ポルシェ 911試乗─渡辺敏史篇
Porsche 911|ポルシェ 911
試乗速報──渡辺敏史篇
ネガをことごとく潰し、あらたなベンチマークへ(1)
911のモデルチェンジは、その後のポルシェの行方を左右するほどの一大事だとする渡辺敏史氏。彼もサンタバーバラでおこなわれた新型ポルシェ911の国際試乗会に参加していた。ポルシェ特集第3回は、その渡辺敏史氏による試乗記をおとどけする。島下泰久氏の試乗記も公開されているので、こちらもあわせてご覧いただきたい。
文=渡辺敏史写真=小川義文
フルモデルチェンジにふさわしい盛りだくさんなトピック
ポルシェにとって911シリーズのフルモデルチェンジは、それ以降の会社の命運をも左右する重大な事態である。商業的にはカイエンやパナメーラのほうが優等生であることはまちがいないが、それらの精神的な支柱として君臨するだけでなく、数多のライバルたちと伍して世界最速の座を賭しつづける、その役割を一手に担ってもいる。
クルマをして、究極の精緻さと適切な情感をもって最上のスポーツフィールを供しつづけることがブランドのイズムだとすれば、911がコケることは断じてあってはならない。つまり、そのくらいの覚悟をもって今回のモデルチェンジを敢行したといっても大袈裟ではない。
環境性能や快適性の向上という時代の要請から、911にエンジンの水冷化をともなう完全刷新がほどこされたのは1997年のことだ。社内呼称の996型はその7年後、ボディの基本寸法を変えることなく内外装を一新、中身にも細かく手がくわえられた997型として登場した。
さらに997型は社内呼称を変えることなく、エンジンの直噴化やデュアルクラッチ式の7段PDKトランスミッションの採用など、内容を進化させることとなった。それが2008年の話である。
そして今回登場した新型911。社内呼称が991型となったことからも察せられるように、シャシー側が完全に刷新されたことにともない、インテリア・エクステリアにもまったくあたらしい意匠が与えられた。内容的には一部エンジンのダウンサイジング化や電子制御マネジメントの高性能化、さらに燃費性能の向上も託した前代未聞の7段MTの採用など、その盛りだくさんなトピックはフルモデルチェンジを謳うにふさわしいものとなっている。
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ネガをことごとく潰し、あらたなベンチマークへ(2)
空冷時代の味わいをくわえたエンジンサウンド
乗り込んでの驚きは、一気に高められた質感だ。これまでポルシェのスポーツカーラインは価格相応の演出に乏しいとされていたが、一気にライバルの上に立つにいたった。これはパナメーラ、カイエンをつうじて、今までとはちがうカテゴリーで商品性を高めてきた、そのノウハウが存分に活かされている。
意匠面で象徴的なのはカレラGTのそれを範に構成されたセンターのハイコンソールで、これはステアリングとシフトレバーとのトラベルを短縮することで、操作性を向上させる狙いがある。それら刷新のいっぽうで、電装系では前型比2kgの軽量化をほどこすなど、実質面でのブラッシュアップも怠っていない。
小柄ながらも体型を問わない剛性感の高いシートにからだを預け、車体を象ったフォブタイプでありながらあえてステアリング左側のホールを残したという、そのスターターを捻ると眼前の五連メーターが跳ね上がる。それを知る身には、すべてがあたらしくなったところで眼前に広がるのはまごうかたなき911の情景だ。そして放たれるサウンドは、おなじく直噴化をほどこした直近の997型後期モデルよりもザラツキのある、簡単にいえば空冷時代の味わいをくわえたように聴こえる。
いっぽうで、エンジンのフィーリング自体は直近のそれよりもさらにシャープさを増した。摺動感は一際軽く、7,600rpmに高められたレッドゾーンまでは一気呵成。そのレスポンスはもはやGT3にかぎりなく近い。それでいてトルクもフラットでパワーバンドも広いため、前型よりも遅くなった錯覚すら覚えてしまう。そのくらいスムーズということでもある。
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ネガをことごとく潰し、あらたなベンチマークへ(3)
7段MTとPDK、どちらを選ぶか!?
そのスムーズさに拍車をかけるのが完全に刷新されたシャシーの出来栄え。常速域をパーシャルで流すような使い方では、乗り心地はパナメーラにも比するほどで、ロングホイールベース&ワイドトレッド化の恩恵はあきらかだ。試乗車はPASMつきだったので、ひと際にフラットライドぶりが際立ったが、恐らく標準サスでも911につきものだった細かなピッチングやワンダリングはほぼ解消されているはずだ。そこにくわえて、足まわり入力からの低級音やロードノイズもしっかり抑え込まれているものだから、普通に走らせているぶんには車内はスポーツサルーンのように平静が保たれる。
そんなフレキシビリティを備えていながら、400psのパワーをフルにかけてもアシはヨレる気配などまったく覗かせない。凹凸をふくむコーナーをパワーオンで曲がっても後輪は確実に路面を捉えて車体を前に進める。秀逸なのは前輪側の接地感が車体状況にかかわらずブレずらいことで、ロングホイールベース化とあせて、ここでも911生来の癖であったコントロールのナーバスさが見事に封じ込まれている。反面、薄氷を踏むようにツボを探ってたぐい寄せる愉しみからは遠のいたようにも思えるが、これまたあまりにもイージーに振りまわせるがゆえの錯覚だろう。
これまでのネガをことごとく潰し、静的にも動的にもあらたなベンチマークへと登りつめた新型911だが、個人的にはひとつ気になったのが鳴り物入りの7段MTだ。4速以下のレバーポジションから7速へとスキップさせない仕組みなど、操作性を損なわない工夫はなされているものの、5~7速間では横方向の引っかかりを気に留めておかねばならない。また、当然ながら3~6速間のギア比も接近しており、これらをひとつずつ使いこなそうとすれば頻繁な変速動作が要される。それらをすべて瞬時に賢くこなしてくれるPDKにたいすると、デイリーユースでこの変速操作に逐一向きあうのはちょっと煩わしい。
個人的にはこれまで911は可能なかぎりMTで乗るが吉だと思っていたが、現状ではついにAT有利かという印象を抱いている。そしてはやくも気になるのは、つぎのGT3は果たしてどういうミッションを搭載してくるだろうかということだ。
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ネガをことごとく潰し、あらたなベンチマークへ(4)
歴史のすべてが太いパイプで繋がれているクルマ
そう、911は水冷世代になって飛躍的にモデルレンジを拡大した。クーペ、カブリオレ、タルガのボディにRRかAWDかの駆動方式の組みあわせをベースとし、さらに基本三種のエンジンを組みあわせるなど、そのバリエーションは20あまりにもおよんでいる。そしてポルシェのサーキットイメージと直結する研ぎ澄まされた911を求める向きには、水冷世代からGT3というモデルも用意された。各々の嗜好や生活様式にフィットするモデルを選ぶのは大変だが、楽しい作業でもある。
そういえば991型の試乗を終えた帰国早々に、とある雑誌の取材で930型以降、四世代ぶんの911を一気に比較試乗する機会があった。そこであらためて実感したのは、911ほど歴史のすべてが太いパイプで繋がれているクルマは滅多にあらわれないだろうということだった。
991型の911は直近の前型がもっていたネガを見事に潰しきっていながら、見ても乗っても30年前近く前の911と濃い関連性を築いている。それはとりもなおさずRRという孤高のレイアウトと、それを包み込むに最適なパッケージがまったくブレずに引き継がれていることの証左だ。
それはたとえるなら、昔911に乗っていた老人と、先日911を手に入れた若者とが、即座に固有の価値を共有できるということでもある。登場から間もなく50年。自動車の歴史の半分近くを貫いてきた911という銘柄の継続的価値は、恐らく僕が死ぬまで維持されつづけるのではないだろうか。そんなプロダクトに出会えたことを幸せに思う。