INTERVIEW|スカイツリー照明デザイナー 戸恒浩人(前編)
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2015年1月7日

INTERVIEW|スカイツリー照明デザイナー 戸恒浩人(前編)

INTERVIEW|照明デザイナー 戸恒浩人

スカイツリーを照らせ(前編)

5月22日(火)、東京の街にあたらしいシンボルが誕生する。高さ634メートルという、世界一の高さを誇る塔の名は東京スカイツリー(以下、スカイツリー)。東京タワーの後を継ぐあたらしい電波塔だ。建物そのものの美しさもさることながら、わたしたちが一番目にすることになるのは、おそらく一日を終えて家路を急ぐとき、ふと顔を上にあげた瞬間に見える“夜の顔”ではないだろうか。その顔を彩るライティングを一からデザインする重責を与えられたのは、若手照明デザイナーの戸恒浩人(とつね ひろひと)さん。東京で生まれ、人生のほとんどを東京ですごしてきた戸恒さんが、スカイツリーに込めた想いとは──

Photographs (portraits) by JAMANDFIXPhotographs (Tokyo Sky Tree, Tokyo Hotal) by PanasonicInterview & Text by TANAKA Junko (OPENERS)

インスピレーションはベルギーと富士山!?

都市ごとにちがう光の表情。戸恒浩人さんに一番インパクトを与えたのは、小学校5年生から中学校2年生まですごしたという、ベルギーのブリュッセルで見た“奥行きを感じる光”だった。

「遠くまで景色が見えたり、ある象徴的な教会が光っていたりすることで、街の景色としてすごく奥行きを感じました。街全体も、日本に比べると暗いんですが、たとえばちょっとした道路が照らされていたりとか、そういう風に効果的に光があることによって、途中の暗さが気持ちよく感じたりして。そういう体験が子供のころにあったんですね。そのころは、照明を仕事にするなんて見えてなかったんですけど、『なんか光っていいもんだな』って感覚的におもうようになりました」

そんな体験を経て帰国した戸恒さんに、東京の街はどんな風に映ったのだろう。

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 02

「東京って高層ビルがいっぱい建っているんで、大きい都市っていわれるわりに、景色としてあまり広がりを感じないんです。夜の光をとってみても、基本的にベチャッと明るいか、暗くて気持ち悪いか、極端にそのどっちかで。明るい光っていうと、“お客さんを呼び込む光”しかないじゃないですか。居酒屋しかり、パチンコ屋しかり。で、途中で急に機能的な街路灯や自動販売機の蛍光灯にかわる。それがすごく寂しくて。『なんでこんなに大きな都市なのに景色がないんだろう』とおもっていました」

そんな東京の下町に誕生した“のっぽ”なスカイツリーは、街のいたる場所で目にすることができる。ただ、戸恒さんの言葉どおり、ここは高層ビルの立ち並ぶ街。なかなかその全容を確認するのは難しい。戸恒さんがライティングをデザインするときにイメージしたのも、そうしたビルの合間からちらっと顔をのぞかせたスカイツリーの姿だったという。

「スカイツリーがどういう風に見えるかなって想像したときに、多分ビルの合間とかに突然建って浮かんで見えるっていうか、そういう出会いが非常に多いだろうなとおもったんですね。それが近かったり遠かったりするちがいはあるとおもうんですけど。そのときに全部をドカーンと照らして、いわゆる『俺いるぜー』みたいな(笑)、そういう光と影のコントラストが強い見せ方よりも、もっと日本の情緒っぽく、ほっこり月が浮かんでいるように、ふわって優しく浮かんでいるような感じであってほしいなっておもったんです」

そんな戸恒さんにインスピレーションを与えたもの。それは、遠くからそっと東京の街を見守ってくれているようにたたずむ、富士山の存在だった。

「デザインを考えるとき、江戸のことをちゃんと知らなければいけないということで、文献をずいぶんあさってみたんですけど、江戸の人って富士山が大好きなんですよね。版画にもたくさん登場していますしね。しかもその富士山っていうのは浮いているんです。昔ほどは見えなくなりましたけど、いまでもときどき富士山が見えたときってはしゃぐじゃないですか。『あ、見えた!』って。ああいう、ラッキーアイテムみたいな存在感があるなっていうのをおもったときに、ひらめいたんです。スカイツリーが“夜の富士山”みたいに見えたら、江戸の原風景みたく、象徴的に日本らしくなるんじゃないかって。

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 03

富士山って、東京から見ると決して近い存在ではないんです。遠くから見守ってくれている感じがあって。スカイツリーも多分、この現代的な風景のなかで、そんな風に見守っていてくれる存在になるんじゃないかと。やっぱり浮かんでいる感じ。そのふたつのイメージが重なったときに、これは照らし方として、てっぺんを白くして上から下に照らすことで、末広がりに浮かんでいる感じが出るんじゃないかなとおもい、そこからデザインをはじめました。もし“ライトアップ”してしまうと、下の光が強くて上に向かっていくと消えていく。それを逆に使って、下に向かって消えていくように照らしたいと。すごく珍しいかたちなんですけど、それをスカイツリーではやってみたいとおもいました」

まるで頭を雪で覆われた富士山のように、てっぺんを白く光らせて浮かぶ塔。そんな明確なイメージを持ってアイデアを練っていった戸恒さん。仕事はスムーズに進行すると思われた。が、世界にも類がないスカイツリーの“かたち”が、一級建築士の資格を持つ戸恒さんの心を迷わせてしまったのだ。

INTERVIEW|照明デザイナー 戸恒浩人

スカイツリーを照らせ(前編)

生まれてみたら“双子”だった!

「スカイツリーは、高層部は円形がベースになっているんですが、低層部にいくにつれて三角形へと変化していきます。三角形って四角形と違って方向性が強くでるんです。そうすると、スカイツリーって見る方向によって、お腹が出ているように見えたり、反っているように見えたり、いろいろするわけなんですね。『そり』(※1)と『むくり』(※2)っていう建築のコンセプトなんですが、それがすごくおもしろいなとおもっていて。その特徴をなんとか光で出したいとおもいました」

(※1)そり=線または面が上方に凹んで湾曲していること
(※2)むくり=そりとは逆に、線または面が上方に凸に湾曲していること

これは、いうならばスカイツリーの外側の話。“問題”はその構造美が内側にもおよんでいたこと。

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 05

「真ん中に『心柱(しんばしら)』っていう柱が、焼き鳥の串みたいにグサッと刺さっているんですけど、それが五重塔のころから日本で引き継がれてきた、すごく耐震性のある構造で。その構造美もいいなとおもったんですね。真ん中の『心柱』を透かせて見せるというのもいいなとおもったし、三角から丸になっていく『そり』と『むくり』の形をきれいに見せたいというのもあって。それがなかなか同時に成立しなかったんですね。『中見せたい、外見せたい』ってなっちゃうと、なんかどっちつかずみたいになって、ただだらしなく光っている感じになっちゃうんです。それで、自分のなかでは、どっちにしてみようかなという迷いが出てきたんですね」

「To be, or not to be」ならぬ「外にするべきか、内にするべきか」の一大事。戸恒さんはこの迷いにどう向き合っていったのだろう。

「同じころ、コンセプトを考えていくなかで、“東京” “江戸”っていうキーワードは大切にしようという風におもっていて。大阪や福岡や札幌とか、いろいろ都市はありますけれども、東京でしか成立しない認識、美しさってものをつくりたかったんですね。仮に大阪に持っていったら合わなくてもいい。同じように、いま大阪で建っているものを東京に持ってきてもちょっと違うじゃないですか。そういうのがあるべきだとおもうんです。そこで拠り所となったのが、東京らしさ、江戸らしさというキーワードだったんですね」

東京らしさ、江戸らしさとは。調べをすすめていた戸恒さんは、江戸っ子文化の魅力をあらためて知ることになる。

「いろいろ調べていくなかで見えてきたのは、人間模様なんです。やっぱり町民文化の代表ですからね、江戸文化っていうのは。その“人間らしさ”っていうのが東京らしさをつくっている。地方出身の方が非常に多い街なので、あんまり独自性っていうのはなくて、むしろ人間のエネルギーのぶつかり合い。全国から集まってきて『われ先』っていう戦いみたいなね。そうやって高め合っていくにぎやかな雰囲気っていうのが、東京らしさをつくっている。同時に、流行の発信源でもあります。江戸時代も、美人画とか歌舞伎役者とかが描かれたファッション雑誌のはしりみたいなものがあった。そのころから、東京っていうのは、洗練された美の発信地という性質を持っていたわけです」

江戸っ子らしい粋な姿と、江戸っ子の持つ美意識。戸恒さんはそれぞれを「粋(いき)」と「雅(みやび)」と名づけ、ライティングのデザインへと落とし込んでいった。

「もう自分のなかでは、ひとつのデザインではなくて、生まれてみたら“双子”だったっていう。はじめから2つのデザインっておもっていたわけではないんですが、運よく2つ出てきたと、そういう風に開き直っているんです(笑)。考えてみたら2つあることの良さって結構あるなと。違いをみんな勝手に考えてくれるじゃないですか。ということは、みんなよく観察してくれるようになる。光のいいところをより多くのみなさんに感じていただくいいチャンスになるだろうと、そういう風におもっています」

スカイツリー照明デザイナー|戸恒浩人 06

「粋」(=写真左)では中央部をブルーで、「雅」では外周の鉄骨を紫で照らしている

こうして生まれた2つのデザイン。粋ではスカイツリーの中央部をブルーで照らし、雅では外周の鉄骨を紫で照らしている。それぞれ日替わりで登場し、私たちの目を楽しませてくれる予定だ。はたして、「中を見せたい、外も見せたい」という戸恒さんの想いは現実のものとなった。

「『粋』は水色っていえば水色なんですけど、ちょっと緑を足しているんですよね。水色に近いちょっと緑を含んだ爽やかな水色。“江戸紫”って呼んでいる『雅』の方は、いままでできなかった美しい紫の光。下品な紫じゃなくて、男性も女性も両方から好まれる色を目指してつくりました。ピンクはつくりやすいんですよ。つくりやすいんですが、ちょっとけばくなっちゃったりとか、かわいらしくなりすぎちゃったりとかして。青っぽい紫っていうのも昔からつくられているんです。その間の、ピンクでもない青系でもない、そういうバランスの紫っていうこれまでつくれなかったものがつくれたんですね」

こうした繊細な色は、まるで絵の具のように自由に色をつくりだすことのできる、LEDだからできたこと。そう、スカイツリーはLED器具だけをつかった“オールLED”の塔。この日本発祥の光の技術によって、これまでの常識では考えられないあたらしい光を生みだすことに成功した。

──INTERVIEW|照明デザイナー 戸恒浩人(後編)へつづく

戸恒浩人|とつね ひろひと
1975年生まれ。東京都出身。東京大学工学部建築学科卒業。照明デザインにひかれ、建築士から照明デザイナーの道へ。1997年ライティングプランナーズアソシエーツ入社。2005年シリウスライティングオフィス設立。2007年、東京スカイツリーのライティングデザイナーに選出される。主な作品に、ホテル日航東京チャペル「ルーチェマーレ」、浜離宮恩賜庭園「中秋の名月と灯り遊び」など。日本の情緒をいかしたデザインで、いま最も注目を集める若手照明デザイナーだ。

           
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