連載|南アフリカ旅行記
LOUNGE / TRAVEL
2020年3月26日

連載|南アフリカ旅行記

第1回「南アフリカを旅するということ」

2019年秋に行われ大成功を収めたラグビーワールドカップ。各国チームの活躍、ファン同士の交流を機に、優勝国である南アフリカ共和国への関心も高まっている。アフリカといえば、旅好きにとっては永遠の憧れの地。より身近になった国、南アフリカをラグジュアリーに旅して、かつて冒険家たちが魅了された雄大な大陸を体感するのはいかがだろう。アフリカを体験できるアドレスをご紹介する、自然あり、食あり、ワインありの全6回。初回は、南アを旅する際に知っておきたい歴史と魅力を、アパルトヘイト直後の同国を描いたクリント・イーストウド監督映画『インビクタス/負けざる者たち』を引用しながらご紹介したい。

Text by MAKIGUCHI June

映画『インビクタス/負けざる者たち』の地へ

アフリカというと多くの人が思い浮かべるのが、乾いた大地と野性味あふれる自然だろう。そこに、豊かな農地、実り多き葡萄畑とワイナリー、美しい海岸線、咲き乱れるワイルドフラワー、多国籍な食文化、多民族共存社会、洗練された都市機能を加えた場所が、南アフリカ共和国だ。

アフリカ大陸広しと言えど、名前に“アフリカ”を冠しているのはこの国だけ。この国を旅するとその理由がよくわかる。アフリカならではの素晴らしき体験のすべてがコンパクトに集約されていると言っても過言ではないいのだ
オランダ人入植者の影響が色濃いケープダッチ様式のワイナリー
初回である今回は、南アフリカ共和国という国についてわかりやすくご説明したい。
面積は日本の約3.2倍。国家の首都機能をプレトリア(行政府)、ケープタウン(立法府)、ブルームフォンテーン(司法府)に分散して置いている。紫色の花を咲かせるジャカランダで有名なプレトリアは、ヨハネスブルグから車で60分ほど走った距離にあるツワネ市の一部。大統領のオフィスがある行政府庁舎ユニオンハウスが丘の上に立ち、市街地が一望できる。広場には、笑顔のネルソン・マンデラ像が手を広げて立っており、まるで国民を見守っているかのようだ。
今回、旅をしてみて多くの人が誤解していると感じたのが、この地を旅する際の快適性だ。まず、日本から入国する場合予防接種は一切必要ない。治安については欧州と同程度の注意で十分だし、主要都市の衛生水準は世界屈指の観光地と比べても極めて高い。医療設備も世界最高水準なので、安心して旅を満喫できる環境が整っている。

また、“Rainbow Nation”と呼ばれるように多民族国家であることが、旅人へも分け隔てなく接する素地となっているのか、ホスピタリティーも最上級だ。行く先々で見られるはじけるような笑顔は、異国の地を旅する者にとって殊のほか心地よい。英語を含む11言語を公用語とすることからも、いかに多くの民族が共存できているかがおわかりだろう。

国民の約75%がアフリカ系、約13%が白人だ。南アはアフリカ諸国のうち、奴隷として国民が他国に連れ出されたことのない唯一の国でもある。その代わり、入植者としてやって来た白人たちが、東南アジアから料理人や労働者を連れてきた歴史があり、その子孫であるマレー系やインド系の人々が残りの12%ほどを占めている。

先祖代々の土地を守る人々のアフリカ伝統の文化、白人が伝えたワイン文化、そしてアジア人たちが伝えた食文化などに代表されるさまざまな伝統と文化が入り交じり、南アをこの地上で最もユニークで魅力的な場所のひとつにしているのだ。
もちろん、ここまで来るには不幸な時代もあった。この国を想うとき、やはりアパルトヘイト(人種隔離政策)という悲しい歴史は無視できない。だが、今の発展ぶりが皮肉にも白人文化を土台にしたものであることも事実だ。

良きことも悪しきことも、この国の歴史として受け入れたことこそ、民族融合を実現させた大統領ネルソン・マンデラの功績なのかもしれない。

27年の長きにわたり拘束されていたマンデラが解放され大統領になってからも、白人を排除するのではなく、皆が共存していく政策や方針を、勇気を持って取り続けたこと、そして今もその精神が受け継がれていることで、この国はアフリカ大陸における優等生として発展を遂げ続けている。旅の途中、近隣諸国から出稼ぎにやってきた人々とも多く出会った。まさにアフリカ全体を支えているのだ。
もちろん、アパルトヘイト以降の南アフリカには対立もあり、主に黒人と白人の衝突は激化。そこから、どのように魅力的な国へと再建されていったのか。その大きな転換期を描いているのが、映画『インビクタス/負けざる者たち』だ。南アへの旅を終えて、あらためてこの作品を見てみると、今あるこの国の魅力の原点がラグビーのナショナルチーム“スプリングボックス”にあることをしみじみ感じることができるのだ。
映画『インビクタス/負けざる者たち』より
マンデラが釈放された1990年2月11日から始まる本作冒頭、白人のスポーツであるラグビーのあるコーチが「今日がこの国の破滅のはじまりだ」と選手につぶやく。白人たちは黒人からの復讐を恐れ、黒人たちは白人文化を否定し自らの伝統を強く主張し始め、内戦の危機が訪れる。制度としての人種差別はなくなったものの感情的な分断は色濃く残り、国民が心理的に融合するのは不可能かに思われた。

だが解放の4年後、全人種による選挙の結果、大統領に就任したマンデラは国民にこう語りかける。「この美しい国において、人が人を抑圧することが繰り返されてはならず、世界の恥さらしとしての屈辱を受けてはならない」「許しが第一歩。許しこそが自由につながる」と。「過去は過去。私たちは未来を目指す」という決意表明通り、彼は白人を排除せず、さらにはその文化を否定しないという勇気ある行動をとり続けた。

そのポリシーの象徴となったのがラグビーのナショナルチームだった。当時、南ア代表である“スプリングボックス”はアパルトヘイトの象徴として黒人たちに嫌われていた。国際試合があれば、黒人たちが応援したのは敵チーム。ナショナルスポーツカウンシルはエンブレム、呼び名、チームカラーさえ変更しようとしていたが、「今、それをやってはいけない」と阻止したのもマンデラだった。
映画『インビクタス/負けざる者たち』より
その頃のスプリングボックスといえば、“南アの恥”とも呼ばれるほどの弱小チーム。それでも白人たちにとっては宝と言える存在だ。マンデラは、このチームを国の誇りに変えられれば、勝機はあるとキャプテンを鼓舞。“ONE TEAM ONE NATION”を合言葉に、団結心の大切さを国民に浸透させていった。そして、1年後に迫った1995年のラグビーワールドカップ南アフリカ大会での優勝を目標に掲げるのだった。それがどのように功を奏するかも映画の見どころだ。
映画『インビクタス/負けざる者たち』より
その後のナショナルチームの活躍ぶりはご存じの通り。私たちが日本大会で見たスプリングボックスには、南アの“自由”そのものが具現化されていると言える。日本で歌われた国歌「神よ、アフリカに祝福を」も、みんなで懸命に振った国旗も、すべてが新生南アフリカの精神、つまり民族和解・協調政策を象徴するもの。当時、チームに黒人がたった一人しかいなかったことを考えると、ナショナルチームのメンバーが多民族化していることこそ、この国がマンデラの遺志を受け継ぎ続けていることの証明でもある。このように、映画『インビクタス/負けざる者たち』に描かれている歴史を知れば、この国にもっと興味がわいてくることだろう。
映画『インビクタス/負けざる者たち』より
映画の主な舞台となっている南ア最大の都市ヨハネスブルグはもちろん、中心部からデイトリップが可能ないくつかの場所には、そんな歴史と伝統を感じられる。アパルトヘイト時代に黒人が隔離されていた居住区のひとつソウェトは、南アを代表するタウンシップとして今は注目の場所だ。(タウンシップについては、2回目以降でご紹介しようと思う。)

都市ヨハネスブルク南西郊の一地区であるこのエリアには、マンデラが解放後に暮らした家を見学できるマンデラハウスミュージアムや、教育へのコントロールに端を発した抗議行動「ソウェト蜂起」により命を落とした13歳の少年の名前をとったヘクター・ピーターソンメモリアルなどもぜひ訪れたい。「ソウェト蜂起」は、平和的な抗議デモから始まったにもかかわらず、多くの非武装の子供たちに銃口が向けられたことから、アパルトヘイトの現実が広く知られることになった事件ともされている。アパルトヘイト終焉のきっかけとなった出来事として、『遠い夜明け』『サラフィナ!』といった名作でも描かれている。
また、行政の首都として前述したプレトリアを抱くツワネ市もヨバネスブルグ中心部から車で1時間ほど走れば行くことができる。この街には暗い歴史を記憶にとどめ、自由のために戦った人々の鎮魂と、二度と過ちを犯さないようにという誓いを込めて、いくつもの記念施設が建設されている。自由と人権を勝ちとるための闘争が繰り広げられた歴史の象徴として、またその激動の歴史の中で犠牲となった人々への敬意を表するために作られた記念公園フリーダムパークもそのひとつだ。ツワネはヨハネスブルグとともに、この国のハートとも言うべき街。旅をするなら外せない。
一方、映画では大会開催地のひとつとして登場するケープタウンも、ぜひ訪れてほしい街だ。飛行機なら、ヨハネスブルグから2時間ほどで到着する。観光業が盛んな経済の中心地で、欧米からのツーリストが多い華やかな世界的リゾート。ハリウッドのセレブリティ達が美しい海沿いの郊外に、豪華な別荘を持っているとも聞く。

実際に訪れてみると、活気ある港、その港を取り囲んで広がる街や、その中央に聳え立つ神々しいテーブルマウンテン、美しい海にも息をのむ。少し車で走るだけでも景色がドラマティックに変化し、時間の経過とともに刻々と空や海、木々の色が移り行く様に心奪われる。自然と人の距離が近く、大西洋とインド洋が出合う喜望峰(ケープポイント)までも気軽にドライブ可能だ。
マンデラが収監されていた、ロベン島もケープタウンの港の対岸に浮かぶ。映画では、選手たちが見学に訪れる様子も描かれているので覚えている読者もいることだろう。
海沿いのホテルから眺めるこんな美しい景色の先にロベン島が
映画に描かれているようなこの国の歩みを知ればこそ、現在の南アの魅力をよりいっそう痛感できることだろう。ネルソン・マンデラが英雄であり続ける理由、異なる文化背景を持つものたちがONE NATIONとして国を誇りに思える理由を知れば、旅はもっと趣深いものとなるはずだ。
映画『インビクタス/負けざる者たち』より
こういった唯一無二の伝統と文化に触れる経験は、旅人としてこの上ないものだ。
もちろんそれだけでなく、ワイン産地でワインテイスティングを楽しみ、個性的な食材を使った料理を味わい、大いなる自然に圧倒され、そこに生きる野性動物に息を飲むといった楽しみもある。

南アフリカは、よりディープなアフリカ体験への入り口ともいえる場所なのだ。この地を旅するということは、かつて異国への旅がごく限られた上流階級の人々のもので、この上なくラグジュアリーであった時代のロマンに抱かれるということ。今の時代ならではの便利さと快適さを兼ね備えつつ、根源的な旅の喜びも知ることができる国なのだ。そして何より、自然への畏怖を肌で感じ、人類共存への希望を肌で感じるということでもあるのだろう。
第2回「ヨハネスブルグを旅する-1 自然と文化と」に続く
『インビクタス/負けざる者たち』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
Invictus 2009 Warner Bros. Entertainment Inc. and Spyglass Entertainment Funding, LLC. Package Design & Supplementary Material Compilation 2010 Warner Bros. Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All rights reserved.
                      
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