えていた景色が、バックミラーに……つまりスピンの憂き目にあう。
これでは埒があかない。お手本を知りたいとおもい、インストラクターのクルマに同乗させてもらった。インストラクター氏はクワトロを見事に操りこなし、ある時は後輪をすべらせ、またあるときは前輪によってクルマを引っ張りあげ、と変幻自在に4輪を使って、信じられないような速度で斜面をかけあがり、また駆け下りた。
その操縦は、まったくのんびりとしたもので、また、同乗していてもスイスイとクルマが走るだけで、何も複雑なことなどおきていないようにおもえる。クワトロを使いこなす者とクワトロに翻弄される者。この差はどこから来るのだろう。クルマを乗り換え乗り換え、試行錯誤するうちに、ひとつの答えに行き着いた。
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雪上で知る アウディ クワトロ(4)
クワトロの道は一日にしてならず
僕が得た答えはこうだ。僕は何もかもが遅いのである。だから、うまく走れないのだ。
クルマが右に曲がっているときには、もう左に曲がるための姿勢をつくっておく。それができたら今度は直線を加速するための姿勢をつくりはじめる。という具合に1つ先、2つ先の準備を、手前からはじめることが、どうやらすべりやすい路面でクワトロを扱いこなすコツのようだ。
はやめはやめに行動していれば、クルマにも人にも余裕が生まれる。そして、ちょうどいいタイミングにちょうどいい操作ができるようになってくる。路面が凍っていて前輪がすべるなどといった事態がおきても、対応できるようになるし、また、その対応にしても、どう走りたいかのイメージがあれば、何をすればいいのかがわかる。
もうひとつ大事なのが、我慢だ。余裕ができたからといって、もっと速く走ろうなどと、アクセルを急に踏み込んだりするのは、クルマの挙動をみだすだけでかえって遅くなる。ハンドル操作にしても、急激な操作こそが、もっともやってはいけないことだと知る。
ハンドルとアクセル、そしてブレーキという、たった3つの装置で、4輪を操っていると感じられたときの達成感は、ちょっと筆舌に尽くせないものがある。
とはいえ、結局、日が暮れるまで頑張ってみたものの、そんな達成感を味わえたのはごく一瞬だった。
実はこの日は、アウディアンバサダーであるプロゴルファー 上田桃子さんも、おなじプログラムを、僕らよりも短い時間だけれど、受講していた。
一日の最後に、彼女に話を聞いてみると、ゴルフとクルマの運転は似ているという。曰く「視野を狭くとってはダメだし、りきまず、リラックスしたときのほうがうまく運転ができる。また、我慢するところは我慢して、動きにメリハリをつける。こういったところはゴルフもクルマの運転も似ている」とのことだ。
聞けば、初体験にして、大胆に雪上で「S5」を操ったのだという。さすがはプロのアスリートである。そして、クルマの運転は、やはりスポーツなのだな、とおもった。練習なくして上達なし。
僕のようなスポーツ音痴が、雪の上でクワトロを乗りこなすまでの道はまだまだ長いということを知ったのは、収穫だった。ゆっくりと繊細に、先を見越して操作する──士別で得た教訓を糧に、さっそく普段の運転も、ちょっとまじめに取り組んでいる次第だ。今度は、もう少し上手く操れていることを夢見ながら。