特集|森の神に会う旅~岐阜県の“ウェルネス・ツーリズム”~Chapter 2
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2015年4月23日

特集|森の神に会う旅~岐阜県の“ウェルネス・ツーリズム”~Chapter 2

特集|森の神に会う旅~岐阜・東濃地域~

Chapter 2:宿は人なり、食も人なり

もてなしの真髄(1)

山野草やキノコといった山の恵みはもちろんだが、岐阜において森と同列、いやそれ以上に豊かなのが「川」であろう。揖斐川、木曽川、そして鵜飼いで全国にその名を知られる長良川。岐阜の川がもたらす恵みの最たるものはアユであり、5月の声をきけば黙っていても宿ではアユが出されるはずだ。そして水の良いところは酒が良い――すなわち、岐阜の宿の食事は自ずと充実するのである。

Photographs by JAMANDFIXText by KASE Tomoshige(OPENERS)

皇太子が宿泊した古民家の宿

JR中津川駅から車で約5分、恵那山系の山々と対峙し、中津川の街を一望する雑木林のなかにある「夜がらす山荘 長多喜(ながたき)」。1万坪の敷地内に6棟の古民家を置き、1棟1組をもてなす隠れ里のような宿である。もともと江戸時代から中津川宿本陣脇にて旅籠を営み、昭和8年に現在の場所に居を移したという。

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多くの文人墨客に愛され、庭内には歌人・若山牧水と俳人・高浜虚子の石碑がある。また昭和32年には、今上天皇が皇太子の時代に宿泊されている。岐阜・中津川きっての由緒ある宿と言って間違いないだろう。

「(当時の)皇太子が宿泊されたのは『雲居の間』です。もちろん皇太子が泊まられるというので当時あらたに作りました。部屋の名前は、ご宿泊の前に宮内庁に決めていただいたと聞いています。私どもじゃどうすればいいか勝手がわからないですからね」と語る、長多喜の主人・吉田信助さん。「雲居の間」は10畳と8畳を備え、長多喜のなかで最も広い部屋となる。

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そのほか恵那山を借景に見事な眺望が得られる「萩の間」、茅葺き入母屋づくりの「つつじの間」、200年を経た木曽の民家を移築した「もみじの間」など、6つの部屋が敷地内に点在する。それぞれの部屋は古いが清潔で、日本の原風景を感じながらゆったりとした時間を過ごすことができる。

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またそれぞれの部屋をつなぐ雑木林と庭が素晴らしい。手入れが行き届いているのはもちろんだが、高台にあるので風の通りがよく、爽やかなのである。鳥の声も心を和ませる。「この雑木林は鳥の通り道になっているんです。昔はカスミ網で捕えた野鳥を食事に出していたこともありました。現在は禁止なので出したら私たちが捕まってしまいますが(笑)」と吉田さんが教えてくれる。明るい雑木林と苔むした庭。これもまた日本の原風景のひとつといえよう。

美しい弁当は歌舞伎の供

詳細は第3回のレポートに譲るが、ここ岐阜・東濃地域は「地歌舞伎」と呼ばれる素人が演ずる歌舞伎が盛んであり、現在も複数の芝居小屋で定期的な上演が行われている。この地歌舞伎の観覧時、客はおもいおもいに弁当を持ち寄る。ここ長多喜では地歌舞伎見物のための仕出し弁当も作っている。その名は「歌舞伎十八番弁当(かぶきおはこべんとう)」。

築年数400年という江戸初期の美濃の民家を移築した「栗の間」にて、その弁当を食べることになった。運ばれてきた弁当を見て誰もが感じるのは、その見た目の美しさである。実に18種類を数えるひと口大の美しい料理が、漆塗りの箱に整然と盛り付けられている。おもわずため息がもれる。

「どれもこれも地のものばかりの田舎料理でして、(口に)合いますかどうか……」と言う吉田さんであるが、結論からいえばすべての料理は作る側の丁寧な仕込みを感じさせるもので、たんに美味というだけではなく、もてなしの心が伝わる味わいであった。

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アユの一夜干し、枝豆のきんとん、カボチャの湯葉巻き、牛肉のウド巻き、ジャガイモとチーズのフライ、カモの桑焼き、ビワの梅餡……見事な彩りの宝石のような品々。魚、肉、野菜、果物まで、旬の地元の食材をふんだんに使用し、豪華でありながら素朴で趣のある、まさに「地歌舞伎」にふさわしい弁当に仕立てられている。

この「歌舞伎十八番弁当」、事前の予約は必須であるが、芝居小屋への配達も承っている。地歌舞伎を楽しみながら美しい弁当をいただく――豊かな行為であり、こうした文化が東濃地域に息づいていることに、改めて気付かされる。

6棟のみの古民家の宿、長多喜。訪れたのは緑深まり梅雨間近の空の青さがまぶしい6月であったが、いつ訪れても季節の移ろいを肌で感じることができる宿だ。すなわち春には萌えいずる梢が、夏には日差しと一陣の通り抜ける風が、秋は木々の紅い彩りが、そして冬には雪と宿の温もりが、客を迎えてくれるはずである。

特集|森の神に会う旅~岐阜・東濃地域~

Chapter 2:宿は人なり、食も人なり

もてなしの真髄(2)

天下の三名泉、下呂温泉

岐阜県のなかで下呂温泉がどの地域に属するのか正確に言えば、飛騨地域の南端にあたる。しかしその文化はどちらかといえば東濃エリアであり、中津川とは国道257号線、裏木曽街道で結ばれている。とはいえ岐阜県で最も古くから知られる「観光地」であり、下呂温泉としてひとつの文化を継承し続けている、と表現したほうが正しい。

天暦年間(947~957)年に源泉が発見されたと伝えられている下呂温泉。泉質の良さを世に伝えたのは、室町時代の僧侶である万里集九(ばんりしゅうく)だ。詩文集『梅花無尽蔵』のなかですでに、草津・有馬と並ぶ良泉であると記している。その後時は下って江戸時代、徳川4代にわたって仕えた儒学者・林羅山(はやしらざん)もまた下呂温泉を高く評価し、その名湯ぶりが広く世に知れわたることになったという。ともかくも1000年以上もの間、地元の人々によって守られ、訪れる者の身体と心を癒し続けている温泉なのである。

飛騨川沿いに広がる温泉街の喧騒から離れ、阿多野谷へ向かってやや上った高台に「懐石宿 水鳳園(すいほうえん)」がある。JR下呂駅から車で4分であるが、荷物が少なければ温泉街を巡りつつ、のんびり徒歩でも行ける距離である。清潔で現代的、こまやかな心配りのあるスタッフが迎えてくれる宿。本館と別館を合わせて19室を備えている。

ほどんどが和室のしつらえとなっており、温泉宿らしい風情を楽しめるが、2つある和洋室のうちの一つ、「宵待草の間」はじつにモダンなつくりとなっている。12.5畳の本間に13.5m²のツインベッドルーム、そして十和田石をヒノキで覆った半露天風呂が付く。人気の部屋なので、土日、祝日に泊まる場合は早めの予約をお薦めする。

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さっそく湯をもらうことにする。展望露天風呂は目の前に飛騨の山々が広がっていた。泉質はアルカリ性単純泉で、さっぱりとした肌触り。浸かっては上がり、上がっては浸かる。じわじわと疲れが癒されていった。

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夕食は囲炉裏のある部屋で。すでにアユの芳ばしい香りが漂っている。ここ水鳳園の魅力は湯であり、そしてこの食事である。懐石形式で、数多くの料理が供される。先付、八寸、吸い物と続き、お造りに。ここで仲居さんに日本酒を薦められる。たしかに、岐阜は名酒の宝庫。この宿のオリジナルの銘柄である純米吟醸「水鳳」を注文する。飛騨の山々に磨かれた水が醸す酒は、その水のままに清冽な味わいで、料理の味をふくらませ、過ごす時間を豊穣なものに変えてくれた。

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焼物はもちろんアユだ。岐阜を代表する味覚であり、岐阜を流れる各河川がその味を競う食材である。熱々をほお張れば、くどさのない脂とワタの豊かな苦みが一体となる。見事な味、と表現したい。

アナゴの蒸し物、煮物、そして飛騨牛。贅たくではあるが、どの料理も「喜んでもらいたい」という心遣いに満ちた、誠実な味であった。アユとともにもう一つ特筆しておきたいのがご飯、米である。ここ下呂産の銘柄米「龍の瞳」は大粒で甘く、粘りが強い。「もう満腹」という段階にさしかかりながらも、あまりのうまさに二杯を平らげてしまった。全国米鑑定コンクールの金賞を受賞した米だとか。かまどで炊きあげられた「龍の瞳」、ぜひ堪能していただきたい。

素晴らしい食事と酒に囲まれながら、夜は更けていく。これぞ温泉宿の醍醐味というもの。心と身体はすっかり癒され、心地よく深い眠りについた。

ダシのような味の茶

東濃地域の北部に位置する東白川村は、知る人ぞ知る茶の名産地である。日本で最も北に位置する茶の産地であり、昼夜の寒暖差が大きく、村の中心を流れる清流・白川から立ち上る霧が、良質で香り高い茶葉を育むと言われている。国道256号線、白川街道沿いの道の駅「茶の里 東白川」で、その茶葉の真髄を味わうことができる。

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「茶の里 東白川」内の小さな喫茶店「茶蔵園(さくらえん)」では、茶と菓子のセットが用意されている。ここで販売されている茶葉を生産している、「新世紀工房」を経営する村雲陽司さんの説明がはじまった。「まずは湯を注ぎ、すぐに淹れてください。それが一煎目になります」

湯呑みに移った茶の色は、緑色というよりは金色である。ひと口すする。その味わいは衝撃であった。カツオブシで引いたダシのような旨味が口中に広がった。しばし呆然としていると、村雲さんが語りかけてきた。「いかがですか? 茶の旨味を感じてもらえたでしょうか」。東白川村の最高峰とされる「極(きわみ)」という銘柄だそうだ。丁寧に摘み取った茶葉は熟練の技術によって針のように細くなり、光沢を増し、薫りを纏い、旨味を備える。いままでの煎茶の概念を覆す、素晴らしい茶であった。二煎目、三煎目と徐々に苦みがくわわり、五煎、六煎まで楽しめる茶であった。

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この「極」は、ここ道の駅「茶の里 東白川」でしか飲めない茶であり、一般には流通していない。もちろん店舗には農林水産大臣賞を何度も受賞している「天皇杯」といった銘柄をはじめ、さまざまな商品が並んでおり、どれを購入しても間違いはない。が、道の駅「茶の里 東白川」を訪れたのであれば、喫茶室で「極」を味わわねば画竜点睛を欠く、と申し述べておこう。

岐阜・東濃地域の食と宿についてレポートした第2回。魚、肉、野菜、果物、そして酒――体験した数々の料理や食材は、たしかにどれも素晴らしかった。しかし料理の味、食材の味以上に、「作る人々」のもてなしの心に私は打たれたのだと思う。そしてもてなしの心こそ、味の真髄のような気がしたのである。

夜がらす山荘 長多喜
岐阜県中津川市駒場1649
Tel. 0573-65-3133
Fax. 0573-66-8012
料金|1万5750円~
(1泊2食付1名分/サービス料別)
IN/OUT|16:00/10:00
http://nagataki.info/

懐石宿 水鳳園
岐阜県下呂市森2519-1
Tel. 0576-25-2288
Fax. 0576-25-5338
料金|1万4500円~
(1泊2食付1名分/サービス料別)
IN/OUT|14:00/10:00
http://www.e-onsen.co.jp/

道の駅「茶の里 東白川」
岐阜県加茂郡東白川村越原1061
営業時間|9:30~17:00
定休日|月曜
http://oishii22.jp/

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岐阜県観光課
Tel. 058-272-8393
http://www.kankou-gifu.jp/(岐阜県観光連盟公式サイト)

           
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