2013 ミラノサローネ 最新リポート|青木昭夫が解説する「ミラノサローネ」
特集|ミラノサローネ国際家具見本市 2013
2013年のミラノサローネをあらゆる角度から総括
青木昭夫が解説する「サローネビューイング」
TREND(1) カラーリングが概念を覆す
今年で52回目を迎え、各国のデザイナー、メーカーが家具やインテリア製品の新作を発表する世界最大の家具見本市「ミラノサローネ」が、去る4月に開催された。インテリア業界をベースにクリエイティブディレクターとして活躍する青木昭夫氏が2013年のサローネを巡り、今何がおこなわれ、デザインがどこに向かって行くのか、実際目にして感じたことを独自の視点でリポートする。
Text by AOKI Akio (MIRU DESIGN)
ABOUT=ミラノサローネ
日本では通称“ミラノサローネ”と呼ばれているが、正式名は「Salone Internazionale del Mobile(サローネ・インターナショナル・デル・モビーレ)」という。第二次世界大戦後、復興を目指すイタリアが、需要のある家具を消費者に認知させるため、家具協同組合「Cosmit」を立ち上げ、1961年からスタートした家具見本市だ。今年で52回目を数える。そのメイン会場となるのが、東京でいうビックサイトのような、「フィエラ」と呼ばれる会場である。フィエラの展示面積(約21万㎡)はビックサイト(約8万㎡)の約3倍弱。ここに毎年32万~33万人が訪れる。これに対し、ミラノ市街地でおこなわれている800ともいわれるエキシビションを総称して「フォーリサローネ」という。他国の国際見本市と比べても市街地でのエキシビションが圧倒的な数を誇り、家具だけではない、自由なクリエイティブを発信する場として知られており、世界でもっとも影響力のあるデザインウィークと言って間違いない。
COLOR=色で生まれ変わった世界観
目を引く新作を出しつづけてきたメーカーがここ数年、新作の数を抑えつつ、時代を超えて愛されるタイムレスなデザインをあらためて見直し、カラー展開を駆使することによって再編集する動きが今年は如実に現れていた。それらを代表するものとしてフィエラ会場で発表されていた「ヴィトラ」を挙げたい。オランダ人デザイナー、ヘラ・ヨンゲリウスがヴィトラとの共同プロジェクトとして「Vitra Colour and Surface Library」というカラー展開を製品や会場構成に打ち出した。色を選ぶという行為は建築やプロダクトのデザインに比べ、挑戦的ではないと思われるふしもあるが、製品を目にしたときのインパクトとしては外すことのできない非常に効果的な要素なのだ。
ヴィトラはチャールズ&レイ・イームズ、ジャン・プルーヴェ、ジョージ・ネルソンなどミッドセンチュリーを代表するプロダクトの製造販売権を取得し生産してきたメーカーであるが、このカラー展開によって過去のものとしてイメージされていた名作の概念が刷新されることになった。
北欧を代表する家具ブランド「アルテック」も既存のアルヴァ・アアルト、イルマリ・タピオバーラなどがデザインした名作をあらたなカラー展開にして打ち出した。そのなかでもイルマリ・タピオバーラのパイプ椅子シリーズ「Lukki」を復刻させ、ホワイト、レッド、イエロー、ブルー、グレーなどカラフルな展開に。自国であるフィンランドで生産することを大事にしてきたアルテックが製造コストを抑えながら「スツール60」に匹敵する人気商品を出していきたい意気込みを感じるものであった。この製造コストを抑えながらも不変的であり、挑戦的でもあるようなプロダクトを生み出す姿勢はほかのデザイナー、メーカーでも多く見受けられた。
一方、フォーリサローネ(市街地)で数年前までもっとも盛んだったエリアの一つにトルトーナ地区がある。そのトルトーナ地区を牽引しつづけてきたのがオランダを代表する家具ブランド「モーイ」。モーイは2001年にマルセル・ワンダースとキャスパー・ビサースによって設立され、その大胆なデザインが大きな衝撃をあたえた。マルセル・ワンダースはモーイで自身がデザインを手がけるものにくわえ、世界の新進気鋭なデザイナーを積極的に起用し、斬新なプロダクトを発表しつづけた。ただ、リーマンショック以降その流れが一変、スーパースタジオでハバをきかせていたモーイの展示もどんどん縮小していった。しかし、今年はちがう。1200平米もの巨大なスペースを使い、14ものインテリアスタイリングで新作とカラーリングが増えた過去のプロダクトをミックスし、圧倒的な世界観を見せつけた。
SPECIAL REPORT|2013年のミラノサローネをあらゆる角度から総括
青木昭夫が解説する「サローネビューイング」
TREND(2) キュレーションからのあらたな視点
CURATION=存在感高まるキュレーション
ロッサーナ・オルランディ、リ・エーデルコートらをはじめとしたトレンドを牽引するキュレーターたちが独自の文脈を掲げ、まだ知られていない若手デザイナーの作品を拾い上げて、あたらしい価値に昇華していく活動が盛んだ。今まではデザイナーを前に打ち出す手法がほとんどであったが、今年はキュレーターを前に打ち出す手法が増えていたことを特筆したい。若手デザイナーの作品が単独で紹介されているよりも、その作品群全体の編集力とともに評価を受けるので、若手にはチャンスの場になりやすい。そのなかでも圧倒的だったのはバガッティ・バルセッキ博物館でおこなわれたロッサーナ・オルランディがキュレーションした「Museo Bagatti Valsecchi 2.0 EXHIBITION」だった。バガッティ・バルセッキ博物館はルネサンス期(15-16世紀)の絵画や彫刻、硝子や金、そして武器や防具がコレクションされた博物館。世紀単位で時を刻んできたものに囲まれながら展示するのでモノ自体に力がないといけないが、ナチョ・カーボネル、フレデリック・モレル、フロント、永井友紀子などある種、生命力の強さを感じる作品たちがしっかりと存在感を見せつけた。
PR・コンサルティングエージェンシーの「PS」がキュレーションする展覧会「Juice」は感覚的でとても興味深かった。深澤直人、ベルトヤン・ポット、サム・バロン、ルカ・ニチェットなどあらゆる国のデザイナー、メーカーの作品が集められているが、PSが混沌を打ち出したかったというように、アイテムのジャンルやサイズ、製品なのかプロトタイプかなど、すべてのことがランダムであった。それは音楽でいえばジャズのように自由奔放。どんなものに出合えるのか、わくわくさせるような空気がそこにあった。
ダヴィンチ国立科学博物館を会場におこなわれた「MOST」は、フォーリサローネのなかでも注目の会場の一つ。イギリス人デザイナー、トム・ディクソンがキュレーションし、ステラワークス、スタジオ・ジョブ、ピート・ヘイン・イーク、東京物産展など日本やオランダ、ドイツ、イギリス、フランスの気鋭メーカーやデザイナーを招聘。実物の機関車や飛行機などが展示してあるアート&サイエンスな空間に多彩な顔ぶれが揃った。
SPECIAL REPORT|2013年のミラノサローネをあらゆる角度から総括
青木昭夫が解説する「サローネビューイング」
TREND(3) 手がもたらすモノづくりに新傾向
CRAFT=洗練度の増したクラフト
ここ数年のトレンドであるクラフトは手仕事ならではのあどけなさが際立っていたが、今年は洗練されたものが多かった。背景には比較的価格の高い世界各地の伝統工芸が衰退し、デザインやストーリーによって付加価値をつけることが求められた。しかし、それが飽和してくると、さらにどこでも作ることができるモノではなく、地域、素材、メーカーだからこそできるデザインを追求した結果、洗練度の高い商品が増えてきたのではないだろうか。もちろん日本のものづくりも例外ではない。強い印象を受けたのは「Japan Handmade」と題し、前記したMOSTで新作を発表した「GO ON」の存在だ。GO ONは325年つづく西陣織のメーカー細尾や金網つじ、中川木工芸などの若旦那6人で構成されたクリエイティブユニット。元『Wallpaper* Magazine』のアートディレクターだったトーマス・リッケをJapan Handmadeのクリエイティブディレクターとして迎え、日本のものづくりにあたらしい視点を取り入れたことで挑戦的な新作を打ち出すことに成功した。
クラフトの領域ではギャラリーLecletticoでおこなわれた「Wallpaper* Handmade」も見逃せない存在であった。「Wallpaper* Handmade」はイギリスの有名誌『Wallpaper* Magazine』が2010年から開始し、今年で4回目となるエキシビション。世界各地のデザイナー、職人、メーカーなどに依頼をかけ、唯一無二を感じる洗練されたものづくりを収集、発表をおこなった。前記したGO ONEやエマニュエル・ムホー、深澤直人なども参加している。
nendoが誕生して11年。昨年はエルデコインターナショナルデザインアワードで“デザイナーオブザイヤー”に輝いた実績をもつ。若手ながら、もはや世界でトップクラスのデザイナーといっても過言ではない。今年は20会場で新作を発表、なかでもポストモダン時代からつづく老舗ギャラリーDILMOSで個展をやったことはおなじ日本人としてとても誇らしく感じた。この個展は「Glasswork」と題し、数あるnendoのプロジェクトのなかでも硝子製品のみに特化した内容となっている。ミニマムなデザインが多いので一見クラフトっぽさはあまりないが、じつは伝統工芸を駆使したものが多い。
ロッサーナ・オルランディのギャラリーや中庭などを使っておこなわれる会場は今年もさまざまなデザイナー、メーカーが集結した。過去、ここで発表をおこなったデザイナーはつぎつぎとスターデザイナーとして檜舞台に出て行くことで知られる。日本からはカリモク ニュー スタンダード、SUSギャラリー、長坂 常らが出展。ほかにはオランダ、スウェーデン、デンマーク、韓国など多彩な顔ぶれが揃った。中庭にカフェ機能があることから出展者同士や来場者と密な交流が生まれやすい。ロッサーナ・オルランディが厳選するモノはどこか手のぬくもりを感じるものが多い。
SPECIAL REPORT|2013年のミラノサローネをあらゆる角度から総括
青木昭夫が解説する「サローネビューイング」
TREND(4) ブランドのポリシーとは何か
HONEST=ぶれないモノづくり
ミラノサローネで数百にもおよぶエキシビションを見ていると気づくことがある。トレンドはたしかに存在して、マーケティングとしても加味することは重要なのだが、トレンドに迎合しすぎてはブランドのアイデンティティがどこにあるか見えなくなる。そんななか、トレンドに左右されず、ブランドのポリシーが明確なメーカー3社を紹介したい。コンスタンチン・グルチッチの新作で話題の「EMECO」が出したチェアはひとの手がかかる工程を極力減らした合理性の高いアルミのチェアだ。見た目のデザインだけではなく、製作プロセスをデザインすることも重要な要素だ。
マルニ木工の「MARUNI COLLECTION」はつねに世界から注目を浴びつづける数少ない日本の家具ブランドだ。深澤直人、ジャスパー・モリソンが手がける実直なデザインは座り心地、軽さ、強さといった機能性をもちながら、極限まで無駄を省くことにより、時代を超えて愛される究極のスーパーノーマルといえるだろう。
30年間、イタリアのOEMメーカーだったMATTIAZZIはドイツ・ミュンヘンベースのStudio Nitzan Cohenのディレクションもあり、独立した家具ブランドを形成していくにいたった。機械とつくり手がどう共存できるのかを模索していたMATTIAZZIは家具を作ることで消費するエネルギーを、工場内にあるソーラーパネルなどの再生可能エネルギーによって100%循環させている。ただ良質なものをつくるだけではなく、つくり手が地球環境にできることをやる姿勢に感銘をうけた。
SPECIAL REPORT|2013年のミラノサローネをあらゆる角度から総括
青木昭夫が解説する「サローネビューイング」
TREND(5) 注目のインスタレーション
INSTALLATION=創意工夫の空間表現
ミラノサローネで見られるクリエイションは決して家具の新作ばかりではない。その家具やインテリア小物を引き立たせるために重要になるのがインスタレーション(空間演出)だ。フィエラ会場でおこなわれたイタリアの家具ブランド「モローゾ」の空間は創意工夫と鮮やかさで満ちあふれていた。中国発祥といわれるタングラム(四角で囲まれているなかをさまざまなカタチの図形で仕切ったもの)をモチーフに、街中で見かけるような一般的な金網のフェンスにカラフルな工業用ベルトを通し、ワクワクするような空間に仕上げた。
デパドバは、ルカ・ニチェットとミケール・デ・ルッキの新作を中心に発表を市内のショールームでおこなった。インスタレーションはマレーシア人のジョアン・タンによるもの。スケッチや図面がプリントされたケント紙を鳥のように羽ばたかせ、まるで新作の巨大模型に吸い込まれていくような表現をほどこした。ほかでは写真や映像などで職人が製作するプロセスをみせるケースがここ数年多くなってきたが、それとはちがう幻想的なインスタレーションで人びとを魅了した。
トルトーナ地区の本丸ともいえるスーパースタジオのなかで美しいインスタレーションを日本のカネカが見せた。カネカは一般的には表に出にくい原料製造メーカーだが、クリエイティブと品質に対する会社の姿勢を感じ取ることができる。奥に向かって緩やかな下り坂になったステージに煙霧が漂い、有機EL照明の機械的な光がなんとも繊細にやわらかく感じる。朝もやに太陽の光が指していくような美しいインスタレーションだった。
SPECIAL REPORT|2013年のミラノサローネをあらゆる角度から総括
青木昭夫が解説する「サローネビューイング」
TREND(6) 次代を担うデザイナーは誰だ
Remakable=見逃せない若手デザイナー
最後を締めくくるのは、近い将来スターになる可能性を秘めた若手デザイナーを紹介したい。中国ベースのデザインスタジオ、ピンウー、カナダ人でトム・ディクソンでの経験をもつフィリップ・マロイン、メキシコ人デザイナーのローラ・ノリーガの3組だ。まずは中国、ドイツ、セルビアの多国籍な3人組によるピンウー。彼らは2010年のミラノサローネをきっかけに3人でユニット組んだそう。技術力の高まりをみせる中国の職人の能力を充分にリサーチし、テーブルの天板に磁器を使う斬新な発想を打ち出した。
カナダ人であるフィリップ・マロインはじつに国際色豊かな経歴をもっている。オランダのデザインアカデミーアイントホーヘン、フランスのENSCI、カナダのモントリオール大学卒業後、イギリスのロンドンベースであるトム・ディクソンに師事。その後、独立した。新作slatsの特徴は、おなじサイズの角材を集積させ、棚と構造を作ってしまう。シンプルな要素でパフォーマンス性の高い作品に転換させた良質なデザイン。
ベンチュラ・ランブラーテで発表をおこなったメキシコ人デザイナー、ローラ・ノリーガは日本のものづくりと密接につながっていた。宮崎木芸や花ござの職人、京都の清水焼である瑞光窯の職人と共同して製作を実現。メキシコ人が日本の伝統工芸からインスパイアされるとこんなにもモダンになるのかと驚愕した。your skinはストロー状になったい草がモチーフになっており、美しく組まれた丸棒の小口は曲面にくりぬかれている。
青木昭夫|AOKI Akio
クリエイティブディレクター。1978 年東京生まれ。2005年~2009年デザインイベント「DESIGNTIDE TOKYO」のディレクターを経て、2009年MIRU DESIGNを始動。プロダクト、インテリア、建築、グラフィックなど、さまざまなデザイナーのネットワークを活かし、 展覧会や商品開発の企画、プロデュースをおこなう。また、音楽家坂本龍一が代表を務めるmore treesのプロダクトディレクション、インテリアライフスタイル展のクリエイティブディレクション、Ccca-Cola Bottlewareのプロデュースなど大きな話題をつくり出すプロジェクトを数多く手がけている。
問い合わせ先
info@miru-design.com