連載|南アフリカ旅行記
LOUNGE / TRAVEL
2020年4月21日

連載|南アフリカ旅行記

第3回「ヨハネスブルグを旅する-2 美食巡り」

南アフリカの食事はすこぶる美味しい。旅に出る前、知人からそう聞いていた。具体的な料理などひとつも思い浮かべられないほどに南アの食事情には疎かったが、期待に胸を膨らませ実際に訪れてみると、そこはまるで楽園のようだった。ホテルで何気なく出されたコーヒーに目をみはったり、果物や野菜の味の濃厚さに舌を巻いたり。予想をはるかに超える美食体験が待っていた。日本にいると、南アフリカの食の豊かさにあまり気づくことはなかったが、実は多種多様な果物や野菜が育てられ、肉や魚介類にも恵まれ、酪農までも盛んな土地。さらには多民族国家であるため、多様な文化が互いに影響しあうことで美食大国にもつながっているのだ。自由に旅することができる日を夢見て、アフリカ大陸に思いを馳せたい。

Text by MAKIGUCHI June

伝統を守り革新を生み出す、食の女神たち

南アフリカでの美食体験は、素晴らしき女性料理人たちとの出会いで充実したと言っていい。ヨハネスブルグに到着後、初めてのランチは南ア最大のタウンシップ、ソウェトにある「Lebo’s SOWETO」。宿泊、食事、サイクリングツアー、文化体験を提供している観光客に人気の施設だ(第2回にも登場)

そこで待っていたのは、南アフリカの食とホスピタリティの研究家で『SOUTH AFRICAN CULINARY HERITAGE』の作者でもあるユニス・ラカヘル・モレフェ氏。料理上手な母のレシピを残したいという思いと、伝統的なアフリカ料理をレシピ集としてまとめておきたいという使命感から本を執筆。実際に料理をゲストに提供しながら文化について語るという活動も行っているという。
「昔ながらの伝統を守ることの大切を感じています」
そう語る彼女は、「Lebo’s SOWETO」で体験できる伝統の儀式「サークル・オブ・コミュニティ」を紹介してくれた。

これは、アパルトヘイト政策時代にも絶えることなく、黒人居住地内で静かに受け継がれてきた文化。世代の違う人々が集まり、木の下でコミュニティの問題を話し合い解決してくという。そこでふるまわれたのが、手作りのジンジャー・ビール。日本のどぶろくに似た発酵系の味が特徴だ。同じ器で回し飲みすることで、結束を確かめ合ったという。
同じ敷地内にあるオープンエアのレストランでは、手ごろなアフリカン・フードがいただける。
おすすめは、粉末状にしたトウモロコシの粉とお湯を練って作った伝統的な主食パップと、肉や野菜を煮込んだ伝統的なシチュー「ポイキーコース」。17世紀に入植したオランダ人由来の食事だという。3本足の専用的鍋を用い、直火で炊いて作るのがオリジナルの調理法。具材を次々に投入しながらじっくり煮込んでいくという。肉や野菜は火が通りとろりと柔らかく、スープも食材から出たうま味と甘さが一体となって絶品だ。パップに汁をふくませつついただくと、かむたびに豊かな風味のジュースが口の中で広がってゆく。
この食事と一緒にとユニスが料理してくれたのが、母のレシピだというチャツネなどの付け合わせとジンジャー・ドリンク。生姜のぴりりとスパイシーな刺激が、乾いた喉に染み渡る。貴重なたんぱく源であった虫(この日は蛾の幼虫)を使った付け合わせも、伝統的な食のひとつなのだそう。

「南アで食べられる料理は多様な文化を背景にしています。ですから、レストランでもオリジナルレシピを使ったアフリカ料理が多いんです。その一方で、私たちが長年食してきたいわゆる伝統的なアフリカ料理というものを食べられる店はあまりなかった。家庭で継承されてきたものですから。レシピ集のようなものも全くありませんでした」
そこで、母に聞いたり、シェフ達に協力してもらったりしながら、オーセンティック・アフリカン料理のレシピ本を執筆。1冊の本にまとめたときには、実に7年が経っていたという。

「南アフリカと近隣のアフリカ諸国との食の類似点や相違点などをあげながら、アフリカの家庭で受け継がれてきた伝統と文化にも言及しました。レシピが物語るのは、料理の味だけではありません。一緒に料理をしながら、母と私は常に会話をしてきました。ある読者からは同じような経験を持っていると涙ながらに打ち明けられたことも。そんな時に感じます。それぞれが家族と過ごしてきた大切な時間や家族との対話など、思い出も料理とともによみがえるのだと」
特別な食体験をお望みなら、10人ほど集まればユニスが提供するダイニング体験やクッキング教室、クックアウト(料理ピクニック)も相談可能。ツアー会社経由でも依頼できるので、食文化に興味があればぜひ。

一方、南アフリカの多様な文化の中で育んだ感性を、国際的な舞台で花開かせた女性シェフもいる。シャンタル・ダートノールが活躍するのは、プレトリア郊外フランクリン保護区内にある「The Orient Boutique Hotel」。母であるマリーが営むこのホテルのメインダイニングである「Mosaic」のヘッド・シェフを務めている。欧州の三ツ星レストランを含むレストランでの修行を行った経験を持ち、The BEST CHEFアワードでは、2019年度のTHE BEST FEMALE CHEF賞受賞と100 TOP CHEFS IN THE WORLDの32位ランクインを同時に成し遂げる実力の持ち主だ。
「Mosaic」プレトリアから1時間ほどかかる郊外であるにもかかわらず、美食家たちが泊りがけで訪れるファインダイニング。日本人駐在員の中には、帰国前に自らの労をねぎらうためにここへ来るという人もいると聞く。

ホテルは、アフリカとインドをつなぐスパイスルートの文化を再現したムーリッシュ様式だが、レストランのインテリアはシャンタルが第二の故郷と呼ぶフランスで恋に落ちたというベルエポック様式。
2つのロマンティックなテイストに支えられる個性的な空間でいただけるのは、伝統的なフレンチの技法と自然への敬意によって生み出されるホリスティックな創作料理の数々だ。生命の息吹を存分に感じさせる日本の自然、その象徴であるデリケートで力強い桜の花は、世界各国を旅した彼女にとっても、大いなるインスピレーション源のひとつなのだという。
桜を愛する繊細な感性から生み出されるのは、まるで、アートのように美しいプレゼンテーションとストーリーに満ちた想像力に溢れる9品。食材の特徴を最大限に生かすためには、大胆なアプローチもいとわない冒険心で、ゲストの五感を楽しませてくれる。
「何処でもない不便な場所に、皆さんがわざわざお越しくださるのにとても感激しています。私が提供したいのは、最高の食体験。そのためには、“舞台”もないがしろにできません。複数のアーティストと組んで、料理を生かす最高の器も用意しました」
シャンタルは、必ず自らの手で料理を作り(スターシェフの場合、今や当たり前ではなくなったが)、ゲストと対話しながらとびきりの笑顔でメニューについての解説というスパイスを添える。食材からインスピレーション源、表現した世界観、料理への情熱に至るまで、楽しい話題は尽きることがない。まるで親友の家に招かれたような居心地の良さだ。そこにしかない個性的かつセンセーショナルな料理を味わうだけでなく、クリエイターと親密な時を過ごすことで、「Mosaic」でのひと時がディナータイム以上の感覚的な喜びに変わっていくのだ。
さらに、ワインとのペアリングによって、味わいは深まり、より鮮烈な五感体験へと導かれていく。まるで辞書のような分厚い本数冊にまとめられたワインリストも圧巻で、世界のレストランのセラーを評価するWine Spectator誌が選ぶ 最高賞 Grand Award を2018年、2019年と2年連続で受賞。アフリカ大陸初の最高賞受賞者にもなった。そのほか、World of Fine Wine “World’s Best Wine Lists Awards 2019″の The Best Wine List in the Worldをはじめ多くの賞を受賞するマニア垂涎の楽園なのだ。
環境、料理、ワイン、サービスとすべてが調和した南アフリカで最高峰の美食体験だった。
敷地内にはスプリングボックスも生息
エキゾティックな雰囲気の中、自然と野生動物たちに囲まれた環境と、ホテルに併設されたギャラリー所蔵のアート、世界屈指の美食とワインを堪能しに足を延ばしてみるのもいいだろう。

南アフリカでは、まだまだこの後も才能あふれる女性料理人たちと出会うことになる。それについては、ケープタウン編でまたご紹介したい。

ヨハネスブルグ中心部でも、もちろんダイニングシーンは華やかだ。ブティックホテルの落ち着いたメインダイニング「Clico」や、カジュアルな雰囲気で活気あるライブキッチンが人気の「Marble」もおすすめ。
今回訪れたレストランは、話題のお店ばかりなので、いずれも旅の前からリサーチをして、予約しておくのがおすすめだ。

次回はいよいよ、アフリカ旅行の醍醐味であるサファリへとご案内したい。
                      
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