連載・柳本浩市|第34回 西澤明洋氏とブランディングデザインについて語る(後編)
Design
2015年4月3日

連載・柳本浩市|第34回 西澤明洋氏とブランディングデザインについて語る(後編)

柳本浩市×西澤明洋対談

デザイナーがデザインマネジメントをするという行為について考える

第34回 西澤明洋氏とブランディングデザインについて語る(後編・1)

今回は、西澤明洋氏(EIGHT BRANDING DESIGN)を迎えて「ブランディングデザイン」についてお話を伺っています。前編中編につづいて、ブランディングデザインの現状と課題を語り合います。

前編はこちら
中編はこちら

Text by YANAGIMOTO Koichi

「経営者のデザインリテラシーの問題は重要です」(西澤)

柳本 西澤さんのおっしゃるとおり、デザインだけで終わっているプロジェクトがすごく多いですよね。30年くらい前に、上の世代が地場産業と組んでやってきたことがことごとく失敗しているのは、おそらく表層的なデザインだけをやったということが原因なのではないかと。デザインが悪いから売れない、という発想でデザイナーに発注してしまった。それがそもそもの間違いですよね。マネジメントができないデザイナーが結局自分たちのデザインを発表する場を作っただけなんですよ。

西澤 そうなんですよね。それはつまりリテラシーの問題で、ひとつはデザイナーの方に経営リテラシーが足りなかったこと。もうひとつは発注する側の問題もあるんですね。発注する側がデザイナーという人種を知らなさすぎたということが問題で。両方とも無知だったという話で、それは仕方のなかったことかもしれませんが、私たちはその失敗と反省を十分に生かさなくてはならない世代だと自覚しています。そうでないと、たまに産地などで講演させてもらう際に、地元のひとに「またいかがわしい横文字連中が来たな」みたいに警戒されてしまいます(笑)。

柳本 それは過去にみんな痛い目にあってきているからですね(笑)。

西澤 経営者のデザインリテラシーの問題は重要で、やっぱり勉強してもらわなくてはいけないと思っています。私が今、力をいれているのが経営者のデザインリテラシーの底上げです。私の講演会は、ほとんどがデザイナー向けではなく経営者向けです。世の中のあらゆる企業にデザイナーをもっとちゃんと活用してもらいたいと思っています。

デザイナーをどう使うかというのは、使いどころなんです。たとえばブランディングのステージにかんして、マネジメント、コンテンツ、コミュニケーションの3階層の話をしましたけれど、私だって、これら3階層全部をデザイナーができるなんて思っていません。ただ、「経営戦略を考える際にデザインをうまく使ってくれたら、デザイナーらしい発想とか、そのビジュアライズ能力を生かして、今、普通に経営しているよりも、もっとコミュニケーションが良くなる可能性があるよ」ということを理解してもらいたいです。コンテンツ開発になるとさらにもっとデザインの貢献度は高くなると思います。デザイナーの発想力や仮説構築力は、コンテンツの企画・開発に必ず役に立つはずです。

そしてコミュニケーションにかんしていうと、お客さまとの接点になるコンタクトポイントすべてにおいて、デザイナーがなんらかかかわりコントロールすべきだと思っています。大きくデザインが貢献できる領域なわけです。

つまり経営者にとって、お付き合いしていくデザイナーが、何が得手で何が不得手なのか、それを見極めてきちんと経営資源に積極的に活用していこうという意識が非常に重要です。これが経営者から見た場合のデザインマネジメントなわけです。

ブランディングというロジックのもとに経営者も歩み寄ってもらいたいし、私たちもデザイナーも歩み寄らなくてはならない。経営とデザインがきちんと融合すれば、結果を出す確率はぐっと上がると思います。

デザインのことをよくわかっている経営者には、スキルの高い外部の専門デザイナーを使わなくとも、社内のインハウスデザイナーだけでもブランドにとって良いデザインを作りだせることができるひとがいます。要はデザイナーのスキルというよりは「デザイナーを活かす」スキルなわけです。

デザインを活かすという考え方が社会的にもっと普及しないと、いつまでたっても良いデザインは生まれてこないと思っています。もちろん、デザイナーの上手い下手の問題はたしかにあります。しかしそれ以上に「デザイナーを活かす」視点は重要になります。

柳本 まったくそのとおりですね。

柳本浩市|西澤明洋 02

柳本浩市|西澤明洋 04

「ブランディングとは経営そのものです」(西澤)

西澤 とくにデザインマネジメントにとってはそこが本当に大切です。デザインをどう経営に活かすかということが大事で、ここを真剣に考えているひとが意外と少ないし、それを勉強しているひとも少ない。なので、ブランディングというものを表面的に撫でてはダメなんです。言葉として流行っているので勘違いしがちですけど、ブランディングとは経営そのものです。経営をデザインするということはどういうことなのか、そこを真剣に考えないといけません。

逆も一緒で、デザイナーで経営に疎いというひとはたくさんいますけど、もうわからないではすまされない時代に突入していると思っています。自分が社長だったらどうするかということを真剣に考えるだけのシンプルな作業です。本気でそのブランドのことを考えたら、そんなに難しいことではありません。私はそのシミュレーションがけっこう好きですね。

たとえば、はじめて面談する企業さんがいたら、普通のデザイナーが聞かないようなことまで徹底的にヒヤリングをします。社歴だったり売り上げだったり、組織体制だったり、中期経営計画だったり。そこまで教えていただくとデザイナーなりの思考で、「自分がここの社長だったらこうするのにな」というアイデアが浮かんできます。私はそれこそが、デザイナーがデザインマネジメントをするという行為だと思っているんです。もちろんそれは偏ったものの見方ということはわかっています。なので、今度はそれを経営者とディスカッションして、「いや、そうじゃない、こうだろう」と検証してみたり。そういう経営者とデザイナーのやりとりが大事なんですね。そこでうまく経営者と納得できる筋道が整理できれば、その会社のブランディングはだいたい成功します。私はそこを大事にしてクライアントとお付き合いしています。

柳本浩市×西澤明洋対談

デザイナーがデザインマネジメントをするという行為について考える

第34回 西澤明洋氏とブランディングデザインについて語る(後編・2)

「みんなで作るという参加プロセス自体がブランディング」(西澤)

西澤 今度は私が柳本さんにお聞きしたいのですが、デザインマネジメントとかブランディングというキーワードっていまよく出ているじゃないですか。私は接する機会が少ないのでわからないのですが、若いデザイナーはみんなどんな風に捉えているんでしょうかね。ちなみに私がはじめたころに「ブランディングデザイナー」という肩書きのひとは日本にはまだほとんどいませんでした。おそらくそういうことをきちんと打ち出していったのは私がはじめてだと思います。アメリカとか海外にはいますが。最近パラパラとそういう方が出はじめてはいますが、一度そういう方々と話してみたいと思っているんですけどね。そういう人たちはブランディングデザインというものをどう定義しているんでしょうかね。それってけっこうズレていると思うんですけど。最近の若いデザイナーは何をやっているんでしょうか。

柳本 (笑)。僕はブランディングデザイナーってあまり合ったことないですね。

西澤 だいたい「アートディレクター」って名乗ってますよね。

柳本 そうですね。広告業界と一緒で、彼らは自分たちの必然性を生むために、ブランディング自体を自分たちの方に引っぱって行こうとするんです。自分がやることを正当化するために。それは本来のブランディングではないな、とは思いますけどね。

西澤 そうですね。それはすごく問題意識としてもっていて。なんなら素直に「広告をやりたい」と言って欲しいんですよね。そうでないとお客さまが間違うわけですよ。さっきの産地の話ではないですが、“ブランディング=広告”なんでしょみたいな勘違いをする方が多くて。なので、最近は仕事の前にその誤解を一つひとつ説明して、勘違いをひっくり返していくことからはじめています(笑)。そこらへんはブランディングのスタンダードとか、基軸をもう一度整頓して、世の中に広めたいな、と思っています。

柳本 うちが会社を立ち上げてした最初の仕事というのがメーカーだったんですよ。すごく小さな零細メーカーですけども、出版とものづくりをはじめて。そのなかから流通とかものの仕組みを知っていくんです。やっぱり自腹を払って作るので、どうやってこれを売っていこうかと必死に考えることが一番勉強になるかなと思いまして。そこから世の中の仕組みがわかってきたので、ミニマムで考えたらこうだけど、大きく考えてもおそらく構造的には変わらないだろうと。そこから自社よりも大きなところのコンサルタントのようなことをやりはじめたんですよ。

西澤 すばらしい。それしかないですよね。私たちもはじめにCOEDOとnana’s green teaをじっくりやれたことは、振り返ってみるとすごく良かったと思います。当時は彼らもすごく小さな会社だったんですよ。そこをお手伝いさせてもらって、成功し、成長していく過程を間近で見させていただいて、なるほど、これは中規模の企業も一緒だなと思いました。今、あたらしくお付き合いさせていただいいるクライアントは年商50~500億規模の売り上げの会社が多くなっていきていますが、こういう規模の会社とお付き合いさせてもらって思うのは、もう一つ上も変わらないだろうな、ということです。1000億以上の売り上げの企業もあまり構造的には変わらないんじゃないかと。

柳本 そうですね。

西澤 ややこしいのは登場人物が増えること。このハンドリングは大変かなとは思っていますね。

柳本 逆にそこが面白いと思いますね。戦国武将ではないですが、どうやって攻めこんでいくか、どういう風に駒を進めていくと反対派の人間が駒のひとつとして動いてもらえて、大きなハグルマが動きだすのか。そういうところを計算していくというのが、一番面白いですけどね。

柳本浩市|西澤明洋 07

柳本浩市|西澤明洋 08

「何か問題があるのだけど、何が問題なのかがわからない」(柳本)

西澤 ストーリーをどう作るかですね。私たちもブランディングをする前のはじめの3カ月くらいはコンセプト作りをします。いきなりデザインはしません。もうここ数年は、プレゼンらしいプレゼンはしてなくて、ずっとワークショップ的に打ち合わせをしています。

なんというか、ブランドのコンセプトは、耳障りのいいキャッチコピーではないんですよ。会社の経営を考えることなので、みんなで作ったらいいと。みんなで作ってみんなで合意すると。この「みんなで作る」という参加プロセス自体がブランディングだと思います。私たちもそのメンバーの一員です。そう考えると、デザインは最後にそれらみんなの思いを、目に見える形に仕上げる役割なんだと思います。

意思決定のコミュニケーションのスピードも、デザイナーがプロセスから参加していると早くなります。「これって絵にするとこういうことでしょ」ということでどんどんビジュアライズすると、みんな「あ、これしかないよね」と言ってもらえるわけです。

私たちはアートを売っているのではないし、もちろん私たちの作品を売っているわけでもない。クライアントにオーダーメイドの服を超カスタマイズして作っているという感じです。そのため当事者になって一緒にやるっていうのが大事なんだと思います。

柳本 うちもワークショップをします。依頼のなかで多いのは、そもそもお題がわからないということ。何か問題があるのだけど、何が問題なのかがわからない。だからワークショップをしてそのなかから見つけましょうと。こうして何が問題なのかを確認するとみんな共有意識がもてるんです。はじめは漠然としているので、実際の仕事は半年後とか1年後からなんていうのが多いですね。

西澤 そうなんですよね。デザイナーとして、建築からプロダクトに行ってグラフィックに来たキャリアの私が思うのは、プロダクトのひとが一番デザインマネジメントに近い、ということです。やはり職業柄、ものに焦点をあてて問題解決を集約させて作るので、場作りタイプよりも、ものづくりの方がコントロールする意識が高いと感じます。

柳本 ただ、うちが仕事をやっているなかで感じるのは、プロダクトのひとってコンマ何ミリとかのディテールを積み上げていく人たちなんですよ。なんというか、考え方が木をずっと見ている人たちなんです。森という全体で引いてみることはできない。逆に建築とかインテリアとか空間を作っている人たちは、森を見ているんだけどディテールである木はまでは見れないというか、入って行けないんですよね。その両方を兼ね揃えたバランスを持つひとってなかなかいません。

西澤 グラフィックだとそれこそ葉っぱくらいのスケール感でものを見てますよね。葉っぱの色艶にひたすら命をかけているような。偶然とはいえ私が建築からはじまり、プロダクト、グラフィックとキャリアを経て来たのは、自分のなかで財産だと思っています。デザイナーの立場に立ってデザインマネジメントをするとき、ブランディングに求められるのはディレクション能力なんです。

よくいきなりディレクションをやりたいっていうひともいるじゃないですか。そういうのって一度手を動かさないと無理だと思うんですよ。たとえば私であれば、建築もインテリアもプロダクトも図面を引いたことがあるし、もちろんグラフィックもやるし、ウェブもわかる。それらをやっているからこそ、それぞれの専門のクリエイターが大事にしたい、掘り下げたいというポイントがわかるんですよ。表現するなかで、コンセプトがありつつ、インテリアのひとだったらこういう所を大事にしたいだろうなというところを引き出せないとディレクションとは言えません。これは経営者には無理だと思っていて。優秀な経営者でデザインを好きなひとはクリエイティブディレクションを行ったりしますが、やはりディテールが甘いんですよね。詰め切れてないというか。私たちは経営者に代わってそこを専門にディレクションする会社であり、それは私たちにしかない技術だと思っています。

「ものを作る側は、ものをみる引き出しをどれだけもっているか」(西澤)

柳本 そうですね。うちなんかは逆に手は動かしません。ただ、ものを集めてコレクションすることで、その深度の深さからものすごく厳しく細かいディテールまでダメ出しをすることができるんです。こういうのは圧倒的にものを見てきたからできることだと思っていますね。ディレクターとそれにつくひとの間でも、絶対的な信頼がないとディレクターに対しての言葉って反映されないじゃないですか。

西澤 そうですね。ものを作る側は、ものをみる引き出しをどれだけもっているか、ですからね。

柳本 そういう点ではデザインは知っていないのですが、モノを通してデザインを見ているし、製造工程を見ています。だから現場の、それこそ工場のおじさんとも話ができるんです。

西澤 それも大事ですよね。ここってデザイナー特有の能力だと思っているので、それを踏まえた上でディレクションをようやくきちんと行えるんだと思います。新卒でいきなりディレクターとかブランディングとかやらせてくれというひとがたまにいますが、それはディレクションのことをよくわかってなさすぎです(笑)。

もちろん最初にブランディングをやりたいとかディレクターになりたいという芯をもっていることは大事なんです。そこに肉付けしていかないと、お話にならないので。ただ、最低限の知識は勉強してほしいなと。それは現場をみたり、モノをたくさんみたり、実際に手を動かすことで体力をつけていくしかないわけですが。私だって最初はよちよち歩きからはじめましたし。なので、最初にブランディングを依頼してくれた2社にかんしてはよくこんな若造に任せてくれたなと思いますね。キャリアのない頭でっかちな若造が「俺はブランディングができるんだ」と息巻いていて。今思えばよく私のことを信じてくれたなと思いますね(笑)。

柳本浩市×西澤明洋対談

デザイナーがデザインマネジメントをするという行為について考える

第34回 西澤明洋氏とブランディングデザインについて語る(後編・3)

真の意味でのデザインマネジメントの事例とは

西澤 最後は“ステージ3”、マネジメントの段階の話をしたいと思います。話がちょっとずれますが、私はデザインの先輩のなかでこのひとは尊敬できるなという方が何人かいて。そのなかの一人にDRAFTの宮田 識さんがいます。

若い人でDRAFTを好きなひとって多いと思うんですが、宮田さんのマネジメントの凄さをわかっているひとって少ないと思うんですよ。アウトプットのクオリティが高いのはもちろんなんですが、DRAFTの本当の凄さというのは宮田さんのハンドリング、すなわちデザインマネジメント能力の高さなんだと思います。

一年ほど前に宮田さんと直接お話させていただく機会がありましたが、「世の中に本当のデザインを蔓延らせないといけない」という言い方をよくされていました。D-BROSもはじめはたんなるレーベルなのかなと思っていたら、店舗まで構えだして、自分たちで商品の企画、デザイン、製造、流通、販売とすべてのフェーズを手がけられています。デザイン会社としては、すごく大きなリスクをとって。よくやりきれるな~と感心しますね。つまり、宮田さんはきっとデザインとその価値を信じているんですよ。請負業としてのデザイン業から、自分たちでマネジメント、つまり経営責任までとることで、トータルに真の意味でデザインマネジメントをやりきっておられます。

そこで私もEIGHT BRANDING DESIGNを“ステージ2”まで手がけるようになってきて、つぎのステージ3はどうしようかなと思いはじめています。そこはEIGHT BRANDING DESIGNでやるのが正しいのか、または他ほかの会社を作るのか、そこは迷っていますね。

そもそもEIGHT BRANDING DESIGNはミッションとしてステージ1と2をプロとして請負業でやる会社だと思っているので、ここは絶対に守らなくてはいけない。ですので、いきなり私が店をやりだすというのは反則なのかもな、とも思います。なので、ある程度のところまでいったら、もしかしたら別会社を作るかもしれません。まだ何かはわかりませんが、何かの経営をデザイナーとしてやってみたいなと。それはたこ焼き屋でもいいし、もちろんデザイン雑貨を売る店でも面白いかも知れないし。これは、5~10年先ぐらいではありますが、近い将来にチャレンジしたいことのひとつですね。ステージ3のマネジメントに真剣に取り組むというこことは、こういうことかなと思いますね。

柳本浩市|西澤明洋 12

柳本浩市|西澤明洋 13

ステージ3のマネジメントに真剣に取り組む

柳本 それはブランドだけ作るという感じなんですか。メーカーになるのか、お店もやるのか。

西澤 何かしらはものを作るんですが、要は経営なんですよ。何かの事業を経営しつつ、そのデザインもするという、先ほどお話した3段階にすべてに対しての責任を自分で負ってみたいなと。今、クライアントワークに関しては、私は一番上のマネジメントステージに関しては何の責任もとっていないし、求められてもいません。そこで売れないデザインを作ってしまった場合、次から仕事をいただけなくなるぐらいですかね。そこに対してもっと踏み込んでみたいなとは思っています。そのときに何がやりたいかはまだわかりませんが。

柳本 うちはメーカーだけやって、お店は作らないんですが、たまに催事で接客もするんですよ。そういうときにお店に立たないとわからない現場のことだったり、お客さんがどう見ているのかとか、どう捉えているのかがわかったりするんですよね。おそらくその感覚というのがマーチャンダイジングに生きてくるので、そこはすごく大事にしたいなと思っています。どちらかというと今までやってきていることって、本部でこういう風にしましょう、MDはこうしましょう、みたいなことでコピー&ペーストでどんどんフランチャイズ店を作っていくみたいな感じだったんですが、実際の現場はそうではないなと。たとえば本部から「この商品はここの棚に置く」と決められていることも現場でこっちの棚に置いてみたら売上が10倍になったとか。売場のひとってそういうのものを感覚的にもっていると思うんですよ。そういった自由度をきちんとあたえてあげて、カスタマイズしていける方が重要なんじゃないかなと。

西澤 なるほど。そうやって売場というか、現場に立つということは面白いかも知れませんね。

柳本 はい。お客さんがどこを見て購入を決定しているのかが、すごくよくわかります。「人間の脳は97%が無意識」と言うじゃないですか。つまり3%くらいしか考えていない。で、その3%で決定しているかというとそうではなくて、97%の無意識が強いんです。たとえばチェック項目が10個あったら1個くらいが意識してやっていることで、あとの9個は無意識のなかで決定しているんです。そこにそのひとにとって何が重要かということがあるんです。それは触感だったりとか、いろんな五感を使ってそのものを探ろうとしているんですよね。押すとか、匂いをかぐとか……。急須とかの蓋を全部開けていくひととかいるじゃないですか。ああいう一見無駄な行為のように見えるもののなかに意味があると。音だったり重さだったり。感覚的に感じるための何か。おばちゃん同士が話していても手だけが動いていたりとか。たぶんそのときに脳は動いているんだと思うんですよね。

西澤 私たちでいうと、パッケージデザインがその要素がすごく強くて。店頭でどう見えていて、どれくらいのデザインだったら手に取られるのかとか。

たとえば「九州kitchen」では、透明のボトルにドレッシングの液色をそのまま見せつつ、ロゴとイラストをレイヤーさせるというシンプルな構成ですが、構造的にみると表現の幅の可能性はもっとたくさんあるんです。もっとリアルな写真にするとか、中の隠蔽度をもう少し上げるとか。でも「なんとなく」この辺でないと手に取らないなと、ぐっと来ないよねというポイントがあって、それは言葉ではなかなか説明できない。「なんとなく」でしかない(笑)。

だけどデザイナー同士だとわかるんですよ。たしかにこれしかないよね、と。これを一般のひとに説明しようとするとなかなか説明できなくて。そこは見て感じてください、と言うしかない。そういうのも、きちんと現場を見ていないとできないですし、同時に消費者の視点を絶対に忘れてはならないんですね。なので、なるべく素人であろうとしています。お店に行くときも基本、買い物はしますね。新商品なんかも買います。面白いなと思ったら必要かどうかは別にして、まず買いますね。そういうことが私は好きですし、食べることも遊ぶことも大好きです。そこは大事にしようと思っていますね。

柳本浩市×西澤明洋対談

デザイナーがデザインマネジメントをするという行為について考える

第34回 西澤明洋氏とブランディングデザインについて語る(後編・4)

リングノートは嫌だけれど、たくさんのひとが使う理由

柳本 うちの会社で何年か前に子ども向けのワークショップをやったんですね。それはスーパーの売場でおばちゃんたちがどういう行動をとったかを全部チェックして、リサーチをするというものなんです。

たとえば、柿が3個で500円とかっていうと、みんな一番良い柿を求めようと必死で探すんですよ。だから5分とか10分とかその場にいるんですよね。そうするとそこにはひとがどんどん集まってくる。だったら周りを取り囲める島什器の方がいいんじゃないか、とか。動線も広く取ったほうがいいな、と。あと、卵だったらパックに入ってサイズも値段も決まっているので、何も考えず選ばずにそのままカゴに入れるんですよ。それなら歩きながらでも取れるように、ちょっと斜めになっている什器がいいのではないか、とか。動線も狭くてもいいなとか。そういう動きのなかからデザインを決定させていくということをやりました。つまり定点観測です。ひたすら子どもたちがスーパーのなかに点在して(笑)、それでA=手に取る、B=見るだけとか項目を決めて観察して。それを1000ケースくらい貯めて、教室に戻ってきてそのスーパーの大きな図面を作って、そこにAだったら赤いシールとかBだったら黒いシールとかって、貼っていくんですよ。そうするとその売場のなかで、ここでは長時間滞在して考えるひとが多いとか、逆にここではすぐカゴに入れて通りすぎてしまうとかっていうことが、ハッキリとわかってくるんです。

そのインフォグラフィックスから、どうやって問題を解決していくかということを探るという。今回は探るというところで終わって、実際に売場をデザインするわけではなかったのですが、こういうところでなぜこういった行動をするのかというところまでを考えさせるというワークショップでしたね。

西澤 それ、面白いですね。「売場を変える」というのってデザインですよね。

柳本 そうです。それはリサーチに基づいて行うということです。たとえばお惣菜で、フライが5個入って300円で売っていたとして、その横にはトングで取って自由に選べる1個100円のおなじフライがあったとする。観察してみると、おなじときに揚げたおなじ食材なのに、圧倒的に1個100円のものの方が売れるんですよ。5個入って300円の方が安いし、おなじフライなのに。つまりそっちの方が新鮮に見えるんです。「鮮度の落ちたものはフライにする」という消費者の感覚なんでしょうかね。高くても自分で選びたいという、そういったことも知ることができるんです。あと、今、蔦屋で朝会というようなものをやっているんですが、それは蔦屋に朝来ている一般のひとを巻き込んで商品開発をするというものなんです。そのなかでノートを開発してるんですが、みんなリングノートは嫌だと言うんですよ。でも実際には9割のひとがリングノートを使っていて。

西澤 (笑)。え、何が嫌なんですか。

柳本 書いているときにリングが手に当たるのが嫌なんですよ。でも人間って絶対に「得る物」と「捨てるもの」があるんです。そのバランスでモノを選んでいるので。つまり、みんな嫌だといいながらもそれを選ぶのは、それ以上にいいところがあるからなんですよ。たとえば開きやすいとか、折り返して使えるとか、普通の中綴じのノートではできないじゃないですか。つまりそういった軽快さを採っているんです。だから頭で思っていることと行動していることってちがうんですよね。そこを見間違うとリングノートは作らないほうがいい、という風になって、売れない商品を作ってしまったり。あとは、みんなメモっていうとたいていは殴り書きをするんですよ。でも一人として罫線がないノートは使っていないんですよね。みんな罫線があるんです。殴り書きだったら別にフリーノートでもいいじゃないですか。だけど罫線という秩序をどこかに求めている。それで自分が安心するというか。

西澤 それってデザインですよね。私たちもよく商品開発でかかわるときに、頭でっかちなロジックでオリエンされるとたいてい面白くないんですよ。たぶんこれ失敗するだろうな、とデザインする前からわかるんです。感覚的に「この辺だろう」というのは人間だれしももっているので、いくら理屈で考えても感性的な擦り合わせされていないロジックは、本当のロジックではないと思いますね。

たぶんこれまでの日本の企業のやり方って、それこそ大きな組織になればなるほどこの「感性的なものを取り込む」という作業が苦手なんです。理屈だけが勝ってしまう。なので、この感性的なところをいかに組み合わせて、かつ組織のなかで生かせられる余地を残してあげられるかが、企業とお付き合いするときのデザイナーのミッションだと思っていますね。

たとえばそれをトップ決裁にしようとか、ワークショップ型にして決めようとか。そういったデザイン的なところをどういう風にわかってもらい、かつきちんとジャッジできるようにするのかは、今後デザインにとって重要な作業の一つなのではないかと。デザインをきちんと評価し採用できる枠組みがないと、良いデザインというのはいつまでたっても生まれないと思います。こっちからデザインを生み出すための環境を一緒に作りましょうともちかける。そこから地道にはじめていかないとダメかなと思っています。

柳本浩市|西澤明洋 15

柳本浩市|西澤明洋 16

「ないものというのは、じつはブランドのイメージの外にある」(柳本)

柳本 あと、ものづくりをやっていると、プロトタイプをもっとまわしていけないかなと思うんですよね。大失敗する前に、プロトタイプでダメ出しをどんどん繰り返してもいいのかなと。

西澤 そうですよね。今とある大きな仕事をやっていて、そこで思うのは、最初はもっと小さく売ればいいのに、ということなんです。調査会社をくわえてたくさんリサーチをするんですけど、企画自体はシンプルなものなので、そんなに悩まずにまず一度作って売ってみたらいいのにって。で、ダメだったらダメでいいんではないかと。

柳本 調査会社ほど信ぴょう性がないところはないと思いますよ。

西澤 聞き方ひとつでスコアが変わりますからね。

柳本 そうなんです。たとえばアンケートってその時点で誘導尋問じゃないですか。色についてとか、赤がいいですか? 黄色がいいですか? って聞いている時点でもう誘導している。もしかしたら色じゃないかも知れないし。先ほど話したように頭で考えて書くのと、感覚で選ぶものというのは全然ちがうのでね。だからスマホでこういうのが欲しいというのをやったらたいてい失敗するんですよ。

西澤 そういった非言語的なところを取りまとめるのはデザイナーの力量なので、そこをわかってもらうというのが、最初の第一歩でしょうね。感覚的な97%の方を捉えてやっているんだな、ということを理解してデザイナーを使ってもらいたいですね。

柳本 そうですね。起業家もブランディングまではいかないにしても、自分たちがこのブランドはどういう性質かというところの真意をしっかりもっていくというのも重要なんだと思いますね。たとえば日産にマッチョなデザインを求めたら売れなくなるとか、ジープに中性的なイメージや安心感を求めたら売れなくなるとか。つまりみんな自分たちにないものを求めようとするんですが、ないものというのはじつはブランドのイメージの外にあるものだったりするんですよ。そこをわきまえないとダメかなと。たとえばジープに乗っているひとにアンケートをとるとします。そこでマッチョ系には飽きたからもう少しなよっとしたもの、オシャレでスタイリッシュなクルマが欲しいんだよね、なんて意見が上がって実際にそれが出たとする。でもそのアンケートを書いたユーザー自身は「こんなのはジープじゃない」と言って買わないんですよ。

西澤 ほんとおっしゃる通りですね。私たちもデザインリサーチをするときにお客さんにまず断るのが、「調査はするけれど、調査結果を見てないものねだりをするのは絶対にダメですよ」とあらかじめ言っています。要はキャッチアップってその時点で差別化ではない。二番煎じなわけです。なので、自分たちに足りないものが出てきたときに、成功しているものを真似てもダメなんです。むしろ、もうやられているのは、陣取りゲームで取られたと思わないと。誰も取っていないところに自分たちの強みをどうぶつけていくのかというのがポジショニングです。

なので、リサーチはきちんとするけれど、真似は絶対にやめようねと。真似しないためのリサーチなので。そこら辺は気をつけてくださいね、とはよく言いますね。何も考えずにリサーチするとその情報を誤って使ってしまうことに繋がります。

柳本 そうなんです。そうすると業界自体がおなじようになってしまうんで、結局どっちが目立つかという話になってしまう。

「ブランディングは“伝言ゲーム”のようなものだ」(西澤)

西澤 その同一性も理にかなっているものだったらいいんですよ。たとえば味噌のパッケージをやるときに、私たちは物事を一度解体して考えるので、既存の当たり前に流通している味噌のパッケージの構成をまず疑います。ですが、そこから外れすぎて、今までにないようなパッケージの構成をとると失敗してしまいます。まず売場の軸があって、味噌売場で売れやすいものにしておかないと、消費者の前に、流通にのる段階でこけてしまう。

そこは「なるほど」と受け入れた上で、ほかに差別化要因はあるのかと考えを進めていくんですね。ただたんに差別化という言葉だけで、企画やデザインを進めると勘違いしてしまいます。
本質的には「良いお味噌ができたのでより多くのひとに伝えたい」というゲームをやっているだけなんですよ。

私はよくブランディングは「伝言ゲーム」のようなものだと言うんですけど、「これいいね」が連鎖的に広がって売れていくというためのきっかけ作りがデザインには求められています。このコミュニケーションの広がりをいかに意図的に起こせるかが肝で、それを成功させるためにはいくつかのチェックポイントがあると思っています。それを考慮に入れた上で、欲をいえば一つのデザインでシンプルに問題解決をしていきたいと、いつも思っています。

一番美しいデザインとは、スルーパスのようなデザインだと思っているので(笑)。つまり一発のパスで、すーっと全部の問題が解決できるような、そんなデザインです。営業とか企画とか製造の問題を全部解決してあげられる。これこそ気持ちいいっていう玉を投げたいなと(笑)。

デザインというのは、縦割りな経営に対して、ある種の横串を通すことのできるようなパワーをもっているし、私はそこを意識して、クライアントのブランディングにデザインで貢献していきたいなと思っています。

柳本 今回は貴重なお話をたくさんありがとうございました。

柳本浩市|西澤明洋 17

西澤明洋|にしざわあきひろ
ブランディングデザイナー。1976年滋賀県生まれ。株式会社エイトブランディングデザイン代表。
「ブランディングデザイン」という視点のもと、企業のブランド開発、商品開発、店舗開発など幅広いジャンルでのデザイン活動をおこなっている。「フォーカスRPCD®」というリサーチからプランニング、コンセプト開発までふくめた一貫性のあるデザイン開発手法は、多方面より高い評価を得ている。
主な仕事にプレミアムクラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、信州味噌「ひかり味噌」、近畿日本鉄道「上本町YUFURA」、キリンビバレッジ「生茶」など。グッドデザイン賞、PENTAWARDS、THE ONE SHOWをはじめ、国内外の受賞多数。 著書に『ブランドをデザインする!』(パイ インターナショナル)、『ブランドのはじめかた』、『ブランドのそだてかた』(ともに日経BP社/共著 中川 淳)。
http://www.8brandingdesign.com/

           
Photo Gallery