新旧911比較試乗―青木禎之篇
Porshe 911|ポルシェ 911
新旧911比較試乗
ポルシェ911の7代目、991型がついに日本の公道にもデビューした。OPENERSではこの7代目と、7代目の登場によってついに先代となった997型を用意。比較試乗をおこなった。その第一弾は青木禎之氏による、徹底分析だ。
Text by AOKI Yoshiyuki
Photographs by ARAKAWA Masayuki
ニューコークはださない
早朝、待ち合わせの場所に赴くと、2台のポルシェ911が縦に並んでいた。『OPENERS』編集部が、モデル997と991、新旧2台の911を用意してくれたのだ。
念のため確認しておくと、数字の大きな997が先代、991があたらしい911である。997やら991、911とまぎらわしいこと甚だしいうえ、なぜに数字が若くなっているかというと、世界中のニューモデルウォッチャーからニュー911の機密を守るためだったという。ロッキードのステルス戦闘機に、F18につづくF19やF20ではなくF117と、かつてのセンチュリーシリーズで使われた100番台の数字を与えたようなもの……と説明するとますます話がややこしくなるが、いまや「ポルシェ911」は単なる1車種というより社会的なアイコンのひとつとなっているから、それくらいの気使いは必要だったのだろう。なお、タイプ997はしばらく販売が継続されるから厳密には旧型ではないが、今後、続ぞくとリリースされる991のバリエーションに、順次、置き換えられていくはずだ。
さて、新型911である。タイプ991となった911は、ホールベースが延びてトレッドが広がり、全高がやや低くなった。一見、デザイン上は先代モデルと変わりばえしないようだが、そこは21世紀のナインイレブン。大幅な性能向上を予感させるかのような独特のオーラを発散させおり、見分けるのは簡単……と書きたいところだが、それは職業的な見栄である。実際のところポルシェファン、というより911フリークでもないと、瞬時に新旧を見分けるのは難しいのではないか。今回の試乗車が2台ともメタリックグレー(997がメテオグレーメタリック、991がアゲートグレーメタリック)という地味めなペイントなのも、識別を困難にしている。
せっかくのニューモデルなのに、どうしてこんなにそっくりなのか? マーケティング通を気取って答えるなら、ポルシェは「ニューコークを出すわけにいかない」からだ。
911という存在
最新ポルシェ911のデビューは、2011年9月のフランクフルトモーターショー。世界中の911好きたちは、新旧の比較に目を皿のようにし、友だちと口角泡を飛ばして議論をし、ニューモデルについてブログに書き、twitterでつぶやきをブツけ合い、そして懐に余裕がある幸福な潜在顧客の方々は、スペック表と仕様一覧を穴が開くほど検討し、あたらしいボディバリエーションに興奮し、特別仕様車のウワサに神経をとがらせ、ニュー911「買いどき」のタイミングを掴もうと胃が痛む思いをしている(いずれもちょっと大袈裟)。
では世のユーザーたちは、ポルシェ社の戦略に沿って掌の上で躍らされるだけの存在かというと、そんなことはない。ポルシェ自身も、マーケットに強く束縛されるからだ。「911」の存在がポルシェ社の手を離れ、クルマ好き共通の財産、消費者の、市場のモノとなって久しい。
1997年に先々代の996が登場したとき、911ユーザー(中古の911を物色するマニアではなく、新車で購入する顧客たち)にとってガマンならなかったのは、エンジンの水冷化ではなく、大きくカタチを変えたヘッドランプだった。そこでポルシェ社は、996のマイナーチェンジ時に早々とヘッドランプのデザインを変え、次のモデル997では再び丸目に戻した。正しい判断だった。プロダクトに対する消費者の思い入れが強いほど、裏切られたときの反発は激しい。コークの風味を変えたニューコークを“発売してしまった”コカコーラの失敗を、シュトゥットガルトの自動車メーカーは繰り返さなかった。
ポルシェは、いまや純然たるスポーツカーメーカーというより、「スポーツ」を金看板にしたラグジュアリーブランドだから、逆説的に、これまで以上に固定化された「911」のイメージを遵守する必要がある。経営危機に陥った1980年代末から90年初頭におこなったはじめての戦略的なセルフコピー、少々不器用だった「タイプ930から964への移行」と比較すると、今回のモデルチェンジは「ホイールベースの100mm延長」という、これまでにない根本的なディメンションの変更を敢行しながら、一方で、驚くほど外観のイメージ変化を少なく感じさせることに成功している。20年余の歳月を経て、964時代には挑戦だった4WDシステムを自家薬籠中のものにし、モデルチェンジそのものにもすっかり慣れたということだろう。
Porshe 911|ポルシェ 911
新旧911比較試乗(2)
911、いまだ余裕あり
ニューポルシェ911の車体寸法は、全長×全幅×全高=4,491×1,808×1,295mm。2,450mmと100mm長いホイールベースを与えられたにもかかわらず、全長の伸びは56mmに抑えられた。車高は15mmほど低くなっており、そのぶん、新型はサイドウィンドウの天地が狭い。ボディ関係では重い部材となる、ガラスの使用量を減らせたはずだ。
「重い」と言えば、モデル991は、フード、フロントフェンダー、ドア、そしてエンジンリッドなど、全体の44%をアルミ化して、燃費、環境性能向上に不可欠な、ボディの軽量化に努めている。テスト車のカレラS(7AT/PDK)の車検証記載値は、1,450kg。同行した997カレラ(6MT)のそれが1,460kgだから、ペーパー上だけでなく、日本仕様の実車でも軽くなっている。
新型はフロントのトレッドが、カレラSで52mm、カレラで46mm拡大された。トレッドの拡大幅以上にヘッドライトの左右間隔が広げられ、その結果、車幅は変わらないのに、より広く、低く、平べったく見える。もっとも大きく変わったのが後ろ姿で、リアのコンビネーションランプの位置が高くなり、天地に薄く鋭角的な造形となった。「ちょっとアストン・マーティンっぽい……」というはバチ当たりな感想で、ココはもちろん、「21世紀のスーパーカー、カレラGTのイメージを引用している」と言わなければいけない。
「ポルシェ911」という鋳型の中で、デザイナーたちが「頑張ったなァ」と感心するのが細部へのこだわりである。ヘッドランプカバーは凸状に丸みを帯び、フェンダーの峰にはわずかに折り目(!?)が付いた。
リアライト中央寄りの外縁、ヘラで削ったような処理も“いま”っぽい。リアフェンダーは、なだらかに落ちる997と較べて、991では水平基調に横に伸びてストンと落ちるカタチになった。2台を並べて仔細に観察すると、991になって全体にメリハリがついた印象だ。
新型911のポテンシャルを暗示するのが、ホイールアーチとタイヤの隙間である。サイドビューでは、19インチを履いた997が“いっぱいいっぱい”な様子なのに、20インチを履いた991のホイールハウスは、まだ余裕がある。これからあらわれるライバルたちに備えているにちがいない。
華美にして定番のコックピット
インテリアは、ずいぶんと豪華になった。試乗車のカレラSには「革+アルカンタラ」という贅たくな素材が使われていることもあるが、前席左右を分かつように延びるセンター+トンネルコンソールの存在が大きい。カレラGTの、というより、パナメーラの意匠を911用に翻訳したもので、シフターまわりやボタン類にメッキが多用された絢爛たる操作系。新911の室内に、スポーツカー好きが好む「仕事場」といった雰囲気は皆無で、個人的には、大変失礼ながら、「ちょっとオバサンぽい」とおもった。チュートニックなストイックさを「911らしさ」と捉えていたマニアには違和感あるインテリアだが、これから伸びゆく市場を考慮すると、これくらいのわかりやすさが必要なのかもしれない。
機能面では、991ではドアポケットの蓋がなくなり、一方でボタン類を並べるコンソールがアームの上に設けられた。ドアミラーが三角窓からボディ側に移り、電動で畳めるオプションが出たこともニュースだ。
華美になったインテリアとは裏腹に、シートの座り心地は“いつもの”911。好き嫌いはあろうが、ヘッドレスト一体型の細身のシートにオシリと背中がキュッと挟まれると、「運転するぞ」と身が引き締まる。シートやミラーの位置を調整し、メーター類に目をやると、「エンジンを手動で始動してください」との文字。メーター内に表示される日本語の文字フォントがキレイになった! のはともかく、991には「オートスタート/ストップ機能」ことアイドリングストップ機能が採用されたのだった。左手を伸ばしてキーを捻り、3.8リッター水平対向エンジンに火を入れる。
Porshe 911|ポルシェ 911
新旧911比較試乗(3)
991走る
991カレラSのフラット6は、先代と同じ3.8リッター(294kW・400ps/7400rpm、440Nm/5600rpm)、カレラのそれは0.2リッター小さな3.4リッター(257kW・350ps/7400rpm、390Nm/5600rpm )である。いずれも7段MT(!)もしくは7段AT(PDK)と組み合わされる。先代と比較すると、カレラSの最高出力は15psアップして400psの大台に。新カレラは排気量こそ小さくなったが、ピークパワーの発生回転数を引き上げることで、5psアップを果たしている。最大トルクの発生回転数もやはり引き上げられ、旧3.6リッターと同等の390Nmを確保した。
メタリックグレーのカレラSで走りはじめると、これはもう「911」である。路面の情報を精緻に伝える足まわり。しかし過大な入力は、断固として撥ね返す剛健なボディ。室内は静かだが、なにか背後がザワついているリアエンジン車。ステアリングの重さが「かすかに人工的か」と感じさせたが、これは「新型からパワーアシストが電動になった」という予備知識のせいだろう。ふたつのクラッチ間でギアを受けわたしていくPDKは滑らかで、小刻みなストップ・アンド・ゴーも苦にしない。街中ではつぎつぎとシフトアップしていくので、ボクサーエンジンの回転数は、せいぜい3000rpmどまり。赤信号ではエンジンが止まり、アイドリングストップからの再始動もスムーズだ。
高速道路でギアのカバー範囲を確認すると、ロウで75km/h付近、セカンドでは……すでに100km/hを超えてしまう! 日本のポルシェオーナーがフルスケール使えるギアは、1速だけである。100km/hで巡航しながらシフターを「M」から「D」側に倒すと、回転数が、2速の6200rpmから4400rpm、3400rpm、2800rpm、2300rpmとスッパリ階段状に落ちていく。ショックはほとんど気にならない。ゆるゆるタコメーターの針が上下するトルコン式とは明確に異なり、「なるほどPDKだ」と再確認する。ちなみに、トップギア7速はいわゆる“燃費ギア”で、100km/hでの回転素はわずかに1600rpmである。
高速道路では「豪華なグランドツアラー」として運転者を満足させる991は、大きめの“曲がり”が続く山道でも痛快だ。カーブを一定の速度で回っていき、出口付近でリアタイヤにグッと駆動力を与える。爆発的な加速。コーナリング中に、ドライバーを中心にリアが外側を旋回していく感覚がリアエンジンスポーツで、おもわずステアリングホイールを握る手に力が入ってしまったりするのだが、もちろん、クルマの限界は遙か彼方にある。
乱れた挙動を安定させる「ポルシェ・スタビリティ・マネージメント」、コーナリング時に内輪にかすかなブレーキをかけて旋回を助ける「ポルシェ・トルク・ベクトリング」、前後のスタビライザーを制御してロールを抑える「ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール」、さらにはエンジンの揺動を抑制する「ダイナミック・エンジン・マウント」など、最新の911にはRRの悪癖を押さえ込む電子デバイスが盛りだくさんだが、それでもふとした瞬間に「エンジンがリアオーバーハングに積まれている」ことを意識させて、運転席にいる人間をちょっとばかり緊張させる……、911にファナティックなファンが生まれるゆえんである。
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新旧911比較試乗(4)
感動的オートマチックトランスミッション
ポルシェ911の性能が、一般的なドライバーの手が届かない所に行って久しいが、退屈とは無縁だ。センターコンソールの「SPORT」ボタンを押すと、エンジンレスポンスがアグレッシブになり、シフトスケジュールがスポーティに変更される。そのうえ「スポーツ・エキゾースト・システム」も連動して作動する。クルマ全体がさらに引き締まるばかりでなく、排気音が盛大にドライバーを鼓舞してくれる。
最新911たる991を山道で運転して、なによりたまげたのは、PDKのシフトスケジュールの的確さである。“曲がり”の手前で少々ハードにブレーキペダルを踏むと、「D」に入れたままでも「ここぞ!」というタイミングでギアを落とし、カーブを脱出したあとも、運転者の心を読むかのようにギアをキープしてくれる。ストレート。強力な加速。ブレーキング! カーブ手前の、胸のすくようなブリッピング!! 助手席のカメラマンともども、感嘆の声を挙げる。911はステアリングホイールの向こうにシフト用のパドルを備えるが、指を伸ばす必要が感じられなかった。
そして旧型たる997に乗り換えると……、カメラマンと顔を見合わせてしまった。なんというか、古い、のだ。テスト車は走行距離2000km余の新車。6MTのカレラなのでトランスミッションの比較はできないが、エンジンフィール、乗り心地、コーナリング前後の挙動……、新しい911をドライブした直後では、どこか、粗い。997は、いまだ第一級のスポーツカーで、十二分に速く、そのうえ動力性能と快適性を高い次元でバランスさせたクルマであることはまちがいないのだが……。
改めてあたらしい991を運転したときの第一印象を振り返ると、ポルシェ開発陣の底力に畏怖を覚える。ステアリングホイールを握って走り出してすぐ、991のドライブフィールを「伝統的に受け継がれた“911そのもの”」と感じたのだから。徹底的なリファインをほどこしながら、核心部分は変わっていないと実感させ、納得させるエンジニアリング。コークならぬ911の原液は、フルモデルチェンジのたびに漉されるが、なかに含まれる成分は変わらないということか。ポルシェとユーザー間の、踊り、踊らされる幸せな関係は、まだまだつづきそうだ。
Porsche 911 carrera S (type 991)|ポルシェ 911 カレラ S (991型)
ボディサイズ|全長4,491×全幅1,808×全高1,295mm
ホイールベース|2,450mm
トランスミッション|7段マニュアル(7段PDK)
車輛重量|1,395(1,415)kg
エンジン|3,800cc水平対向6気筒エンジン
最高出力|294kW(400ps)/7,400rpm
最大トルク|440Nm/5,600rpm
最高速度|304(302)km/h
0-100km加速|4.5(4.3)秒 スポーツクロノパッケージ設定時 4.1秒
燃費|9.5(8.7)ℓ/100km
CO2排出量|224(205)g/km
Porsche 911 carrera (type 997)|ポルシェ911 カレラ (997型)
ボディサイズ|全長4,435×全幅1,810×全高1,310mm
ホイールベース|2,350mm
トランスミッション|6段マニュアル(7段PDK)
車輛重量|1,460(1,490)kg
エンジン|3,613cc水平対向6気筒エンジン
最高出力|254kW(345ps)/6,500rpm
最大トルク|390Nm/4,400rpm
最高速度|289(287)km/h
0-100km加速|4.9(4.7)秒 スポーツクロノパッケージ設定時 4.5秒
燃費|10.3(9.8)ℓ/100km
CO2排出量|242(230)g/km
※括弧に閉じられている数値はPDKを装着した場合