特集|中村孝則氏特別寄稿、「アジアベストレストラン50」にアジアの美食トレンドを読み解く
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2015年4月10日

特集|中村孝則氏特別寄稿、「アジアベストレストラン50」にアジアの美食トレンドを読み解く

コラムニスト、中村孝則氏特別寄稿

注目の「アジアベストレストラン50」

2015年の最新ランキングに、アジアの美食トレンドを読み解く(1)

日本でも知名度をあげてきた「世界ベストレストラン50(以下、ワールズ50)」。そのアジア版が2013年にスタートした「アジアベストレストラン50(以下、アジア50)」である。守備範囲こそちがえど、アワードが目指す方向性はおなじ。いまアジアでもっともおいしい店を選び出すことだ。特に3回目を迎えた今年は、ルールや体制を一新して、さらにワールズ50のクオリティに近づけてきた。当然、例年以上の盛り上がりを見せたそうだ。授賞式がおこなわれたシンガポールに飛び、その熱気を間近に感じてきたのは、ワールズ50評議委員の日本代表を務める中村孝則さん。さっそく中村さんとともに、アジアの最新食事情を見ていくことにしよう。

Text by NAKAMURA TakanoriEdited by TANAKA Junko (OPENERS)

アジアの住人によるアジアのランキング

2015年のアジアのNO.1のレストランを競うランキングが、去る3月9日にシンガポールのカペラホテルで発表された。

「サンペレグリノ&アクアパンナ」がメインスポンサーを務めるアジア50は、今年で早くも3回目を迎える。回を重ねるにつれ、注目度がアップしているこのランキング。今回も、100を超えるメディアと、500余名の関係者が会場に詰めかけた。今回の注目ポイントのひとつは、もちろん首位の座である。昨年1位のバンコクの「ナーム」が連続首位を守るのか、あるいは東京の「ナリサワ(NARISAWA)」が、2位から返り咲くのか。まさかの伏兵の登場なのか。下馬評もばらばらであった。というのも、今回の3回目からは、審査方法と審査員を大きく変更したからである。

アジアベストレストラン50

授賞式に参加した日本人シェフたちと筆者(中央)

アジアベストレストラン50

「アジアベストレストラン50」会場の様子

アジア50がスタートしたのは、2013年のこと。初回と昨年の2回目までは、世界各国900余名のワールズ50の審査員たちが投票した票数の内、アジア圏にあるレストラン票だけを抽出して、アジアのトップ50が決められていた。ところが、今回の2015年のランキングからは、アジア圏内の住人であることを条件に、あらたに審査員300人を任命し直したのである。

言い換えれば、アジアの住人によるアジアのランキングになった、ということである。ルール変更の真の狙いは、アジア内に眠る潜在的なレストランの発掘と、ランキングの精度と信頼度のアップにある。そのためには、アジアの住人に絞って審査する方が適しているのであろう。審査員とその活動エリアを絞ることで、ローカル色や食文化の多様性を反映しやすくなる、という利点も期待されていた。

そのなかで注目の1位を獲得したのは、バンコクの「ガガン(Gaggan)」だった。昨年の3位からのジャンプアップだ。シェフを務めるガガン・アナンドはカルカッタ出身のインド人。「バンコクにある、インド人が経営するインド料理店が、2015年のアジアNO.1」というニュースは、多くの人びとを驚かせた。

コラムニスト、中村孝則氏特別寄稿

注目の「アジアベストレストラン50」

2015年の最新ランキングに、アジアの美食トレンドを読み解く(2)

インド人シェフがガストロノミーの世界で頂点を獲得

シェフのガガンは、スペインの「エル・ブリ」をはじめ、豊富なレストラン修業の経験をもち、インドのストリート・フードにインスパイアされた、ユニークかつ斬新なガストロノミー料理で、世界のレストラン業界からは注目されていた人物だ。最先端の調理法でインド料理を刷新することを見据え、2010年に自らの名を冠したレストランをバンコクにオープン。コロニアル・スタイルに統一されたお店では、ダイニング体験すべてがガガンの情熱と創造性に溢れていると評判だ。

アジアベストレストラン50

アジアベストレストラン50

アジアベストレストラン50

バンコクにある「ガガン」が今年のアジアNo.1に輝いた

もっとも、開店5年目でアジアの頂点のポジションを獲得したことは、シェフ本人も驚いているようだ。開口一番「まさかインド人の自分が、ガストロノミーでアジアの頂点を獲得するとは思わなかった」とガガン。しかし「わたしは食材、食べ物の力を信じています。食事をすればインスピレーションが沸いてくるからです」と受賞の歓びを、満面の笑みで語っていたのが印象的だった。

日本からは8店舗が入賞し、東京の「ナリサワ(NARISAWA)」が昨年につづき2位をキープで、「日本料理 龍吟」が4位(昨年5位)。「レフェルベソンス」が12位(昨年25位)と存在感を示した。日本最高位の「ナリサワ(NARISAWA)」は、ランクこそガガンに後塵を拝したものの、審査員たちからの人気そして実力の評価は、大きく抜けている印象を受けた。シェフの成澤由浩は受賞後のコメントでも「順位に関係なく、日本のレストランには素晴しい職人がいて、生産者とお客様を含め、高いレベルだと思っている」と語っていた。

アジアベストレストラン50

アジアベストレストラン50

昨年につづき2位をキープした「ナリサワ(NARISAWA)」

日本勢で特に活躍が注目されたのは、今回14位にランクインした大阪の「ハジメ(HAJIME)」。昨年の42位から28も順位を上げ、ハイエストクライマー賞を受賞した。彼の活躍は、東京以外で奮闘する日本の地方のレストランにとっても、朗報になったにちがいない。また、アジア最優秀パティシエ賞を、日本人ではじめて東京・京橋に店を構える「イデミ・スギノ(HIDEMI SUGINO)」の杉野英実が受賞したことも、大きな話題であった。

ちなみに、昨年1位の「ナーム」は7位と大きく順位を落とし、ランキングの過刻さを浮き彫りにした。逆に、8店舗のレストランが初ランクインし、そのうちフィリピンとカンボジアの2カ国の店舗が国としても初登場となった。

そもそもアジア内のレストラン競争は、熾烈さを年々増しているが、今回のランキングでは、そのスピードが加速しているように感じた。シンガポールやバンコクが、レストランや美食を観光誘致のキーコンテンツに据えて、都市や国を挙げて取組んでいるのは周知のことだが、韓国や香港、台湾といった他国や他地域も追随する動きをみせていた。そういう意味でも、このランキングでは、行政によるインバウンドの効果や、渡航先としての優位性、あるいは情報配信戦略などの複合的な要素も読み解く必要があるだろう。

もっとも、審査員がアジア住人に変わって、日本勢の順位が軒並みランクアップしたことは、日本のレストランがアジア圏内でも強い支持を得ているという裏付けにちがいない。円安や日本への渡航者数が増えている、という後押しを差し引いても、大きく健闘したのだと思う。とはいえ、韓国が3店舗、フィリピンやカンボジアのレストランが初ランクインし、ミャンマーやマレーシア、インドネシアにも、続ぞくとレストランがオープン予定だという。このスリリングなランキングから、今後も目が離せそうにない。

アジアベストレストラン50

シンガポールの授賞式に駆けつけたシェフ達


中村孝則|NAKAMURA Takanori
コラムニスト。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2007年にシャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)を受勲。2010年からは『Hr.StyleNorway』として、ノルウェーの親善大使の役割も担う。現在、世界ベストレストラン50の日本評議員代表。剣道錬士7段。大日本茶道学会茶道教授。近著に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社刊)がある。

           
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