INTERVIEW|スカイツリー照明デザイナー 戸恒浩人(後編)
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2015年1月7日

INTERVIEW|スカイツリー照明デザイナー 戸恒浩人(後編)

INTERVIEW|照明デザイナー 戸恒浩人

スカイツリーを照らせ(後編)

空に優しく浮かんだ“夜の富士山”をイメージしてデザインされた、東京スカイツリー(以下、スカイツリー)の光。繊細なニュアンスを感じさせる、日本人好みの光である。デザインを担当したのは若手照明デザイナーの戸恒浩人さん。「日本の情緒を表現したかった」と語る戸恒さんが、スカイツリーに込めた想いとは──

Photographs (portraits) by JAMANDFIXPhotographs (Tokyo Sky Tree, Tokyo Hotal) by PanasonicInterview & Text by TANAKA Junko (OPENERS)

LEDだからできること

「いままでの光源って、白とか電球色、あとは赤や緑などのパチンコ屋のような派手な色しか表現できなかったんですけど、LEDっていうのが出てきて、色が任意につくれるようになりました。例えば青色LEDだったら、青色LEDにかぶせる蛍光体を、好みの色で光るように調合する方法があるんですよ。『このピンクにしたい』って言ったら、そういう風に光るように、何色を何%、何色を何%って複数の種類の蛍光体を混ぜ合わせるとできるんです」

そんなLEDを使って「光が出せる色の常識を変えたかった」という戸恒さん。1年間かけてさまざまな検証をしたのち、スカイツリーのライトアップに使う照明器具、計1995台はすべてLEDでまかなうことになった。

「LEDで全部いくぞってなったとき、色の常識を変えたいと思いました。もっと繊細な美しい色ってあるんだよってことを伝えたかった。何色とも言いがたい“和の色”みたいなものもあるんだよって。照明デザインってもともと西洋で発達してきたわけですけど、やっぱり世界中同じじゃつまらないじゃないですか。わりと西洋の照明デザインって“光と影”なんです。でも日本人って“陰影”。

『イエスかノーか』っていわれても、僕らは決められないところがあるじゃないですか。西洋では『白か黒か』みたいなところがあるんですが、僕らは『いや、グレーもいいぞ。もう合わせちゃえばいいじゃん』っていう(笑)。まさに“陰影”ですよね、光でいうと。水墨画的に黒から白までの間を全部使い切るみたいな。そういうところに美を見出すっていうのを、僕ら日本人は昔からやってきたんです」

スカイツリーの放つ優しい光。それは、細かいニュアンスに美を見出す日本人ならではの感性をいかしたものだった。

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 02

「ライトアップも、神々(こうごう)しくパッと全部を照らす西洋的な美しさってあるんですけど、そうしてしまうと、使うエネルギーが常にマックス値になってしまう。これをなんとかできないかと思っていたんですね。そのときに“陰影”を使うと、全部塗りつぶすんじゃなくて、塗るところと塗らないところをつくって、間をちょっと塗るという風になる。そうすると、全体像としては100点を狙うんだけれども、使うエネルギーは、全部塗ったときの半分ぐらいの量でできるんです。それにチャレンジしたいなと。よく見ると『あ、ここ全然照らしてないね』っていうのが結構あるんですが、そういうのをあんまり感じさせないように、全体を繋げています」

“省エネ”はスカイツリー全体におけるテーマでもある。省エネの取り組み方について、独自の哲学を持って取り組んできた戸恒さん。その哲学がライティングのデザインにも大きく反映されているようだ。

「省エネっていうと、どうしても減らすっていうイメージが強いんですが、減らすことも大事だけども『なんのためにエネルギーを使うんだ?』っていうと、やっぱり楽しく豊かな時間をすごすためじゃないですか。スカイツリーも『照らしません』っていうのが一番の省エネなわけですが、いくら省エネになっても、それってみんなすごいがっかりしちゃう。それは意味のない省エネなんですね。結局はバランス感覚がすごく大事。いかに少ない光量で最大の効果を得るか。そこのバランスを考えるのが大事だとおもうんです」

そこで登場するのがLED。まさに“少ない光量で最大の効果を得る”省エネを可能にする日本発祥の光の技術だ。

「LEDは、光を集めて遠くに飛ばす反射鏡と組み合わせることで強い光を生むんです。LEDの発光源自体は小さいのですが、光線は強いので、反射鏡を大きくつくると、パキッとものすごく遠くまで飛ぶんです。それなりにライトアップのシンボルになるように光って見えますけど、すごく少ない光をあますところなく使っています。照明器具の性能として無駄がないので、省エネが成立しているんです」

美しさと省エネ。この2つを両立させることのできる救世主がLEDだったのだ。

INTERVIEW|照明デザイナー 戸恒浩人

スカイツリーを照らせ(後編)

「がっかりさせない」ための5年間

スカイツリーのライティングがかたちになるまで。その道のりは、戸恒さんがデザイン案を提出した2007年からじつに5年間もの時間を費やした、まさに「山あり谷あり」の旅であった。

「デザインを考えるのは一日もかからなかったと思います。『この方向でいきたいな』というのは、すぐにぱっと出てきたんです。その生みの苦しみはなかったですね。むしろ、デザインができてからそれをかたちにするというのは、ものすごいエネルギーと時間がかかるということを実感しました。あとは、あれだけの規模のものなので、できるだけたくさんの方に喜んでもらえるようにとおもって、プロジェクトを進めていきました。たとえば、LED化をしていくのもそうです。普通に放電灯でつくれば、もっと短い時間でできたかもしれません。それより、苦労はありましたけど、LEDでつくることによって、『日本の技術がここにあるぞ』というのを世界に示せるし、結果的に省エネにもつながりました。調光で明るさを調整できるので、表現の幅もすごく膨らんだんです。色についてもそうです。そういう意味では、スカイツリーとLEDの技術が成長してくるスピードがぴったり合ったというのは、本当に幸せな出会いだったとおもいますね」

5年間を振り返って「プレッシャーには感じなかった」とはいうものの、2年も前からCGでつくった完成イメージが出回り、話題にあがることが多かったプロジェクトだけに、期待をもって待つ人たちを「がっかりさせたくない」という気持ちがいつも念頭にあったようだ。

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 04

「これだけの時間をひとつのプロジェクトに費やすというのは、僕にとってもはじめてのことでした。このプロジェクトでずいぶん成長させてもらいましたよ。やはりたくさんの人を巻き込んでしまうものなので。ただ、あまりプレッシャーには感じなかったですね。選んでくれた時点で『かなりの確率で喜んでもらえるんだろう』ということを信じてやってきたので。それでも、もっといろんな批判にさらされたりするのかなと思っていたのが、意外とそれはなくて。すごく応援してもらっているなと感じながら進められたのはありがたかったですね。

4月17日に試験点灯したとき、たくさんの方が写真に撮ってブログとかツイッターにあげてくれていたんです。それを見たとき『あ、受け入れてもらっているな』というのを感じて、すごくほっとしました」

5年間で迎えた一番大きな“山”は、昨年3月に発生した東日本大震災のあと。節電の文字がニュースを席巻していたころだ。が、その山はおもったよりも険しくなかったようだ。

「震災が起こったとき、これはスカイツリーは点けられないかもなっておもっていたんですけど、すぐにメディアの方や一般の方から『スカイツリーは点けてくださいね』っていう声がたくさん届きました。連日『節電』ってニュースが流れているときに『スカイツリーだけは希望なんで、点けないなんてやめてくださいね』って。それで、みんなでどうするかっていう話になったときに、『いや、もともとコンセプトは、できるかぎりの節電を考えながらも、ちゃんと効果はあるようにって進めてきたんだから、ここは堂々と自信をもって、これでいきましょう』ということになったんです。震災があっても、そのコンセプトは揺るがなかったんですね」

いくつもの問題を乗り越えて完成したスカイツリーを見たとき、戸恒さんの胸にはどんな思いがわきあがってきたのだろう。

「5月6日に、LEDでできたホタルを隅田川に流す『東京ホタル』というイベントがあって、それを見に行ってきました。前半は、スカイツリーは点灯していなかったんですけど、みなさん早く点いてほしかったみたいで、カメラを手に取って待っているわけですよ。そのうちに『いつ点くんだよ』って、みんなだんだんイライラしてきて。ようやく点灯したときには大きな歓声があがって、僕にとってはそれがすごく感動的でした。スカイツリーがあってはじめてこの景色が活きるって、そういう風に期待してくれているんだなって。その時点で、もうみんなのスカイツリーになっているわけで、それがすごく嬉しかったです」

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 05

昔から月や星を見るのが好きだったという戸恒さん。「スーッと体を癒してくれるような感覚をくれる」という天体の穏やかな光が、スカイツリーにも少なからず反映されているようだ。

「本体を照らしている色を“ゴールド”って呼んでいたんです。白でもちょっと黄色っぽい、そういう色がいいなって。この前スーパームーン(満月が通常よりも大きく見える現象)が出ていたでしょ。それを見たとき、僕が“ゴールド”と呼んでいた色とまったく同じ色だったんですよ。夜空に浮かぶスカイツリーを考えたときに、形としては富士山に見せたいけど、浮かんでいる色をイメージしたときに、夜空に浮かぶ月の輝きを取り入れようとしていたんだなということに、そのとき気がつきました」

とにかく「みんながやってほしいだろうなとおもうことは、できるだけ突っ込んでやってきた」という戸恒さん。「『明日もがんばれそう』って思ってもらえる光になれば」とひそかに期待しているそうだ。

──INTERVIEW|照明デザイナー 戸恒浩人(前編)はこちら

戸恒浩人|とつね ひろひと
1975年生まれ。東京都出身。東京大学工学部建築学科卒業。照明デザインにひかれ、建築士から照明デザイナーの道へ。1997年ライティングプランナーズアソシエーツ入社。2005年シリウスライティングオフィス設立。2007年、東京スカイツリーのライティングデザイナーに選出される。主な作品に、ホテル日航東京チャペル「ルーチェマーレ」、浜離宮恩賜庭園「中秋の名月と灯り遊び」など。日本の情緒をいかしたデザインで、いま最も注目を集める若手照明デザイナーだ。

           
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